魯文の報条(四)
高 木   元 

仮名垣魯文はその売文業の一環として、無数の片々たる紙片を遺した。此等は文学的営為の所産とは見做されず、従来の文学史では取り上げられることはなかった。しかし、魯文の報条(引札)には彼の感性が横溢する凝った戯文が駆使されており、魯文の足跡を明らかにするために不可欠な資料である。

今回は前回に引き続き、国立国会図書館蔵の貼込帖に遺されたもの、アドミュージアム東京で蒐集されてきた資料、展示資料集に掲載されたものなどを取り上げた。

また、これまでに未翻刻のまとまった資料として、既に柏崎順子氏が「一橋大学附属図書館所蔵『奎星帖』紹介」(「書物・出版と社会変容」第4号、2008)で紹介された『奎星帖』がある。氏に拠れば、『奎星帖』の作成者は「奎星館」を設立した山寺清二郎であり、この45冊の貼込帳には、魯文や守田宝丹、岸田吟香等に拠る多数の引札などが遺されているのみならず、魯文の引札草稿2点も在ることを見出され、この2点は画像も掲出されている。なお、魯文の執筆したもの以外でも、魯文の交友関係を知るに有用な資料(「花笠文京伝」、「磐梯山噴火記念碑建碑建設慈善會」など)があり、翻刻紹介されている。しかし、魯文の引札については本文が載せられていないので、此処で取り上げておきたいと思う。

【五五】(製版、色摺 19.1×26.2cm)

おん待合まちあい開業かいげふろう

薫筆[某素]

大星おほぼしみやこあそびに。て なるかた銚子てうし はこびし。祇園ぎ をんまちあげにあらず。あづまみやこみづきよき。築地つきぢかは架橋かけわたす。おきやくとおしやく合引あいびきばしわたつて間近まちか 木挽町こびきちやう都合つ がうよろづよしといふ。風雅ふうが土地とちつくろ普請ふしんふるきをたづねてあたらしき。かけ行燈あんどう一力いちりきていつり燈籠どうろうのあかりをらす。黄昏たそがれよりの運動うんどうかた/\。のみをれさすは。さしをれのむハのおあいしやくにて。水面すいめんまどつきゆき景色け しきもとりそへて。ながめにあかぬ遊覧いうらんに。をり/\来臨らいりんねがますと。ながぶみをみぢかく端折はしをりゑんしたよりちからゆる。九太夫くたいうめきし老生おのれ

築地川劇場河岸        
いろは連の 假名垣述  
京橋區木挽町壱丁目十四番地   
十一月十二日開店
一 力 亭

【五六】(製版、色摺 18.7×26cm) 明治21年

塑生舘開館式 書畫展覽會   來三月廾四廾五兩日間不論\時ニ而相催候間御恵臨是祈

素岳[ながゐ]

  補助 松本芳延\柳澤菊圃\清水巴江\冨樫文治

  幹事 飯島光峨\假名垣魯文\夜雪菴金羅\服部波山

本日諸先生/席上揮毫  會主 村越滄洲
居 浅草公園第五區九十九号地三社ノ際

あらかねの土もて人の姿物の形ちを造ること遠つ神つ代に始りて土師の姓是に起れり此技術ひとり我おほみ國のみならすとつ国にも羅馬舊都の遺物印度の土偶其奇なる物競ふて欧洲各國の博物舘に陳列し古製美術の誉れを傳ふ茲に村越滄洲夙にこの技に鍛錬の功を奏し故きを温ねて今様の形ちを摸し殊に肖像の製に精しく人に對して物いふか如きハ世の好事雅 客の感し知る所此技の妙をひとつらに集め今度浅艸公園内に一の縦覽場を建設け塑生館と號けて竟に落成の功を奏せりその喜ひを常に愛玩の諸君に報せむとてことし三月の末の新館に莚を開き席上に山岳の秋を作り硯池に龍鯉を跳らしめむとす諸君車を飛はして幸ひに來臨あれ

耳順翁 假名垣魯文述[文]

【五七】(製版、色摺、20.6×28.1cm)

 賣花ばいくわ

   ご 披露ひ ろう

月耕画[春]

はな手折たをりかめすことふる物語ものがたりぶみにも數多あまた後撰集ご せんしふ貫之つらゆきうたひさしかれあだになすなとさくらはなかめにさゝせてうつろひにけりそも立花たてはなもと佛前ぶつぜんそなふにはじま東山ひがしやま殿どのころまでハその法式はふしきもなかりしが洛陽らくやうかくだういけばう専順せんじゆんそのわざをよくしそのはふつた立花たてばな名稱めいしやうこれにおこりそののち流派りうはさま%\にわかはて投入なげいれ無造作むざうさなるも茶家さかの一りうとハなれりおよそ立花たてばな賓客ひんかく待遇たいぐうだい一にして内外ないぐわい親睦しんぼく媒介なかだち交際かうさいじやうかくべからぬわざなりとて友人いうじん西にし梅叟子ばいそうしとしごろこのみちとほいけばう水源みなかみをたづねわが園中ゑんちう百樹ひやくじゆ千草せんさう培養ばゐようし四はなたやさで自他じたよろこばしかつ世渡よ わたりのたつきにもせばやと手車てぐるまかず花籠はなかごさしそえ諸家しよけにたよりてしぼみしもとのはなとさしかへまいらするをげふとぞらせらる大方たいはう諸家しよかさかりひさしき花主とくいてとならせたまひねかし

假名垣魯文述[文]
素嶽書 [岳]  
日本橋下槙町三番地 西座梅叟 
王子飛鳥山   補助 佐崎可邨 

【五八】(製版、色摺 36.4×25.9cm)

明和めいわ安永あんえい逸遊いついうひやくいうねん未来みらいはしめて文明ふんめいかくかう究理きうり新説しんせつ主張しゆちやうするもの平賀ひらが源内げんない鳩溪きうけい先生せんせいなり時期ときはやふしてかぜきたれどもそのげふあがらず紙鳶とびだこいとれて飄然へうぜん虚空こくうのぼれりしかるに外面ぐわいめんかはやぶるれど心術しんじゆつほねのこれるをひろこれかみいとつな風来ふうらいふたゝ蒼天あをぞらげたるハ河原かはら英吉えいきちそのひとなり昔時むかし山人さんじん志道軒しだうけんれいまつりて痿陰なへまら隱逸傳ゐんいつでん戯文けぶんそな現今いま風来子ふうらいしこの洒落しやらくならしめさんとほつするよりぼく同志どうし来會らいくわいはんとすこの祭典まつり天狗てんぐ髑髏どくろくわいしり放屁男へつぴりをとこ等類たぐゐにあらでんだうわさ後言かげごと先生せんせい陰莖ゐんきやうなへたりとあさけるものらバさとのをだまきしんわけりにあらずとせむいやならきたらずおしまば喜捨きしやすることなからんも自由じいう

妙々道人假名垣魯文述 〈文〉

ねんねんれゝばかして駑児どじはれ信義しんぎなまじへんつくせばかへつ花痣たわけそしらるゝがいまその人情にんじやう風流ふうりう因循いんじゆんかくしことば雅致みやび姑息こそく符牒ふてふなんでも改良かいりやうヤレ改良かいりやうらうしてこうなきえんした力持ちからもちチャリネ技藝しぐさられ楽屋がくやこゑからさるゝ狂言きやうげんまたまれなりけれバ性来もちまへ鈍筆どんぴつ下手へたへたなり御所ごしよがきあま世間せけんわたらんとは奇怪きつくわい千萬せんばん不届ふとゞき至極しごく了簡れうけんに候へども真逆まさかのしこしやまぐらゐめるほど文盲もんまうにてこの調法てうはふあた馬鹿ばかける膏薬かうやく特許ゆるされぬを遺憾うらみとしいまさらまちどほながらくびくゝるほど耄碌まうろくつかまつらずりとて懶惰なまけずき仕事しごときら前生ぜんせ鮟鱇あんかうむくいとおうあごるもしかりとみづから過去くわこさとがほに四十さがりの譯解男やくかいをとこ初代しよだいらんえいふくめどいきどほ気力きりよく開明かいめい時期ときおくてつだうむがたくりしやヒンいなゝ痩馬やせうまむちあてゝ千里せんり同行どうかう窮鬼びんばうがみ駈競かけくら追附おひつくと比喩たとへもあれバ 永季なからくすたれし紙鳶とびだこ糸目いとめつな今般こたびをうれいこんまつるとハ空殿くうでん建立こんりふするの告條いひたてなり有志いうし諸彦かた%\さんでもソレなにやらをわすたまふな

三世 紙鳶堂風来誌 [風来]

 いまさらになにと\先師せんし聲色こはいろや\薄学はくがくもなし小遣こづかひもなし

素岳書[岳]   

【五九】(製版、色摺 33.4×47cm)

耕逸敬繪[印][印] 

山林さんりんさう雨露うろ霜雪ざうせつ潤澤うるほひありて自然おのづから繁殖はんしよくするもかつ肥料ひりやうまをけなきよ〔リ〕蔓延まんゑん屈曲くつきよく無造作むざうさなる庭園ていゑん眺望ながめとするにらずこと常平じやうへいかくからぬものおけるやおよそこく肥料ひりやうそなへあるはひと教育けういくみちあるがごとひとし天賦てんぶ賜物たまものといふきなりされば善悪よしあし難波なにはちか摂州せつしうあまさき岡部おかべいへよりいづ肥料ひりやう赤糠あかぬか巧驗こうげんあまね農家のうか試用こゝろみとこ今更いまさらこゝ喋々てふ/\せず従来じうらいその商標しやうへうごといわゆるてん賜物たまものもとづてんタマの名称めいしやうもとひろひろまり遠近ゑんきんおん引立ひきたてあづかりしたびこのへうたまてんとしてんじて商標登録しやうへうとうろく認可にんかたればなほ赤糠あかぬか赤心せきしんへう自他じたこやすの丹誠たんせいより品物しなもの一層いつそう吟味ぎんみとげたわらかずかぎりなくまきたて輸出ゆしゆつなしはべれバ不相変あひかはらずおん引立ひきたて希望こひねがひまをすになむ

應需 假名垣魯文稿[呂文] 
千龝書[千秋]   
[別仕立][登録商標]テ\ン〔井桁にカ〕摂州尼ケ崎\酒造糠正 味\壹石入\岡部宗助吟造

【六〇】(製版 19.2×52.5cm)

せいてうきよかつ活虎行くわつこぎやう作文さくぶんいけとらること不容易よういならすいふ中華もろこしびとすらかくの如しんやわがてうおいてをやしかれ共太平たいへいとくくわあまね海外かいくわいおよ萬國はんこく異境ゐきやう産物さんぶつ珎竒ちんきながらにしてるにいたるハ有難ありがたの御めぐみならんかし今般こたひ蘭人らんじん横濱よこはま舶来もちわたり猛虎もうこよん大蟲とらといへるハそのおや立秋りつしうはしめうそふ仲冬ちうとうにはじめてましは胎内たいないにあることなゝ月にして生れいま一歳いつさいみた身財みのたけ肉犢しゝひらこうしひとしく阿芸あうん形相ぎやうさうじつ傑膽けつたんさむからしめ今昔こんじやく未曽有みぞう竒獣きじうたり去年きよねん蘭人らんじん舶来もちきたりしハへうにしてとらあらかれこれとをくらぶるときハ雲泥うんでい差別けじめありてその勢形ありさまおほいたがへり四方よも君子くんし正真しやうじん活虎くわつこちかづき本體ほんたいんとほつさばいまこのときし給はで御光臨ごくわうりんあれかしとつゝしんまうす

     文久元辛酉九月    太夫元に代りて

假名垣魯文演述 〈文〉
[彫工 小泉兼] \[改九酉]\寫生 國麿画\板元 横山町三丁目 菊屋市兵衛 板

【六一】(製版、色摺 18.8×26cm)

ことばはな元禄げんろくむかしさきことしげりハ明治めいぢいまいやさかへて飛花ひくわ落葉らくえふ散布ちりしかをりを四方よもつたふるより俗中ぞくちうあり雅中がちうぞくありされバ山樵やまがつはな下臥したふし高沽あきうどさぬたる風俗ふうぞくおのづからにして俚語りご雅言がげん句兄弟くきやうだいさかるもるもよし眺望ながめ 俗性ぞくしやう貞室ていしつていかぶらし晋子しんし風雅ふうがあと造化ざうくわあん機春きしゆんぬしこたび敷島しきしまのやまとごゝろと本居もとをり大人うしうたちなめるほんばしのほとり家居いへゐあさひにほ桜々堂あう/\だう家号かがうまうけあら玉のとしまちあへず霞引かすみひくなる店棚みせだなかざすゑたるうりものるゐは花のいろ目の色紙しきし短冊たんざく雲井くもゐわた雁皮帋がんぴしよりうむつゝ巻紙まきがみるゐかぜのまとひの扇子あふぎうちはすべ筆硯ひつけん紙墨しぼくむつ詩歌しか連俳れんぱいかゝるもの開業かいげふ雅興がきやう印刷いつさつとうまで種々しゆ%\いろずりの注文ちうもん雅俗がぞくにわたる主個あるじ擔當たんたう賣品ばいひんるゐハ際物きはものなりとて一足元あしもとはしらずちりひぢのやまつもれるさかへハ老舗しにせしめのちありとし正路しやうろをふみのはやしにわけりもつぱら注意ちういなす口實こうじつしんしやうして開業かいげふ口序こうじよしる

友人  假名かき魯文[呂文]

  十九年\十二月開店

日本橋區通三町目極七番地    
桜々堂 伊藤貞次郎
素岳書[岳]     

【六二】(製版、色摺 33.6×24cm)

ちう天竺てんぢく舶來はくらい大象だいさう

[藤希彫]

亞細亞洲あぢあしう天竺てんぢく馬爾加国ばにかこく出生しゆつせう生じてよりわづかに三歳形象かたちたい山のごとくはなかけはしたり總身そうしん黒色こくしよくほねふとにくこへまへあしつめ鼈甲べつかうひとしく後足うしろあしつめ石のごとしけんみゝふくろをかけたるごとし干時ときにぶん久三〈癸|亥〉弥生やよい上旬西両国廣小路ひろこうじに於ゐて観物塲くわんぶつじやうひら諸人しよにん目前もくぜん一見いつけんあらたにすることゝハなりぬ

仮名垣\魯文賛

  姫氏國の\毛綱につなく大象は\うこかぬ御代の\ためしとぞなる

[亥二改]  一龍齊\芳豊画

【六三】 (製版、墨摺 33.5×48cm)

      演義告條

神洲の武威四夷にとゞろせい代の徳たくばんあふ海外かいぐわい萬里はんりの波涛をしのぎ招かさるに異邦の奇ひん入賞にうしようせるをもて未見みけん萬物ばんもつ日夜を選ばず時々しゝ刻々かく/\舶来はくらいせりそ〔か〕中に今般こんぱん欧羅ようろつじんアルキウルなるもの部中しなれう爾馬しるれりまきが國スヒツトヘルゲンといへるたい山のふもとの大原に一疋の大象をいけとりわがこう横はまに渡来なせりそも/\象ハ西せい南の夷地いちに生すかん土のたい國なるもあることまれなり支那しなをう古ハ其ざうにて見るのみ故にざうとハなづけしなりされバばん名をヲリハンヲといひしゆ類一にして身色一ならず佛書に所謂いはゆるさう四牙しげろく牙なるもあるとかやそれさうハ□じうの一にしてまさ宇宙うちう聖獣せいじうたりその行状ふるまひ自若じしやくとし○泰山たいさんごとく夜ハふして寅におきしよ州の人語をきゝわけ水をゆくこと平地ひらちのことく火をけすことあたかくさかるたり力量ちから千斤せんきんくろかねをおひ鼻に千曵ちびき巌石いはをを巻水原すゐけんをうがち金まんを推しとく退しりぞ清浄せいしやうをこのめりさうこつ象牙ぞうげの人にれいあるゑきあるハあまねく人の知処にしてしつ泰平たいへい祥獣しやうじうといふへき 而巳

     文久三〈癸|寅〉弥生上旬   

 〈太夫元に|代りて〉  稗官 仮名垣魯文譯誌〈文〉

 象友舎画

【六四】(製版、色摺 35×49cm)

西兩國廣小路におゐて三月上旬より興行仕候

        舶來はくらい大象たいざう

しゆん孝感かうかんてんうごか大象たいざうきたりて田をかへし。だいはうれいしんいからし。白象びやくざうをしてなやましむ。それざうれいあるや三しうの一といへども獅子ししとら猛獣もうしうすへきにあらず。西客せいかくこゝろのぞみあれバざういのりて宿願しゆくぐわんをはたし。いん蒼生さうせいざうけいびつなすときハ。そのたゝりうくといへり。たび歐羅巴人えうろつはしん天竺てんぢく馬爾加まにかこくより。一疋いつぴき大象たいざうわが神洲しんしう渡來とらいせり。しやうしてよりわづかに三歳いまだ骨肉こつにく充満じうまんせざれども圖計とけいあそばず。清食せいしよく浄状じやうぎやうりんおよばず。ハ子にふして寅におきひる三度さんど居処ゐどころあらたむ火にあふときハ水よりはげしく水にあふてハ夏禹かう不如しかじきくならく。ぎやうしゆん聖代せいだいにハりんげんあそ鳳凰ほうわうきり宿しゆくせり とかやいま四海しかいなみしづかをさまり。國風こくふうゆたかになびき万民ばんみんやはらぎて。戸々こゝ千秋樂せんしうらくとな家々いへ/\万歳樂ばんせいらくをうたふ是ひとへてん□やうほう徳澤とくたくにして。まさ霊獣れいしう祥瑞しやうずいあるも。寛仁くわうじんたいけいなるべし。中興ちうこう蘭人らんじんやうもちわたりしも光陰くわういん關門くわんもんにへだてられ。たゞそのかたち画圖くわづみる。さいはひなるかな泰平たいへいときうまれ。われ人ともに此聖獣せいじうを。目前もくぜんに見ることをえたるは。千載せんさいきう面目めんもくにて。ばんはつ奇事きじといふべし。ゆゑにしよくんきそふてまげこぞり來臨らいりんあれかしといふ

    于時文久三癸亥季春上旬

稗史著作郎  假名垣魯文操觚

【六五】(製版、色摺)

      ろう

軍配ぐんばい團扇うちはかぜなびき。贔負ひゐきれんおん取廻とりまはしに。相撲すまひちやとは烏滸をこがま式守しきもり行司きやうじにあらでたう活計なりはい。めうがにかな大入おほいり四本柱しほんばしら普請ふしん出来しやつたい。おん客様きやくさまの御かほぶれ。よろしき日取ひどりたくびらき。これから出世しゆせ階段だん%\あがり。かの横綱よこつな横濱よこはまれんを。摩利支天まりしてんともいのりまうせば。はるふゆ場所ばしよ御發駕おいでかぎらず。四折々をり/\遊山ゆさんにも。おん立寄たちよりこひねが

源坊げんばうかはりて\假名垣魯文伏述[南東|北西]

 相撲茶屋

〈東亰東両國|回向院前〉 伊豆源 

【六六】(活版、飾枠、「奎星帖」第四冊)

〈明治廿三年|三月[廿九]日〉 建碑落成披露 故花笠文京翁傳

  墨陀梅柳山木母寺境内建設

    篆 額  少數正  堀越 秀

    撰 文  如 電  大槻修二

    淨 書  香 遠  益田 厚

    石 工       宮 龜年

   健碑協同總代

         胡 蝶  若菜貞爾

         柳 香  廣岡豊太郎

         嗣 號  渡邊文京

         建 主  假名垣魯文

【六七】(活版、二分アキ、飾枠、「奎星帖」第四冊)

    御貸席御披露

いまハむかし。むらさきいろすこしくかれしと見ゆれども。そのか まつた うせやらず。一度ひとたびつきじ がはほとりににごりをす まさんとほつし。な らずして西京さいけいはた殿どのちかく。にしきおり 職女しよくぢよ まじは ほどへ 故郷こきやうかへばな。ふるす ちかはつね さとみ かくが おとなしがはながれにそひ御行おぎやうまつの。したかげにやどりをもとめ。ぎ わうさ が の さもに たる。ねぎし さゝゆきどうふ うへの はな春待はるまちあひ席貸せきかしげふひらはべりぬ。す むもにごるもうきよ のいとなみ。新聞しんぶんし ふでのまに/\。人口じんかうのさがなきも。よ うたはるゝハそのみ 名聞 みやうもん。もとめてせいご わづらはさず。しひ辧駁べんばくしたろうせず。をりふしご 運動うんどうに。かならず。おたちよりをまつの下蔭したかげをんるじがみ ゆきどうふ の。ふかくもとけてねぎたてまつる。いなねがひあげ被参候 かしく

あるじ もとめ 大星おほゝし九太夫\じつながぶみの 假名がき述[魯文]

  十二月中旬より開業

根岸御行松近傍〈下谷區金杉村|三百十七番地〉   
高橋かほる拜

【六八】(製版、本文墨摺、「奎星帖」第五冊)

         待合まちあひ開業かいげふ

此頃このごろ流行りうかうとて此處こゝにも待合まちあひ彼処かしこにも待合まちあい茶屋ちやゝみなさまさぞおうるさうござひませふこれとても活計すぎはひ當家このや親父おやぢハむかしから岩固がんことほした侠客きをひはだいろはぐみ纏印まとひじるしかは浮世うきよひらけた運動うんどうをひ年波としなみゑびこしまがなりにもつくろ普請ぶしんおなじみがた待合まちあひ渡世とせいむすめをつゑはしらたの火鉢ひばち湯気ゆげのおかまおこはるまちあへぬとしうち開店かいてん披露ひらう消防しやうばうぐみとひんで家根やねまでのぼ開運かいうん梯子はしごのりくだざか甲斐かひなきをひ龍吐水りうどすゐいきほひよき景気けいきえ御取立とりたてほどねがひあげたてまつると主估あるじ注文ちゆうもんまゝしる

応需 老牛齋魯叟述〈文〉
日本橋区桧物町二十番地         

   十二月七日

鈴木屋岩次郎|むすめ かま〉 再拝

【六九】(製版、色摺、「奎星帖」第八冊)

 ○山水花月茗食倶全

   ○即席御料理 梅隣亭

    轉居ひきうつり開舗みせびらき告條ごひろう

みやことしなるべきいまを知りてにやおふけん川面かはつらとりまれしハ由縁ゆかりの人の口業すさみにしてげに東京とうけいにしをはゞことのき建並たちならびてありなしやのむかしかはり日々あらたなる精味せいみ繁昌はんじやうとくならず去年こぞよりもうめとなりさきがけ開香かいかうすゝみて芬明ぶんめい調理てうり各家かくかうち花主とくいめぐみかうむるよりやまからさとたとへれずすこしくみやこちかきこそ魚涯かし往復ゆきかひ便宜よすがならんとある高貴やことなきかたすゝたまふをどだいとしてさそかせにハなびくてふ柳畑やなぎばたけあかな自今いまよりこゝにすみだ川冨士ふじ筑波つくばながめハあれど高價たかきはぶ即席そくせき調理てうり手輕てがる勉強べんけう出しの出前てまへ維新ゆいしんせい風味ふうみこゝろみ相かはらずの來駕らいが主人あるじかはりてこひねが

假名垣魯文述 (善|悪)

来ル三月明日\開店仕候

墨水柳畑\そと家  梅隣亭

【七〇】(製版、色摺、「奎星帖」第八冊)

   新鮮即席御料理

猫々道人伏禀[猫の印] 

花柳くわりうてん繁盛はんせいを。おもてうらしむものひとり新橋しんばし南北なんぼくの。近傍きんばうにありとせむ。三十けんぼり流水ながれたえずして。しかもと汐留しほとめあらず。みせ停車塲すてへしよん相對あひたいし。上下の〓車きしやわうるさ。けんこくげきたうありて。年来としごろ老舗しにせし。魚菜きよさい調てうにぶ庖丁はうちやう切味きれあぢながらつとあさらけき種子たねのみえら精々せい%\勉勵べんれいちからつくせし。その甲斐かひありて俎板まないたの。打囃うちはやしたるとりたてやうや營繕ふしん落成らくせいならハ。まつた愛顧とくいのおん引立ひきたてにておんあふ三層さんがい樓屋づくり從来これまで仕出しだしをむねとせし仕出しだし文字もじ吉例きちれい何方いづかたまでも持運もちはこびの手数てかずさらいとまうさずなほ爾来これより坐席ざしきわかち。朝市あさいちゆふ河岸がし活〓くわつぱつなる。あるひハ酒興の酣〓おんとりもち金春こんはるはな烏森からすもりつきながめも。自由しゆうけんのお心委こゝろまかちと立入たちいりしことながら會計筋くわいけいすぢあひなるたけお手輕てがる相働あひはたらあしかろ蒸氣車じやうきしや引續ひきつゞきたる来車らいしやをと中銕なかてつかい店にてつだう○○○○冀望ねかふになん

新橋銕道前  中銕 

 當五月廾三日開店

【七一】(自筆原稿、「奎星帖」第八冊)

    口章かうしやう

しやのりて。西洋せいよう料理りやうりたしみ。筒袍つゝばう牛豕ぎうとんあぢはふハ新竒しんききそ時勢粧いまやうすがた往古むかし気質かたぎすたらぬもの浅黄あさき帷子かたびら黒小袖くろこそでと。思ひつきこめめし蒲焼かばやき四里しり四方しはうその筋々すぢ/\賣弘うりこみ餘光よくはうかり開店かいてんあらぬ繁昌はんじやう御禮おんれいがてらうを一倍いちばいあざらけほねぬきどせう精々せひ/\骨折ほねおりあつきめぐみをあつやき鶏卵たまごむくあたひ格好かつかう下直見櫓みやぐらたかくとも低直ひききむね水天宮すいてんぐう参詣さんけいの。往還ゆきもどり五日にかきら何時いつにても御光来ごくはうらいねがふになん

主人あるじかはりてものほん作者さくしや     
假名垣魯文戯誌 (善|悪)

   蒲焼・とぜう・玉子焼

来ル五月十日\賣出し

二日の間麁\奉差上候

芝赤羽根橋   
丹波屋儀助

【七二】(活版、二分アキ、「奎星帖」第八冊)

 (綾)〈醤油|味淋〉桝酒樽賣所

    開業ミセヒラキ廣告ゴヒラウ

角觝力者スマヒトリアヤサンモン年來トシゴロテツヒヂり。イシコブシニギツメ龍虎リヤウコアラソジユツり。勝利シヤウリ|カチハカりて愛顧アヒコ|メグミカウムり。傲然ガウゼン土俵ドヘウ自立ジリウし。飄然ヘウゼン活路クワツロしも。ジツ世上セジヤウ束縛ソクバクにて。ケツして自由ジユウ權理ケンリにあらす。ツラツ自巳ヲノレカヘリミるに。匹夫ヒツプ小勇セウユウ野蠻ヤバン裸體ラタイ|ハタカ豚兒トンジ|セガレ小學シヤウガクカウノボり。彼我ヒガ事情ジジヤウトキあらハ。親父ヲヤジ所業シヨギヤウ|ヲコナヒイヤシむならんと。ユヘヤミ文明ブンメイの。御代ミヨ悔悟クワイゴマナコヒラき。老込ヲヒコマぬうち切揚キリアゲんと。アル贔負ヒイキ チウ |〔ママ〕あけバナし。目的モクテキ|メアテ下拵シタゴシラへ。一時イチジハヤくとヲホセシタガひ。セガレ名前ナマヘサケセイワウヒトしき裸業ラギヤウ|ハダカトセイハイし。荷褌儒トリテキなから商個シヤウコ|アキンド數員カズ漸々ダンジシタより取上トリアゲて。ダイ商關シヤウクワンとなるマデの。周旋シウセンコヒ子ガふ。開店カイテン初日の顔觸カヲブレを。行司ギヤウジカワりて。東西トウザイ大方タイハウ告奉ツゲタテマツ

魁港 神奈垣魯文誌 (善|悪)

  〈美|酒〉花嫁

  〈銘|酒〉(越)一手捌

  〈銘|酒〉一手捌

 當二月二十日\開店粗景呈上

淺草新片町代地川岸   
綾瀬川酒店       川村藤治郎

【七三】(自筆原稿、「奎星帖」第八冊)

    會席御料理報條

東京とうけい勝地しやうち舞臺ぶ たいすへ日本橋にほんばし橋掛はしがけして。暖簾のうれん揚幕あげまくに。番組ばんぐみ出入でいりはかるハ。割煮はうくわつ老舗しにせのうにして。太鼓たいこつゞみ調理ちやうり塩梅あんばいしのたか家名かめい面目めんぼく。その面箱めんばこをきなわたしを。うけをさめたるわか千歳せんざい。シテワキかね新古しんこ風味ふうみも。がくのしらべとゝのはぬ。三番叟さんばさう初日はじまりより。地謡ぢうたひ仰合おふせあはされ。烏飛からすとび曙天あけぼのかけて。おん賑々にぎ/\しく来駕らいがを。狂言袴きやうげんばかま末廣すへひろがりに。主人あるじかはりてねがものは。

假名垣かながきといふ太郎たらう冠者くわしやおんまへふしまを[魯文]

  来ル卯月何日

日本橋木原店翁庵改   
千歳楼

【七四】 (製版、墨摺、「奎星帖」第八冊)

   空也くうや豆腐とうふ椀焼わんやき料理りやうり開業かいげう

後朝きぬ/\なかちやうに二日ゑひはらなほしハおけ豆腐どうふ淡泊たんはくしやうし二ほんさしてもやわらかき風味ふうみはな田楽でんがく丹前たんぜんぶりむかしよりいますたらぬ豆腐とうふ百珍ひやくちん支那から辯髪おけし淮南わいなん佳品かひんたゝ我日あがひもとにも朝夕あさゆふしるみより○○○味噌みそ親類しんるい酒屋さかやへ三田舎いなかめき淺草あさくさたん公園こうゑんひらゆくしたがひて自由じゆう自在じざい時鳥ほとゝぎすハ千八町やちやう御足みあしすゝはな若葉わかば季候きこうはか瓢覃へうたんざけにハちなみある空也くうや豆腐どうふ椀焼わんやき料理りやうり主個あるじそんじ遊狸菴ゆうりあんきやくあしらひを小指こゆひまか畳半てうはん引込ひきこみ思案しあん折々おり/\世話せわ陶器やきもの繪師ゑし風雅ふうがでもなく洒落しやれでもなく真面目まじめ夫婦ふうふともかせぎハおいゆくさき腹鼓はらつゞみ文福ぶんぶく茶釜ちやかまそのほか黄金こかねかまたくわたく精々せい%\勉強へんきやうするといふ面白おもしろだぬきこのみにおうたう宿碌やどろくとハ懈怠者けだものなかまむかし野狐やこあんさき猫々めう/\道人だうじんふんでつえさきたち案内あんない奉申上候 [魯文]

淺草反甫千束村    

 来ル\五月一日\開業

遊狸庵\松 本 き く

【七五】(活版、飾枠、字間二分アキ、「奎星帖」第八冊)

    有合ありあひれうまつのすし御披露ご ひ ろう

す ま つきわ こ せきのこす。熊谷くまがやゑき繁榮はんえいハ。この街道かいたうの一のたにかのぢんせん得意とくい まねき。よ 營 いとな みに要 かなめ 場所ば しよと。時代じ だい丁度てうど かまくら町 ちやう を。ひらけし。當時い ま 御代みようつして。這回こたびすぢ糸間いとま ある。片手かたて わざ有合ありあひ料理れうり チト慾張よくばりねこかはしか眞面目ま じ め 正銘しやうめい商法しやうはふ。おなじみさまをまつのすし開店かいてん當日たうじつより。この炎盛あつもりのおすゞみがてら。お來臨はこびねがよし主個あるじかはりて

東京の  假名垣魯文述[魯文]

 來る廿日開業當日お麁末な景物を差上\升から猶御ひいきを願ひ升

鎌倉町西藏院池之端\松浦きん 

【七六】 (活版、飾枠、本文字間二分アキ、「奎星帖」第八冊)

米澤町琴富貴樓上掛額  七点以上出版掲額

 藝妓心意氣百々逸合   五句一組 入花金十錢

猫々道人戯撰  〈天地人三才え浴衣地壹反ツヽ|番外十客え美景呈〉

   ○

 〈文京|一輪|膝小僧〉 附評 〈各三才 番外十客え|隠し景不思議の珍物呈〉

五月中の日曜開卷新聞上にて廣告致置候處未陸續御投詠中付本月丗日限堅く〆切來六月中の日曜相〓なく同樓におゐて開卷當日余興に秀逸の部を藝妓の弦に奏させ候間御來車乞同下旬掲額之分美々敷活版摺物致し御返草及候四方の雅君如山御投詠是祈

〈魯文の猫の図〉 玉\句\届\所

       廣小路 京文社\新柳町 生稻亭\初音馬場 失場一輪\米澤三 琴富貴亭\横濱港 守屋正造

【七七】 (活版、飾枠、二分アキ、「奎星帖」第八冊)

  温泉おんせんろう

定價 〈大人 八厘小児 六厘〉 

松下しやうか童子どうじふて院内ゐんない温泉おんせんあるをこの温泉おんせんとこくもふかからず主個あるじせんたんひとならねど西洋せいやうやくはふつたさいは庭内ていない餘地よちおほかればひとつ よくしついとなみて避暑へきしよまふ健康けんかう補益おぎなそなへの場所ところとすそも/\この温泉おんせん巧験きゝめといつぱ だい疝氣せんき 胃病ゐびやうあるひハものおそはるゝ神經しんけい病 びやう はじめとし身體しんたいずゐ痛風つうふうとうそのあけのべむには能書のうがきほどこうなしと誹謗わるくち五月蠅うるさければ大方おほかた畧 りやく していは樹林こだち繁茂しげりて炎暑あつさうと泉水せんすゐつきやますそめぐりて自然おのづから運動うんだういうほ めうある靜閑せいかん景物けいぶつ入來じゆらいをまつ吹風ふくかぜのおとづれたまへとまづ是丈これだけ保証人はうしようにん主叟あるじかはりて四方よも希望ねが

假名垣魯文述 [魯文]

  月  日

飯倉四丁目四番地   
清新樓温泉所

【七八】 (活版、飾罫、全角アキ、「奎星帖」第八冊)

   口 演

兼々新聞紙へ掲載仕置候猫塚供養并に珍猫百覧會來廿一日於両國中村樓開莚各種出品陳列仕候間不論普雨御知己の方々御誘引御縦覧被下度右參を以可申上之處何分繁机付乍失敬代理以御案内申上候也

七 月

假名讀新聞社長\假名垣魯文

【七九】 (活版、飾罫、二分アキ、「奎星帖」第八冊)

    講談かうだん落語らくご新席しんせき開場びらき披露ひ らう

むかし所謂いわゆる軍書ぐんしよ講釋かうしやくいまいふ講談かうだん起原おこりといつぱ。淺草あさくさつけせいもんさかいちやうはら昌元 しやうげん が。太平たいへいくちひらき。道軒だうけんきのかしらに。とゝんとんと卓上つくゑたゝき。とんと大坂おほさかせきはらの。戰爭いくさのべ佳興かきようらしめ。またおと話 はなし 濫觴はじまりハ。安樂庵あんらくあん口切くちきりとし。こうしたうつゆく隨 したが ひてすたれしを。かれはな作者さくしやらうこう元祖ぐわんそだんしうろうゑんをうが。再 ふたゝ おこせしものいふ。されバ講談かうだんにして。落語はなしはななり。はなさくはるから。いりあきなつふゆとの差別さべつなく。四きらはぬ定席 ぢやうせき の。翁家おきなやといふ名稱 めいしやう に。らう門前もんぜんいちをなし。晝夜ちゆうやかぎらず滔々たう/\と。よどまぬべんかうやま聴衆きゝてうみひとなみうつて。みゝ新 あたらししん門町ちやう舞臺ぶたいまつかさね。翁 をきな わたしの初日しよにちより。千歳せんざいかはらぬ入來じゆらいを。只管ひたすらねが席主せきしゆかはり。じん式亭しきていさんさう調てうならつて

妙々道人魯文述〈文〉
日本橋區新右衛門町十番地      

    當ル九月 日開席

新席亭 翁家再拜

  但シ晝席 講談諸先生 夜席 落語諸藝色物連中

【八〇】 (活版、飾罫、二分アキ、「奎星帖」第八冊)

     西洋御料理開業報條

煉化れんぐわ大路どうり内外人ないぐわいじん往復わうふくしげ殊更ことさらしや旅客りよかく時々じゝたへ都下とか輻輳ふくさうだいとう此處こゝうへ繁花はんくわなしとさき新橋しんばし東隅ひがしつめ西せいよう料理りやうり開業かいげふせしが近頃ちかごろ洋食店ようしよくてん諸方しよはうひら普通なみ/\調理てうりにてハるゐともぐひすたれをおそ調進てうしんげんふうちうしばらく休業きうげふせしところ割烹くわつはうしゆまつた とゝの コツクのうで撰抜えりぬき今般こんはんさら再興さいこうおもて かゆ滋味じみ按排あんばい調てうげん數度あまたびこゝろ 上中じやうちう普食なみしよくせうありとも鳥獸ちやうじう魚肉ぎよにくかたかはらず洋酒ようしゆひんたくわおきようしよく常平ぢやうへいいり格段かくだんのぼらぬやうていなるたけあひはたら運動うんどうにハ轉球たまつきのおんなぐさみを取設とりまうけ煉化れんぐわおく東南とうなんかぜいりよきをもつはらと營繕えいぜんむき注意ちゆういなしたゆまず勉強べんきやうこくもボーイもとも精々せい/\はたらきますれバしや人力じんりきひきらず人道じんだう東側ひがしがはしやのぼりの一文いちもん來臨らいりんねがふとまうす璋遊軒しやうゆうけんもとめをう

妙々道人魯叟演 [魯文]

  並 西洋食  御壹人前  金三十錢

  中等 同   同    金四十錢

  上等 同   同    金五十錢

   其他西洋酒品々

新橋東角煉化家屋    

八月一日開業

璋遊軒

掲載資料一覧(凡例及び【一】〜【五四】は前号までに掲載)

【五五】待合「一力亭」          国会「明治時代広告研究資料」(寄別3-5-112) 26左

【五六】書畫展「塑生館開館式」      国会「明治時代広告研究資料」(寄別3-5-112) 53右

【五七】賣花師「西座梅叟」        国会「明治時代広告研究資料」(寄別3-5-112) 57

【五八】三世紙鳶堂風来襲名披露      アドミュージアム東京(1989-995)・「奎星帖」第四冊

【五九】酒造糖「岡部宗助」        アドミュージアム東京(1992-257)

【六〇】虎                アドミュージアム東京(1987-3555)

【六一】桜々堂「伊藤貞次郎店」      アドミュージアム東京(1997-1063)・「奎星帖」第七冊

【六二】中天竺舶来大象之圖        アドミュージアム東京(1990-55)

【六三】演義告條             「ニュースの誕生」図77(東大総合研究博物館、1999)

【六四】舶来大象之譜           「幕末・明治のメディア展」図134(早稲田大学図書館、1987)

【六五】相撲茶屋「伊豆源」        個人蔵

【六六】建碑落成披露「故花笠文京翁」   「奎星帖」第四冊

【六七】御貸席御披露「高橋かほる」    「奎星帖」第四冊

【六八】待合まちあひ開業かいげふ「鈴木屋岩次郎・かま」  「奎星帖」第五冊

【六九】即席御料理「梅隣亭」      「奎星帖」第五冊

【七〇】新鮮即席御料理「中銕」      「奎星帖」第八冊

【七一】料理「丹波屋儀助」        「奎星帖」第八冊

【七二】酒屋「綾瀬川酒店 川村藤治郎」  「奎星帖」第八冊

【七三】会席料理「千歳楼」        「奎星帖」第八冊

【七四】料理「遊狸庵 松本きく」     「奎星帖」第八冊

【七五】料理「松のすし 松浦きん」    「奎星帖」第八冊

【七六】都々逸合「米澤町琴富貴樓上掛額」 「奎星帖」第八冊

【七七】温泉御披露「清新楼温泉所」    「奎星帖」第八冊

【七八】口演「珍猫百覧会」        「奎星帖」第八冊

【七九】講談落語新席開場御披露「新席亭」 「奎星帖」第八冊

【八〇】西洋御料理開業報條        「奎星帖」第八冊


付記 翻刻を許可頂いたアドミュージアム東京、一橋大学附属図書館に感謝申し上げます。また、本研究はJSPS科研費JP17K02460の助成を受けたものです。

#「魯文の報条(四)
#「大妻国文」第51号 (2020年3月31日)所収
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#               大妻女子大学文学部 高木 元  tgen@fumikura.net
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