府川氏畢生の超大著『聚珍録−圖説−近世・近代日本〈文字−印刷〉文化史』(2005年2月、三省堂)が刊行されて8ヶ月も経たぬうちに、今度は「府川充男電子聚珍版」として『印刷史/タイポグラフィの視軸』なる本が上梓された。副題として「故きを温ねて新しきを知るための資料と図版」と添えられている如く、相変わらず豊富な資料図像を惜しみなく掲載する「絵本」(自序)でもある。以下、所収された5篇の論文に一瞥を加えてみよう。
巻頭の「近代活字史の基礎智識」は2003 年に印刷博物館で行われた講演に基づく。博覧強記である府川氏の口吻を彷彿とさせる「ですます体」の文章は新鮮で且つ臨場感に富み、当日は銀幕に表示されただけであった多くの資料の画像が掲載されている。余譚ではあるが、講演会などで最近流行の電子式表示は、場内が暗くて手許の資料が見難いことと相俟って、遠近共に見難くなっている中年には辛いものがある。また何より手許に画像資料が残らないという憾みがあるが、この欲求不満を本書は解消して呉れるのである。
「幕末−大正の新聞紙面と組版意匠の変遷」は、冊子体から一枚刷りへという形態の変化と、整版から木活字そして活版へという印刷技法の変遷を踏まえて、見出の立体化など近代新聞紙の定型が、既に明治末年から大正初年に発生していることを指摘し、新聞を「《俗情と結託》した物語の増幅装置」と喝破している。
「『長野新聞』の号外かと思われる付箋型号外の資料批判」では、複数世代の平野系活字が混植されていることを実に精緻に実証してのけている。
「『珊瑚集』の組版を題材に印刷史家が辛うじて語りうる僅かな事ども」は、劃期的な明治期に於ける書記法研究。「版面観察の芋虫」に徹する豊富な智識を持つ者のみが指摘しうる知見に富み、現行の組版法が拠って来たる試行錯誤の痕跡を鮮明に跡付けて見せている。
「築地体の覆刻と翻刻」は、セミナー「築地体の百二十年」の配付資料を再構成したもので、〈覆刻〉乃至は〈翻刻〉された築地初号仮名や大形ポイントの平仮名や片仮名、約物抔を比較一覧できる。これらのフォントセットには、本来なかった小書きの仮名として相応しい書体が組合わされている。末尾に附された「愛のあるユニークで豐かな書體」という組見本を眺めていると、現代に復活した洗練された明朝体の美しさを感得できる。
「誌面逍遙・一〇〇年前の『印刷雑誌』」は、これまた凄い仕事で、和文活字書体史研究にとっての一次資料でありながら稀覯である『印刷雑誌』を、長年に亘ってその全てを披閲し通した上で、取分け活字新刻広告や活字見本に注目し、書体史の要諦を実に要領良く我々の前に提示して呉れている。昭和初期から流行する細型明朝体に対する非積極的な評価にも同感できる。
以上、掻摘んで拙い概括を述べ来たったが、本書は「入門書」として編まれた振りをしているが、実は、幻の『聚珍録』第四巻「組版編」なのではないかと云う想いを禁じ得なかった。