明治期の妙文集
高 木  元 

明治時代に入ってから「○○戯文集」とか「□□妙文集」、あるいは「△△文範」などというタイトルを持つ本が夥しく出版されている。加えて「××序文集」などと銘打つ本も少なくない。これらは、主として近世期に出板されたテキストの一部分を抄出したり、それらの序跋類を集めたりして編纂されたものである。

少し具体例を挙げると、打越光亭編輯・假名垣魯文閲『諸名家戯文集』(明治12〈1879〉年11月、玉海書房梓)は、和装袋綴1冊の板本で、板心に「滑稽序文集」と見られるごとく、風来山人「吉原細見里のをだまき評自序」、山東京傳「京傳餘師序」、十返舎一九「道中膝栗毛序」、式亭三馬「戯場粋言幕之外」、感和亭鬼武「旧觀帖自序」、八文舎自笑「客者評判記序」、古今亭三鳥・樂亭馬笑「同」、徳亭三孝「同前編跋」、神田豈山人(岡山鳥)「廿三夜續編如月稲荷祭序」、琴通舎英賀「花暦八笑人序」、溪齋「滑稽和合人序」、松亭「妙竹林話七遍人初編序」、河丈紀「西洋道中膝栗毛初編序」など、主として滑稽本の序跋を抄録している。

また、松村操纂輯『東都八大家戯文』(明治15〈1882〉年11月、巖々堂藏版)は、和装袋綴2冊の活版本で、風来山人「細見嗚呼御江戸序」・蜀山人「豆男畫巻序」・十返舎一九「道中膝栗毛序」・山東京傳「契情四十八手叙」・式亭三馬「送麻疹神表」・曲亭馬琴「再編胡蝶物語序」・為永春水「風月花情春告鳥の序」・柳亭種彦「偐紫田舎源氏初編序」など、狂文や序跋類など60余編を集めたものである。

さて、以前から不思議に思っていたのであるが、このような本は一体どのように読まれていたのであろうか。今から考えると、内容も知らないテキストの序跋ばかりを読むという行為は甚だ不可解である。

しかし、『吉原細見』の序文や、近世後期小説に付されている「序跋」は、本文から独立した叙述の場として様式を備えたものであったと考えられる。それにしても、画が主体であった草双紙に不釣合いな小難しい序文が備わっていたり、読本に漢文で書かれた読みにくい序文が存したりし、さらにそれらが大幅に崩された草書体で記されているものなどを見るにつけても、およそ読まれることを拒否しているとすら考えたくなる。

となると、斯様な序跋を集めた本が何故明治期に入ってから出版されたかという点に、まず疑問が生じる。それは同時に、近世期の出板物とりわけ小説類が近代に入って如何に受容されたかという問題を考える手掛かりにもなるはずである。

折りしも、書物というメディアが和装袋綴の整版本から洋装活版本へと変化していく明治初頭にあって、基本的には出版すべきテキストの不足といった事態が推測できる。拙著『江戸読本の研究(ぺりかん社、1995)でもその一端に関する調査を報告したが、大量の江戸小説類の翻刻本が、時にはシリーズ化されて明治初期に出版されているからである。しかし、ストーリーを追って通読可能な本文テキストの翻刻と、序跋類を集めたアンソロジーとでは根本的に読まれ方が相違しているはずである。

いずれにしても、この問題を考える材料としては序跋類を集めた本だけでなく、やはり同時期から大量に出版され続けた妙文集や文範集、さらに作文の教科書や名文観賞の類いをも視野に入れておく必要があろう。すなわち、当時に於ける読みもの出版の全容を把握しておく必要がある。となると少なく見積もっても2500タイトルは下らない本が現存しており、これらは必ずしも当時の全容ではないかもしれないが、取り敢えずこれらの資料の書誌解題を記述する所から始めなければ成らない。前途遼遠たる仕事ではあるが‥‥‥。


# 「明治期の妙文集」 愛知県立大学国文学会「会報」45号 2000年3月
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