遺された宿題
佐用姫伝承を辿っていて、馬琴の江戸読本『松浦佐用媛石魂録』を知り、その諸板調査と作品研究とで卒論の一章を書いた。あたかも70年代後半は京伝馬琴の読本研究の興隆期であった。国会図書館に通い、資料館で収集された中村幸彦氏蔵書の紙焼に拠って江戸読本を読み漁っていた際に出逢ったのが横山邦治『読本の研究』であった。読本ジャンルを一望した大著を前にして、今思えば若気の至りであったが、細かいデータの間違い探しに興じていた。『国書総目録』が出揃ったばかりの時代で、いまだオンラインの古典籍総合目録はなく、それも東京ではなく広島で積み上げられた業績であったのに……。
しかし、この生意気な揚げ足取りに拠って、逆に読本研究の課題を意識化できた。つまり『読本の研究』に導かれて京伝馬琴以外の多様な読本に目が向き、とりわけ中本型読本に興味が惹かれたのである。同書に収められた「中本もの書目年表稿」を検証するために原本を博捜するようになった。横山邦治編『読本の世界』(世界思想社)の中本型読本に関する一章の執筆を宿題とされたことが契機であった。この宿題の余勢を駆って末期中本型読本の調査蒐集に努め、「中本もの書目年表稿」の続編を「切附本書目」として提出し、現在も補訂を続けている。
『読本研究』のことは措き、その発刊とほぼ同時期に横山先生が企画された共同研究として『読本年表』の作成があった。様々な要因に拠り、いまだ完成を見ていない。近年、若手に拠って文政期読本に関する成果が挙げられた。また、中本型読本も備わる。文化期までと天保以降は、細々とではあるが研究経費を獲得して継続的に調査を続けている。現在も古書市場に未見資料が出現する上に、在外資料を含めた悉皆調査は困難である。だが『読本年表』を形にすることが遺された宿題なのである。