仮名垣魯文が書き遺した夥しい報条(引札)は、広告史研究において、あながち無視できない量と質とを兼ね備えた広告媒体である。ただし、報条の執筆は所詮〈文学的営為〉とは見做されず、従来の文学史研究では等閑に付され続けてきた。しかし、魯文が記した文面を読むに、彼の感性が横溢する凝った戯文が駆使されており、魯文という一個性が19世紀に達成した足跡を明らかにするためには、決して無視できない資料群であるといえよう。ただし、保存されることの尠い媒体であったために散佚が甚だしく、その全貌を知るに足るだけの資料蒐集は困難をきわめるが、取り敢えず管見に入った資料を紹介しておきたい。
今回は前回に引き続き、柏崎順子氏が「一橋大学附属図書館所蔵『奎星帖』紹介」(「書物・出版と社会変容」第4号、2008)で示された貼込帳から、魯文の関係した報条を翻刻する。
なお、魯文を中心とした19世紀メディア史の様相を知るため、魯文が記述したとは明記されていなくとも、その交遊圏に属する人々の名義で出された資料も含めてみた。具体的には「仮名垣熊太郎」名義のもの(81)、書画会等の告知で「魯文」「熊太郎」の名が見えているもの(84、96)、伊藤橋塘や永井素岳等と連名で出されたもの(97)、「賛成者」等として名を連ねているもの(105)、魯文の賛が付されているもの(98)である。
【八一】(活版、飾罫、2分アキ、「奎星帖」第8冊)
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驪山の温泉に。權細君と。合乗の鳳輦ハ。快愉を尽せし唐土の僑主。却つて健康の國害を招き。遊山湯治ハお身の毒と。有馬の湯女の唄ならで。居ながら名所を知る如き。東京の地の温泉場。虚飾は用ひぬ藥種の功驗。凉風薫る夏座敷。浴衣も洒布の瀧縞に潔きを旨と摺磨く。石鹸の泡を流し板。庭の青葉に日影を覆ひ。炎暑知らずの御保養場へ。積桶の山なす程。開業の當日より。御入湯を願ふ由を。水船の隅から隅まで。お廣めをまをし上げ〓
應需 假名垣熊太郎述
湯上りの身輕の儘や衣更 魯翁
【八二】(活版、罫なし、四分アキ、「奎星帖」第八冊)
往昔の民俗ハ夙に起て面部を洗ひ嗽ぐ水に鹽を混へ楊枝齒磨の製なき折なれバ口の掃除も微細ならず其後に都下の男女
時に楊枝齒みがきの發明なりて必ず之を用ひ來たり口中を爽にする便利を得たりされば明和の頃風來山人平賀源内はじめて齒磨の告條を綴りし狂文載
て飛花落葉集にありその頃ハ皆房州砂を主劑とするの麁製なりしも
開明の今日ハ齡の礎齒の大切を人々も知り得しかば砂を藥艸の細末
に換え支那の藥品歐洲の製に傚ひ各自製を異にして諸家改良を競ふ
中本舗百猫齒磨といつぱ老生先年横濱港寄留の日佛國人モツロベルトル氏より傳習されし奇方なりしを曩に寶丹守田主人の紹介をもて
花朝堂山上氏に傳方なし廣く販賣を誘導せしより極めて品位製方の
良好き世の衆口に適ひてや日を追て隆盛に到るも一に製主の丹精に
よると雖も殊に善惡を試用せ賜ふ愛顧諸君の御庇護なるをゑせ商個
浦山しくや本舗が製品に似て非なる猫齒磨の擬物江湖に多く見へ渉るハ本舗の名譽と申ながら麁惡の品を競賣て取次諸店を欺きなバ本舗が登録商標の免許を妨害自然得意の迷惑を來たさん事も計り難し
と更に商標の正しきを看認たまはり玉と石とを混じたまはず御購求の程希望由を舗主に代りて記すと白す
【八三】(製版、色刷り、「奎星帖」第八冊)
眼に青葉は
五月明日
【八四】(製版、罫あり、「奎星帖」第八冊)
〈愚夫|追福〉書畫會莚九月六日
於東兩國中村楼上相催候間不論\風雨御幸臨之程奉希上候\本日 諸先生揮毫
枕山\湖山\南溟\梅守\永海\秋巌\金谷\凌雲\柳圃\晴湖\雪江\環翠\冬涯\單山\正齋\逸齋\松塘\桂巌\波山\樵山\楓湖\松霞\永湖\南溪\永邨\永齋\柳城\雲晁\藍泉\文中\万庵
蘆洲\花亭\豊祖\雪菴\是真\隣春\乙彦\二峰\三艸子\燕子\曉齋\林静\永濯\玉章\堤雨\光齋\秋江\竜吟\綾岡\林雨\豊圀\國周\廣重\蕉窗\董仙\椿月\南海\秋香\昇齋\林光\光峨
為山\春湖\等裁\甘海\永機\道終\石叟\琴雅\みき雄\完鴎\□山\□山\ □年\□露\□彦\如白\如仙\琴枩\重羅\乙雄\華兄\菜雅\芳艸\謝徳\露心\不老\介我\山月\半谷\般舟\般月\瓢吉\寥雪
魚かし連\河東連\都連中\菅野連\常磐津連\富本連\清元連\哥沢連\猿若連\新富連\花街連
松花園\春の屋\松裏紅\菊の屋\井桁舎\二世 梅廼屋\繁樹\只誠\かもの屋
魚川岸茶伊之\故梅屋男 諸田\新門辰五郎
圓朝\伯圓\燕林\玉輔\燕枝\柳橋
其水\如皐\治助\春水\魯文\應賀\有人\綾彦
(大)直\柏松\縫秀\笠仙\東屋 松魚\笑魯\素岳\交来\梅素
大補 〈書物問屋|地夲問屋|團扇問屋〉
副冀 〈一勇齋社中|井草其英〉
會主 國芳女\一勇齋芳子\再拜
居所 浪花町横店
【八五】(製版、「奎星帖」第八冊)
序 [猫睡]
訪ふ人もあらしの庭の桜花散らバちれとハ 思ふものからこハ亡友高橋廣道戲號二世柳亭種 彦翁の述懐なりきさハいへ花散る後の青葉山に亦一層 の風情あり帋魚の住家も秋風入るゝ時あるハ文貯ふ人の常 とこそいふへけれいさゝ小川の水茎の跡とめし数々の中 古き新しき世々
散ふきし言の葉を廣く拾ひ集め錦織 てふ木の葉衣に綴られしハ落葉かく山寺小僧となん自ら 稱る某の寸暇ある毎にものせられし業なりこハ其作者の詞の花 散て後も猶世々薫らせんとのまことに出たる成けり
【八六】(製版、「奎星帖」第九冊)
茶の湯指南所
抹茶の例式四畳半に潜む窮屈も野点銕瓶点の自由を用ひ煎茶の店めく陸羽風にも市中を荷ふ月海が自在あり神田の里の賤の女が羽生の数寄屋谷中の村のたをや女賣茶の床几 むかしを今に模さんとにハあらざめれど先つ方隅田川の下流厩橋の片邊りに待合といへる營業開き ものせし俵屋の女あるじハ茶といふ稱への裏のみならで表千家 の流を汲み舊く其師より傳へられし式ひと通り折屈 みの大略を徒然の間まだ此道に分け入らぬ人の栞とならんとす 白炭の雪の旦こぼしの水の氷る夜も釜の沸音とひ来ます/\ 賓客がたをまつ風こそあるじが樂焼なめれバ路次行燈の待合を御目印の案内ともなしたまひて入らせたまへかし
【八七】(活版、草色飾枠、字間二分アキ、「奎星帖」第九冊)
葵の湯瀧客席新築開業御披露
家を造るにハ。夏を旨とするこそ宜けれ。冬の寒氣ハ襖障子。建込 ても防ぐ可けれと。双が岡の筆ずさみ。兼好法師が圓項に縁む。駒込團子坂に近頃開きし。葵の瀧の境内ハ。根津の遊廓の貸座敷。名にし大松葉の別寮にて。北を背に東南の。見晴し座敷納凉場所。男瀧女瀧の坪を分ち。水ハ庭中の池に〓れ。噴水機械に飛泉の設け。樹木草花ハ四時に絶ず。炎暑を忘るゝ別世界。遊仙窟の寛き所。今年新に土木を起し。四十二疊の廣間を始め。數多の座敷を建増て。間毎に風を誘引爲。洋製五馬力の機械を以て。一間々々に風車を供へ。別に鹽湯の浴室を營み。温度の加減ハ早稻田なる。大樹の松の本に便り。大醫の試驗を蒙りて。人の躰に適ふを要とし。避暑御保養の折柄にハ。御註文の食料按排。割烹店の仕出し物。蒲焼の香も地を接し。遂そばといふ麺類も。麓の藪より直に取寄。天邊盛かけ時 鳥。自由自在にきく里ながら。酒店ハさんり膝の先。又豆腐屋も軒並び。飲食總てお好次第。凉しき風につれ節ハ。千種に〓く虫の聲。晝ハ更なり月の夜半。闇の燈火澤邊の螢。花にも雪にも風景の。勝地ハこゝぞと仰合され。春秋長く御入來を。葵園の主估に代りて。大方に冀ふ者ハ
【八八】(製版、地に色刷、「奎星帖」第九冊)
告條
白晝の殘暑ハ黄昏の冷氣に誘はれ。藝妓の後口と共に歸去来を示し。秋風起つて客人飛び。坐敷を換る新陳交代。世の風潮に促され。時の流行に順ひて。改良主義とハ烏滸がましき。半會席の即席料理。文字を略して會料と。小短にいふお手輕筋。従来手挟の仕切の間を。引延したる疊数。廣やかならねど挟からず。風呂場も新規に建まをけ。塗板に記く品数の。召あがられてしるの味の。甘い辛いハお指揮次弟。濃と薄いの差引加減。右に魚河岸左に新川。仰を受こむ仕出しハ更なり。書画の小集小寄合。菜肴ハ何やかや場町。藥師の瑠璃に鮮けきを。照らす檐端の玻璃行燈。晝夜を分かぬ御路しるべに。初冬のはつ/\敷。賣出しの本日より ヘイ入らつしやいと云ものハ
わんやき 〈仕出しハ一品|金拾戔迄にて〉調を仕候
御菓子御酒御飯附 〈御壹人|前〉金弐拾五銭
来る十月一日より
【八九】 (活版、飾枠、字間二分アキ、「奎星帖」第九冊)
●蕎麦新店開業
淡薄の味に香氣を含み。打立釜揚の湯加減に。好者の
腹を穿つ物。蕎麦の風味に如べからず。春の花蒔口に
輕く。取分夏の冷し蕎麦。秋の露物冬のあつ物。四季の
手打のをり/\に。上戸と下戸との中洲の新店。茂る
眞菰の地を替て。あらたに開くあやめ町に。避暑かた%\の清風亭。主個ハに組の消防に。頭立たる侠客肌。外
と内との二人前。手足八本非常の勉強。蛸善と云字を其儘。商個氣質となりはひの。道踏占る勉強心。長く
續くの縁喜を祝。出をかけるとハ出前の幸先。移轉そばの始めより。晦日蕎麦の終まで。出入暇なく雑路々々と。御來臨を願ふ由を主個に代りて
八月三日開店
【九〇】(製版、地色刷文様、「奎星帖」第九冊)
懇親語譯會
巖床の親方ハ。三馬が浮世床の鬢七擬さず。世辞に疎き變り者。當世染ぬ巖物ながら。世間に香水の匂ひを薫らし。チョキ/\ 交際もする男。出す事計りで實入無けれバ。油の乾くも道理なりと。理髪床のころより。お馴染のお勧めにて。這般此會を催し升。其為の口上は。以前に帰る散髪床の。西洋ー と爾云。
【九一】 (活版、飾枠、字間二分空 「奎星帖」第九冊)
海水浴并に圍碁會所報條
築地川の流に沿ひ差す海潮の適度をはかり品川澳のうしほを汲て舩路を運ぶ温浴の營業の道引續き雪の旦夏の夕邊寒暑を防ぐ衛生に基く家屋の建増ハ樓上樓下の坐席とも凡て空氣の流通よく高きやならねど湯煙りの間に浪の青疊敷廣げたる譜請の改良風受の好き一室には烏露交戰の場を設け彼橘中の仙境を此磐面の餘興に摸し海水浴との打て替御慰みに供へ侍れバ先手後手の午前午後より避暑納凉の御保養かた%\御尊来下されなばます/\潤ふ三益湯の日に新なる開業より築地川の流絶せず滔々の御引立を主個に代りて希望
【九二】 (活版、飾枠、字間四分アキ 「奎星帖」第九冊)
賣出し御披露
襟元に附く浮世の垢に染まらぬ衣服の身嗜みハ洋服の襟紙日に新しく我〓氏國の御婦人方も〓〓の襟の油に染ず淨らかなるを榮とする常の慣ひハ今に更らず京の女郎に長崎の衣裳を着せ江戸の揚屋で遊びし形の昔摸樣を一洗し西京染の半襟地古代模様の故きを温ね新形の當世風世の流行を遡り古代更紗もお好次第花色々の春を〓ひ寂たる秋の鹿子絞り花美と質素とを染分る縮緬物の品澤山御見分の上賣出しの當日より御取立を希がふ
京染御半襟地 おろし
新形帶上け地 小うり
更紗縮緬鹿の子類
十月〈五|六〉日賣出し麁景進上
【九三】 (製版、色刷文様地、「奎星帖」第九冊)
霊根深し地に入り老幹宜く天に参ると堅くろしくも古めかしき圓機活法の引語ハ開明の世利譜にあらずと大椿ハ千歳の時代を演せず弊家新発明の玉椿ハ原天然の樹の實を以て之に製実衣を纏はし彼掌中の珠に比し常に貯へたまふ時ハ含む香氣を衣服に薫らし又髪の毛に塗る時ハ烏羽玉の光りを出し垢を去り臭氣を拂ひ衛生上の裨益となり玉の緒繋ぐ効験普 し或ハ玉石混淆し石鹸に換て油を落し肌に着て不浄を除け遠く欧洲諸國ハ更なり支那ハ勿論我國にも古来未曾有の発明品御試験ありて御用向を玉椿の八千代の末まで幾久く希望ふ
【九四】(活版、字間二分アキ、飾枠。「奎星帖」第九冊)
割烹開業報條
玉の盃そこはかとなき。兼好が筆のすさびに。万の事ハ。月見るにこそといひたりしも。今宵ぞ秋の最中をのみ。賞美せしにハあらざる可し。照月の鏡を抜。樽まくらの無造作なるも。松風の調。鳴渡る雁金の風情に寄らバ。快樂の興彌深からん。 况哉割烹調進の善美を盡し。酣酌その佳人を得るに於をや。されバ玉箒に心の塵を攘ひ。清凉たる風に嘯く。虎の門の内に占たる。俗氣を避し一構ハ。 曩に待合の名に聞えし。竹の舎の跡にして。其一式を購ひ求め。這回割烹調進のみを。專業と革面なし。東京粹客諸君子の。御口に適はんことを欲し。鈍くも磨く庖丁家。あるじも無下の素人ならず。年來勢州四日市に。大方の愛顧を蒙り。海道筋に少しく知られし。玉川樓の一体分身。水原涸れず流れを引て。損ねし席の間毎を繕ひ。荒たる庭の葎を刈棄。風入のよき樓上より。四方の眺望の 佳景に托し。書畫詩歌等の風雅の莚。或ハ臨時の娯遊宴にも。必ず貴車を向させられ。手前味噌の汁加減。凡て調理の鹽梅等。御指揮給はりたしと。主個が懇願の報告を斯の如く記する者ハ
【九五】(活版、字間ベタ、飾枠)
〈書畫骨董|古器物類〉第四回附札賣立會
曲亭翁が質屋の庫に古物怪をなす古事を引怪力亂神の語を陳列せしハ例の奇を説く戯作の妙案物換り星移り昔日語の古物の怪も現今ハ古物の會と變じ尚古の人と多く出しハ知識の進歩を表するにて人各自好事あり花に戯れ月に嘯くも風雲の障り眺めに飽かず酒食に量あり遊興に度あり凡そ愛玩の極とすべきハ書畫古器物に如者なく取分我国上古の製を世界中に冠たる物とし外客之を愛好し競ふて購求自國に齎贈珍寶と誇る物悉皆我南都古代の製品ならざるハ無し會員福田氏彼地に屡々往復し今回も又數種の寄品を携へ歸京せるより此を同好の鑑に供へんとて毎例の賣立會第四回を開陳せんとす江湖の尚古家臨場ありて活眼を注ぎ給へや
【九六】(活版、字間四分アキ、飾枠)
新居披露書畫會莚〈來ル六月廿二日於柳|橋万八樓上不論晴雨〉
父の脚を噛りて肥え。母の乳を舐りて長ず。是人の子の常ながら。惰陀灣泊に際限ありと。廿五の曉夢こゝに覺て。歩行ハ上手轉ぶハお下手の庇護を離れ。孤立の士氣を振起されし。假名垣大童子熊太郎兄が不家を分ち。矮屋ながらも新居の披露に。水魚といへども斷金の友を除き。鰯煮た鍋豚牛肉。來向四天往復の。同胞分に。魯酒一献。呈せん爲の設けにとて。三千五百万樓に。書畫の莚の語約會。其日の案内の郵便はがき。云々を述る者ハ
【九七】(製版、背景に濃淡緑色で楓を描く)
待合開業 掛合御披露
【九八】(活版、字間二分アキ、色刷飾枠)
絲竹有聲會 且那の語る三の切に丁稚がまぶた捺りしハ其妙曲に
感じ泣にあらで己が寢床の無きを涙み嘆きし成とハ
世の落語家の常談にして我面白の他喧してふ俚言も
是らよりや出たりけむ茲に此頃花賣のなりはひを創
め香ぐはしき名の四方に薫りし賣花園梅叟子が首唱
して有聲會と云るを設け毎月一回聲曲の雅莚を淺草
大代地なる名倉亭に開き凡弦糸にかゝるべき謡ひ物
を嗜める人々を招き集へ玉櫛笥お箱の隱し藝を出あ
ひあはれ手前味噌のからき世の憂を打忘れひすがら
遊ひ戯れむとなり冀くハ酢いも甘いも嘗尽したまひ
たる好人達その家々の丁稚どんにねぶきめさする氣遣ひなくて謡ふものハ聽きく者ハうたひ共に/\樂
み慰むいと面白き企にこそ イヨ東風の梅さん ヱライもんじやと御賛成あらむ事を廓公待卯の花垣の窓の
もとに先序開きの初音を告るハ此も又一個の好人
糸竹のふしさま%\に結こめて\隔てぬ友の垣つくるなり 妙々道人
【九九】 (活版、字間四分アキ、緑色刷飾枠)
西洋御料理開業
遊人爭ふて宴飮し酔客競ふて登臨すと聯句に譜せ
る酒樓に比せバ頗る僻邑に屬すと雖も輦下を距る
こと遠からず往くに近き汽車の便あり遊歩時間を費さ
ずして忽地到る池上の境内曩に新築の工成り
て其名を遂げ諸新聞の報道にも豫て御案内なる光明舘の續地に倚り這回一家分業の洋食店を開業せり
當地ハ蒲田を前にし小向井を後にし梅花衆を促し
薫風客を誘ひ加ふるに近來發見の温泉に接し空氣
の流通極めて好く衞生の勝地春秋四時の佳景を占
め山光に對し水光に臨み光明樓の名空しからねバ
炎暑の到る時雪月の且夕御光臨を伏て乞ふと樓主
に代りて
【一〇〇】 (活版、字間四分アキ、飾枠。活版別紙存)
(別紙) 耳塚勸進帖
賛 〈假名垣魯文|松の門三艸子|松本芳延〉
明治十九年七月 成 〈柳下亭種員|岩上亭安久樂|千種庵春吉〉
者 〈宇都宮榮太郎|黒部宗雪|山田風外〉
(本紙) 耳塚勸進帖
心學びに渉らざれバ猶心の聾がごとしとハ列子の説にして眼明かにして瞽者の名あると一般以て論ず可からざるなり雅友琴通舎の翁
仕を辭するに詐て聾するにあらず斯人にして斯病あり説話毎に即ち字を書するその心裡聾ならず殊に眼明らかに月雪の眺めを缺かず四方山の勝景籟々颯々眼に見てこゝろに味ひ花に囀る鶯梢の蝉の哀れなる千種にすだく虫の音のさま%\なる情を分ち歌に詠じ文に綴るに彼公冶長に類ひせまくさハあれ世の憂きさとびごとハ聞かずもあれとて己が名の世をやすらに過しつるに既に齡ひハ五十をなんこゆるぎの年波寄する時知り顔なるをその垣内の雅び雄等が猶幾百とせの後を契らまほしと翁が風雅の紀念にとてひとつの碑をなん建設けんとの企ありさるハ其眞心のちからを助け倶に應分の費を投じたまはんとならバ是なん實に風雅の友の信ありとや稱へなんかし
かくいふハ耳なし翁と遁れぬ
\友の盲文人
【一〇一】 (活版、字間四分アキ、草色刷飾枠)
待合御くつろぎ所開業
飽ぬ別れの鶏は物かはと。待宵の侍從が詠歌。ふけゆく鐘の訪れを。柱辰計にかえ文句。風雅に踈き端唄の調譜。ちらと看染し大時代を。世話に扮しゝ待合茶屋。土地は何や茅場町。軒をならべし繁花の境内。藥師詣の往復。おん目標の掲行燈は。從來新富町の樂屋新道。さかりの菊と隣家づから。香川が座敷を引汐に。又立浪の帆待渡世。是非に行くとのお約束を。まつ建門の新しき。年の始めの客設け。開店の當日より。お知己樣はまをすに及ばず。御交際のおん連立。お誘引合され御光來を乞たてまつると。女主に代りて舊宅の隣家
【一〇二】 (製版、背景は団扇の骨の意匠)
和洋御料理開業報告 市街紅塵の中に。放心の仙洞あり。樓上に坐して。往還の雑沓を忘れ。構外の風景に依て。俗臭を避る者ハ。所謂市中の閑雅にして。此の如き地位を占め。宴客の来臨を促す者獨り雪月花の眺望を缺かぬ。新富涯の北畔にあり。前ハ築地川の屈曲に。合引橋の名もゆかしく。銕砲洲の海岸。帆柱の屹立に知られ。數歩にして劇場あり。芙蓉峰ハ西に聳へ。汽車の時間の汽笛の音を居ながらに知る便利の土地。曩に三州亭と呼ぶ待合の。跡を其侭購ひ取。更に新冨樓と家号を改め。和洋二様の割烹店を。開業の準備も整ひ。従来の入口より。各席も少く取繕ひ。来賓諸君の好に應じ。純粹の西洋料理。或ハ日本故有の會席料理を命ぜられなバ。椅子坐蒲團の分ハなけれと。調製〓て當節の時侯を計り食料の。滋養物を專務とし。衛生上の害なき野菜。
魚るゐも念を入物の。器具膳部も清潔に。價直も廉を大眼目。新鋪ながら此勉強ハ。新に富る前兆ならんと。合引橋の仰せ合され幾代つきぢの向ひ河岸。納凉ながらふ一盃と。避暑の白晝月の夜半御運動かた%\。御光来を乞ひ奉つる
〈来る七月 日|開業〉
【一〇三】 (活版、字間二分アキ、飾枠)
〈端唄|温習〉 花楓讀歌澤
花に鳴うぐひす水に栖蛙いづれ歟歌澤連ならざりける紀の貫之が古今の序にも隆達が舊調笹丸が新曲その謡ひぶりの未來を示し和歌と唱歌の正變二則もその源ハ一流一家故きを今に色變ぬ常磐かきはの松葉巴代々に枝葉ハ茂りあふ籟聲幾世絶せじとて友人歌澤美佐吉ぬしが茲に一會の催しあるハ同好諸君が金石の名聲を乞ふ讀と歌澤その理由を咽に替え禿たる筆に打つけて唄ふ
當十月廿三日
猿若町二丁目
中尾屋樓上に於て相催候也
【一〇四】(製版、色刷地に巻紙の意匠)
禀告
松の葉の世にふるびし唱歌を哥澤のながれに滌ぎ糸竹の節譜を新しふ傳えし故人哥沢太夫芝金ハそのころ各坐劇場の高臺に出唄ふこと前後六回三味線の絲切れしのちも孀婦芝勢いこれに酌ぎて聲價高く故人遺子ありて一端二代目を相續せしもその任に堪ずとて藝事を断ち流名遂に絶なむを惜むの餘り今回亡夫の流名を襲ひ茲に三代目芝金の名にあらため梅花盛り満て桜花既に開くのあした改名披露の会莚を江東井生村樓上に布かんとす愛顧の君達御来臨を希たてまつると会主に代りて
掲載資料一覧(凡例及び【一】〜【八○】は前号までに掲載)
【付記】翻刻を許可頂いた一橋大学附属図書館に感謝申し上げます。また、本研究は JSPS科研費JP17K02460の助成を受けたものです。
今般京阪並に奈良地方より持歸り候物品相加へ本月十六日
より廿日〓五日間呉服橋外茶亭柳屋樓上に於て附札賣立仕
候間御來場を希ふ
會 浮世繪畫先生方 田邊南龍 演劇見物連衆 仝 三遊亭圓遊
員 玩古遊食連衆 百々逸商弘所 柳亭燕枝 松林伯圓
○
後 一立齋廣重 松本芳延 補 彩霞園柳香 一筆庵可候
見 二見朝隅 渡邊守かつ 助 久保田彦作 胡蝶園若菜
(伊)林間の煖め酒を會席の玉觴に換え紅葉と呼ぶ煉香と莨盆の火
器に燻らし □花楓の眺望を誘引小倉家の慶妓といへるハ初紅葉の
弘めの頃より祝宴雅會の席に侍りて ◇紅葉衣の色変ず新橋花
柳の街巷を往かひ板新道を踏みそめて (伊)金葉の金春に天香
女史の書名も聞え通天橋の渡りも長く其名立田の流れに沿ひ □氣真間紅葉の自由勤めも初霜降らぬ夏秋のこゝらが丁場の境木ならむと ◇ 惜まるゝ身の引汐時世に風潮に連込の御相談筋小
集會 (伊)親き友を待合渡世刺せバ呑てふ蜂龍亭が未だ古からぬ
跡式を □其儘乗替ふ駕籠屋新道小倉の家名も山荘擬し高
きに比する二階造り ◇ 酌人衆ハ何處なりといろは楓のお名指にして
色どる月の影隈なき (伊)御運動の夜遊の宴柴の扉を御開かせの
案内に立し三人侍ひ □顔も紅葉の一盃機嫌 ◇囘らぬ舌と筆頭に
(伊)□ ◇ ホヽほろ酔の御披露
々々々
明治十八年
來三月廾三日
東兩國井生村樓に
おいて晴雨とも相催候
【八一】温泉場「開壽亭」(熊太郎) 「奎星帖」第八冊 【八二】百猫歯磨「山上花朝堂」 「奎星帖」第八冊 【八三】牛肉「吉勝 鏑木勝蔵」 「奎星帖」第八冊 【八四】書画会「愚父追福 一勇齋芳子」 「奎星帖」第八冊 【八五】序(二世柳亭種彦作) 「奎星帖」第九冊 【八六】茶の湯指南所「俵屋俵藤」 「奎星帖」第九冊 【八七】 客席「葵園」 「奎星帖」第九冊 【八八】会席料理「ときは」 「奎星帖」第九冊 【八九】蕎麦「清風亭」 「奎星帖」第九冊 【九〇】懇親語譯會「岩床」 「奎星帖」第九冊 【九一】海水浴・圍碁會所「三益温泉」 「奎星帖」第九冊 【九二】呉服「槌屋仁三郎」 「奎星帖」第九冊 【九三】眼鏡・宝石「玉屋 石川膳太郎」 「奎星帖」第九冊 【九四】割烹「玉泉樓」 「奎星帖」第九冊 【九五】書画骨董古器 賣立會 「奎星帖」第九冊 【九六】書画会「熊太郎」 「奎星帖」第九冊 【九七】待合「小倉屋」 「奎星帖」第九冊 【九八】絲竹有聲會「賣花宴梅叟」 「奎星帖」第九冊 【九九】西洋御料理開業「光明樓」 「奎星帖」第九冊 【一〇〇】耳塚勧進「琴通舎八洲」 「奎星帖」第九冊 【一〇一】待合「香川幸」 「奎星帖」第九冊 【一〇二】料理「新富楼」 「奎星帖」第九冊 【一〇三】端唄「歌澤美佐吉」 「奎星帖」第九冊 【一〇四】改名披露「哥澤芝金」 「奎星帖」第九冊
#「魯文の報条(五)」
#「大妻国文」第52号 (2021年3月31日)所収
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