貸本屋

高 木  元 

【概要】

本を一定期間貸して見料(レンタル料)を取った業者。大半は得意先を巡回する行商であったが、本屋の兼業も少なくなかった。主として大衆娯楽小説の普及流通を担い、明治期にいたるまで広く全国で営業していた。また、時に出板をも手掛けて新たなジャンルの流行を促すこともあった。

【研究史】

近世以降の文学が備える顕著な特徴は、テキストが書物として出板されたことである。だが、出板技術の進歩によって同一テキストの大量生産が可能になっても、それが流通しなければ広汎な読者を獲得することはできない。その流通に携わった業者が全国に広く存在した貸本屋であった。

この貸本屋についての通史的基礎研究に先鞭を付けたのが広庭基介「江戸時代貸本屋略史」(『図書館界』18-5〜6・昭42 )である。これは、坪谷水哉「公開図書館以前の貸本屋」(『図書館雑誌』25-5・昭6)・「図書館の前身・貸本屋」(『図書館雑誌』34-5・昭15)などを踏まえて図書館前史もしくは庶民教育の観点を導入し、また、浜田啓介「馬琴に於ける書肆・作者・読者の問題」(『近世小説・営為と様式に関する私見』・京都大学学術出版会・平5、初出は昭28)、野間光辰「浮世草子の読者層」(『文学』26-5・昭33)、前田愛「出版社と読者-貸本屋の役割を中心として-」(『前田愛著作集』2・筑摩書房・平元、初出は昭36)、長友千代治「城ノ崎温泉貸本屋の見料」(『大阪府立図書館紀要』1・昭39)など国文学の先行研究を貸本屋に注目し、問題の所在を明らかにしたもの。

一方、精力的な資料発掘の結果として見出された旧家の記録や読書日記及び書翰類によって、行商に始まった貸本屋の成立から具体的な業態の様相を明らかにしたのが、長友千代治『近世貸本屋の研究』(東京堂出版・昭57)と同『近世の読書』(青裳堂書店・昭62)とに収録された一連の仕事である。広義の本屋は、いずれも新本や古本の販売のみならず貸本をも手掛けており、場合によっては不要になった本の買い入れ、さらには出板までしている様子を詳細に解明した。また、貸本屋は所在した地域によってその性格が異なるという。

名古屋にあった大きな貸本屋である大野屋惣八についての研究は、行商をしない特殊な例ではあるが、その旧蔵書の多くが現存していることもあり充実している。古くは、坪内逍遙「貸本屋大惣」其一、其二(『逍遙選集』12・春陽堂・昭2)で紹介され、江口元三「貸本屋「大惣」の今昔」(『郷土文化』8-2・4・昭28)を踏まえて、安藤直太朗「貸本屋大惣の研究」(『郷土文化論集』・昭48)や、服部仁「近世後期貸本雑考-「尾崎久弥コレクション」の調査を中心として-」(『同朋国文』12・昭54)などの成果があげられた。『貸本文化』増刊号(貸本文化研究会・昭57)では「貸本屋大惣」という特集が組まれ、長友千代治「名古屋の「大惣」資料」、延広真治「東京大学の「大惣本」について」をはじめとして、大惣家屋図、大惣印記、大惣年代表などを掲載している。一方、京都大学付属図書館と国会図書館に纏まっている以外は全国に散在してしまった大惣旧蔵本の所在と請求番号を調べあげた労作が、柴田光彦『大惣蔵書目録と研究-貸本屋大野屋惣兵衛旧蔵書目-』本文篇・索引編(青裳堂書店・日本書誌学大系27・昭58)である。また、京大蔵の大惣本については『京都大学蔵・大惣本稀書集成』全17巻(臨川書店・平6〜9)があり、別巻として改訂版『京都大学蔵大惣本目録』が備わっている。

世界的な視野から貸本文化についての普遍性を追究したのが、P・F・コーニッキー「貸本文化比較考」(『人文学報』57・京都大学人文科学研究所・昭59)。貸本屋発生の必然性は、単に写本から板本へというメディアの交代だけではなく、社会的な読書に対する希求という環境の成熟に支えられたものであるとする。

貸本屋が主体となって江戸読本という新しいジャンルを創出し流行させたことについては、高木元「江戸読本の板元-貸本屋の出板をめぐって-(『江戸読本の研究-十九世紀小説様式攷-』・ぺりかん社・平7、初出は昭63)が、江戸読本の型録カタログである『出像稗史外題鑑』(丁子屋平兵衛板・文化10年頃)に登載された本の網羅的な書誌調査に基づいて明らかにした。

【展望・問題点】

近世期における貸本屋の実態について、今後はフィールドワークによる、より具体的な当時の蔵書や読書のありようについての報告が望まれる。

江戸と上方とでは読者の嗜好が明らかに違っていたが、上方の貸本屋の蔵書傾向や動静についての資料が出てくると、より具体的に論じられるであろう。同時に貸本屋の蔵書印を集大成し、軒数や全国に分布した実態の把握をするのみならず、複数の印を調べて転売の跡付けをし、貸本屋本の時空を超えたありようが知りたい。書本かきほんと呼ばれる貸本屋が作成した写本類についても、近年の実録研究の隆盛に見合う形で進捗することが期待される。また、板本の写しについての調査も必須。

近代になっても家庭を巡回する文芸雑誌の読書サークルが存在したし、現在も漫画本専門の貸本屋は営業を続けている。このような現代を含めた幅広い貸本屋に関する研究は『貸本文化』(1〜17・貸本文化研究会・昭52〜平2)で積み重ねられている。一方、ビデオやCDのレンタルが盛んなことから分かるように、レンタル業者の扱う商品は、公共図書館で扱われないサブカルチャーを担うメディアである。つまり、貸本屋研究には幅広い文化史的観点からの調査が要請されているのである。

出版しゆつぱん書肆しよし

【概要】

近世文学の特質は、その大半が出板されたテキストである点にある。活字印刷術の伝来により、まず活字本が出されたが、本に対する需要が増加するにつれ整版本が主流になる。活字版よりも板本の方が挿絵や連綿字の扱いが楽で、かつ量産に適していたからである。寺社から始まった出板ではあったが、次第に市井の書肆が担うようになり、流通機構も三都を中心として全国規模で整備される。その結果、次第に本というメディアは流行性の商品としての色合いを強めて行くことになった。

【研究史】

出版研究は書誌学とあいまって近世文学史研究の一方法として着実に進捗してきた。本来、経済行為としての出版に関する研究と、本というモノに就いての書誌学的考察とは別のものであるが、まだ未分化な部分が多く残されている。近年まで、出版に関しては文化史研究として歴史学からのアプローチがなされてきた。具体的には書肆の機構・検閲と法制・流通と業態・貸本屋と享受・読書と蔵書・版株と著作権などの諸点からの基礎研究である。

まず、出版文化史全般については、小林善八『日本出版文化史』(日本書誌学大系1、青裳堂書店、初出は昭13)、『沓掛伊佐吉著作集-書物文化史考-』(八潮書店、昭57)、宗政五十緒『近世京都出版文化の研究』(同朋社、昭57)などがあり、平易な啓蒙書としては今田洋三『江戸の本屋さん-近世文化史の側面-』(NHKブックス299、昭52)や諏訪春雄『出版事始』(毎日新聞社、昭53)、鈴木敏夫『江戸の本屋』上下(中公新書568・571、昭55)などがある。

一方、展覧会のテーマとしても再三取り上げられ、古くは『上野図書館開館八十年記念・出版文化展示会目録』(国立国会図書館、昭26)、近年では『出版のあゆみ展』(国立国会図書館、昭63)や、『研究紀要-江戸の出版文化・版本とその周辺-』四(たばこと塩の博物館、平3)、『日本出版文化史展'96京都』(日本書籍出版協会、平9)などが開催された。また、史的な展開を知る上では岡村光章・児玉史子・土屋紀義・戸澤幾子「江戸期以前日本出版文化史年表」(『参考書誌研究』、41、平4)も有用である。

近年になって出版書目や仲間記録などの基本的史料の翻刻もほぼ出揃った。『享保{以後大阪出版書籍目録』(清文堂出版、昭39、初出は昭11)、朝倉治彦・大和博幸編『享保以後・江戸出版書目-新訂版-』(臨川書店、平5、初出は昭37)、影印本として朝倉治彦編『江戸本屋出版記録』上中下(書誌書目シリーズ10、ゆまに書房、昭55)もある。大阪府立中之島図書館編『大坂本屋仲間記録』一〜十八(清文堂、昭50〜平5)、宗政五十緒・朝倉治彦編『京都書林仲間記録』一〜六(書誌書目シリーズ5、ゆまに書房、昭52〜昭55)、宗政五十緒・若林正治編『近世京都出版資料』(日本古書通信社、昭40)、彌吉光長『未刊史料による・日本出版文化』一〜八(書誌書目シリーズ26、ゆまに書房・平1〜5)、金子宏二「翻刻「三組書物問屋諸規定」」(『早稲田大学図書館紀要』18、19・昭52、53)などは出版史の根本資料であるが、主として上方のもので、江戸の記録は松本隆信編「画入{読本外題作者画工書肆名目集」(『国文学論叢』西鶴、昭32)や、国立国会図書館編『諸問屋名前帳』(湖北社、昭53)、高木元編「『類集撰要』巻之四十六」(『讀本研究』第二輯下套、昭63)、北小路健校訂『板木屋組合文書』(日本エディタースクール出版部、平5)などを除いてあまり多くは残存していないようだ。

近世初期の古活字版については、川瀬一馬『増補古活字版之研究』(日本古書籍商協会、昭42)、渡辺守邦『古活字版傳説』(日本書誌学大系54、青裳堂書店、昭62)などがあり、国立国会図書館図書部編『国立国会図書館所蔵古活字版図録』(汲古書院、昭64)も備わった。

法制史の方では、関根正直「徳川政府の出版法規」(『法制論纂』、国学院、明36)をはじめとして、奥平康弘「日本出版警察法制の歴史的研究序説」一〜七(『法律時報』39巻3〜11号、日本評論社刊、昭42)、中村喜代三『近世出版法の研究』(日本学術振興会、昭47)、林伸郎「言論・出版関係法令集成」(『日本出版史料』1、平7)、湯浅淑子「寛政の出版法令」(たばこと塩の博物館『寛政の出版界と山東京伝展図録』、平7)、原秀成「明治初年における著作権法制の受容と変容」(『出版研究』25、平7)などがあり、とりわけ禁書の研究として、宮武外骨『筆禍史』(『宮武外骨著作集』第四巻、河出書房新社、昭60、初出は明44)、山下武「禁書よりみた・江戸幕府庶民教化策の研究」(早稲田大学教育学部『学術研究』8、昭34)、今田洋三『江戸の禁書』(〈江戸〉選書6、吉川弘文館、昭56)、宗政五十緒「罪に問われた書物たち-日本近世の禁書-」(『出版研究』14、昭59))、古相正美「荷田在満「大嘗会便蒙」御咎め一件」(『神道宗教』140〜141、平2)などがある。

一方、書肆全般についての基礎的研究としては、蒔田稲城『京阪書籍商史』(臨川書店、昭57、初出は昭3)や、上里春生『江戸書籍商史』(名著刊行会、昭51、初出は昭5)が備わり、東京書籍商組合編『東京・書籍商伝記集覧』(日本書誌学大系2、青裳堂書店、昭53)、井上和雄・坂本宗子『増訂慶長{以来書賈集覧』(高尾書店、昭45)、坂本宗子『享保以後・板元別書籍目録』(清文堂、昭57)、矢島玄亮『徳川時代出版者・出版物集覧』正続(万葉堂書店、昭51)、斯道文庫編『江戸時代・書林出版書籍目録集成』(井上書房、昭37〜39)、浜田義一郎『板元別年代順・黄表紙絵題簽集』(書誌書目シリーズ8、ゆまに書房、昭54)、市古夏生「書林編纂書目板元名寄」一〜八(『甲南国文』27〜28・『白百合女子大学研究紀要』17〜22、昭55〜61)、井上隆明『増補改訂。近世書林板元総覧』(日本書誌学大系76、青裳堂書店、平10)などがある。

また、浜田啓介「近世後期に於ける大阪書林の趨向-書林河内屋をめぐって-」(『近世文芸』3、昭31)、坂本宗子「草双紙における江戸書林の動向」上下(『書誌学(復刊)』2・3、昭40・41)、前田愛『近代読者の成立』(『前田愛著作集』二、筑摩書房、平元)などは、出版界の動向に関する基礎研究として重要である。

書肆の昔語りや古記録書翰類として、三木佐助『明治出版史話』(昭53、ゆまに書房、初出『玉淵叢話』は明35)や水田紀久編『若竹集-創業期出版記録-』(佐々木竹苞楼、昭50)、『竹苞楼来翰集』(京都大学国語国文資料叢書31、臨川書店、昭57)、彌吉光長「風月庄左衛門筆『日暦』-江戸中期の出版人日記-」(『彌吉光長著作集』三 江戸時代の出版と人、日外アソシエーツ、昭55)、平野翠「河内屋茂兵衛来簡集」(『大阪府立中之島図書館紀要』14、昭53)、長友千代治「下郷千蔵宛風月孫助書簡」(『近世の読書』、青裳堂書店、昭62)などがある。

個別の書肆に関する研究は多い。松会については、岡井慎吾「松会板について」(『書誌学』5-3、昭10)、矢島玄亮「松会本目録・補遺」(『書誌学』16-3・4、昭16)、金子和正「天理図書館蔵松会板目録稿」(『芸亭』19、昭54)、彌吉光長「松会版の探究」(『ビブリア』75、昭55)、柏崎順子「松会三四郎」(『言語文化』32、一橋大学語学研究室、平7)などがある。

蔦屋重三郎については、吉原健一郎「蔦重の二面性」(『文学』49-6、昭56)、諏訪春雄「蔦屋重三郎の季節」上中下(『文学』49-11・12、50-2、昭56・57)、鈴木俊幸「蔦屋重三郎出板書目年表稿」上下補正(『近世文藝』35・36・39、昭56〜58)をはじめとする一連の業績、棚田雅子「蔦重出版物・錦絵年表」(『鎌倉』42、昭58)、稲田篤信「蔦屋重三郎覚書」(『江戸小説の世界』、ぺりかん社、平3)、鈴木俊幸・狩野博幸解説「蔦屋重三郎の仕事」(『別冊太陽』89、平7)、鈴木俊幸「寛政改革と蔦屋重三郎」(『寛政の出版界と山東京伝展図録』、たばこと塩の博物館、平7)、鈴木俊幸「蔦重板細見とその付載広告」(『江戸美女競・吉原細見』、平木浮世絵財団発行展示図録、平7)など多数ある。

八文字屋本に関しては、長谷川強『浮世草子の研究』(桜楓社、昭44)や同『浮世草子新考』(汲古書院、平3)が備わり、そのほか、川瀬一馬「饅頭屋林宗二に就いて」(『ビブリア』1、昭24)、伊佐地千恵子「井筒屋庄兵衛俳書出版年表」(『県大国文』7、昭47)、湯澤賢之介「西村市郎右衛門(代々)の出版・文筆活動」(『言語と文芸』88、昭54)、佐竹秀子「甘泉堂・和泉屋市兵衛について」(『玉藻』15、昭54)、栗原隆一「幕政に歯向った書肆-須原屋市兵衛-」(『日本及日本人』1561、昭56)、雲英末雄「俳諧書肆の誕生-初代井筒屋庄兵衛を中心に-」(『元禄京都俳壇研究』、勉誠社、昭60)、長友千代治「西沢太兵衛と出版」(『近世上方作家・書肆研究』、東京堂出版、平6)、鈴木圭一「『増補外題鑑』の成立要因-蔵販目録を土台として-」上下(『讀本研究』第八輯下套・九輯、平6・7)、中嶋隆「西村市郎右衛門未達について」(『初期浮世草子の研究』、若草書房、平8)、山本卓「浮世草子末期における書肆升屋の動向」一〜三(『千里山文学論叢』29・『国文学』61・62、関西大学国文学会、、昭58〜61)、今井美紀「書肆河内屋吉兵衛と橋本香坡」(『日本近代の成立と展開』、思文閣、昭59)、安田文吉「常盤津節版元伊賀屋勘右衛門」(『常磐津節の基礎的研究』、和泉書院、平4)、渡辺守邦・柳沢昌紀「敦賀屋久兵衛の出板活動」(『江戸文学』16、平8)などがあり、古くは井上和雄『増補書物三見』(日本書誌学大系4、青裳堂書店、昭53)に見られるように、多くの個別書肆について出版書目の作成と書翰の紹介や家記による伝記研究などが積み重ねられている。

具体的な作品の成立との関わりで論じられたものとしては、吉野雪子「長唄正本とその板元の動向についての一考察」(『音楽研究所年報』8、平2)、飯倉洋一「常盤潭北論序説」(『江戸時代文学誌』8、平3)、塩村耕「西鶴と出版書肆をめぐる諸問題」(『国語と国文学』70-11、平5)、藤原英城「確執の構図」上下(『国語国文』 62--11・12、平5)、井上和人「山本九兵衛の浮世草子出版」(『近世{文芸研究と評論』46、平6)などが最近の業績として目に付いた。

近年の特徴として三都以外の地方出版に関する研究の進展が挙げられ、岸雅裕「尾藩書肆永楽屋東四郎の東都進出について」(『名古屋市博物館研究紀要』7、昭59)を始めとする一連の仕事、朝倉治彦・大和博幸編『近世地方出版の研究』(東京堂出版、平5)、高市績『江戸時代紀州若山・出版物出版者集覧』(帯伊書店、平7)、太田正弘『尾張出版文化史』(六甲出版、平7)などが備わる。

享受の側からの研究としては、橘川俊忠「在村残存書籍調査の方法と課題」(『歴史と民俗』4、神奈川大学日本常民文化研究所、平元)、小林文雄「近世後期における「蔵書の家」の社会的機能について」(『歴史』76、東北史学会、平3)、市古夏生「正徳期における武家の読書・付大田友悦のこと-『北可継日記』を通して-」(『お茶の水女子大学人文科学紀要』45、平4)、橘川俊忠「地方文人・名望家の教養-相州津久井縣川上尻村八木家の蔵書をめぐって-」(『歴史と民俗』10、神奈川大学日本常民文化研究所、平5)、武井和人「一条家の蔵書-2つの蔵書目録から-」上中(『研究と資料』32〜34、研究と資料の会、平6〜7)、福田安典「資料紹介・武田科学振興財団杏雨書屋蔵「今大路家書目録」について-お伽の医師の蔵書-」(『芸能史研究』129、平7)、鈴木俊幸・豊島正之・高木元・飯倉洋一・舩戸美智子・古相正美・丹羽謙治・高橋明彦『近世後期における書物・草紙等の出版・流通・享受についての研究-木曾妻篭林家蔵書、及び、木曾上松臨川寺所蔵板木の調査を中心に-』(一九九五年度科学研究費補助金〈総合研究A〉研究成果報告書、平8)、岡村敬二『江戸の蔵書家たち』(講談社選書メチエ71、平8)などの成果が上がっている。

【展望・問題点】

今後の研究課題として、近世期に併存していた板本と写本の本質的なありようの相違について理論化の必要性があげられる。また、本屋個人の家の記録類など一次史料の発掘も持続していく必要があろう。その一方で、旧家の蔵書調査などを通じた享受史からの文学史構築へ向けた方法論の模索も不可欠である。その際には、歴史学・教育学などと国文学との学際的共同研究が是非とも必要になるはずである。たとえば、思想史からのアプローチとして『江戸の思想』5(ぺりかん社・平8)が「読書の社会史」という特集を組んでいて興味深い。

基本的に出版の問題を考える際には単なる印刷製本術の域を越えて流通の問題へと深入りせざるをえない。メディアとは制作者と享受者とを媒介する装置の謂いだからである。それゆえ、貸本屋(本書別項参照)を含めた書物の流通に関しても研究の深化が求められている。

さて、従来の国文学研究は、ややもすると無媒介に作品論や作家論を志向するものであった。しかし、昨今の出版研究の進捗によって、テキストが生成される実態的な場が明らかになりつつあり、近世期以降は作家の位置を相対的に考えざるを得なくなってきたといえよう。しかし、テキストが書かれる背景を精確に押さえた上で、やはり個性の問題へと回帰していく必要があるのかもしれない。そういった意味で、昨今の出版書誌研究は国文学研究に方法論的な問題提起を迫っているともいえよう。

【参考資料】

雑誌では、日本出版学会編「出版研究」をはじめとし、とくに特集号として、『文学』(出版I・II、49-11・12、岩波書店、昭56)と、『江戸文学』(江戸の出版I・II、第15・16号、ぺりかん社、平8)とがあり、最近十五年間の研究の推移がうかがえて興味深い。印刷出版行程については林若樹「小説の本になるまで」(『版畫禮讃』、春陽堂、大14)が参考になる。参考文献目録として、中野三敏『書誌学談義 江戸の板本』(岩波書店、平7)に付載された鈴木俊幸編「板本書誌学関係文献目録」を基礎にして成った同編『近世書籍研究文献目録』(ぺりかん社、1997)が最も行き届いている。


#『日本古典文学研究史大事典』(勉誠社、1998)
#「貸本屋」「出版・書肆」
# 2004-01-03 増補改訂
# Copyright (C) 2021 TAKAGI, Gen
# この文書を、フリーソフトウェア財団発行の GNUフリー文書利用許諾契約書ヴァー
# ジョン1.3(もしくはそれ以降)が定める条件の下で複製、頒布、あるいは改変する
# ことを許可する。変更不可部分、及び、表・裏表紙テキストは指定しない。この利
# 用許諾契約書の複製物は「GNU フリー文書利用許諾契約書」という章に含まれる。
#                      高木 元  tgen@fumikura.net
# Permission is granted to copy, distribute and/or modify this document under the terms of
# the GNU Free Documentation License, Version 1.3 or any later version published by the
# Free Software Foundation; with no Invariant Sections, no Front-Cover Texts, and no Back-
# Cover Texts.
# A copy of the license is included in the section entitled "GNU Free Documentation License".

Lists Page