『江戸読本の研究』

あとがき

そもそも江戸読本との出逢いは、東京都立大学の学部ゼミで『南總里見八犬傳』が取り上げられた時であった。最初の授業に出席するために、いまはなき目黒の八雲校舎の北側にあった薄暗い高田研究室に行ってみると、それは高さ1メートルほどの本箱1つに納められていた。開けるのに少しばかりコツが必要な蓋を取って、肇輯巻之1から第9輯下帙下編下結局巻之53下まで、全106冊を机の上に積み上げた。その量の多さに圧倒されつつも、岩波文庫本では知るすべもなかったさまざまな色で彩られた表紙の意匠や、薄墨を施した口絵挿絵の美しさに強く心を惹かれた。いまでも、あの時に体験した現物の持つ迫力というか存在感を鮮明に思い出すことができる。思えば、あの時以来、本というモノに対するこだわりから抜け出せずにテキストの周囲ばかりを見てきた気がする。

今回1冊の本としてまとめるにあたって、手を入れずに使える旧稿はないに等しかった。多くの資料を扱ってきたので、新たに見出した資料や現時点において得られた情報を、可能なかぎり盛り込む必要があったためである。その結果として、旧稿の論旨やニュアンスに修正を加えなければならない部分も少なからず出てきた。また、論文集としての一貫性を持たせるために構成を変えたものもある。それでもまだ、いくらか重複した記述も残っているし、逆に完全に解体してあちらこちらに分散してしまったものもある。いずれにしても、現時点での達成として本書を見ていただきたい。以下、やや煩雑ではあるが、とりあえず基礎になった初出を記しておく。

序章「江戸読本研究序説」は未発表。

第一章第一節「江戸読本の板元―貸本屋の出板をめぐって―」と第二節「江戸読本の形成―板元鶴屋喜右衛門の演出―」とは、ともに「江戸読本の形成―貸本屋の出板をめぐって―(「文学」56巻9号、岩波書店、1988年9月)をもとにして、より論旨を明確にするために二節に分けて増補した。第三節「江戸読本書目年表稿(文化期)」は「『出像稗史外題鑑』について―文化期江戸読本書目年表稿―(「読本研究」3輯上套、渓水社、1989年)をもとに補訂。

第二章第一節「中本型読本の展開」は、横山邦治編『読本の世界―江戸と上方―(世界思想社、1985年)の執筆担当部分(第三章「中本型読本の展開」)を骨格として、『中本型読本集』(叢書江戸文庫24、国書刊行会、1988年)の「解題」や、従来より続けてきた馬琴中本型読本の翻刻(「研究実践紀要」4〜8号、明治学院東村山中高校、1981〜1985年。「説林」40号、愛知県立大学国文学会、1992年。「愛知県立大学文学部紀要<国文学科編>」41号、1993年。)の「解題」部分を踏まえて、通史的に再編成した。第二節「中本型読本書目年表稿」は「中本型読本書目年表稿―天保期まで―(「近世文芸」44号、日本近世文学会、1986年)をもとにして補訂を加えた。第三節は「馬琴の中本型読本―改題本再刻本をめぐって―(「読本研究」5輯上套、渓水社、1991年)による。第四節「鳥山瀬川の後日譚」は「鳥山瀬川の後日譚」(「都大論究」23号、都立大学国語国文学会、1986年)と「「鳥山瀬川の後日譚」補正」(「都大論究」24号、都立大学国語国文学会、1987年)を踏まえて、さらに新資料を加えて書き直した。第五節「末期の中本型読本―いわゆる<切附本>について―」は「末期の中本型読本―所謂「切附本」について―(「近世文芸」45号、日本近世文学会、1986年)。第六節「切附本書目年表稿」は「末期中本型読本書目年表稿―弘化期以降―(「近世文芸」46号、日本近世文学会、1987年)に基づくが、その後かなりの資料が収集できたので、それを反映させた上で第五節にも手を入れた。

第三章第一節は「『松浦佐用媛石魂録』論」(「日本文学」29巻1号、日本文学協会、1980年1月)に、近年の研究で明らかになった部分を補強し部分的な修正を加えた。第二節は「『松浦佐用媛石魂録』の諸板本」(「都大論究」17号、都立大学国語国文学会、1980年)による。第三節は「戯作者たちの「蝦蟇」―江戸読本の方法―(「江戸文学」4号、ぺりかん社、1990年)に、その後に発表された論文を取り入れて修正を加えた。第四節は「意味としての体裁―俊徳丸の変容―(『見えない世界の文学誌―江戸文学考究―』、ぺりかん社、1994年)による。

第四章第一節「読本の校合―板本の象嵌跡―」は「読本の校合―板本の象嵌跡をめぐって―(「読本研究」6輯上套、渓水社、1992年)。第二節は「江戸読本享受史の一断面―明治大正期の翻刻本について―(「愛知県立大学文学部論集<国文学科編>」39号、1991年)。第三節は「草双紙の十九世紀―メディアとしての様式―(「国語と国文学」70巻5号、東京大学国語国文学会、1993年5月)。第四節「岡山鳥著編述書目年表稿―化政期出板界における<雑家>―」は「化政期出版界における<雑家>―島岡権六の場合―(「江戸文学」9号、ぺりかん社、1992年)。第五節は「感和亭鬼武著編述書目年表稿」(「研究と資料」13輯、研究と資料の会、1985年)をもとにして、「『感和亭鬼武著編述書目年表稿』補訂」(「都大論究」24号、都立大学国語国文学会、1987年)と、以後知り得た資料によって補訂を加えた。

なお、本論文集は1993年9月に東京都立大学へ提出した学位論文に基づくものである。

いままでじつに多くの方々の御厚意に与り、拙い研究を続けてくることができました。具体的にさまざまな御教示を賜った方々、気持ちよく資料を使わせて頂いた各地の大学や図書館、また個人蔵の資料を提供して下さった方々には、この場を借りて厚く御礼申し上げます。とりわけ向井信夫氏には本当に御世話になりました。

掲載した図版については、公的機関所蔵のものは機関名を、架蔵以外のものは個人蔵と記しました。佐藤悟氏・鈴木圭一氏・鈴木重三氏・鈴木俊幸氏・向井のり子氏には、所蔵されている貴重な資料の掲載を許されたのみならず、さまざまの御教示も賜りました。また校正の段階では高橋明彦氏・三浦洋美氏のお世話になりました。本書の編集全般については大石良則氏に御苦労をかけました。記して深く感謝致します。

最後になりましたが、文字通りの不肖の弟子を長年にわたって温かく励まし続けて下さった高田衛先生に、心より感謝申し上げます。

   乙亥桜月

高 木  元 


# 『江戸読本の研究 −十九世紀小説様式攷−』(ぺりかん社、1995)所収
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