『日本古典文学大事典』執筆項目
高 木  元 

阿波之鳴門あわのなると
読本。文化5〈1808〉年正月刊。半紙本5巻5冊。柳亭種彦作、葛飾北齋画、榎本惣右衛門・同平吉板。近松半二の浄瑠璃『傾城阿波の鳴門』から登場人物名などを利用しつつ、海賊十郎兵衛に関する巷説によって作られた敵討もの。趣向として民譚『藁しべ長者譚』や説経節『山椒太夫』などを利用し、文辞にも『源氏物語』螢巻や『土佐日記』の趣きを移す部分がある。化政期における江戸読本の常として、和漢の古典を引いて考証を加えているが、趣向のたて方に種彦らしさの一端がうかがえる。なお半紙本ながら匡郭が一回り小さい版式が用いられている。翻刻は、帝国文庫『種彦傑作集』、絵本稗史小説11、近代日本文学大系『柳亭種彦集』、袖珍絵入文庫8などに収められているが、いずれも初印本に就いたものではなくテキストとしては良くない。
【参考資料】石川博「柳亭種彦の読本 解題 一」(駿台甲府高等学校『研究紀要』1、1989・8)

以呂波草紙いろはぞうし
読本。角書「春情奇縁」、序題「絵本以呂波草紙」。文政6〈1823〉年正月刊。半紙本5巻5冊。暁鐘成作・画。本屋宗七・大阪屋茂吉・河内屋平七板。実説は不明ながら心中事件であったらしい〈いろは真助〉を扱った上方歌舞伎『鐘鳴今朝噂』によった情話物(世話)読本。片名屋真助と井筒屋以呂波の色模様が発端で悪人達につけこまれて様々な事件が起こるが、義理に絡められた主人公が幾多の犠牲を払いながらも結末では万事うまく収まり妻妾同居でめでたしという因果応報を構想の軸としている。巻末に、色情の惑いを自ら戒め慎むべきだと、勧善懲悪の作意を記す。文政期の上方読本中の一つであるが、いわゆる根本様式を採ったものではない。なお初印本は色紙型題簽を持ち、とくに初摺本の口絵挿絵には艶墨や薄墨が施されている。
【参考資料】長友千代治「暁鐘成」(『近世上方作家・書肆研究』、東京堂出版、1994

絵本鈴鹿森えほんすずがもり
読本。文化四〈1807〉年3月刊。半紙本5巻5冊。手塚兔月作、画工未詳。塩屋長兵衛・遠藤平左衛門・須原屋平助板。八百屋お七伝承を読本風の因果律で再編した上方出来の読本。具体的な人物設定やプロットは紀海音作の浄瑠璃『八百屋お七』に基づくところが多い。なお流布しているのは改題本『絵本胡蝶夢』で、江戸へ下して改めを受けるに際して、刑場のあった〈鈴鹿森〉を題名使用するには憚りがあったものと思われる。さらに問題のある文辞や巻頭題や尾題について、初印本では貼紙で訂正しているが、再印本からは柱刻も削り取り貼紙部分も象嵌して直されている。翻刻には和装活字本『絵入実録八百屋於七胡蝶夢』(金松堂、1883)がある。
【参考資料】佐藤悟「読本の検閲」(『読本研究』6上、渓水社、1992)、佐藤悟「No.164図版解説」(『ラヴィッツ・コレクション 日本の絵本』、平木浮世絵美術館、1994)

絵本三国妖婦伝えほんさんごくようふでん
読本。〈上編〉享和3〈1803〉年正月刊。半紙本5巻5冊。高井蘭山作、蹄齋北馬画。柏屋忠七・角丸屋甚助・花屋九次郎・住吉屋政五郎板。〈中編〉享和四〈1804〉年正月刊。半紙本5巻5冊。高井蘭山作、蹄齋北馬画。植村藤左衛門・大野木市兵衛・角丸屋甚助・住吉屋政五郎・柏屋忠七・花屋久治郎板。〈下編〉文化2〈1805〉年正月刊。半紙本5巻5冊。高井蘭山作、蹄齋北馬画。植村藤右衛門・大野木市兵衛・角丸屋甚助・柏屋半蔵・柏屋忠七板。三国伝来金毛九尾妖狐が妲己・華陽婦人・玉藻前などに変じて怪異を起し、遂に殺生石となって成仏する話。上方出来の『絵本玉藻譚』と同工異曲である。翻刻は絵本稗史小説1に備わる。
【参考資料】後藤丹治「三国妖婦伝について」(『説林』、1951・3)、田川くに子「『絵本三国妖婦伝』『絵本玉藻譚』(『日本文学』、1972・2)

絵本璧落穂えほんたまのおちぼ
読本。角書「春宵竒譚」。〈前編〉文化三年(一八〇六)正月刊。半紙本五巻五冊。小枝繁作、葛飾北斎画。植村藤右衛門・小林六兵衛・大野木市兵衛・森甚助板。〈後編〉文化五年(一八〇八)正月刊。半紙本五巻五冊。小枝繁作、葛飾北斎画。角丸屋甚助板。浄瑠璃『神霊矢口渡』(福内鬼外作、明和七年春江戸豊竹座初演)の世界から登場人物を含めて取り入れた新田義興の遺児徳寿丸の復讐譚。当時まだ訓読通俗本のなかった中国白話小説『金石縁全伝』を典拠とし、文辞や行文を含めて比較的改変しないままで取り込んでいる。また結末の登仙による大団円は『南総里見八犬伝』の結末を髣髴とさせるが、こちらの方が早い。いずれにしても小枝繁の読本の中では良くまとまったもので、彼の代表作といっても差し支えない。翻刻は横山邦治・田中則雄『小枝繁集』(叢書江戸文庫41、国書刊行会、平9)に収まる。
【参考資料】徳田武「『金石縁全伝』と馬琴・小枝繁」(『日本近世小説と中国小説』、青裳堂書店、昭62)

小栗外伝おぐりがいでん
読本。角書「寒燈夜話」。〈初編〉文化十年(一八一三)正月刊。半紙本六巻六冊。小枝繁作、葛飾北斎画。河内屋八兵衛・河内屋太助・角丸屋甚助板。〈二編〉文化十一年(一八一四)正月刊。半紙本四巻四冊。小枝繁作、葛飾北斎画。河内屋八兵衛・河内屋太助・角丸屋甚助板。〈三編〉文化十二年(一八一五)正月刊。半紙本五巻五冊。小枝繁作、葛飾北斎画。河内屋八兵衛・播磨屋十郎兵衛・河内屋太助・角丸屋甚助板。小栗判官照手姫説話を史伝化した稗史物。説経節『をぐり』以来、近松の『当流小栗判官』(元禄十一年)や浄瑠璃『小栗判官車街道』(元文三年)などを経て近世化されたが、直接的には近世軍記『小栗実記』(享保十八年)を粉本として編まれた。北斎の挿絵とあいまって江戸読本らしくなっており、巻末の一冊をさいて「付録」とし、『鎌倉大草紙』『常陸国誌』や小栗の墓がある藤沢遊行寺の略縁起などを引いて考証を加えている。翻刻は帝国文庫『仇討小説集』(博文館、明29)に収まる。
【参考資料】二川清「『小栗』説経から歌舞伎へ」(『日本文学』、昭63・8)

桟道物語かけはしものがたり
読本。寛政十年(一七九八)正月。半紙本五巻五冊。雲府観天歩作。京屋利八・上総屋利兵衛・遠州屋佐七板。中国明代の白話小説『醒世恒言』巻二十三「張淑児巧智脱楊生」を翻案した前期読本。登場人物の姓名や年齢などや冒険浪漫的な筋の運びもほぼ典拠に沿う。ただし原話に訓読を付したものが既に『小説精言』(寛保三年)に収められており、これを用いたか。いずれにしても白話語彙に意訓を振るという生硬な文体を用いずに、充分に日本化されて情味豊かになっている。巻末に翁の評を付し鑑賞の一助とする。なお西沢一鳳『脚色余録』初編上に、寛政十一年九月に近松徳三の脚色で『花楓秋葉話』が上演されたとある。翻刻は鈴木よね子・鈴木千惠子等の手によって『都大論究』2223(昭60、昭61・3))に備わる。
【参考資料】石崎又造「雲府観天歩が『桟橋物語』と其の原拠」(『近世日本に於ける支那俗語文学史』、清水弘文堂書房、昭42)

外題作者画工書肆名目集げだいさくしやがこうしよしめいもくしゆう
書目。角書「画入読本」。成立年未詳。一冊。編者未詳。前半は文化四年(一八〇七)から同九年に至る江戸読本の出板記録で、上木・廻状・売出の日付などを注記する。後半は書物問屋や地本問屋・貸本屋などの名前と月番行事が列挙されている。旧幕引継文書『類集撰要』巻四十六の記録から、この『名目集』は、文化四年九月に四人の町名主が絵入読本改掛として任命されてからの記録であることが分かる。町年寄の樽与左衛門よりの業務の移管であったが、その改に際して町名主である斉藤市左衛門の手控えとして成立したものである。翻刻は松本隆信編「画入読本 外題画工作者書肆名目集」(『国文学論叢』第一輯 西鶴 研究と資料、至文堂、昭32・12)が備わる。
【参考資料】佐藤悟「読本の検閲−名主改と『名目集』−」(『讀本研究』6上、渓水社、平4)、高木元『江戸読本の研究』(ぺりかん社、平7)

巷談坡堤庵こうだんつつみのほら
中本型読本。文化五(一八〇八)年正月刊。中本三巻三冊。曲亭馬琴作、一柳齋豊廣画。村田次郎兵衛・上総屋忠助板。江戸の伝承的な人物である粂平内・三浦屋薄雲・向坂甚内・土手の道哲などを登場人物として構想された敵討物。挿絵の中に詞書が入れられた草双紙寄りの中本型読本であるが、巻頭に仰々しく「援引書籍目録」をおき『江戸名所記』『事迹合考』など江戸の地誌類二十種を挙げる。本文中にも割注を施して馬琴らしく存分に考証を盛り込む。後印改竄本として文化七年の山東京山序を付す伊賀屋勘右衛門板と思しきものと、松亭金水の手になる序文と口絵とを改刻した幕末の板元未詳板もある。これら長年に亙る多様な後印本の流布から本作の人気の程が推測できる。翻刻は林美一『未刊江戸文学』1417(昭30・3、昭34・8)と高木元『愛知県立大学文学部紀要』41(平5・2)とが備わる。
【参考資料】高木元『江戸読本の研究』(ぺりかん社、平7)

小桜姫風月奇観こざくらひめふうげつきかん
読本。巻一内題「国字小説小桜姫風月奇観」。外題「稗官小説・小桜ひめ」。文化六年(一八〇九)一〇月刊。半紙本三巻四冊。山東京山作、歌川国貞画。前川弥兵衛・田辺屋太兵衛・平川館忠右衛門板。山東京伝の『桜姫全伝曙草紙』に拠りつつ、桜姫清玄の世界に中国小説『龍図公案』に見られる金鯉魚の怪談を取り合わせた伝奇小説。因果律による説話の再構成がなされているが、『曙草紙』の利用は登場人物名はもとより、表紙中央に題簽を貼った装幀にまで及んでいる。京山の執筆は前半だけで未完のまま終っているが、文政三年(一八二〇)に後編『小桜姫風月後記』(近江屋治助)が櫟亭琴魚の続稿によって刊行された。序文に上坂した京山から腹稿を聞いたと記すが、さらに馬琴の校訂を経た上での刊行であった。また、北明楼戴儀と合川館〓和の手になる挿絵の印象は前編と大きく異なる。翻刻は続帝国文庫『京山全集』(博文館、明32)、『山東京山伝奇小説集』(国書刊行会、2003)に備わる。

信夫摺在原草紙しのぶずりありわらぞうし
読本。角書「復讐竒談」。文化九年(一八一二)正月刊。半紙本六巻六冊。中川昌房作、感和亭鬼武校・序、一峯斎馬円画。西村与八板。『伊勢物語』と近松の浄瑠璃『井筒業平河内通』とを取り合わせ、有名な和歌を散りばめて業平伝説と紀名虎の謀叛を取り込んだ敵討物。『大阪出版書目』には文化四年四月と七月に本屋久兵衛の出願記録が見えるが、付記に「惣年寄より度々本屋行司を呼出され質問さるゝことあり結局板元より出願を取消す」とあり、『名目集』には西村屋与八より文化五年二月六日売出したと見えるが刊否は未詳。一方『割印帖』文化八年十二月の条には「文化九申正月、鬼武著馬円画、板元願人西村与八」とあり、本来は上方で出板する予定が紆余曲折があって江戸板となったものと思われる。内容的にも江戸読本とは異質。翻刻『小野小町業平草紙』(開花堂、明19)、『繪本稗史小説』三(博文館、大7)

俊傑神稲水滸伝しゆんけつしんとうすいこでん
読本。文政一一年(一八二八)から明治二〇年(一八八七)刊。半紙本二九編一四五冊。岳亭丘山作、五編以降は知足館松旭作。三編まで岳亭丘山自画、四編は歌川貞広画、五編以降は六花亭富雪画。塩屋卯兵衛・秋田屋(大野木)市兵衛板か。読本中最長の雄編。丘山は内題下にことさらに「東武」と記しているが、紛れのない上方板である。主人公は盗賊の頭で神洞小次郎・稲場太郎という。この両名はあるいは『天明水滸伝』などから着想を得たのであろうか、山洞に陣を構えて鎌倉勢と対峙しつつ、鼠小僧を摸したと思しき木鼠小法師など大勢の登場人物たちと複雑な話が展開する。これらは『水滸伝』に見られる説話を踏まえて翻案したものであり、悪漢伝奇小説の系譜に位置する作品である。翻刻には、遺稿を補綴した全一五〇巻の『俊傑神稲水滸伝』一五冊(扶桑堂、明26-28)と、続帝国文庫『俊傑神稲水滸伝』上中下(博文館、明35)がある。
【参考資料】横山邦治『読本の研究』(風間書房、昭49)

自来也説話じらいやものがたり
読本。角書「報仇奇談」。〈前編〉文化三年(一八〇六)正月刊。半紙本五巻六冊。感和亭鬼武作、高喜齋校、蹄齋北馬画。中村藤六板。〈後編〉文化四年正月刊。半紙本五巻五冊。感和亭鬼武作、蹄齋北馬画。吉文字屋市左衛門板。鬼武の代表作であるが、典拠としては宋の『諧史』「我来也」などが挙げられたものの、いまだに主たる典拠は不明。類話として『二刻拍案驚奇』三十九「神偸寄興一枝梅侠盗慣行三昧戯」があるが、江戸期の舶来が確認できない。歌舞伎化された最初の読本で、文化四年九月大阪で『柵自来也談』が上演され、また美図垣笑顔等によって『児雷也豪傑譚』全四十三編(天保十年〜慶応四年)という長編合巻に題材を提供した。翻刻は明治期の単行本のほか、続帝国文庫『児雷也豪傑譚』にあるが、佐藤悟による前編(「実践女子大学文学部紀要」35、平5)が良い。
【参考資料】高木元「戯作者達の〈蝦蟇〉」(『江戸読本の研究』、ぺりかん社、平7)

墨田川梅柳新書すみだかわばいりゆうしんしよ
読本。文化四年(一八〇七)正月刊。半紙本六巻六冊。曲亭馬琴作、葛飾北齋画。鶴屋喜右衛門板。梅若伝説を扱ったもので、八文字屋本『梅若丸一代記』(天明八年。『都鳥妻恋笛』の改題本)や、仏教長編説話『隅田川鏡池伝』(安永十年)などを利用している。伝承世界を歴史の中に虚構化する手法は史伝物的。後に楽亭西馬『花蓑笠梅雅物語』全五編(嘉永六〜安政三)という抄録合巻となる。翻刻は明治期単行本のほか、袖珍文庫11、曲亭馬琴翁叢書、帝国文庫『馬琴傑作集』、近代日本文学大系『曲亭馬琴集』上、婦人文庫『小説』など。善本の影印は『馬琴中編読本集成』5(汲古書院、平8)に所収。
【参考資料】横山邦治「「都鳥妻恋笛」から「隅田川梅柳新書」へ」(『読本の研究』、風間書房、昭49)、稲田篤信「『墨田川梅柳新書』試論」(『読本研究』五上、渓水社、平3)、松下静恵「『墨田川梅柳新書』論」(『読本研究』六上、渓水社、平4)

千代曩媛七變化物語ちよのうひめしちへんげものがたり
読本。角書「三國小女臈孝記・玉屋眞平忠義傳・出邑震平懲惡傳」。文化五年(一八〇八)正月刊。半紙本五巻五冊。振鷺亭主人作、蹄齋北馬画。西宮弥兵衛・石渡利助板。夢窓国師の弟子であった千代能を主人公にし、これに所謂〈二人新兵衛〉の世界(並木五瓶『富岡恋山開』寛政十年正月桐座初演)を綯交ぜにして構想された因果応報譚。時代背景は『太平記』や『鎌倉志』によっているが、千代能一代記という構想の根幹は『本朝語園』に基づく。巻末に「千代曩尼本伝」として、作中由来譚として使った「底抜井」や投機の歌「とにかくにたくみし桶の底ぬけて水たまらねば月もやどらず」についての考証を加えている。猟奇残虐趣味の徹底した作風は北馬の描く口絵挿絵とあいまって凄惨な印象を禁じ得ない。翻刻は絵入文庫19にあるが凄惨な図柄の挿絵四図が省かれている。
【参考資料】棚橋正博「千代曩媛七變化物語」(『日本古典文学大事典』、岩波書店、昭59)

鷲談伝奇桃花流水わしのだんでんきとうかりゆうすい
読本。文化七年(一八一〇)正月刊。半紙本五巻五冊。山東京山作、歌川豊廣画。前川弥兵衛・丸山佐兵衛板。浄瑠璃『花衣いろは縁起』(寛保二年)を典拠として良弁伝説の鷲の段を取り込み、登場人物名の設定など『仮名手本忠臣蔵』の人間関係を写した敵討物。なお、序文などには板元は観竹堂(本屋仲右衛門)とあり出板に至るまでに何らかの事情が介在したのかもしれない。翻刻は『山中三之助復讐美談・鷲談傳奇桃花流水』(望斉秀月画、菱花堂、明18)、続帝国文庫『京山全集』(博文館、明32)に備わる。
【参考資料】内田保広「「不才」の作家―山東京山試論」(『近世文学論叢』、明治書院、平4)、津田真弓「山東京山読本考」(『日本女子大学大学院文学研究科紀要』二、平8・3)

楠里亭其楽なんりていきらく
近世後期の戯作者。天明二年(一七八二)生まれ安政七年(一八六〇)歿。享年七九歳。俗称小林季(喜)六、また其楽。名は貞、字は高悦、号は南(楠)里亭・万器堂・陽米市隠・江陵山人・南地亭金楽・楠里散人など。屋号は播磨屋。江戸に生まれ南杣笑楚満人の門人となって文筆を修めていた。文化一四年(三六歳)頃大阪に移住し播磨屋の養子になったものと思われ、同六月には南米屋町の町代に任用される。その後、大阪の町を転々として町代を兼務している。文化一五年(一八一八)に読本『復讐誉通箭』や『曩小説打出浜』などを刊行し、以後秋田屋太右衛門(宋栄堂)の抱えとして秋田屋の出す本に序文を寄せたり、時には校閲を加えたりしつつ、読本のほかに多数の教訓実用書などを刊行した。暁鐘成や好華堂野亭や笠亭仙果との交友も篤かった。
【参考資料】長友千代治「楠里亭其楽」(『近世上方作家・書肆研究』、東京堂出版、平6)

双〓蝶白糸冊子ふたつちようちようしらいとぞうし
読本。文化七年(一八一〇)正月刊。半紙本五巻五冊。芍薬亭長根作、葛飾北斎画。角丸屋甚助・河内屋太助・伏見屋作兵衛板。濡髪長五郎・放駒長吉と吾妻与五郎など『双蝶々曲輪日記』(寛延二年初演)の世界に登場する人物達を、『後太平記』『室町殿物語』などから形成された「大内之助」の世界に嵌込んだもの。御家騒動的な主筋に複雑な脇筋を配し、蝶の怪異や宝剣の奇特、主君の身代わりなど様々な趣向が散りばめられ、かなり複雑な構成になっている。作者の芍薬亭は狂歌師菅原長根。巻末に五部の江戸読本の新刊予告が出ているが、実際に出たのは三部である。いずれも凝った装幀を施されたものであった。後印本の流布状況を見ると、それなりに読まれたものと思われる。

驫鞭へいべん
随筆。文化七年(一八一〇)頃成立。自筆写本一冊。曲亭馬琴作。式亭三馬の読本『阿古義物語』(文化七年刊)を批評した随筆。原本は早稲田大学図書館蔵「曲亭叢書」中に収められている。内容は各巻毎に文辞の誤謬や不適を列挙して指摘し、さらに「総評」では自然性を無視した稚拙な趣向や、一貫した性格描写を欠く構想上の難点などを事細かに批判している。最後に「総巻批評」を付し、要は三馬に学問がないから勧懲正しからず、かつ人情を穿つことができないと結論付けている。これらの多分に一方的な難評からは、江戸読本の第一人者としての自覚に支えられた馬琴流の読本観をうかがい知ることができる。翻刻は『曲亭遺稿』(国書刊行会、明44)に収まる。
【参考資料】浜田啓介「近世に於ける小説評論と馬琴の「半間窓談」」(『近世小説・営為と様式に関する私見』、京都大学学術出版会、平5)

盆石皿山記ぼんせきさらやまのき
中本型読本。〈前編〉文化三年(一八〇六)正月刊。中本二巻二冊。曲亭馬琴作、一柳齋豊廣画。住吉屋政五郎板。〈後編〉文化四年(一八〇七)正月刊。中本二巻二冊。曲亭馬琴作、一柳齋豊廣画。鶴屋喜右衛門・住吉屋政五郎板。皿屋敷伝承・苅萱説話などを題材とし、民譚の鉢かづき姫や紅皿缺皿などを散りばめた伝説物で、馬琴作では最も長編の中本型読本である。中国小説『開元天寶遺事』の「鸚鵡告事」や『伽婢子』「隠里」など和漢のさまざまの典拠を用いて趣向を盛り込み、皿と井戸とに関する伝承を集大成して再編成されている。このある事物に関連する伝承や説話を集めて連想や音の相似により付会していく方法は、時にはやや強引であるが、後の作品でも多用されている。なお、構想や登場人物の命名に関わる「名詮自性」という語が、欠皿が皿を割る箇所に用いられており、早い用例として注意が惹かれる。翻刻には高木元『研究実践紀要』7・8(明治学院東村山中高、昭59・6、60・6)が備わる。
【参考資料】高木元「中本型読本の展開」(『江戸読本の研究』、ぺりかん社、平7)

松浦佐用媛石魂録まつらさよひめせきこんろく
読本。〈前編〉文化五年(一八〇八)正月刊。半紙本三巻三冊。曲亭馬琴作、一柳齋豊廣画。鶴屋喜右衛門・鶴屋金助板。〈後編〉文政十一年(一八二八)正月刊。半紙本七巻七冊。曲亭馬琴作、渓斎英泉画。河内屋茂兵衛・丁子屋平兵衛・大坂屋半蔵板。佐用媛伝承に龍神信仰を絡め、格調の高い明代小説『平山冷燕』を利用した敵討物。当初の「大和言葉」という書名も翻案意識の反映であろう。後編が二十年を隔てて書かれたのは高踏的な前編の不人気ゆえで、後編では様々の江戸読本らしい趣向が凝らされている。翻刻は明治期の単行本以外に、曲亭馬琴翁叢書、袖珍名著文庫32・33、絵本稗史小説1などに入るも不完全なテキスト。『馬琴中編読本集成』10(汲古書院)に影印が備わる。
【参考資料】徳田武「文人の小説、戯作者の小説」(『日本近世小説と中国小説』、青裳堂書店、昭62)、高木元「『松浦佐用媛石魂録』論」(『江戸読本の研究』、ぺりかん社、平7)

綟手摺昔木偶もじてずりむかしにんぎよう
読本。文化十年(一八一三)正月刊。半紙本五巻五冊。柳亭種彦作、柳川重信画。塩屋長兵衛・若林清兵衛・山崎平八板。近松の浄瑠璃『淀鯉出世滝徳』に趣向の大半を負っているが、世話浄瑠璃の世界を武家に移し、忠臣の義理と因縁にまつわる苦節に復讐譚を絡ませた伝奇小説。部分的には西鶴の浮世草子を摂取しているという。『出像稗史外題鑑』にも「世話時代古今の妙作」と評され、本作の批評である馬琴の『をこのすさみ』でも予想外だと評価されている。全般的に芝居趣味が濃厚で、かつ考証がふんだんに盛り込まれているのも種彦らしい。こだわりは装幀の懲り方にもあらわれている。翻刻は明治期の単行本以外に、古今小説名著集18、袖珍名著文庫21、帝国文庫『種彦傑作集』、昭和版帝国文庫『種彦傑作集』、近代日本文学大系『柳亭種彦集』などがある。

稚枝鳩わかえのはと
読本。角書「復讐奇談」。文化二年(一八〇五)正月。半紙本五巻五冊。曲亭馬琴作、一陽齋豊国画。鶴屋喜右衛門板。中国明代小説『石点頭』から二話を翻案し、「夜叉切」説話を『新著聞集』から摂取し、これに弁才天や観音の庇護を絡めた怪異譚を交えた敵討物。文化初年の猟奇趣味と残虐さを求める読者の嗜好に合わせ、文画ともに酸臭がはなはだ強い。文化二年十月に浪華で浄瑠璃『会稽宮城野錦繍』として仕組まれ、また中村座の秋狂言に瀬川仙女が復讐の段を脚色した烈女の五人切を演じたという。翻刻は明治期の単行本以外に、曲亭馬琴翁叢書、続帝国文庫『続馬琴傑作集』などに入る。善本の影印は『馬琴中編読本集成』2(汲古書院、平7)に所収。
【参考資料】井口洋「馬琴読本の浄瑠璃化」(『青須我波良』6、昭47)、内田保廣「馬琴の現在的魅力」(『解釈と鑑賞』昭54・12)、徳田武「『復讐奇談稚枝鳩』と『石点頭』」(『日本近世小説と中国小説』、青裳堂書店、昭62)

催馬楽奇談さいばらきだん
読本。角書「馬夫与作乳人重井」。文化八年(一八一一)正月。半紙本五巻六冊。小枝繁作、蹄齋北馬画。西宮弥兵衛・伊勢屋忠右衛門・田辺屋太兵衛板。丹波与作を扱う浄瑠璃『恋女房染分手綱』を粉本とし、『源平盛衰記』の鹿谷や卒塔婆流しの段を利用し、狂言廻しとして活躍する馬には「三娘子」(『怪談全書』所収)の変身譚を取り入れ、『本朝俗諺志』に見える有馬湯山の禁忌を利用するなど、色々と趣向の凝らされた稗史物。江戸読本の特徴をすべて盛り込んだ作品で、因果に絡んだ御家騒動や仇討を含みつつ、怪奇性に富んだ勧善懲悪を旨とする。翻刻は新日本古典文学大系80『繁野話 曲亭伝奇花釵児 催馬楽奇談 鳥辺山調綫』(岩波書店、平4)がある。
【参考資料】横山邦治『読本の研究』(風間書房、昭49)

小枝繁さえだしげる
近世後期、江戸の読本作家。天保三年(一八三二)四月十九日歿、享年未詳。小枝繁は戯号(訓みは存疑こえだしげりとも)、通称は露木七郎次、また縫山・セツリ陳人などと号した人物で、水戸藩の臣、四谷忍原横町に住み城西独醒書屋といった。文化二年(一八〇五)刊の処女作『絵本東嫩錦』から文政十年(一八二七)刊の『璧廼露』まで十四種の読本と、一種の合巻『十人揃皿之訳続』(文化九年刊)と一種の絵本『絵本ふちはかま』とを執筆している。馬琴流の江戸読本作法を忠実に継承した中堅の読本作家であるが、その処女作以来、書肆角丸屋甚助との関係が強かった。なお従来未詳であった歿年は過去帳により確認された。
【参考資料】横山邦治『読本の研究』(風間書房、昭49)、横山邦治・田中則雄『小枝繁集』(叢書江戸文庫41、国書刊行会、平9)

春夏秋冬春之巻しゆんかしゆうとうしゆんぺん
読本。文化三年(一八〇六)正月刊。半紙本五巻五冊。振鷺亭主人作、一陽齋豊国画。勝尾屋六兵衛・石渡利助板。中国の説話集『艶異編』を翻案し、「唐解元玩世出奇」(『小説奇言』所収)や『水滸伝』第二回蹴鞠の段を利用し、歌舞伎狂言風の場面構成を持つ情話物。登場人物全員に役者似顔が使われているのが特徴。しかし板元の企画かと思しき似顔の使用は、同板元の関わった談洲楼焉馬『絵本敵討松山話』(豊国画、享和四年)以外には見られず、江戸読本には相応しくない趣向だった。なお文化十五年刊の後編『四季物語夏編』(栗杖亭鬼卵作、山東京山校・序、壮遊亭蒿雄画、泰文堂板)にも上方役者の似顔が用いられている。
【参考資料】水谷不倒「似顔式小説絵」(『水谷不倒著作集』5所収、中央公論社、昭48)

大晦日曙草紙おおみそかあけぼのそうし
合巻。天保一〇年(一八三九)〜安政六年(一八五九)刊。中本二六編一〇四巻五二冊。山東京山作、国貞(三代豊国)・国輝・国政・芳綱・国清画。紅英堂蔦屋吉蔵板。西鶴の浮世草子『世間胸算用』の設定を真似て、大晦日に主要な事件を置く話を、幕末の町人生活に即しつつ長短取り混ぜて連載した長編合巻。途中天保改革のあおりで三年間中断されたものの、二十年に亙って出板され続け、安政五年の京山歿にともなって終刊となった。各話の登場人物名を先行する文芸から借用しているが、特にその世界を持ち込んでいるわけではない。京山の合巻らしく、各話は婦女子向きの教訓的な話柄になっている。翻刻は明治期の単行本のほかに、古今小説名著集21に備わるが、一番良いテキストは、原寸大影印 に語句注付きの翻刻を付した『太平文庫』19・25・29(太平書屋、平2・5・7)で、八編まで既刊。
【参考資料】永田麻子『大晦日曙草紙』(『日本古書通信』774、平6・1)

教草女房形気おしえぐさにようぼうかたぎ
合巻。弘化三年(一八四六)から慶応四年(一八六八)刊。中本二五編一〇〇巻五〇冊。山東京山作、二一編以降は鶴亭秀賀作。二代(実は三代)豊国画、一二編以降は二代国貞画。錦橋堂山田屋庄次郎板。天保改革が収まった後に教訓的標題をもって刊行が開始された一群の作品のひとつで、京山の代表作。八文字屋本の気質物に倣った作風で、町家の女房たちを扱った全部で五話(最後の一話は秀賀作)からなる〈続きもの〉である。第一話は清涼井蘇来作の読本『当世操車』(明和三年)巻三「浮島頼母妻女の事」を典拠としており、かなり密着した翻案が行われているという。各編の序などで和漢の故事を引きつつ、婦女子に対する道徳教訓を説くことが多い。翻刻は明治期単行本のほか、続帝国文庫『続気質物全集』、有朋堂文庫『娘節用・教草女房形気』に収まる。
【参考資料】内田保広「「不才」の作家―山東京山試論」(『近世文学論叢』、明治書院、平4)


# 『日本古典文学大事典』(1998年、明治書院)の執筆項目
# 増補改訂 2004-01-03
# 増補改訂 2006-04-09 絵本鈴鹿森・俊傑神稲水滸伝の項を小田島洋氏の御
#           教示により訂正した。
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