『国字小説小櫻姫風月竒觀』−解題と翻刻−
高 木  元 

【解題】

本作は京山の読本初作である。自序では小櫻姫のことを記す一小冊を敷衍して稗史6巻を作ったと述べている。架空の粉本の存在を仮託した序文の常套句ではあるが、題名からも容易に想像が付くし、読んだ者が誰でも気付くように、山東京伝『櫻姫全伝曙草紙』(文化2〈1805〉年12月刊)に基づく趣向が多く用いられている。登場人物名にも幾分の変化を持たせてはいるものの、その多くを継承している。また、清水寺での見初めの場、保養のために下館(別業)へ移る下り、男女の別はあるものの一体二形の趣向、清玄(同玄)の殺害と怨霊の発動等は明確に『曙草紙』からの移植である。

ところで、自序の「稗史六巻」という点が気になる。第3回の末作者曰で、稿本の時には次にあった蘆中の扁舟玉笛を弄すという一回分を割愛したと述べる。目録を見ると全11回と成っており、何か中途半端な回数である。そこで『〈享保|以後〉江戸出版書目』を見るに「文化六年巳十一月六日 辰秋懸り行事 小林新兵衛 余略之の項に文化六巳十一月/小櫻姫風月奇観/同(墨付)百七丁 全四冊 京山著/国貞画 同(板元売出し) 前川弥兵衛」とある。つまり出願時には全四冊としているが、執筆時には前帙を6巻12回として構想したのであろうか。

『外題作者画工書肆名目集』には「小櫻姫風月奇観 三冊 京山作/豊国画 前川弥兵衛八月十九日廻ル/一十月廿四日三ノ上下廻ル/二十月廿二日三十一月十一日上本/十一月廿二日売出し 無障」とあり、文化6年8月19日に行事改に出したことと、刊記には文化6年10月発行とあるが実際には11月22日に何の問題もなく売り出されたことが確認できる。なお、出願を書物問屋である前川弥兵衛が行っているのは当然として、出された本から判断すると平川館が蔵板元であるように思われるが、自序に拠れば、実質的な板元は雄飛閣(田辺屋太兵衛)であったようにも受け取れる。しかし、双方とも刊記に名前を並べているわけであるから相板元であることは動かない。

なお、本作には自筆稿本が残されている。巻2を欠く半紙本2冊、旧京城帝国大学蔵本を引き継いだソウル大学が、長年大切に保管して現在に伝えてきたものである。九州大学の松原孝俊氏のご厚意に縋ってソウル大学中央図書館の蔵書調査に加ていただき一瞥を加える機会に恵まれた。ただし、諸般の事情から熟覧することは許されなかったが、一時期インターネットで公開されていたが、現在は閲覧出来ないようである。何時の日にか詳細な検討がなされることを期して、以下簡単に紹介しておくことにする。

ソウル大学中央図書館蔵『小櫻姫風月竒觀』自筆稿本(貴3210/956/1〜2)
巻一 魁(朱) 作者山東京山[京山](朱印)(中央に題簽剥離跡)/墨附二十八張 版元 前川彌兵衛/平川館忠右衛門/
巻三巳十一月四日下ル 行事改/魁(朱) 作者山東京山[京山](朱印)(中央に題簽剥離跡)/墨附上下/合五十三張 版元 前川彌兵衛/田邊屋太兵衛/平川館忠右衛門

取り敢えず確認できた情報は、巻3を上下2冊として申請したことと、11月4日に稿本の行事改が終わったことである。その後、校合本と出来本の改めを受けて11月22日に売り出されたわけである。

前編は物語の中途で終わっているが、予告された後編を京山が出すことはなかった。後編『小櫻姫風月後記』は、前編の刊行から8年後の文政3〈1820〉年に、檪亭琴魚の手によって上方の書肆である近江屋治助から出された。この出板に至るまでの経緯は、例言に以下のように記されている。

小櫻姫こざくらひめ風月奇觀ふうげつきくはんは、山東京山さんとうきようざん雅兄がけい著述ちよじゆつにして、文化ふんくわ己巳つちのへみふゆ発行ほつこう〈中略〉おしむらくは全傳ぜんでんをなさず〈中略〉 いぬる丁戌〈十四年〉あき、京山ぬし不意ゆくりなくも、京摂けいせつあはひ遊歴ゆうれきして、僑居きようきよを三条京極のほとりしめたり。おのれ半日はんじつかんて、かの僑居たびやどりとむらひつゝ、雅話がは高論かうろんきくなへだん小櫻姫こざくらひめのことにおよべり。よつてこれ催促うながせば、鐡筆てつひつわざしげくして、ことこゝにいたらずといふ。されどもなほこゝろみに、その胸裏けうり機関きくはんをとへば、あんわが推慮おしはかりたるにちかし。こゝにます/\感慨かんがいじようたえず。そゞろ後編こうへん六巻を編次へんじして、一夕いつせき談柄はなしがらとする。

京山に面談の上、構想についての意見交換をしたとあるのを信じれば、この後編の出板は京山の了解の上だったことになる。

さて、この例言には前編の典拠についても述べられており、「此書このしよ前編ぜんへん原来もと唐山からくに小説しようせつ龍図公案りうとこうあんのせたる、金鯉魚きんりぎよくはいと、櫻姫曙艸紙さくらひめあけぼのさうしとを、棍合さつがふしてつくりなし」とある。白話小説『龍図公案』は京山が『小櫻姫風月竒觀』第8回でも名をあげている書であり、秘匿された典拠ではなかった。麻生磯次氏は『江戸文学と中国文学』(三省堂)657頁で原話との比較検討をされているが、池中の鯉魚に酒を与える場面のみならず、『曙草紙』に共通する一体二形の趣向も利用したものと思われる。しかし、むしろ問題にすべきは『龍図公案』から6話を選んで翻訳した『通俗孝肅傳』(明和5〈1768〉年刊)の存在である。京山が使った金鯉魚は『通俗孝肅傳』巻之1に配されており、おそらく通俗本に拠ったものと思われるからである。ちなみに『櫻姫全傳曙草紙』に唐の世の名妓翠翹という表現が出てくるが、この翠翹とは通俗本の出ている『金翹傳』の主人公である。京山も『絵半切かしくの文月』で『通俗金翹傳』の書名をあげており、やはり高価で希少な唐本ではなく通俗本で白話小説を読んだと考える方が自然だと思われる。

あまりに露わな典拠の利用からか、本作が本格的に取り上げられて論じられることはなかったが、前後編の間に見られる整合性もしくは齟齬の問題や、前述したような本としての構成が整然としていない点、また平仮名が多用された句読点のない文体の問題、凝った口絵やそこに用いられた賛に関する問題など、検討すべき問題は決して少なくない。

書誌

【表紙】

表紙

『稗官小説・小櫻ひめ』千祥 萬禎

【序】

自序

自序

自序
文化甲子の歳。家兄京傳。創意して安積沼物語を著し。丙寅嗣て櫻姫曙草紙を著す。刻成て發賣す。一朝大に售る。真個に洛陽帋價之が為に貴し。是に於て都下の名人才子。東に〓し西に擬し。麗篇佳構數百部に下らず。人々自らヲモヘり。霊蛇の珠を握れり。頃ころ各處の書坊。モトヨり僕が平生家兄と筆研を同諳するを以て。相共慫慂して。僕をして亦馮婦為らしめむと欲す。嗚呼僕襪線の資。イヅクンゾ諸作家と抗衡することを得べけんや。後偶々市を閲して。一小冊子を購ひ得たり。其の書蠹蝕糜壊其の何の標目なるをらず。中に江州マガリ為兼の女子小櫻姫事を記有り。小窓無事一再讀の後。戯に衍して稗史六巻を作り。題して風月竒觀と曰ふ。以て書肆雄飛閣に付して雕板せしむ窃にヲモヘり瑣々鄙構。固より大方看官の一顧を汚涜する足らざるを知る。覆〓種繭実に自ら分とする所なり。但作家數子の間に濫竿ることを得せしめば。其の幸慶たること亦夥しからん。
文化戊辰之星夕

山東京山題 [京山]  

題
[九種曲] 廿載旁觀笑與顰 凡情丗態冩来眞 誰知燈下填詞客 原是詼諧郭舎人 空香女史題[空][香]

口絵
[山東] 絶風流的少年偏 持淫戒極矛盾的 女子頓結癡盟 [京][山]
小櫻ひめ 鯉魚之妖精

口絵
信田左衛門清玄きよはる
[石齋] 棹舌翻紅蹈 盤身蹙白花 [京][山]

篠邑二郎公光しのむらじらうきんみつ
[山東] 依稀相識便相從 一笑元非陸士龍 右摘張劭詠人影起承 醉々[石][齋]

口絵

果旡堤之妖狐はてなしつゝみのようこ
白拍子しらびやうし 玉琴たまこと
[石齋] 鬢垂香頸雲遮〓 粉著蘭胸雪壓梅 [京][山]

口絵
小櫻姫之侍女こさくらひめのこしもと 山吹やまぶき
其意他人那得知 真情却害假相思

播州高砂之漁人ばんしうたかさごのりやうし 水次郎
朝〓輕棹穿雲去 暮背寒塘戴月回 [石][齋]

口絵

轟坊とゞろきぼう 同玄どうげん
 [一齋] 胸業一度破却即同玄 [石][齋]

小櫻姫こさくらひめ 再出
 水二郎渾家みづじらうがつま 於梶おかぢ
 [一齋] 不見水雲應有梦 偶隨鴎鷺便成家 [京山]

目録

小櫻姫風月竒觀前帙目録
○巻之上 たいくわい 秀郷射蜈蚣得寶器ひでさとむかでをゐてほうきをうる
  第二回 湖水金鯉禍水次郎こすいのひごひみづじらうにわざわひす
  第三回 水次郎擲簑悲薄命みづじらうみのをなげうつてはくめいをかなしむ
○巻之中 第四回 一首和歌媒小櫻姫いつしゆのわかこざくらひめをなかだちす
  第五回 小櫻姫夜功遇情人こさくらひめよるじやうじんにこうぐうす
  第六回 小櫻姫再邂逅情人こさくらひめふたゝびじやうじんにがいこうす
○巻之下〔上下〕 第七回 志賀之助一體分身しがのすけいつたいぶんしん
  第八回 佛眼和尚説劍来由ぶつがんおせうけんのらいゆをとく
  第九回 小櫻姫悲因果將死こさくらひめいんくわをかなしんでまさにしせんとす
  第十回 清玄山舘俘小櫻姫きよはるさんくはんにこさくらひめをとりこにす
  第十一回 水次郎奮勇助旧主みづじらうゆふをふるふてきゆうしゆをたすく
[平川|舘記] 開彫毎部/圖章爲記

再識・本文冒頭

   (漏庵)
僕幼きより嗜て図章インを〓す。凡そ、銀・銅・牙・角・玉・石、材に随ひて奏刀ホルす。嘗て此の技を挾み藝苑に遊ぶこと茲に年有り。近来、此の技を售て以て楮墨の費に充てんと欲し、東都京橋南街山東舗上に於て招牌をカヽげ、以て四方の来客を待つ。願は 諸君賜顧の者、嗣て拙作をモトメば榮幸榮幸。スヘて垂鑒を乞ふ。

鐡筆堂山東京山謹白 [京山] 



国字小説小櫻姫風月竒觀巻之一

山東京山 編撰 

  第一回 秀郷射蜈蚣得寶器ひでさとむかでをゐてほうきをう

話説わせつ人皇にんわう六十一代 朱雀帝しゆじやくてい御宇ぎよう承平せうへい二年、俵藤太たはらとうだ秀郷ひでさと近江あふみくににんぜられけるに、一日あるひ勢田せたはしわたらんとするに、大蛇だいじやはしのうへによこたはふし秀郷ひでさときたれるをかうべあげかゞみのごときまなこをひらき、くれなゐしたほのほのごとくはきいだし、秀郷ひでさとのまんとするいきほひなり。尋常よのつねひとこれば、くれたましいきへにもたをれつべきに、秀郷ひでさとはきこゆる大剛たいかうのものなりければ、さら一念いちねんをもうごかせず、かの大蛇だいじやのうへをあららかにふみて、しづかにぞこえたりける。しかるに大蛇たいじやもあへておどろきたる氣色けしきもなく、秀郷ひでさと後口うしろかへりみはしわたりける。しかる大蛇だいじや忽然こつぜんとして

挿絵
【挿絵第一図】

美女びぢよへんじ、秀郷ひでさとむかひていひけるは、われこの勢田せた湖中こちうすむこと千余年よねんにおよべり。ときとしてさきのごとく大蛇だいじや正體しやうたいをあらはし、はしして往来ゆききひと剛億がうおくはかり見るに、御身おんみのごとき大剛だいかうひとあることなし。われ年来としごろうらみをかさねたるあたあり。おんわがためにこのあたほろぼし玉はれかしといとねんごろかたらひける。秀郷ひでさと大蛇だいじや美女びぢよ變化へんげしたるをて、なほ一念いちねんをもうごかさず、なんぢあたといふはなにものにやとたづねけるに、龍女りうによいふやう、三上山みかみやまわれとひとしく年歴としへおほいなる蜈蚣むかであり。かれあひするところのたまうばはんとして、おそことすでひさし。これぞ年来としごろあだなれ。おんはやほろぼして、うれいをのぞき玉はれとにしきそでかほにあて、さめ%\となきたるさま、大蛇だいじやとは思はれず、

挿絵
【挿絵第二図】

あはれにぞ見へにける。秀郷ひでさとこれをきゝて一義いちぎいはず、子細しさいあるまじと領状りやうじやうなし、蜈蚣むかでほろぼすべきをやくし、龍女りうによわかれていへにかへりぬ。

さて秀郷ひでさとは、やくしたるにいたり、日来ひごろ秘藏ひさうせる五人ばりゆみ塗絃せきつるかけて、三年たけ節近ふしぢかなるを、十五そく三伏みつふせこしらへて、やじり中子なかご筈本はづもとまで、うちとほしたるたゞ三筋みすぢ手挾たはさみ、勢田せたはしゆきけるに、かの龍女りうによ秀郷ひでさとよりさきはし佇立たゝずみ秀郷ひでさとをむかへ、とも蜈蚣むかでのいづるをぞうかゞひける。

かくて夜半やはんすぐるほどに、雨風あめかぜ一通ひととほりすぎて、電火でんくわげきすることひまなく、三上山みかみやまかたより〔『前太平記』には比良の高峯とあり〕焼松たいまつ二三千ばかり二行にぎやうもへて、勢田せたをさしてぞすゝみける。龍女りうによ秀郷ひでさとむかひ、あれこそ蜈蚣むかできたれるなれといふにぞ、秀郷ひでさとことていをよく/\るに、二行にぎやうにとぼる焼松たいまつは、みな蜈蚣むかで左右さいうともしたりとへたり。矢比やごろちかくなりければ、くだんの五人ばりに十五そく三伏みつぶせわするゝばかりにひきしぼりて、蜈蚣むかで眉間みけん真中まんなかをぞたりける。その手答てごたくろがねるやうにきこへて、はづかへしてたゝざりける。秀郷ひでさといち射損ゐそんじて、やすからず思ひければ、二のつがひて一分いちぶもたがはず、さき矢坪やつぼ

挿絵
【挿絵第三図】

たるに、このもまたさきのごとくに、をどりかへりてたゝざりけり。二筋ふたすぢをばみな射損ゐそんじつ、たのむところはのこれる一筋ひとすぢなり。如何いかゞせばやとおもひけるが、人のつはしる蜈蚣むかでどくするといふことをおもひいだし、此度このたびんとしけるやしりに、つはしるぬりてまたもおな矢坪やつぼたりけり。蜈蚣むかではおなじところ三度みたびまでられたるうへに、かのどくにあたり、かうへよりあぎとしたまでぶくらせめて射徹ゐとほされ、二三千の焼松たいまつと見せたるひかり一度いちどへ、一声ひとこゑほへ湖水こすいうちたふりぬ。

かくて、龍女りうによ蜈蚣むかでしたるを見ておほいによろこび、秀郷ひでさと龍宮城りうぐうじやういざなひ、あつそのおんしやし、さま%\に饗應もてなしたるうへに、遅来矢ちくしなづく太刀たち一振ひとふりきぬ一巻ひとまきよろひ一領いちりやう、米のたはら一ツ、赤銅しやくどうつりがね一口いつかうをおくりけり。秀郷ひでさとこれをいへかへり、つりかね梵砌ぼんせいものなればとて、恩城寺おんじやうじへ〔三井寺也〕寄附きふなし、遅来失ちくし太刀たち龍神丸りうじんまる更號あらためなづけて、秀郷ひでさと度々たび/\戰場せんぢやうたいして武功ぶこうをあらはし、天慶てんけい四年将門まさかどちうしたるときも、なを龍神丸りうじんまるたいしけるとぞ〔以上『前太平記』の説と大同小異あり〕いまなを秀郷ひでさとやしろ竜神りうじんやしろ勢田せたはし東爪ひがしづめにあり。

さてかの蜈蚣むかでは、秀郷ひでさとられしとき湖中こちうたふれいりてうめくるしみ、七日七夜こえやうやし、その鮮血ちしほなみそめてながれけるに、このみづうみうち年歴としへたる金鯉ひごいありて、蜈蚣むかで鮮血なまちのみてのち、一色ひとしほくれなゐいろをまし、たけにはか長大おほきやかになりけり。鯉魚こいはもとより神霊しんれいなるものなるうへに、かの蜈蚣むかで鮮血なまちをのみて、その悪趣あくしゆをうけつぎけるにや、つひ琵琶湖ひはこ首長ぬしとなりて、通力つうりき自在じざいをなし、時々をり/\陸地おかにのぼり美少年みめよきわかしゆへんじて、往来ゆきゝひとたぶらかし、または湖中こちうよくするわらはべくらひ、妖〓わざわひをくだすことおほかりけり。

挿絵
【挿絵第四図 はるかなる三上のたけを目にかけていくせわたりぬやすの川波】

この金鯉魚ひこい通力つうりき自在じざいをなしてひとたぶらかすこと、このひとながれの物語ものがたりの發端ほつたんとしりたまへかし。

五雑爼ござつそあんずるに、南方なんぼうおほ蜈蚣むかであり、よくうしくらふといひまた蜈蚣むかで一尺いつしやく以上いじやうなるものは、飛行ひぎやう自在じざいをなし、りゆうもこれをおそる。そのおほひなるものはたまありて、夜間よるひかりはなつ。りやうそのたまうばはんとして蜈蚣むかでたゝかふことありといへり。蜈蚣むかで異名いみやう天竜てんりやうなづくこと本艸ほんざうに見ゆ。かゝれば三上山みかみやま蜈蚣むかで勢田せた大蛇だいじやおそひたるせつよるところあるにたり。ちなみいふ前太平記ぜんたいへいき秀郷ひでさと蜈蚣むかで條下じやうかに、馬〓ばげんまた百足〓ひやくそくげんかきてむかでとくんじたるは、なるにやあらん。馬〓ばげん百足おさむし異名いみやうなり〔おさむしとは俗にいふやすでむしの事也〕百足ひやくそくをむかでとくんずるもなるべし。

小櫻姫風月竒觀巻之一終

巻一下冊

国字小説小櫻姫風月奇観巻之一下冊

  第二回 湖水金鯉禍水次郎こすいのひごいみずじらうにわざわひす

さてもそののちはるか星霜せいさうて、建保けんほのころにあたり、江州ごうしう栗本郡くりもとこほり鈎里まがりのさとに、鈎庄司まがりのしやうじ藤原ふぢはら為兼ためかねといふ人ありけり。うぢまがり名告なのるといへども、もとこれ俵藤太たはらとうだ秀郷ひでさと胤族いんぞくすゑにして、山林さんりん田庄でんしやう餘多あまたをたくはへいへ冨榮とみさかへて、つゆばかりのたらざるなし。為兼ためかねとしいまだ四十よそぢみてずといへども、清識せいしきひとこゑ武事ぶじさらなり文藝ぶんげいにもくらからず。つま弥生やよひのかたとよびて、沈魚ちんきよ落雁らくがん姿すがたあるのみならず、こゝろざま貞介たゞしく夫婦ふうふかたみにむつみふかくぞかたらひける。

さて為兼ためかね三十八さいにしてはじめ一子いつし誕生まうけしに、殊更ことさら男子なんしなるにぞ、夫婦ふうふなのめならずよろこび、清若きよわかとよびて、ひたすらこゝろかたむけ、たなひらうちたまのごとくにめでやしなひぬ。

かくてのち、はやく二歳ふたとせ春秋はるあきをすぐして、清若きよわか三歳さんさいのとしにいたり、はるなかばなるころ、為兼ためかねある真野まのゝみづ次郎といふ郎等らうたうめしていふやう、明日みやうにち清若きよわか誕生日たんじやうびにあたれば、なんぢかれをともな石山寺いしやまでら觀音くわんおんにまうでゝ、稚児わこ武運ぶうんきういのり、ついでながらかの山中さんちう逍遥めぐりて、稚兒わこなぐさめかへるべしと分付いひつけけるにぞ、みづ次郎つゝしんめいをうけ、つぎあした清若きよわか乳母うばいだかせて、肩輿のりものにのらしめ、四五人の〓鬟こしもとどもを肩輿のりもの左右さゆう挾馳わきたゞせ、おのれはあとしたがひて、はかますそたかくかゝげ、かたな十文字じうもんじさしこらし、俐々りゝいでたちて、石山いしやまさしてゆくほどに、ときしもはるなかばにして、におへる琵琶湖びはこ春色しゆんしよく十分しうぶんよそほひこらし、日枝ひゑ高根たかねにひきわたしたる、かすみかげにほてるなみにうつして、幾丈いくわたりにしきひたせるがごとく、志賀しが浦邊うらべはなは、東寺とうじさきふきよせて、源氏げんじにやにほふめり。なきわたるかりがねは、堅田かたたうらになびき、つりたるゝふね青柳あをやぎはしつなぐ、唐崎からさきまつ千歳ちとせみどりをこめて、みづにうつろふ浮御堂うきみだうさへ見へわたりて、えもいはれざる好景かうけいなり。みづ次郎すで石山いしやまにいたりければ、東大門とうたいもんまへ肩輿のりものをたてさせ、みつ次郎清若きよわかをいだきとり、本殿ほんてんにいたりて財幣ざいへいをおさめ、佛前ぶつぜんぬかづき武運ぶうん長久ちやうきういのり、それより山内さんない末社まつしやのこりなく順拝しゆんはひなさしめ、人影ひとかげとほさくらのもとに、用意よういまくをうたせ、けむしろひきて清若きよわか上座かみくらへ、おほくの供人ともびと圓居めぐりゐて、飯笥いゝげ分盒わりこをとりちらしつ、午飯ひるげとゝのひ、吸筒すひつゝさけさかづきをめぐらして、人々ひと/\おほひきやうじけり。〓鬟こしもと清若きよわかいざなひて、芝原しばはら春草はるくさつみつ、こゝかしこあそめぐり、稍々やゝときをうつし、西にしやまかたふきければ、みづ次郎清若きよわかをすゝめ、いざやおんかへりあるべしとて、はじめのごとく轎子のりものにのらしめ、家路いへぢかたへいそぎつゝ、黄昏たそがれのころやうやく粟津野あはづのなかばにさしかゝりけるに、倍膳おものはまうちよするなみおと並樹なみき松風まつかぜにかよひ、三井みゐ晩鐘ばんしやうかすかにひゞきて、往来みちゆくひとかげもなく、いと蕭然ものすごくぞおぼへける。

しかるに清若きよわか遽然にはかなきいだしけるにぞ、みづ次郎肩輿のりものたちより、清若きよわかかほさしのそき若君わかきみなにゆへになき給ふぞ、やがてやかた御供おんともはべるなれ。をめしたまへなどいひてすかなぐさむれども、さら泣停なきやまざれば〓鬟こしもとも、轎子のりもの左右さゆうよりさま%\にいひこしらゆれども、たゝ絶入たえいるばかり哭叫なきさけびければ、せんすべなくまづ肩輿のりもの松蔭まつかげたてさせける。

このをりしも、磯邊いそべかたよりひとりの老女ろうぢよ歩行あゆみきたりて、みづ次郎にむか最前さいぜんより彼所かしこにて、雅児君わかぎみのいたくなき給ふをきゝはべるに、こははらなやみ給ふなり。歳老としおひ餘多あまたそだてぬれば、なき給ふこゑにてもしるゝぞかし。彼所かしこゆるは我家わがいへなり、住狭いぶせきいとひ給はずは、若君わかぎみいざな寛々ゆる/\介抱かいはうしたまへと、いと信々まめ/\しくいひけるにぞ、みづ次郎大によろこび、しからばおんいへをかりて、もちあはするくすりをすゝめ申さんとて、清若きよわか乳母うばふところにいだかせ、老女ろうぢよしたがひてわづかあゆむとおぼえしに、あやしきかなおきのかたより、一陣いちぢん暴風ぼうふうさつ吹来ふききたり、白浪しらなみきしみなぎりけるに、以前いぜん老女ろうぢよかみさや/\とたちのぼり、おもてしゆをそゝぎたるごとく、まなこほしひかりをなし、くちみゝのもとまでけ、あしをあげて乳母うば〓仆けたふし、清若きよわかえりくびつかんでちうにひつさげ、〓鬟こしもともちたる清若きよわかまもがたな

挿絵
【挿絵第五図 真埜まのゝ水二郎みづじらう幼主えうしゆ清若きよわか妖怪えうぐはいうばはる】

うばひとり、磯邊いそべのかたへかけりゆく。

みづ次郎周章あはておどろき、さて妖怪えうくわいのためにたぶらかされしか。おのれにぐるとてにがすべきかと追打おひうちきりつけしに、いしきりたるごとくやいば刄尖きつさきより火激ひばなぱつと飛散とびちり、思はずしらず悶絶もんぜつなし、尻居しりゐどうたふれけり。そのひまにかの妖怪えうくわいは、清若きよわか小脇こわきにかゝへ、守刀まもりかたなくちくはうづまなみ飛入とびいつて、行方ゆくへもしれずうせにけり。

これすなはち發端ほつたんしるしたる、秀郷ひでさとられし蜈蚣むかで悪趣あくしゆ琵琶湖びはこ金鯉魚ひごひ還着げんぢやくし、自然しぜん秀郷ひでさと枝流しりゆうたる、まがりいへわざわひくだせるなり。此時このとき妖怪えうくわいためうばはれし清若きよわか守刀まもりがたなは、むかし秀郷ひでさと龍宮りうくうよりたる竜神丸りうじんまる太刀たちなり。この太刀たち行方ゆくへは、つぎまきくはしうしるせり。

さてみづ次郎は、いそうつなみひたされ、漸々やう/\正気しやうきつき、こぶしにぎはがみをなし、いか〓〓のゝしるといへどもせんすべなく、供人ともびとすべてみなあきれはてたるばかりなり。みづ次郎思ふやう、かの老女らうぢよ、さきにはいそべよりあゆみきたり。おさなき清若きよわかきみうばひ、湖水こすいのうちにぼつしたるさまにいへる水乕かはかつぱばけたるにうたがひなし。さはいへ守刀まもりがたなうばひゆきしは、あやしみのうちのあやしみにして、さらそのゆえをわきまへがたし。まれかくまれ、若君わかきみうしなひしはわが運命うんめいつくところなれば、主人しゆじんへの申しわけには、腹切はらきるよりほかに思案しあんなし。清若わかぎみおんうへあはれさは、ことにはいひがたし。三ッのとしまであらき風にもあてたまはず、撫育そだて玉へる最愛稚いとしこを、もののためにとられたりときゝ玉はゞ、為兼ためかねぎみ生のかたの、おん嘆慨なげきはいかならん。われもまたいへにのこりしつまの、此所こゝにて自殺じさつせしときかば、さこそ悲しくおもふらめとしはしなみだにくれけるが、片時へんしもはやく若君わかぎみのおんともせんとかたへのまつこしかけて、もろはだおしぬぎ、こほりなすつるぎとりなをし、ほど/\はらにつき立んとしたるをりしも、うしろのかたよりこゑかけて、みつ次郎どの速意はやまり給ふなととゞめたるは、みづ次郎とおなじきまがり庄司しやうじ為兼ためかね家臣かしんたる、篠村しのむら次郎公光きんみつといふものなりけり。公光きんみつみづ次郎にむかひ、われ所用しよようありて此所このところよぎり、かしこにて委細ゐさいのやうすは〓鬟こしもとがものがたるをきけり。自殺じさつとかくごきはめしはことはりながら、わがとゞめしは所存しよぞんありといふに、みづ次郎両眼りやうがんなんだをうかめ、おんいたわしき若君わかぎみおんうへさぞかしおどろき給ふらん。せめてはおん死骸しがいもとめんとは思へども、かく大なるみづうみなれば、何方いづくこゝたづぬべき便よすがもなし。とてもいきてあるべきにあらず、腹切はらきり湖水こすい飛入とびいり若君わかぎみおんともせん。介錯かいしやくたのむ篠村しのむらどのと、またもかたなをとりなをせば、次郎公光きんみつなほおしとゞめ、おん身此所このところにて自殺じさつなし、かばね路頭ろとうさらしなば、まがり庄司せうじ一子いつし變化へんげうばはれ、家臣かしん何某なにがしはそのにて腹切はらきりしなんどゝ、人口じんこう膾炙かゝり主人しゆじん家名かめいけがすべし。とてもすつ一命いちめいならば、はやくやかたかへり、変化へんげ仔細しさいきこえあげ、そのゝち腹切はらきるともおそかるまじと道理だうりにせまる公光きんみつ言辞ことばに、水次郎屈服くつふくなし、つい自殺じさつをとゞまり、両人りやうにんうち連立つれだち、さきのほどかのまつかげに、奚しもべどもをまたせおきたるところいたりけるに、逃散にげちりたるものどもすべてみな此所このところあつまり、乳母うばをはじめ〓鬟こしもとは、清若きよわかのむなしき轎子のりものにとりすがり、こゑをあげて哭居なきゐたるにぞ、両人りやうにんこれを見てとも悲嘆ひたんにせまりけるが、かくてあるべきことならねば、空轎むなしきのりものをかたげさせ、初更しよこうかねをくられて、随歩しだいとほなみおとやかたをさして皈路かへりぢは、今朝けさみちにかはらねど、主人しゆじんきえてうたかたの、粟津あはづはらあはれさは、おきどころなきむねのうち、心もそら朧月おぼろづきあしなえたる畛道なはてみち、うちつれてこそかへりける。

  第三回 水次郎擲簑悲薄命みづじらうみのをなげうちてはくめいをかなしむ

此日このひまがり為兼ためかねは、嫡子ちやくし清若きよわか誕生日たんじやうにちといひ、殊更ことさら弥生やよひかた懐妊くわいにんにて、すで五月いつゝいたり玉ひ、今日きやう最上さいじやう吉日なりとて、纈帶いわたをびつけ玉ひ、彼是かれこれとりまじへたるいはひなれば、家臣かしんあつめ終日ひめもず酒宴しゆえんをもよほし、すでににもいたりぬれば、さかづきをおさめて奥殿おくでんにいり給ふに、銀燭ぎんしよくのひかり金屏きんべいにかゞやき、侍女ぢちよのかきならすことは、いろどる枝の松風まつかぜに、つる千歳ちとせうつの、いとも目出度めでたき形勢ありさまなり。

為兼ためかね弥生やよひかたむかひ、今日きやうそらはれやかにて、清若きよわかもさこそ心をなぐさめつらん。ともにしたがひつるものどもゝ、好気よききばらししつらんとのたまへば、弥生やよひかたおゝせのごとく石山寺いしやまてらさくらさかりのころなれば、はな看人みるひとのつどひて、ことさらににぎはゝしく、稚児わこもこゝろよくあそびて、今のほどは皈路きろにおもむき候つらん。わづか一日ひざのもとをはなし候ひても、かへれかしと待詫まちわび候。子を思ふおやのこゝろは、おろかなるものにはんべりなど夫婦ふうふしとねをつらね、物語ものがたりしておはせしをりしも、〓鬟こしもと為兼ためかね面前まへをつき、只今たゞいま水二郎かへきたり、おん目通めどほりめさせ玉はらんことをねがひ候といふに、為兼ためかね夫婦ふうふことばをそろへ、水二郎は清若きよわかともなひてかへりつらん。とく/\れきたれとかれに申せとのたまへば、こしもといふやう、若君わかぎみ何方いづくにおはすやらん、たてまつらず。たゞ水二郎と篠村しのむら公光きんみつのみ御つぎにひかへ候といふに、為兼ためかねいぶかりつゝ、まづ両人りやうにんをよべとのたまふにぞ、やがて公光きんみつ水二郎をともなひて、為兼ためかね面前まへにいで、水二郎ははるかひきさがりて平伏へいふくす。為兼ためかねこれを見て、いかに水二郎、思ひのほかにおそかりしぞ。今日こんにち稚児わこもりして、さこそこゝろをらうしつらめ。かれはいかにしつるぞ、早々とく/\ともなひきたるべしと、のたまふことばに返答へんたふも、さしつまりたるむねうちなみだくみとる公光きんみつが、かたはらより申けるは、若君わかぎみ石山寺いしやまでらより皈舘きくわんのをりから、粟津あはづはら礒辺いそべにて一ッの凶事きようじいできたり、水二郎そのにて、申わけに切腹せつふく仕らんといたし候をりしも、それがしかのところをとほりあはせ、言辞ことばをつくしてかれ自殺じさつをとゞめ候。そのゆへは、彼地かのちしてかばね路上ろしやうさらし候ば、おんいへ凶事きようじ流布るふせしむる道理どうりと存じ、しひこれまで召連めしつれ候なり。凶事きようじ仔細しさいは水二郎におん尋問たづねあるべしとなみだをふくみて申ける。

為兼ためかねこれをきかれ、清若きよわかわざはひありしとは気遣きづかはし。ちかうよりてはやくその仔細しさいを申せとのたまへば、弥生やよひかたはとゞろきのはしうちわたむねのうち、さわたつをしづめてもしづめかねてぞおはしける。水二郎やう/\に漆行いざりいで、ありししだいをつまびらかにのべければ、為兼ためかね始終しじうきゝ玉ひ、うちおどろかせ玉ひしが、さすが連忙あはてていもせず、輪迴りんゑつなぐ恩愛をんあいも、むね鋼鉄はがねに思ひる、武門ぶもんのこゝろぞやるせなき。おんいたわしや弥生やよひかたは、人目もはぢうちし玉ひ、こゑをあげてぞなげかるゝ。

為兼ためかね公光きんみつめいじ、清若きよわかともにしたがひつる、乳母うば侍女こしもとをめしいださせ、水二郎が申すにたがはざるやと、なほもやうすをたづねさせ玉ひけるに、目をすりあかめたるこしもとども、またくりかへす周諄くりことの、不用言いらぬことまでとりまぜて、なみだをそへてものがたり、こゑをとゝのへてぞなげきける。乳母うば泣々なく/\清若きよわかの、着替きがへ小袖そでをとりいだし、おん形見かたみとも見給へと弥生やよひかたまへおけば、一目ひとめるよりとりあげて、かほにおしあて給ひつゝまた惆悵むせかへしやくりなきたへいるばかりに見へけるが、漸々やう/\かほをあげて、なみだぬぐひ玉ひ。たま/\まうけし稚児おさなごの、ことさら男子なんしなるゆへに、家臣かしんにも自慢じまんして、まつのみどり千歳ちとせふる、ゆきいたゞすへかけて、枝葉えだはさかふ孫児うまごまでも、長命ながいきして見んものとめでやしなひし最愛児いとしこの、疱瘡ほうそう麻疹はしかかるうして、いとすこやか生長せいちやうなし、としも三ッのあいざかり、泡沫ほうまつ旡常むじやうかせきたりて、やもふとこにうせつるとも、さぞなかなしくあるべきに、ましてや變化へんげとらはれて、人並ひとなみならぬをなすこと、いかなる前世ぜんせ因果いんぐわぞや、いかなる憂目うきめうけつらん。なさけなのはてや、今朝けさ打扮でたち花麗はなやかいつくしかりつる面影おもかげの、ぬひたもと雛鶴ひなづるに、千代ちよをこめたる甲斐かひもなく、いま形見かたみと見べきとは、つゆ思はざるをろかさよ。ひとつ闇路やみぢともなはば、なか/\うれしくあるべきぞ。こはなにとなりぬることぞやと小袖こそでをひしといだきしめ、悲嘆なげかせ給ふなみだあや襠衣うちぎ白妙しろたへに、かゝりてにぢ鹿子結かのこゆひもあてられぬありさまなり。

水二郎は、かゝるなげききくにつけ、しめぎにかけてひしがれ、ほねくだくる思ひにて、たゞ平伏ひれふしたりしが、かねて覺悟かくご一刀いつたうぬきはなちて、すで自殺じさつと見へければ、為兼ためかねこゑかけ、公光きんみつかれをとゞめよとあふぎ指揮さしづにはせよりて、一刀いつたう挑奪もぎとるにぞ、為兼ためかね言辞ことばをあらゝげ玉ひ、なんぢいましゝたりとも、清若きよわかふたゝびかへるべきか。〓〓うつけのふるまひなすものかなと一声いつせいしかり玉ひしが、また面色いろやはらげ玉ひ、われつら/\思ひをめぐらすに、今日こんにち妖〓えうくわいこれすなはち龍神りやうじん所為しよゐなるべし。それいかにとなれば、今日きやう稚児わこ守刀まもりがたなにもたしめたる、つるぎ汝等なんぢらるごとく、わがいへ始祖しそ秀郷ひでさときやう三上山みかみやま蜈蚣むかでほろぼし玉ひ、竜女りゆうによため琵琶湖びわこうち誘引いざなはれ龍宮城りゆうぐうじやういた竜王りゆうわうより玉ひし、遅来失ちくし名号なづけ寶劔ほうけんなり。焼刃やきば八竜はちりやうかたちあるをもつて、龍神丸りゆうじんまるあらため、代々だい/\相傳そうでん太刀たちなれば、かれ武運ぶうん長久ちやうきういのらしめんため、今日きやうしもそえてもたせしなり。かの太阿たいあにもおとららざる、名劔めいけんなればいかなる妖怪えうくわい魔神まじんなり

挿絵
【挿絵第六図  漁人りやうし水次郎みづじらうこいばけるを見る】

ともをくだすやうはあらざるに、清若きよわかもろともひとり、琵琶湖ひわこうちほつし、ゆく方なくうせつるときけば、われ文武ふんぶとくもなく、寶劔ほうけん所持しよぢなすこと、龍王りゆうをうこれををしませ玉ひ、ふたゝびとりもどし玉ひしにうたがひなし。清若きよわかはても、これにつながる因果いんぐわならん。もし野武士のぶし山賊やまだちなんどの所行しわざならば、なんぢやみ/\とおくれはとるまじきが、龍神りゆうじんいかりにふれたり、と思へば人力じんりきのおよぶべきところにあらず。さればとてなんぢをそのまゝに召仕めしつかはんは、家法かほうのたゞしからざるにたれば、年来としごろ忠勤ちうきんにめんじ一命いちめいたすけ、いとまをとらすべし。早々とく/\たちて、宿所しゆくしよかへ退去たいきよ指揮さしづまつべしとのたまひければ、水二郎は為兼ためかね寛仁くわんじん大度たいどのはからひをきゝて、恩惠おんけいあふれ、感涙かんるいきもそゝ畏縮おそれいりたりしが、わづかかしらをあげて、ひそかに為兼ためかねおもを見あげ、なみたをはら/\とおとし、言辞ことばをいださんとしつるに、為兼ためかねやがせきたちつね一間ひとまにいり玉ひければ、水二郎はのびあがりて、名残なごりはつきぬかなしさの、なみだせきうるをしぬ。

ときにあまたの侍女ぢぢよどもうちよりて、泣焦なきこがれて伏居ふしゐ玉ひたる、弥生やよひかた介抱かいほうして、彼方かなたへいれまゐらせ、へだて障子ふすまをたてきりぬ。あとのこるはたゞ二人ふたり、水二郎はこまぬきてかしらをたれ、忘然ぼうぜんとしてゐたりしに、篠村しのむら公光きんみつかたはら膝寄すりよりわがきみいまのおんことばは、まこといかほねにくつくるの仁惠じんけいなり、生々せい/\世々よゝ〔わ〕するべからず。數多あまたあるおん家子いへのこのうちにも、和殿わどのとはわきてしたしくまじはり、忠節ちうせつのこゝろをもしりつれば、なにとぞ一命いちめいをたすけたく思ひつるが、こゝろざしのごとくきみより助命ぢよめいし玉ひたること、われをきてもよろこびにたえざる也。いまかくおんいとま玉はるとも、ふたゝび皈参きさんなすべき時節じせつもあるべきぞ。此所このところ長居ながゐするはきみへのおそれあり、早々とく/\宿所しゆくしよ立皈たちかへり、退去たいきよ用意よういあるべしといわれてなほたちかぬる、やかたもこれがおさめと、思ふ心はほそ%\と、公光きんみつおんしやし、細意こまやかわかれをつげしよくにはなれし孤雁こがんの、打凋うちしほれつゝたちあがり、四隅あたりかへる廣坐敷ひろざしき墨絵すみゑふで荒磯あらいそも、あらいたわしき若君わかぎみやと我身わがみうへもとりまぜて、思ひつゞくりなが廊下らうか鉄行燈かなあんどうのともしも、きへかゝりたる淡雪あわゆきの、にふりきたわざはひは、ゆめをうらのふゆめうち障子しやうじあくれば朧月おぼろづきさくらながるゝ中庭なかにわに、掛渡かけわたしたるしゆはしは、河梁かりやうをこゆるにたれども、たづそふひともなく、蛛手くもでにめぐる椽側えんがはを、めぐり/\て車門くるまもんやかたに心のこしつゝ、我家わがやをさしてかへりけり。

さて、篠村しのむら公光きんみつは、此夜このよ為兼ためかねめいをうけて、粟津あはづはらにいたり、礒辺いそべ漁人りやうしをあつめ、かねをあたへてひそか清若きよわか死骸なきからたづねさせ、万一かの竜神丸りゆうじんまる水底みなそこにあるやらんと、これをもたづねさせければ、漁人りやうしどもあみをおろしみづくゞりなどして、さま%\にこゝろをつくして尋索たづねもとむれども、その行方ゆくへさられざれば、さすがの公光きんみつもせんかたつきて、つぎあしたむなしくして、やかたかへりけるとぞ。

こゝにまた、水二郎はそのいへにかへり、こと仔細しさいつまにものがたりけるにぞ、つまは水二郎がかへらざるさきに、今日きやう凶事きようじをひそかにきゝ、我子わがこをおもふこゝろにくらべて、弥生やよひのかたのおんなげきを思量おしはかり、わがおつとうへも、いかになることやらんとあんわずらふをりふし、水二郎旡事ぶしにかへりしを見て大によろこびしが、ろくにはなれしときゝて、又さしつまるむねうちなみだそでをしぼりけり。水二郎がつまをおかぢとよびて、今年ことしはたちのうへを二ッ三ッこえて、姿すがたかたちうるはしく、心ざまやさしくして、夫婦ふうふ旡別わりなくかたらひ、一人ひとり女子むすめをまうけて、玉琴たまこととよびて、今歳ことしすで三歳さいにおよべり。夫婦ふうふ二人ふたりにしあらば、たとへ浪々らう/\となりしも、すこしは心もやすかるべきに、かゝる乳児ちのみごかゝへし身なれば、おかぢはことさらに心をいためける。

つぎの日やかたより二人の官吏つかふびときたり、今日こんにちぢういへ立退たちのくべきむね、為兼ためかねめいをのべければ、水二郎つゝしんめいをうけ、あらかじめその心がまひしつれば、家財かざいはしるべのかたへ持運もちはこばせ、その日の黄昏たそがれ住馴すみなれたる我家わがや立去たちさり、家財かざいはこびおきたるものゝいへいたり、これまで召仕めしつかひたるものどもにはいとまをとらせ、此夜このよはこゝに一夜ひとよをあかしけるが、いへあるじわづかしたしみあるものなれば、ひさしくあしをとゞめがたく、つまのおかぢ両親ふたおやは、さきとしをさりて、そのいへいま他人たにんとなり、兄弟きやうだい縁者えんじやもあらざれば、つながふねのうき思ひ、かゝるべきしまもなく、とやませじかくやすべきと夫婦ふうふ思案しあんしけるが、同国どうこく真野まのさとは、水二郎出生しゆつしやうところなればとてそのにいたり、故郷こきやうにかへるにしきにはことかはり、ふる空家あきいへをもとめて浪居らうきよいとなみ、今日きやうくれ明日あすとあかして、思はず半歳はんとしあまりをすごしけるが、ながらくらへやまくづれ、してのべうみもつくるのことはりにて、しだひ/\に困窮こんきゆうとなり、おかぢたしなみの衣服いふくまでも、そでそへてしろみづの、よねかへたるわびしさは、霜夜しもよかぜ挾莚さむしろや、かまどにすだくむしの、襤褸つゞれさせてふ針目はりめきぬ姿すがたかたちも水仕業みづしわざほそけふりもたてかねければ、かくてはにもたゝれじと妻子つまこをおもふよるつる弓箭ゆみやをもちて野山のやまはせ、かりのすむ活業なりはひは、のちむくひもおそろしく、その罪咎つみとがうすかれと、こほりくだすなどりは、ところがらにもあふみぶな、むかし弓馬きうば閑暇ひま/\に手馴てなれおぼへしなぐさみの、夜網よあみたかせしかゞりも、いまわたるなみうへ釣綸ちやうりん〓棹かうたうに身をよせて、三秋さんしうあめも、ありしにかはる菅簔すがみのや、ゆめやぶれし竹笠たけがさに、しのぎかねたるよるゆき千鳥ちどりなくなるとよまれたる、真野まの入江いりえ漁師りやうしとなりしも、水二郎といふ因縁えにしなるべし。[水二郎がこののちのでんだいくはいにくはしくしるせり]

作者さくしやいはく此書このしよ稿本こうほんとき此回このくわいにつゞきて蘆中ろちう扁舟へんしう玉笛ぎよくてきろうすといへる一回いつくわいあり。すなはちこのくわいのうちにしたる、水二郎金鯉魚ひごひ美童びどうへんずるをはなし、また美童ひどう舟中ふねのうちふえふき湖中こちう泊舟ふなどまりせし旅客りよかくたぶらかはなしなり。一回いつくわいすべて四幀しまいくわへ、すで脱稿かきあげつれども、梓行しこうにのぞんで雕版てうはんこうかるふせんために、本文ほんもん小徑こみちなればこれのぞかしむ。画圖ぐわと児曹こどもよろこばしむるために、その一ッをのこせり。このゆゑにあつてことしるさず。閲人みるひとあやしみ給ふべからず。此末このすゑ巻中くわんちう圖画づゑうつしておもむきあるをのみゑがゝしむゆゑに、本文ほんもん前後ぜんごするところあり。読者よむひと次第しだいかゝはらずしててら給ふべし。

小櫻姫風月竒観巻之一終

小櫻姫風月竒觀こさくらひめふうげつきくわん巻之二

山東京山 編次 

  第四回 一首和歌媒小櫻姫いつしゆのわかこざくらひめをなかだちす

こゝまたまがり為兼ためかね内室ないしつ弥生やよひかたは、かねての懐妊くわいにん月満つきみちて、女子によし出生しゆつしやうまし/\けり。清若きよわかまるうしなひてのち、わづか五月いつつきいままたひめをまうけ給へる事、生死しやうし流轉るてんひとのうへ、うきがなかなる歡喜よろこびなり。出生しゆつしやう女子によし小櫻姫こさくらひめとよばせ給ひける。こは弥生やよひかたおんはらゆゑに、弥生やよひ文字もんじちなみて、しか名告なづけ給へるとぞ。小櫻姫こさくらひめ漸々しだい/\にうるはしく成長おひたち給ふにつけても、清若きよわかどのゝ事つゆわするゝひまなく、ひめ何歳いくつにならんには、清若きよわかにあらばいくつになるべきになど、死去しにうせ年齢よはひをかぞへて、なみだのなかだちとなし給ふ事、人世よのなか親心おやごゝろみなかくあるならひぞかし。

にや、金烏きんうつばさ月花つきはな雲間くもまかけり、玉兎ぎよくとあし春秋はるあき歳並としなみこえて、小櫻姫こさくらひめすでに十六さいはるをむかひぬ。かたち美麗うつくしさは宋玉そうぎよくことばといへどものべつくすべうもあらず、姿すがた艶色うるはしき仇英きうえいふでにもかきうつしがたし。美人びじんはな真身しんじんはな美人びじん小影せうえいと『劔拂集けんそうしう』にのせたるも、かゝるひめをやいふなるべし。

さるからに、為兼ためかね夫婦ふうふひめあいし給ふ事十朋しうほうのごとくし、たけおきながためしにならはゞ、はこいれてもおきふしの、つかのかたはらをはなちたまはず、かこじもの獨子ひとりこといひ、ことさら清若きよわかどのゝ事にこりたまひて、かぜもかよはぬ深窗しんそうにかしづきて、しばしもひと垣間見かいまみをゆるさず。きのふは十種香じゆしゆかう貝合かいあはせのあそび、けふはかきはなむすびのたはふれ、また絲竹いとたけのしらべに、さやけきつきてうし、あるひは詩歌しいかきやうにちりゆくはなあいするなんど、艶色えんしよくのすがたに風流ふうりうこゝろをかねそなへたる小櫻姫こざくらひめなれば、遠近をちこちにほひをつたへて、美人びじんのほまれたかく、みえこひのつもせのふちに、わたりをもとむるぞおほかりける。

こゝに、同國とうこく信田しだ住人ぢうにん[『江州風土記ごうしうふうどき』をあんずるに、信田郷しだのごう三上みかみ山のとうぼく半里はんりばかりにあり。今はわづか孤村こそんのこれり]信田しだ左衛門尉さえもんのぜう清玄きよはるといふものあり。家門かもん繋昌はんじやうまがりいへにもおさ/\をとらざる豪家がうかなれども、為兼ためかねがごとき仁義じんぎをまもる武士ものゝふにあらず、性質せいしつ奸惡かんあくにして酒色しゆしよくふけり礼義れいぎをしらざるともがらなり。加之しかのみならず、かれ六波羅ろくはら宰臣さいしんなにがし一族いちぞくなれば、狐威こい侈傲ほこりしば/\非禮ひれいおこなひけるとぞ。しかるに清玄きよはる小櫻姫こさくらひめ容色ようしよくきゝつたへ、同國どうこく美人びじんひとはなにながめさせんはわが耻辱ちじよくなり。こは虚忽うか/\としてところにあらずと遽然にはかなかだち使者ししやをもつて、まがりいへにいたらしめ、縁組えんぐみの事をいはせけるに、為兼ためかねかの使者ししや對面たいめんし、縁組えんぐみ返答へんとうはうちおきて、清玄きよはる日来ひごろ惡行あくぎやうをかぞへたて、さん%\に非毀そしりければ、なかだち使者ししやかさねていだすことばもなく、赤面せきめんして立皈たちかへり、しか%\のよしつぶさにつげければ、清玄きよはるこれをきゝこぶしをにぎりはがみをなし、われみづからまがりいへにいたり、誹誇ひほう趣意しゆいをたゞし、為兼ためかね返答へんとうにより、たゞ一打ひとうち斬殺きりころうらみをはらすべしなどいひていか〓〓のゝしりけるを、家人けにんさま%\にすかしなだめ此日このひはことなくすませけり。これすなはちまがりいへ一度ひとたびほろび、為兼ためかね非命ひめいやいばし、弥生やよひかた東國とうごく流離さまよひ小櫻姫こさくらひめ父母ちゝはゝにわかれて、さま%\〓惻いぢらしきうきめにあひ、真野まのゝみづ次郎がためにあやうき一命いちめいをたすけられ、漁師りやうしいへ姫君ひめぎみのいくよさだめぬ旅枕たびまくら竒談きだんかもせる一端いつたんとは、のちにぞ思ひあたりける。

さて小櫻姫こさくらひめ侍女こしもとは、おほくはみやこよりめしかゝへたるものどもなれば、をりふしのとぎものがたりにも、みやこ豊饒にぎはゝしさをいひいでけるにぞ、小櫻姫こさくらひめこれをきゝて、みやこ一覧いちらんのぞみしば/\父母ちゝはゝにねがひたまへども、さらにゆるしたまはざりけり。しかるにこのころ洛東らくとう清水寺きよみつてら觀世音くわんせおん開帳かいてうありしに、弥生やよひのころといひ、ことさら音羽をとはたきをとにきこえし霊場れいぢやうなれば、都鄙とひ遠近ゑんきん参詣さんけいくんをなし、当國とうごく貴族きぞくこゝの公子わかものかしこの息女そくぢよも、もうで給ひしときゝて、かの侍女こしもと古郷ふるさとはるもなつかしく、ひめをすゝめてかの参詣さんけいかた%\、みやこ一覧いちらんの事をふたゝび為兼ためかね夫婦ふうふにいはしめ、おのれらもとも%\ことばをそろへてねがひけり。かくても為兼ためかねはゆるし給はざりけるが、弥生やよひかた女気をんなぎひめがこゝろをくみとりて、いとしと思ふひとりの、二八にはちはるもへいづるを、深窗しんそうにのみこめおかば、もしや気欝きうつわづらひをひきいださんも、はかりがたしとさま%\にいひこしらへ、つひ為兼ためかねがゆるしをうけ、かの篠村しのむら次郎公光きんみつ、ならびに公光きんみついもと山吹やまぶきといふものに、ひめ旅中りよちう守護まもりを申つけ、清水きよみづもうでたびよそほひをとゝのへしめけり。この山吹やまぶきはたちのうへを、二ッ三ッこえて、すがたうつくしくとしわかけれども、さすがは公光きんみついもとほどありて、資性こゝろたて惺〓さかしく劔術けんじゆつ早業はやわざ女子をなごなれば、かねて小櫻姫こさくらひめ侍女こしもとおさとなしてかしづかせおきけるなり。

さて、ひめはあまたのこしもとをしたがへ,行装ぎやうそう美々ひゞしくとゝのはしめて、三月やよひなかばのころ發駕はつかしけるが、わづか旅程りよていなれば、その逮昏たそがれみやこへいたり、公光きんみつかねてはからひおきたりとて、嵐山あらしやまふもと旅舘りよくわんをもとめ、つぎ旅〓りよこうのつかれをやすめ、ながらのぞ嵐山あらしやま遠景えんけいに、ひめをはじめかしづきの人々ひと%\ら、こゝろもそらに皖々うきたちつゝ、明日あす開帳かいちやうまうですとて、侍女こしもとかはる%\かみゆひなどし、ひめ衣裳いしやう打扮いでたちなんど、これかれと評義ひやうぎし、おのれ/\もともにたつ、小袖こそでいろ對々つい/\に、すそとぢあはす葉手はで模様もやう下女げぢよ婢女はしため白旡垢しろむくの、半襟はんえりばかりかけかへて、そのほど/\の綺羅きらをかざり、さてつぎあした清水寺きよみつでらへぞまうでける。

小櫻姫こさくらひめ此日このひよそほひ、いかんとなれば、翡翠ひすい寶髻もとどり京様みやこふうゆひなし、玳瑁たいまい花鈿はなかんざしかしらおもげにさしかざし、葱白あさぎ紵絲じゆすさくらはな縫箔ぬひはくしたるを袿衣うちぎし、總角あげまきゆひたる真紅しんくふさ袖口そでぐちにくゝりたれ。緋纐纈ひかのこ上着うはぎはなかんばせをてらし、白綾しらあやしたかさねゆきはだへをあらそひ、金襴きんらんおびあたりにかゝやきて、しゆばりの夏傘ひがさなのめにさしかざゝせ、左右さゆうにあまたのこしもとをしたがへて、冉々せん/\として蓮歩れんぽをうつし給ふさま、良夜明月りやうやのめいげつくもをはなれて、清光せいくわうはなつがごとく、三伏さんふく芙蓉ふようみづ穿うがちて、香艶かうえんふるふがごとし。山吹やまぶきまへにすゝんでひめにしたがひ、公光きんみつはあとにつきてみち守護まもり、蒔絵まきえ轎子のりもの銀行厨しろかねのちやべんとうなど、しりにつゞきて逶遅ねりゆくてい、なみ/\ならぬ姫君ひめぎみとはたれみとむ行粧ぎやうそうなり。参詣さんけい群集くんじゆみちをわかちてあしをとゞめ、小櫻姫こさくらひめ窈窕みやびやかなるをほめざるものはなかりけり。

ひめはまづ本堂ほんどうにいたり給ひて觀音くわんおんはいし、内陣ないぢん霊寶れいほうのこりなくめぐり、ふたゝび本堂ほんどういで舞台ぶたいのかたにいたらんとし給ひ、かしこを見れば、いかめしき武士ぶしども、毛氈もうせんのうへにひざをつらねはかまながらに胡座あぐらして、さけうちのむもあり、あごをあて鬚口ひげくちあきて今様いまやうをうたふもあり高杯たかつきかたにのせて、つゞみうつさまをなすもありて、さも狼藉ろうぜきたるありさまなり。これらの武士ぶしどもひめがこゝへきたり給はんていを見て「いよ/\龍宮城りうぐうじやう乙姫おとひめどのよなどいひて、あふぎをあげてさしまねき、四五ひとひとしく散動どよみけり。

公光きんみつ山吹やまぶきらこれをて、を見あはし、旡禮ぶれいする奴原やつばらとは思ひながら、ひめそでをひかへ、またもとのみちたちかへり、山内さんないはなを見るに、此日このひ天色てんしよく清和せいわにして一点いつてんかぜもなく、満山まんざんさくらいまさかりとさきいでゝ、躑躅つゝじ山吹やまぶきいろをあらそひ、

短冊

さむるばかりの好景こうけいなれば、ひめはことさらそとめづらしく、もそれ心もうきたちて、こゝかしこのさくらをながめ、つい石階いしだんをくだりて、かのたきのもとにいたり給ふに、すぢにおつるたきかすめちりかゝるはな風情ふぜい、えもいはれざる景色けしきなれば、姫君ひめぎみふかくきやうじ給ひ、しばし佇立たゝずみ給ひしが、一首いつしゆうたえいじ、用意ようい行研たびすゞりをとりきたらしめて、短冊たんざくにかゝれけり。そのうたに

をとにきく音羽の瀧にちる華の 心をたれかくみてしるらん

みづぐきうるはしうかきをはり、かしこなるさくらえだにつけよとのたまひて、かたはらに蹲踞つくばひゐたるかの山吹やまぶきにわたしたまへば、山吹やまぶきたんざくを手にとりあげ、いつにかはらぬ秀詠しうえい、おもしろき趣向しゆかうかなといひつゝ、侍女こしもとらにもきかせんとふたゝびこゑたててうちぎんじけり。

かゝるをりしも、最前さいぜんより石階いしだんなかば佇立たゝずみて、このていを見たるもの山吹やまぶきぎんじたるひめ詠哥えいかきゝ、さてもみやびたるうたのこゝろかな。落花らくくわじやうあれども流水りうすいこゝろなしといふ、常言ことわざに思ひよせ給へるならんとうたこゝろひやうしけり。ひめ山吹やまぶきこのことばをきゝて、何人なにびとにやと冷眼ながしめにこれを見れば、としのころほひ十七八と見えて、ひたい總角つのがみうるはしうつかね、薄紫うすむらさきなる縞紵絲しまじゆすはかまに、くろ綸子りんず小袖こそでちやくし、金銀きんぎんちりばめたる大小をさし、金地きんぢ雲水くもみづのかたをおきたるあふぎなのめにさしかざし、一人のしもべをしたがへて、たゝずみたるさま端麗たんれい優美ゆうび少年わかしゆなり。小櫻姫こさくらひめはひと見しより心迷こゝろまよひ、にはかゝる美男びなんもありけるよとあからめもせずうちまもり、

挿絵
【挿絵第七図】

はじめひと戀風こひかぜの、もとによするあきなみ、こがるゝきしにうちなびく、こゝろはやるせなかりけり。あやしきかなこのをりしも、一片いつへん暴風はやてさつとふききたり、山吹やまぶきにもちたるかの短冊たんざくをひら/\とふきあげ、少年わかしゆのまへにおちけるにぞ、少年わかしゆばやくとりあげて、ひめとたがひに見かはすかほ綽約につこりゑめはなはな、たんざくは懐中ふところへおし入て、もたせたるあみがさにおもてをかくし、どうのかたへぞたちさりける。

ひめ名残なごりやおしかりけん、うしろすがたを見おくりて、茫然ぼうぜんとして佇立たゝずみしが、山吹やまぶきかほ洒眼じろりと見とがめられ、なんと岩根いはねにさく杜鵑花つゝじ、はておもしろのなかめやと外事ほかごとまぎらはしはなをたづねて、ふたゝび蓮歩あゆみをうつされけり。山吹やまぶきしもべをはしらせ、かのたんざくをとりもどさんと、少年わかしゆあとおはせけるが、参詣さんけい群集くんじゆにまぎれて、その行向ゆくへ

挿絵
【挿絵第八図】

うしなひけり。

こゝに又、最前さいぜん舞台ぶたいさけのみたる武士ぶしともかほをつらねて、ひめ形勢ありさまをはるかに見おろしたりけるが、一人ひとりがいふやう、相公との御覧ごらんぜよ、いまあの上臈じやうろうがあとにつらせゆく、轎子のりもの蒔繪まきゑしたるは、まがりいへしるし也。さすればかれはをときゝにし、小櫻姫こさくらひめまぎれなく候。さてこそたぐひなき美人びじんにてはありつれとさも仰山ぎやうさんにいひければ、主人しゆじんとおぼしくかたほにゑみをふくみ、なんぢいまみとめたるおろかさよ。われ最前さいせんよりしか思ふゆゑに、かくさけをやめてながめをる也。きゝしにまされるかれが容貌ようぼう、見ざるさきより百ばいの、思ひをなやますをんなめかなと欄杆らんかんひぢをかけ、支頤つらづゑつきたる顔色かんしよくは、まつにやどりしくまたかの、小鳥ことりねらふごとくなり。このひと何人なにびとぞや、これ別人べつじんにあらず、信田しだ左衛門さゑもん清玄きよはるなり。家臣かしん横島よこしま大六といふえせものひざをすゝめ、かねての戀人こひびとにこゝであひしは、てんよりあたふるたまものなり。われ/\目関笠めせきがさおもてをかくし、ひめ前路ゆくさきにまちぶせなし、狼藉らうぜきしかけて

挿絵
【挿絵第九図 小さくらひめ清水きよみづもうでして志賀之助を見そむる

おどろかし、奴原きやつら狼狽うろつくそのひまに、ひめうばひ申さんは事やすし。これはいかに候やとつらをさし出しこゑをひそめていひければ、清玄きよはるかしらうちふりて、いな/\小櫻姫こさくらひめ深淵しんえん名珠めいしゆなり、ときいたらさればとりがたし。見よ/\とほからずしてかの名玉めいぎよくを、我掌わがてににぎりて見すべきぞ。かれさかな一杯いつはいくまん。いざつげ/\とさかづきをさしいだし、つがせるさけ清玄きよはるが、こゝろうちおにころし、らんにおよぼす悪計わるたくみ、いかなる事をやかもすらん。

此方こなたのかたには、かゝる曲者くせものありともしらず、ひめはこしもとらにいざなはれ、はなあひだ逶遅ねりありき給ひしが、山吹やまぶき公光きんみつらに皈路きろをうながされ、轎子のりものにのりうつり綴行ぎやうれつうたせ、清水寺きよみづてら立去たちさりぬ。

かくてほどなく日脚ひあし西にしにかたぶきければ、清玄きよはる従者づさむかひ、小櫻姫こさくらひめちりゆきては、ほかにながむはなもなし。いざかへるべしと酒食しゆしよく調度てうどどもをとりおさめさせ、五人ひとしく深編笠ふかあみがさをかふり、石階いしだんをくだりてたちさらんとしつるとき以前いぜん少年わかしゆむかひのかたへあゆみゆくを、横嶋よこしま大六目ばやくつけて、清玄きよはるそてをひかへ、かしこへゆくは先刻せんこく石階いしだんたちて、ひめがたんざくをひろひたる小せがれなり。やつがれきやつをひつとらへ、かのたんざくをうばひとりてさゝぐべしと清玄きよはるをやりすごし、ともにはづれてあとにのこり、はかますそたかくかゝげ、湯上ゆがみ軍藏ぐんぞうといふものをしたがへて小年わかしゆおひつき、刀室さやあてを口論こうろんはしとなし、両人りやうにんひとしく左右さゆうより、少年わかしゆうでくびしつかととらへ、〓胡ねぢたふさんとなしけるに、羅綺らきにもたへざる姿すがたには、にげなくたけいきほひにて、こゝろえたりとひねれば、二人がちからやあまりけん、ひたいとひたいをうちあはし、いたさをしのぶ歪面ゆかみづら軍藏ぐんそういらつうでをのばし、編笠あみかさをとらんとす。その脇腹わきばらをひとあてあてられ、〓〓よろめくあしつまづ、もんどりうちてぞたふれける。大六すかさずぬきかくる、かたなあふぎのそくいづけ、じり%\と附入つけいつて、さきも見せず千鳥投ちどりなげいきとめしふたりを見やり「はなあらし落花らくくわ狼藉ろうぜき、はてにくむべき奴原やつばらかなとちりうちはらひ、徐々しづ/\衣紋えもんくづさずたちさりしは、あつぱれ勇々ゆゝしき擧動ふるまひなり。

  第五回 小櫻姫夜功遇情人よるじやうじんにこうぐうす

かくて、小櫻姫こさくらひめは十日あまみやこにとゞまりて、名所めいしよ古跡こせきなかば見めぐり、本国ほんごく立皈たちかへりけるが、清水寺きよみづでらにて見初みそめたる、美少年びしやうねん面影おもかげ、つゆわするゝひまもなく、留木とめき伽羅きやら柴舩しばぶねを、こがるゝむねにたきこめて、いつもわびしき手枕たまくらへ、せめてはかよふはなも、つれなくちり行春ゆくはるの、空蝉うつせみ夏衣なつころも、うすきゑにしをかこちけり。かの美少年びしやうねんいづれひと、いかなるものとその姓名せいめいをさへしらず、ものや思ふと問人とふひともなく、我身わがみひとつに置蚊火おくかびした、こがれにこがれてかたなぐさむかたもなく、こゝろうつしてつひやまひとなり、もゝこびあるかんばせ浅黄櫻あさぎさくらさきかへて、ちりもうせなんふぜいなり。

為兼ためかね夫婦ふうふおほいにおどろき、名医めいゐをむかへて療養りやうやうをくはへ、黄金こがねにあかして妙薬みやうやくもちゆるといへども、もとこれかの美少年びしやうねんよりおこれるやまひなれば、草根さうこん木皮ぼくひこうそうせず、漸々しだい/\やせほそり、つや/\ものもくはず、ひる蚊〓かてうにおほはれて、きりうちはなうらむごとく、雲間くもまつきかたぶくにことならず。照陽殿しやうやうでん李夫人りふじんが、やまひふせしもかくやらん、いと痛々いた/\しきありさまなり。弥生やよひのかた終日ひめもす終夜よもすがら枕方まくらべにそひ、こゝろつくして看病みとり給ひ、高僧かうそう修驗しゆげん加持かぢ祈祷きとう、たのまぬかみほとけもなく、百度ひやくどまゐり代参だいさんも、しるしはさらになかりけり。

かくしてそのとしあきにいたり、ひめやまひすこしくこゝろよきかたにおもむきければ、両親りやうしんよろこなゝめならず、保養ほよう気晴きばらしのためとて、琵琶湖びはこを見はらす亀谷かめだにといふところ別業しもやかたにうつらしめ、かの山吹やまぶきをはじめとし、ひめにつかふるこしもとども、およびとしおひたる家臣かしん四五人をつけおき、家法かほうをゆるして事輕ことがるになさしめ、よろづひめこゝろまゝはからふべしとめいじ給ひ、吉日きちにちをえらびて別業しもやかたへうつらせけり。ひめ別業しもやかたにうつり給ひ、ながら眺望のぞむ琵琶湖びはこ八景はつけいをながめて、こゝろをなぐさめ給ひけり。侍女こしもとはとしわかきものどもなれば、ひめとぎするにことよせ、さま%\のたはふれをなして、おのれらがあそびとし、日夜にちやわらひをもよほしければ、小櫻姫こさくらひめはこしもとらが元気げんきほだされ、やまひもやゝおこたりぬ。ひめ一日あるひ湖水こすいをひきいれたるいけうへに、つくりかけたる書院しよいんにはしして、のこあつささをしのぎ、母君はゝぎみよりおくりたる菊酒きくざけうつはをひらかせ、さくらはな蒔絵まきゑしたる、さゝやかなるさかづきにつがしめ、半点はんてん朱唇しゆいんをよせて一トくち

挿絵
【挿絵第十図 小櫻姫こさくらひめ池中ちちう金鯉魚ひごひあいする

のみ給ひけるが、いかにしてかひざのうへに、はたととりおとし給ひ、さかづきこけいけなかへおちいりけり。しやくをとりたるなでしこといふこゝろきゝたるこしもとこれを見て、病後ひやうごなればおんのふるへしゆゑならんといひつゝひめ背后うしろへまはり、欄干らんかんたちよりて池中ちちうを見れば、さかづきみづにしたがひてながれたり。

とき白蓮はくれんのうちより尺余しやくよ金鯉魚ひごいうかみいで、さかづきくはへて水中すいちうしづみければ、ひめはこれを見給ひてうちゑみつゝ、さかづき菓子くわしとこゝろえてくはへゆきしは、食物たべもののほしきならん。になるべきものをあたへよとのたまひければ、なでしこ高杯たかつき菓子くわしをとりて、いけのうちへ投入なげいれしに、あまたの金鯉魚ひごいうかみいで、ひれあげふるひ、食物しよくもつをあらそふさま、立田たつたかは紅葉もみぢばながれもあへぬ風情ふぜいなり。ひめ欄干らんかんよりかゝりてうちながめ、おほいきやうじ給ひ、ふたゝびさかづきをあらためて、此日このひつねよりもこゝろうきたち給ひけり。

さて、この山吹やまぶき血刀ちがたなをさげて、ひめ寐所しんじよへあはたゞしくはせきたり。せわしくひめをゆりおこしければ、ひめはおどろきさめ鮮血ちしほしたゝるかた〔な〕を見てます/\おどろき、なにことぞ、きづかはしやとをふるはせて戰栗おのゝき給へば、山吹やまぶき那邊かしこゆびざし、あの太刀たちをとをきゝ給へ。山賊さんぞくどもやかたへおしいり、おもて書院しよいんまで切入きりいりしに、寓直とまりばんの人々むかひあはせて防戦ふせぎたゝかひ、わらはも二人まで打留うちとめ候。されども、やまだちがせい多少たしやうははかりがたし。とく/\やかたをおち給へ。いざ/\とすゝめられ、寝耳ねみゝみづ急難きうなんに、たましいにそはず、山吹やまぶきにたすけられ、結梗ききやう刈萱かるかや女郎花をみなへし、ふみちらしたるにはづたひ、われおちにきとそしるとも、のちのうはさはなにかせん。臆病風おくびやうかぜしゆう思ひ、上舘かみやかたへとこゝろざし、ひがしをさしてぞおちゆきける。

ひめはならはぬたまぼこの、みち小石こいしあしをいため、身体しんたいつかれ歩行あゆまれず、くさしとねにしどけなく、さしこむしやく唐織からをりの、おびあいだでおさへつけ、これ山吹やまぶきいこうつかへおこつてきた。どうせうぞいのとなみだぐみ、いきもたゆげにのたまへば、山吹やまぶき周章あはてふためき、姫君ひめぎみをだきかゝへ、おゝお道理だうりでござります。おいたはしいこの御姿おすがた、まゐらすべきくすりもなく、湯水ゆみづをさへもとむべき人家じんかもなきこの埜中のなかいましばしあゆませ給へ。人里ひとざとにいたりなば、竹輿かごをもとめてのせ申さんといへどことばもなく、なみだいとくるしげに見えにけり。

かゝをりしも、いまみちよりあゆみ人影ひとかげに、山吹やまぶきはゆだんせずほしあかりにすかし見れば、打扮いでたちはさだかならねど、かほ色白いろしろく見えたる少年わかしゆなり。一人ひとりわらはをともにつれ、あまたいれたるほたるかごをもたせ、山吹やまぶきらが面前まへをゆきすぎしが、やがたちかへり、ほたるのかごをとりて二人がていをてらしつゝ、よしありげなる御方おんかた胸病なやみ給ふと見うけたり。かゝる野外やぐわいふし玉ふは、似気にげなく怛々いたましきありさまなり。やつがれ今宵こよひこのほとりへ螢狩ほたるがりにいでたるものなるが、かしこのやなぎの樹もとに、毛氈けむしろしきて野風炉のぶろのもうけもあり。かしこへうつしまゐらせて、介抱かいほうし給へ。くすり御用意ごよういなくばたくはへも候といとねんごろにいひければ、山吹やまぶきおほいよろこび、おなさけふかきおほせかな。主人しゆじん急病きうびやうにせんかたなく、かゝるところいこひ候。御遊山ごゆさんさまたげながら、しばしがほど休息きうそくさせて給はれかしとひめをとりてたすけおこし、こしをおさへて歩行あゆませつゝ、少年わかしゆのあとにしたがひて、やなぎのもとにいたりけるに、花毛氈はなむしろをしき提盒さげぢう〓子わりごからめきたる、煎茶具せんちやぐなどとりちらしたるがほかともなひし人もなきていなり。少年わかしゆ花毛氈はなむしろのうへにふたりをむかへ、わらはにいひつけてにはかをわかさせ、印篭いんろうよりくすりとりいだし、これ上臈じやうろうにまゐらせ給へ。見ればいこう肌薄はだうすに候ぞ。残暑ざんしよ時節じせつとはいひながら、夜陰やいんかぜにあたり給はゞ、なやみのさはりともなるべし。けがれたれどもこゝに着替きがへ〓衣あはせも候。くるしからずはしばしなりともめさし給へなどいひて、いかにも心をもちひていたはるてい、態姿すがたいひこゝろざしのしほらしさに、山吹やまぶきは身にしみ/\とうれしくて、れいをのべつゝくすりをすゝめ、をのませせなかさすりて介抱かいほうしければ、そのかひあり小桜姫こさくらひめむねのなやみすこしくおこたりしと見えて、いまひとをとのたまひければ、山吹やまぶきわらはにこひうけてまゐらせけり。

小年わかしゆひめにむかひ、かゝるずへにてなやみ給ひ、さこそわびしくおぼすらめ。いますこしくすりをもちゐ給はんやといふに小櫻姫こさくらひめ此時このときはじめてかしらあげ此人このひとを見るに、豈量あにはからんや此人このひとはこれ、日比ひごろこひしたひてやまひとなり、たまかつらの影見かげみにそひ、苅萱かるかやのつかのわすれざる、清水寺きよみづでらにて見初みそめたる、かの美少年びしやうねんなりけるにぞ、かつおどろきかつよろこび、しやくもつかへもどこへやら、寐衣ねまきすがたの不束ふつゝかを、見せる思ひのはづかしく、あはでこがれしほたるは、かづにもあらず眞澄鏡ますかゞみ照月影てるつきかげやまを、はなれて

挿絵
【挿絵第十一図 小さくらひめふたゝび情人じやうじんにあふところ】

はなれて見あはすかほかほ「ヤァ御身おんみはたしかはなのころ、清水寺きよみづでらにて見うけし上臈じやうろう「わらはも其時そのとき開帳かいてうもうで、觀音くわんおんさまのひきあはせ。かゝる難義なんぎふか御情おなさけ「ふしぎなゑにしであつたよなァとたがひよろこ梅櫻うめさくら山吹やまぶきはかたはらより、ほんにそれ/\そのとき、しかも姫様ひめさまさくらえいぜし短冊たんさくを「ひろひとりしはそれがしなり。思ひもよらぬ再會さいくわいかなとうちとけてぞかたらひける。

小櫻姫こさくらひめはふかくしたひたるひとちかくむかひをれば、みゝほてりかほあからみこゝろあらたまりて、なにといひいだすべきことのはもなく、山吹やまぶきが身かげよりて、いとはづかしきけはひなり。

さて、少年わかしゆ山吹やまぶきにむかひ、最前さいぜんよりさぞかしこゝろろうし給ひつらん。一献いつこんくみてはらし給へといひつゝみづからしやくをとりて、いざ/\といふに山吹やまぶきもいなみがたく、さかづきをとりあげけるが、おぼえある摸様もやうなれば、つく%\見るにひるのほど、小櫻姫こさくらひめ池中ちちうへおとせしさかづきなり。こはいかにとあやしみつゝ、わかしゆにむかこのさかづきは、この姫君ひめぎみつねなれし調度ちやうどなり。いかなるゆゑに阿主あなたのおにはいりつるよとたづねければ、さてはいへ調度ちやうどにてありけるか。これ最前さいぜん湖水こすいきしに、ながれより候を見つけ、とりあげ見ればつくしたる蒔絵まきゑに候ゆゑ、うちもおかずひろひとり候なり。思ふに前日さきのひ清水きよみづ石階いしだんにて、上臈じやうろう短冊たんざくをひろひとり、今日けふ琵琶湖びはこ水中すいちうにて、おなじひとなれたるさかづきいままた月下げつか再会さいくわいする事、よく/\深縁ふかきゑにしなるらめ。先程さきほどよりことまぎれて、それがしが姓名せいめいもあかさず、上臈しやうろうのおをもとひはべらず。そもいかなる御方おんかたにておはし候ぞときかれてなん返答へんとうも、いはいろなる山吹やまぶきが、めいわくがほを見てとる少年せうねん、いかさま前日せんじつ清水きよみづの、行装ぎやうそうとはうつてかはりし今宵こよひのいでたち、さだめてふか縁故いはれあるべし。高貴かうきひとことのぞんで、をつゝむはまゝあるならひ、しいとはんは旡骨ぶこつのふるまひ、おあかしなくともさまたげなしと、はなしのうちむかふより、下舘しもやかたさふらひども、小櫻姫こさくらひめ行方ゆくへをたづね、奴僕しもべあまたをしたがへて、提灯てうちん明松たいまつふりてらし、此所このところへはせきたり、ひめ山吹やまぶきを見て「ヤァ姫君ひめぎみはこれにおはしたりと、おの/\よろこび山吹やまぶきにむかひ、山賊さんぞくどもは思ひのほか小勢こぜいにて、のこりなくうちとり候といふを打けし「ヲヽ姫君ひめぎみのおむかひか。見ればお輿こし用意よういあり。いざ帰舘きくわんひめをすゝめて、のりものにうつらしめ、かの少年わかしゆにむかひ、今宵こよひ御禮おれいはことばにはのべがたし。かさねて申入んため家名けみやうきかせて給はれといふに、こなたもうちあかさず、これしきの事、使者ししやをうけてはかへつて迷惑めいわく御縁ごえんもあらば又かさねてしからばおほせにまかすべしとれいのかづ/\のべづたひ、あまたの奴僕しもへ手々てん%\にてらす提灯てうちんたまぼこのみちをいそぎて皈路かへりぢや、小櫻姫こさくらひめ戀人こひびとの、住所すむかたもきかざれば、いとゞ本意ほいなさつれなさに、こゝろはあとへひかれつゝ、かこちなみだのそでつゆ、あはたゞしくぞわかれさりける。

しもやかたへ山賊さんぞくいりし事を、山吹やまぶきひとをはせてかみやかたへきこへあげんといふに、ひめにしたがひて、こゝにある家臣かしんが申すやう、假令たとひ山賊さんぞくどもはうちとり候とも、賊足ぞくそく山荘さんしやうをけがさせしはわれ/\があやまちなれば、内々ない/\にてことをすませ給はれかしと、くちをそろへてねがふにぞ、山吹やまふきこれをゆるし、それとなくことによせて、やかたまも人数にんずし、毎夜まいや夜巡よまはりをなさしめ、門戸もんこ出入でいり嚴重げんちうにいたさせけるとぞ。これらのはからひ、山吹やまぶきじつ女丈夫ぢよしやうぶといひつべし。此后このゝち清玄きよはる山舘さんくはんおきて、血戦ていたきたゝかひをなし、ひめすくひ虎口こごうをのがれしも、かゝる武略ぶりやくをんななればなるべし。

  第六回 小櫻姫再邂逅情人ふたゝびじやうじんにがいこうす

さて小櫻姫こさくらひめは、ゆくりなく情人しやうじんにめぐりあひて、愛着あいぢやく心火しんくは一点いつてんたきゞそえ、ます/\思ひをこがしけるが、さてある一睡いつすいゆめやぶれて、とこのうちにおきなをり、枕辺まくらべにありつるきぬばりの團扇うちはをとりて胸間むねのあたりをしづやかにあふぎつゝ、残燈ざんとうにさしむかひたるさま、芙蓉ふようみづをはなれて半輪はんりんつき香艶かうえんはなつごとし。よひにきゝつる〓衣きぬたをとも、いつのほどにかうちやみつ、にはにすだくむしは、いとちかくなりぬ。泉水せんすいへさしいるゝうしほ水門すいもんくゞをとさへさえわたりて、はいたくふけたりとおぼゆ。ひめ心澄こゝろすみてふたゝびいねもやられず、蚊〓かてうをくゞりいでて上の坐敷ざしきにいたり、妻戸つまとよきほどにをしあけて、庭前ていぜんを見れば、つきまつこずえにさしいでゝ、かげ池水いけみづよくし、名所めいしよたねをうつして、いけのほとりにうえたるはぎども、つゆおもげにたはみふし蒔石まきいしのあはひ/\には、桔梗ききやう女郎花をみなへしのたぐひ、きよらかに咲満さきみち箒目はうきめたえ廣庭ひろにはも、るはずゑの景色けしきして、種々くさ%\むしども自恣おのがじゝに、をたてつね目馴めなれ前栽せんざいも、いときやうあるながめなり。
ひめこの好景こうけいにこゝろやうきたちけん、今宵よひ侍女こしもととぎひきたることをとりて、そのまゝひざにのせ、さしいるゝつきをながめつゝ、

月を(とけまへのみ ながめ (ぎんかけむかふてもかくばかり おしまるゝ    (かいてざん三ツ\二ツ目よりうたふ 秋の       八七六二ツ\のちの六よりうたふ
夜ごとを いたづ(ゐかけらに すぐる人     (とにわりづめ\のちのとよりうたふ こそ つらけれ    (七にわりづめ\八よりうたふ

といとたえにかきならし給ひけり。怪哉あやしきかなこのをりしも、いけのうちより一人いちにん少年せうねんうかみいで水上すいしやうへさしいでたるまつえだにとりつきて、きしにのぼりかたにかゝりし水草みづくさはらひのけ、すそたもとしぼりつゝ、四邊あたりまはしひめを見つけて、こゝろ點頭うなづき土橋とばしをわたりて、座敷ざしきまへきたりけるが、ひめはなほこれをしらず、

神無月(とかけまへ しぐれても     (十かけまへ\一ツうつて一までながし いろかへぬ     (とはやかけのちのとよりうたふ 松がえの   (ゐのはやがけ\まへより みどり(八かけまへ
うづめる しらゆきは        (十と\わりづめ二どのちのとよりうたふ とかへりの    (八にわりづめのちの八よりうたふ 花ならん     (二二ツ七二ツのちの七よりうたふ

こゑうるはしううたひ給へり。

ときに、かの小年せうねんこしをかゞめ、それなる上臈じやうろうにもの申さんといはれてひめはびつくりせしが、さすがは武家ぶけ息女そくぢよなれば、はしたなき風情ふぜいもなく、ことをひきさし

挿絵
【挿絵第十二図 櫻姫情人こひびと巧遇あふ

うち見やりてをられけり。少年せうねんなほうや/\しくれいをなし、やつがれ勢田せたのほとり、國分山こくぶんざん幻住寺げんぢうじと申[このてらいまはいしてそのあともなしたゞ山ののみのこれり]禪院ぜんいんつかふる、瀧窗たきまど志賀之助しがのすけと申小姓こしやうにて候。今宵こよひ湖水こすいのほとりにて、狼藉者らうぜきものにいであひ、水中すいちうにおちいり候ところ、さいはひ水練すいれんをえたるゆゑに、からき一命いちめいをたすかり、かゝる御舘おんやかたともしらず、水門すいもんくゞりてこゝにいたり候ひぬ。相手あひて惡輩あくはいども大勢おほぜいみちをさへぎり、てらへはかへりがたく候。あはれおんなさけとおぼしとり、えんはし妻庇つまびさしもとへなりとも、一夜ひとよをあかさせ給はれかしと.いふ顔態かほつきつきひかりによく/\見れば「ャァおまへは戀人こひびと前日いつぞやのとのにてはあらざるやといふに、こなたもうちおどろきいかにも螢狩ほたるがりのをりから、再會さいくわいしたる上臈ろうなりしか。又も不思儀ふしぎ會合くわいごうかなといふに、ひめこはゆめなるかうつゝかとあまりのことうれしさに、とかくのいらへもいでざりけり。

かゝるをりしも、かのなでしこといふ侍女こしもとひめひきたることきゝて、直室とのいのまより起出おきいでて、こゝにきたりしに、ひめはうれしくなでしこにいふやうごろわらはむねをしらせおきしはそなた一人ひとり、かしこに佇立たゝすみ給ふは、わらはが思ふかの御方おんかたなり。今宵こよひしか%\のことにて、はからずこゝへきたりたまへり。わらはにかはりてよしなにはからへとのたまひければ、なでしこは點頭うなづきて、よろづ胸間むねにおさめつゝ、やりみづのもとにて少年せうねんあしそゝがせ、ひめがへをとりきたりて、ぬれたる衣服いふくかへさせ、まづこなたへとて一室ひとまともなひ、清水きよみづもふでのをりから、はつかに見初みそめしよりこのかた、愛慕あいぼむねやまひかもし、其后そのゝち邂逅ゆくりなくめぐりあひて、一層いつそうおもひをましたることども、したにまかせてものがたり、まれにあふあまがは浮木うききはしをわたしければ、小櫻姫こさくらひめかほあからめ、はづかしいやらうれしいやら、とりつくつる袖垣そでがきに、さきかゝりたる朝顔あさがほの、つゆをふくめる愛敬あいきやうは、いとにくからぬ風情ふせいなり。瀧窗たきまど志賀之助しがのすけは、性質せいしつたゞしきものなれば、さくらにまけぬ白梅しらうめの、えたにやどりしうぐひすを、はなたもとはらひのけ「おこゝろざしはうれしけれども、小生それがしおさなきより、幻住寺げんぢうじ成長ひとゝなりかつ出家しゆつけのぞみあれば、邪淫じやいんもんにはいりがたし。赤縄せきじやうえんなしとあきらめて、思ひきりて給はれかしと言詞ことばたゞしくいひはなたれ、なんといらへもなぎさこぐ、海士あま小舟をぶねかぢたえて、とりつくしまもなかりければ、恨涙うらみなみたかほそで、よゝとなきてぞおはしける。

撫子なでしこそばよりひめにかはりてじやうをのべ、さま%\にかき口説くどくといへども、うけひくけしきも見えざれば、ことばをあらためかくばかり、難面つれなきひとをしばしがほども、此所このところにはとゞめがたし。いざかへり給へ。さなくば宿直とのいさふらひどもを呼起よびおこし、水門すいもんをくゞりてやかたうち踏入ふみいりし、無禮ぶれいつみをたゞさんや・いなそれは、ひめことばをうけひきて給はるか・いな、それは、いかに/\/\とことばづめ、せんかたなさに志賀之助しがのすけかたこゝろ打碎うちくだき、ともなはれゆくたまとこ、いかなるゆめをやむすぶらん。

かくのち志賀之助しがのすけ鐡心てつしん美人びじん蹈鞴たゝらにやとらかされけん、此夜このよをはじめとして、夜毎よごとひめもとかよひけるが、撫子なでしこのほかさらにしれるものはなかりけり。

小櫻姫風月竒觀巻之二終


小櫻姫風月竒觀こさくらひめふうげつきくわん巻之三

山東京山 編撰 

  第七回 志賀之助一体分身しがのすけいつたいぶんしんす

去程さるほどに、一日あるひ山吹やまぶき別業しもやかたをまもれるさふらひどもをまねきていふやう、昨夜さくや五更ごこうのころ、何者なにものともしれず奥庭おくにはへい飛越とびこえたちさりたるを、侍女こしもと皐月さつきが見たりとて、わらはにつげ候。これこそまさしくぞくならめとそんじうせたるものやあると奥殿おくでんより侍女こしもと部屋へや%\まで、のこりなく僉議せんぎいたさせ候へども、何の仔細しさいも候はず。昨夜さくや夜廻よまはりをなしたる侍衆さふらひしゆ、さる曲者くせものには出逢いであひたまはずやとたづねければ、さきすゝみをりたる乙郎太をつらうだといふもの背后うしろたる甲六こうろくかへりみ昨夜さくや和殿わどの夜廻よまはりなり。いま山吹やまぶきどのゝ申さるゝ、曲者くせものらしきやつを見玉はざりしかといふに甲六こうろくいわく昨夜さくや八ッのまはりにいで候せつ、御庭をんにはへいほとにて、いぬどものしきりにほえ候ゆゑに、こはあやしき事とぞんじ組子くみこ召具めしぐ早速さつそくはせつけ候ところ、前後ぜんごかしらのあるいぬいきつきあらく、なへ/\としたるを、牡犬をいぬともが取囲とりかこみて、たがひほえあひをり候。両頭りやうとういぬこそめづらかなれ、召捕めしとり姫君ひめぎみの御なぐさめにひなへんとぞんじたちより候所ところいぬぼうを見てふかくおそれ、胴中どうなかよりひきちぎれ、二疋ひきとなりてにげゆき候。これよりほかにあやしきことは見うけ候はずと真顔まかほになりて云ければ、かたはらせきつらねたるものども、たがひと目を見あはし、可咲をかしさをこらえてひかへけり。山吹かさねて申けるは、前日さきのひ山賊やまだちどもが御館おんやかたさわがせしも、畢竟ひつきやうずるところ各方おの/\がた勤仕きんし疎狂そきやうなりしよりの事かとおぼえ候。昨夜さくやのごとくあやしき曲者くせもの御館おんやしきうかゝふことなにとも心得こゝろへがたく候。今宵こよひより夜廻よまはりの人数にんじゆし、時半ときはんのまはりおこたりなく、やかた内外うちとのこりなく見廻みめぐり玉へ。姫君ひめぎみながくは此館このやかたにおはし玉ふまじ。各方おの/\がたいましばしのあひだなれば、こゝろを用て守護しゆごし玉ふべし。しからば又かさねてといひてせきたち婢女はしためをしたがへて奥殿おくでんかたにたちさりぬ。

さてさふらひどもは当直たうばんものやかたにのこし、その下宿げしゆく

かへりけるが、乙郎太をつらうだ丙二兵衛へいじべいといふものまねきいわく先刻せんこく和殿わどのとおなじく山吹が為躰ていたらくを見つるに、さつするところ前日さきのひ山賊やまだちのおし入りたる事と、昨夜さくや曲者くせものの事を相公とのへきこえあげ、姫君ひめぎみ上館かみやかたうつさんとする心庭しんていうたがひなし。しかるときはかの山賊やまだちの入しとき首長かしらとおぼしき両人りやうにんを、山吹が打とりたるにおそれ、手下てした小賊こぬすびとどものこりなく逃散にげちりたるを、われ/\が打とりたりといつわりおきしも、山吹とくより聞知きゝしりて、これまではしらずがほにて打過うちすぎしを、此度このたびしか%\のよしことのついでに、きこへあげんもはかりがたし。さすれば首立かしらだちたる我々われ/\二人がうへなり。かれ公光きんみついもとなりといふをかさとなし、すこしくさとしたる武芸ふげいほこり、我々をないがしろにするこそ遺恨いこんなれ。おのれがまもるべき役目やくめおろそかにして、かの少年せうねん姫君ひめぎみのもとへしのびかよふ事はつゆしらず、我々が冒度おちどたゞさんは、いと/\かたはらいたきことにあらずや。われかれさきだちて上館かみやかたにいたり、志賀之助しがのすけがことを相公とのにきこえあげ、山吹やまぶきに一ッのつみおはせ、日来ひごろ鼻梁はなばしらひしがんは如何いかに。しからばわれ/\がこと余所よそになりて、つみにあづからんことかろかるべしといふ。丙二兵衛へいじべいこれをきゝていわく、人にさきんずるときひとせいすといへば、足下そつかせつもよかんめり。しかはあれども侍女こしもと撫子なでしこ、われ/\がもとへをり/\賄賂まひなひするは、『かの志賀之助が事をしらずかほになしくれよ』と、いわねどしるゝもてなしなり。しかるに足下そつか志賀之助がことを相公とのきこへあげ、ことあらはれてのち撫子なでしこ不義ふぎなかだちしたるつみざせんは、いと〓然ふびんのいたりなりといへば乙郎太をつらうだいわく和殿わどのとしにもはち撫子なでしこに心あるゆゑに如斯しかいはるゝならんが、はらはかへがたし。今宵こよひひそかことはかるべしと委細いさい書面しよめんにしるして懐中くわいちうなし、上館かみやかたいたりて為兼ためかね直覧ぢきらんをねがひけるに、為兼ためかねこれを一覧いちらんして大におどろき、乙郎太をつらうだしてひととほざけ、こと仔細しさいをきゝて憤怒ふんどいろをおこし、何事なにごとにやあらんひそかめいじ玉ひければ、乙郎太をつらうだ低頭ていたう平身へいしんしておほせをうけ、しすましたりとよろこびて、別業しもやかたへぞかへりける。

○これはさておきこゝにまた、滝窓たきまど志賀之助はれいのごとく、小櫻姫が寝所しんじよへしのび、鴛鴦ゑんあうふすまひぢをつらねてし、陽台やうたいゆめこまやかなりけるをりしも、一間ひとま障子せうじあららかに、引明ひきあけひとのこみいる足音あしをとに、ひめ志賀之助こは何事なにごとぞとおどろくもなく、かの乙郎太をつらうださきにすゝみて、たてまはしたる金屏風きんひやうぶを、あしにかけてよこさまにふみたふし、不義者ふぎものつけたりとよばゝりて、もちたる手提灯ててうちんをさしつくれば、二人ふたりかほにひたちおびむすぶまもなく組子くみこ面々めん/\、志賀之助を取囲とりかこみ、四人いちどに鉄杖てつぢやうふりあげ、うごくなとぞこゑかけゝる。ひめはことさらはぢらひて、そでをかさねてかほかくし、いふことのもなさけなや、鴛鴦をし浮寝うきねかはうそにおどろかされしごとくなり。志賀之助は姫君ひめぎみを、背后うしろかこひ、こは嶢々げふ/\しき挙動ふるまひかな。何科なにとがありてそれがしを、かくは取篭とりこめ玉ひしぞといわせもはて乙郎太をつらうだ、さも傲然こうぜんたちはだかり、何科なにとがとは横道者わうたうものかな。な/\かよふ玉のとこ瑕瑾きづをつけたる御主人ごしゆじん姫君ひめぎみ、二ッならべたるこのまくらこそとが証拠せうこなれ。かく姫君ひめぎみ寝所しんじよへ、組子くみこつれふみ入しは、為兼ためかねこうおん差図さしづ也。出頭顔しゆつたうがほする山吹も、今宵こよひばかりは手出てだしすることかなひがたし。とく縄目なはめにかゝらんや。いなま憂目うきめするぞと力足ちからあしふみならし、くびうちふりてししめけば、小櫻姫はなみだをおさへ、不義ふぎ私淫いたづらはわらはがとがなり。かゝる縄目なはめもいとふまじ。この御方おんかたにはつゆばかりのつみもなし。さるからになにとぞ見逃みのがして、おとしまいらせくれよかしとなげき玉へば、乙郎太をつらうだこは相公との厳命げんめいなれば、わたくしにはからひがたし。ものどもそれからめよと下知けぢすれば、心得こゝろえ候といひつゝ蹈入ふみいりとらへんづるさまなりしが、志賀之助に弱腰よはごしはたとけられ、流足ながれあになりてたふれけり。ひまなくこなたよりうちこむ鉄杖てつぢやうを、こゝろえたりといひてひねれば、うちこみつるちからあまりけん、まへかたこけかゝりけるを、ゑりくびとらへてなげすへたり。此度このたび左右さゆうひとしくくみつきたるを、こしひねり振解ふりほどき、ひざをりしきて組子くみこあしとりて、ゑいやとこゑかくれば左右さゆう一度にまろびけり。つゞく加勢かせいをばなみのかへすがごとく、ばらり/\と投除なげのくさま美少年びせうねんにはあはしからぬほどの、力量りきりやう早業はやわざなりけり。

をつ郎太は最前さいぜんより、物蔭ものかげにかくれをりて見居みいたりしが、手並てなみほどにやおそれけん、逃行にげゆく組子くみこにうちまじはりて、いちあしいだして走去はせさりけり。志賀之助は最前さいぜんこゝへしのびしとき、大小をば撫子なでしこあづけおきつ、には寸鉄すんてつをもたいせざれば、いかんとも可為せんすべなく、此隙このひまにげばやとおもひつゝ、走出はしりいでしに、おもひもよらざる、一間ひとまうちより不義者ふぎものまてこゑかけられ、此奴こやつ何者なにものにやとふみとゞまり、かしらをめぐらしててげれば、歳若としわかさふらひはかますそたかくくゝりあげ、大小りゝしげに差凝さしこらし、二人の組子くみこして提灯ちやうちんてらさせ、ゆたかに歩行あゆみいでたり。此人このひとこれ別人べつしんあらず篠邑しのむら二郎公光きんみつなりけり。公光きんみつたかやかにこゑをあげ、いかに小冠者こくわじやにげんとするはおろかなり。手勢てぜい人数にんじゆかこみをなし、やかた四囲めぐり鉄壁てつぺきことならず。いかにはやるとものがすべきかは。すみやかなはかゝらばよし、なまじい手向てむかひなさば、公光きんみつかたな切味きれあじ振舞ふるまはん。如何いかに/\とよばはりければ、志賀之助おくしたる気色けしきもせず、仮令たとへ鉄城てつでう石門せきもんたりとも。打破うちやぶらんはもののかずかは。さりながらわがおもむねあれば、いざなはかけよといひて、みづから后手うしろでをまはせば、二人の組子くみこはせよりて、高手たかて小手こてにぞいましめける。

かゝるあひだ侍女こしもとども走来はしりきたりて、ひめをとりいざさせ玉へとものすれば、ひめふり泣声なきこゑにて、志賀之助しがのすけどのゝかゝる縄目なはめもわらはゆゑなり。これ見捨みすて行方いづくへかゆかるべき。こゝはなちてとのたまひて、なげき玉ふを侍女こしもとども打寄うちよりて、すかなぐさめおく殿とのへぞうつしまいらせける。

さて、志賀之助をば公光きんみつ下知ぢけして、二人の組子くみこなはとらせ、おのれはしりへにしたがひて、ゆたかに歩行あゆみつゝおもてへぞいでゆきける。

此夜このよ為兼ためかね小勢こせいともして、別業しもやかたにしのびきたられ、をつ郎太公光きんみつめいじてかくはからはせ玉へるなり。手勢てぜい人数にんじゆもつて、やかた四囲めぐりをかこませしといひつるはいつわりにして、志賀しが之助がきもをひしがんため、公光きんみつ即知そくちはかりこととぞ。

さて為兼ためかね表書院おもてしよいん銀燭きんしよくあまたてらさせて、椽先えんさきちかくをまうけ、ひめ山吹やまぶきこれめせのたまへば、青侍せいしうけたまはりてしりぞきぬ.おんいたわしや姫君ひめぎみは、思ひがけなき父君ちゝぎみ御入おんいりときゝ給ひ、むねつぶれつ侍女こしもとらにたすけられて、ひとまの内よりあゆみいで、振袖ふりそでかほおほひ身をちゞめてぞせらるゝ。山吹は乙郎太をつらうだ毒舌どくぜつによりて、ひめがためになかだちしつると、旡実むじつつみをうけて、つねせきにことかはり、落椽おちえん両手りやうてをつき、今宵こよひのやうすにおどろきて、ひめのかたのみうちまもり、よもや/\と思ひのほかきやうさめかほにてひかへけり。

為兼ためかね青侍せいしし給ひ、からめとりたる小〓児こせがれを、目通めどほりへ引居ひきすゑよとのたまへば、青侍せいしうけたまはりて、にはにをりたちそれにひかへさせたる縄付なはつきを、御前おんまへ引出ひきいだし候へとよばゝりければ、公光きんみつこゑしてかしこみ候といらへし組子くみこなはをとらせ、あとにしたがひていできたり。縄付なはつき庭上ていしやうにをらせ、おのれは椽前えんさききたりて跪居ひさまづきおほせにまかせ志賀之助しがのすけ搦捕からめとりて候。かたちにはざるきもふとき曲者くせものにて、たゞものとはおぼへ候はずと申しければ、為兼ためかねたゞうち点頭うなづき、志賀之助を見やり給ふに、容態かたちきよらかなる少年せうねん高手たかて小手こてにいましめられ、鬢髪びんはつみだれかほにかゝり、たる小袖こそでは見ぐるしく引裂ひきさかかしらたれて、うちしほれつゝいと哀気あはれげなる体容ありさま最前さいせん猛烈はげしかりしとはことかはれり。

為兼ためかねひめ不義ふぎせしものなれば、放討はなちうちにもなさすべき結構けつかうなりしに、たぐまれなる美少年びせうねんなれば、あはれみじやうおこし、いかに少年せうねんなんぢ滝窓たきまど志賀之助しがのすけ名告なのるよし、そも何方者いづくのものなるぞ。ひめ不義ふぎせし始末しまつあきらかに申せとことばなだらかにのたまへば、志賀之助しがのすけこれきゝかしらあげやつがれ勢田辺せたのほとりなる国分山こくぶんさん幻住寺げんぢうじつか候小姓こしやうにて候。さき琵琶湖びはこ舟中しうちうにて、狼藉者らうせきものにいであひ。水中すいちうにおとしいれられ候ひしが。水練すいれんをさとし候ゆゑに、からき一命いちめいたすかり、この山荘さんそうともしらずして、水門すいもんくゞこゑ泉水せんすいより浮出うかみいでて、四辺あたりを見れば姫君ひめぎみ書院しよいんに、はししておはしつるを見うけ、ちかよりて一夜いちや宿やどりをねがひ候ひしに、姫君ひめぎみやどりをゆるし給ひて、御側おんかたはらちかくめされ、侍女じぢよをして不良ふりやうこゝろつうじ玉ひしゆゑに、やつがれ固辞かたくじし候といへども、かつてゆるし給はず、やむ事なくこゝろにもあらで一夜ひとよ雲夢ゆめをむすび候。しかりしよりのち凡俗ぼんぞく熱血ねつち法路ほうろ燈火ともしびして、おのれこゝろおのれとしてせいしがたく、夜毎よごとかよひて枕席ちんせきけがし候は、まつたくやつがれがつみにして、姫君ひめぎみつみにあらず。かくとらへられ候より、覚悟かくごきはめて候。とく/\いのちめさるべしと〓物肝わろびれもせず申しけり。

為兼ためかねこれをきかれ、いかにも明白めいはくなる申ぢやうかな。幻住寺げんぢうじ仏眼ぶつがん和尚おしやうは、道徳だうとくいみじききこえあり。われいまだひとにはあらざれとも、和尚おしやうまねきなんぢわたし、てらおきてまかすべしとのたまひて、さてひめむかひ、やをれ小櫻こさくらおやもゆるさゞる不義ふぎ私淫いたづらをなすのみか、寺院じいんつかふ少年せうねんを、邪淫じやいんもん誘引さそひしは、不埒ふらち至極しごく挙動ふるまひなり。なんぢつみ志賀之助しがのすけくらぶれば、おもき事十ばいせり。病后びやうご保養ほやうのためなりと、弥生やよひが申にまかせ、この別業べつぎやううつりをらしめ、すこしく家法かほふゆるめしはわが大なるあやまちなり。くゆともせんすべなし、他国たこくきこ家臣かしん手前てまへなんぢこのまゝに捨置すておかば、いへおきてたちがたし。さておくべきかは観念くわんねんせよと、あらゝかにのたまもとには、なみだをうかべ給へり、おん手討てうちにこそとしられつれ。ひめはとかくのいらへもなく、よゝとなきてぞおはしける。やまぶきは志賀之助しがのすけ言辞ことばきゝて、はじめこと子細しさいり、為兼ためかねいかりいろを見て、ひめのうへをあんじ、むねひやしてねんじをりけり。

さて、為兼ためかね青侍せいしし、かやう/\の書翰しよかんをもつて、幻住寺げんぢうじまねくべしとめいじ、公光きんみつむか仏眼ぶつがん和尚をしやうあひだは、志賀之助しがのすけなんぢにあづくべし。しかるべきところこめおけとのたまひて、やがせきたゝんとし給ひつるをりしも、かの丙二兵衛へいじべいさきたち、四五ひと走侍はしりさふらひ手毎てごと明松たいまつふりてらし、一人ひとり小年せうねん中央なか取囲とりこめ庭伝にはづたひすゝきたりて、少年せうねんをば庭上ていしやうにをらしめ、丙二兵衛へいじべい書院しよいんのもとにひざまづき、相公との聞上きこえあげ候。わたくし只今たゞいま夜廻よまはりをいたし候ところ、あれなる小年せうねん奥庭おくにはへい外面そとも佇立たゝずみやかたのうちをさしのぞき候為体ていたらく曲者くせものぞんじ搦捕からめとらんとしてたちかゝり候しに、あへ手向てむかひもいたさず、『やかた御主おんあるじ見参げんさんなして、きこえあげたき仔細しさい候』と申すゆゑに、これまでして候といふ。為兼ためかねこれをきかれてふたゝびにつき、彼者かのものむかひ、われこそやかたあるじまがり為兼ためかねなれ。きこゆべしと申つるは何事なにごとぞとたづね給ひける。とき少年せうねんうや/\しくれいをなしていふやう、やつがれ勢田せたほとりなる国分山こくぶんざん幻住寺げんぢうしつかえ候、滝窓たきまど志賀之助しがのすけと申小姓こしやうにて候が、此程このほどひとの申をきけば、やつがれが姓君せいめいひとしき少年せうねん御館おんやかたうち夜毎よごとにしのびかよひ候よし。必捕ひつとらへ糺明きうめいいたさばやとぞんじ通路かよひぢとおぼしきところ佇立たゝずみうかゞひをり候。をりしもこれなる家臣かしん見咎みとがめられ、さいはひこととして見参けんざんをねがひ、しのびをとこおなじ性名せいめいのやつがれ、かれためにぬれぎぬをざるやう、こと

挿絵
【挿絵第十三図 山東 涼風客易年西来 並帯花宜一処開 只有鴛鴦同臥起 鴛鴦池上醒方寸 京山】

仔細しさいをばあらかじめきこたてまつり候はんため、さてこそ推参すいさんつかまつりて候なれ。あふねがはく威勢ゐせいもつて、かの志賀之助しがのすけからめ玉ひ、やつがれと対訣たいけつおほせつけさせられ玉はゞ、ことけぢめ明白めいはくに候なんと弁舌べんぜつさはやかに申しけり。

為兼ためかねうちおどろき、なにといふぞ、なんぢ幻住寺げんぢうし小姓こしやう滝窓たきまど志賀之助しがのすけなりけるかとのたまひつゝ、搦捕からめとりたる志賀之助しがのすけ見比みくらべ給ふに、姿態すがた顔容かほばせはさらなり、こはざまも衣服いふくもつゆたがひたるところなく、かゞみかげをうつせるがごとくなれば、一連つらなり人々ひと%\これは/\如何いかにといひつゝ、あきれまどはざるはなく、縄付なはつき志賀之助しがのすけともうちおどろきたるさまなり。

為兼ためかねのたまく、むかし唐土もろこし後漢ごかん孟賢もうけん李寿りじゆといへるひと同里おなじさとすみて、そのかたち相類あいるいし、そのつまつねおつとたがひたること、『太平広記たいへいくわうき』に載記のせしるせり。かゝるためしもあれば、にはばかりたるひとあるめり。さはいへひとてらつか小姓こせうに、おな姓名せいめい名告なのらすべきいはれなし。一定いちぢやう一人はせの志賀之助しがのすけなるべしと、あからめもせず両人りやうにんをうち見やりておはしけり。公光きんみつ山吹やまぶきいづれまこと志賀之助しがのすけそのけぢめをさとしがたく、ことばをもいださゞりける。

さて縄付なはつき志賀之助しがのすけいま志賀之助しがのすけむかひ、われこそまこと志賀之助しがのすけなる事は、姫君ひめぎみのよくしらせ給ふなれ。なんぢはさだめて狐狸こり野猫やみやうたぐひにて、わが姿すがたばけきたり、この一坐いちざ人々ひと%\たぶらかすにうたがひなし。正体しやうたい見顕みあらはされて一棒いちぼうもとにいのちをとられんより逃皈にげかへれ。わがこゝにあることをもわきまへず、化来ばけきたりしはちく生かなとあざみわらひければ、のち志賀之助しがのすけ大にいかり畜生ちくしやうとは舌長したながなり、なんぢこそ変化へんげならめ。はやく正体しやうたいをあらはさんやと、たかひにおなじこと云詈いひのゝしり言葉ことばだゝかひをなし、いづれをまこととさだめがたし。山吹やまぶき最前さいぜんより、両人りやうにん志賀之助しがのすけを見やりをりしが、清水寺きよみづでらことを思ひいだして、為兼ためかねむかひ、前日さきのひ姫君ひめぎみ清水きよみづもうでし給ひつるをりから、音羽をとはたきちりかゝるはならんじて、一首いつしゆうたゑいじ給ひ、たんざくにあそばしけるを、かぜためふきとられ、志賀之助しがのすけとやらんがたちたるほとりにおちちり候を、かのものやがてひろひとり候。その短冊たんざく所持しよぢひとぞ、まこと志賀しが之助すけきはまりぬと申ければ、為兼ためかねこはよき証拠しやうこなり。ひめ短冊たんざくはいづれのかた

挿絵
【挿絵第十四図 滝窓たきまど志賀之助しがのすけ金鯉魚きんりきよ妖精えうせい

所持しよぢせるやとことばのしたより、丙二兵衛へいじべい連来つれきたりし志賀之助しがのすけすゝみいではからこゝ所持しよぢつかまつり候は、今日こんにちさいはひ也とて懐中くわいちうより短冊たんざくとりいだして、あふぎにすゑてえんうへさしおき御覚おぼえや候、姫君ひめぎみよく御覧ごらんぜよといひてもとのところへしりぞきけり。為兼ためかねそれ見よとおほせに、山吹やまぶき膝行いざりよりて、短冊たんざくにとりあげ、
をとにきくをとたきにちるはな

かみきんじけるに、たんざくをいだしたる志賀之助しがのすけ庭上ていしやうより、

こゝろをたれかくみてしるらん

かくあそばしたるふでのすさみは、姫君ひめきみのおんみつぐきにまぎれなく候はんといふにぞ、山吹やまぶきいかにも姫君ひめぎみ短冊たんざくなり。さては公光きんみつがめしとりたる、志賀之助しがのすけはまさしく変化へんげにてありつるかとうち見るより、もいよだつばかりうちおどろきぬ。

ときしもあれ、縄付なはつき志賀之助しがのすけすつくとたち、あら口惜くちをしやといふかと見えしに、いましめのなはぱらりときれ飛散とびちりいかれるまなこいはほ満月まんけつ鬢髪びんはつそらさまにさかのぼり、くちみゝのもとまでさけちぎれ、いままでうつくしかりつる顔色かんしよくたちまちへんじて、夜刃やしやごとくになり、たけたかくおほきくなりて、この志賀之助しがのすけがけてとびかゝる。為兼ためかねこえかけそれのがすなとのたまへば、余多あまた組子くみこぱら/\と走寄はせよりて、左右さゆふ一度いちどつきかゝる鉄抱つくぼう刺扠さすまたかいつかんで、ほつき/\とをりすて、つゞいてかゝるをふみつけたふし、なを志賀之助しがのすけにとびかゝる。こなたも手練しゆれん早業はやわざなれば、をかはせて抜手ぬくても見せず、おどあがりてぱつしとる。ると一斉ひとし一陣いちぢん暴風ぼうふうさつ吹来ふききたり、月色げつしよくにはかにかきくもり、四辺あたり樹木じゆもく鳴動めいどうなし、あめ車軸しやぢくをながしつゝ、にはつらね明松たいまつも、書院しよいんにかゝやく銀燭ぎんしよくも、一度いちどにきえつ射干玉ぬばたまの、やみはあやなきにはうち霹靂はたゝがみぐわら/\となりわたり、いなづまひか/\とひらめき、さもおそろしき形勢ありさまなり。

このひまに、変化へんげはいづちへゆきけん、行方ゆきがたしれずなりぬ。山吹やまぶきひめにあやまちあらせしと、ひとまのうちへともなひぬ。為兼ためかねにげまどふ侍女こしもとをつきのけはねのけ、太刀たち引提ひつさげえんさきに立上たちあがり、公光きんみつをるか。変化へんげはいかにしつるぞ、捕逃とりにがしつるか。いひ甲斐がひなき奴原やつばらかなといらだちつゝ、ひまなくひらめくいなひかりひかりにて見れば、公光きんみつ志賀之助しがのすけこほりなすかたなさげてこゝかしこ、走巡はせめぐ変化へんげをたづぬるさまなり。かゝるあいだに心利こゝろきゝたる組子くみこ明松たいまつあまたともしたるを、一ッにかきいだき走来はせきたりければ、がうなる組子くみこあらそひてわかちとり、かたな抜持ぬきもち明松たいまつをふりてらして、暇山つきやまのうしろ庭林うゑごみのうちまでものこりなくさがしもとめけるが、その行方ゆくへしれざりければ、公光きんみつ志賀之助しがのすけをはじめ、大勢おほぜい一所いつしよあつまり、さても不思儀ふしぎや、いかにしつらんと評議へうぎ区々まち/\なるをりしも、庭前ていぜんそびえたる、古松こせうこずゑこゑありていふやう、嗚呼ああ残念ざんねんや。志賀之助しがのすけためきずつけられ、かく正躰せうたいをあらはすうへは、わが出所しゆつしよかたりきかさん。そも/\われ人間にんげんにあらず、琵琶湖びはこにとし金鯉魚ひごひなり。そのかみ承平せうへい二年、俵藤太たはらとうだ秀郷ひでさと射殺いころされつる、三上山みかみやま蜈蚣むかで湖水こすい落入おちいりわれ蜈蚣むかで鮮血せんけつのみて、かれじゆつをうけつぎ、飛行ひぎやう自在じざいとなりて、さて蜈蚣むかで悪念あくねんはなれず、秀郷ひでさとうらみむくはんと思へども、このひと一代いちだい武勇ふゆうにおそれてたちよりがたく、其子そのこなにがし秀郷ひでさと龍宮りうぐうよりて、一代いちだいはなさはきたる、龍神丸りうじんまる太刀たち神体しんたいとして、ちゝ秀郷ひでさとまつれるによりて、その威徳いとくおそれわざはひをくだしがたく、代々だい%\如斯かくのごとくなればうらみをいだきて、むなしき星霜せいさうすごせしに、いつのほとにかかのまつりはいし、為兼ためかねにいたりては、神器じんきとしたる龍神丸りうじんまる相伝さうでん太刀たちとのみこゝろえ、一子いつし清若きよわか守刀まもりがたなもたしめて、わがすむ湖水こすいほとりよぎりつるにぞ、をりよしと思ひ、われ老女ろうぢよして清若きよわかにしたがひたる、真野まのみづ二郎をたぶらかし、太刀たちもろともに清若きよわかうばひとり、さて為兼ためかねほろぼして、多年たねんうらみをむくはんと思ひ、四五しご日の有余ゆうよしつると思ひしに、人間にんげんにありては十年の年月としつきをかさね、清若きよわかのち出生しゆつしやう女子によし十七歳さいにいたり、為兼ためかね夫婦ふうふたまのごとく愛養めでやしなふを見て、まづあいするところひめ捕殺とりころんと、かたちちいさくなして下館しもやかたいけにすみしに、一日あるひひめかほ池水いけみづにうつれるを見て、立地たちまち恋慕れんぼじやうおこし、ひめのみさしたるさかづきいけのうちへとりおとしたるを、われくわへとりてのみさしのさけをのみ、ひめ一端いつたん悪縁あくえんかもし、これよりのちはかれ容色ようしよくこゝろとろけて、あだうらみこほりのごとくにきえうせ、ひめ恋慕こひしたふ志賀之助しがのすけがすがたにへんじ、夜毎よごとひめなぐさめて、じやうほしいまゝになし、今宵こよひしもわざとらへられて、為兼ためかね対面たいめんなし、わがじゆつをもつて為兼ためかねこゝろまどはし、まこと志賀之助しがのすけ変化へんげなりといひすくめて打殺うちころさせ、このやかた婿むことなりてながらくひめ夫婦ふうふたらんとはかりしに、短冊たんざくことさとりしらず。いままた志賀之助しがのすけため痛手いたでをうけ、のぞみをはたさゞる口惜くちをしさよ。このうへはまがりいへ一時いちじほろぼし、多年たねんあたむくふべし。見よ/\いまに思ひしらすべしといふこゑとひとしく、雷声らいせいきびしくなりわたり、いなづまの閃々ひらめくひかりにて、変化へんげがすがたを見てげれば、そのたけ一丈いちじやうに余りたる金鯉魚ひこひの、全身ぜんしんくれなゐにしてもゆるがごとく、まなこ金色こんじきひかりをなし、ひれふるひるがへし、むらがくもぎよするてい、さながらりやういきほひあり。これをさけびて、たへ入ものもあり、あしそらにげまどふものもありけり。
かゝるなかに、公光きんみつ書院しよいんかけのぼり、とこかざりたるゆみとりて、矢頃やごろをさだめ引絞ひきしぼらんとなしけるに、五躰ごたいすくんではたらきず、為兼ためかね太刀たちはかけつれども、これもおなじありさまなり。志賀しがすけこれを見て、太刀たち真向まつこうにさしかざし、二十二しや神々かみ/\、三十六てんしよ廾廾ぼさつちからをそへてたび玉へ。志部留佐裟婆訶しべるさそはか/\とまなびおぼえし降魔ごうま咒文じゆもんとなえつゝ、かたなをもつて斬払きりはらへば、金鯉ひごひこれにやおそれけん、一声いつせいたけりてきたをさしてぞ飛去とびさりける。

かくて、雲晴くもはれ雨歇あめやみて、もとの晴天せいてんとなりければ、ころははやあけがたになりて、ひかしそらあかく見へ、からすなんどなきつれてとびありき、かの松のこずえには、残月ざんげつのみぞのこりける。

  第八回 仏眼和尚説 劍ノ来由ヲぶつがんおしやうけんのらいゆをとく

かくあけぬれば、為兼ためかね公光きんみつめいじて、滝窓たきまど志賀之助しがのすけをひとまねかせ、あつ饗応もてなしてのち礼義れいぎをもつてあらためて対面たいめんなし、妖怪えうくわいあらはし、おひしりぞけたるこうしやし、つら/\その人物じんぶつをみるに、武事ぶしたくましきはさき挙動はたらきにあらはれ、文芸ぶんげいのちからは今の言語ことばにしられて、いかにも一個いつこ秀才子しゆうさいしなれば、小櫻姫こさくらひめこの少年せうねんのために思ひをくるしめ、恋慕れんぼのやみにまよひたるもことはりなり、と思ふにつけては、その素性すじやうをたゞし、便宜びんぎによりては我家わがいへの、婿むこともならばなしてんと心中しんちうあいあはれむのじやうおこし、志賀しが之助にむかひ、おん身が最前さいぜんのはたらきを見るに、武門ぶもん勇士ゆうしもおさ/\はづるばかりなり。文武ぶんぶたつし玉ふをもつて、桑扉そうひをよせんは、たまをいだきて草沢そうたくふすがごとし、いとおしむべき事なり。もしくは草沢そうたくさつ朱門しゆもんに入、錦袂きんけつ高堂こうだうふるひ玉ふこゝろざしはなきかとまづその心中しんちうをさぐり見るに、志賀之助こたへていふやう、拙才せつさい黄口おうこうやつがれに、大人たいじん芳誉ほうきよを給ふこと、いとかしこまり候ぬ。もとより青雲せいうんこゝろざしなきにしもあらず候といへども、ふかきいわれありて、是非ぜひとも出家しゆつけなすべきうへにて、すでに今日はかねてさだめおきたる、剃髪ていはつ日限にちげんにあたり候ゆゑに、すみやかにいとま申て、たちさるべくぞんじ候ところ、昨夜さくやぼう書翰しよかんをおくり玉ひ、御館おんやかたきたらるべきよし、公光きんみつどのゝ物語ものがたりきゝはべれば、のきたるをまち候なりといひければ、為兼ためかねは志賀之助が今日剃髪ていはつすときゝて大にのぞみをうしなひ、かさねていふやう、おん身いまだ若年じやくねんなれは、さだめて両親りやうしんいますならんに、かゝる秀才しゆうさいをもちて、おしげもなく出家しゆつけさすとはいかにぞや。よく/\のことにこそあるらめ。しいてとはんも張道人てふだうじん問癖とひぐせたれども、その仔細しさいかたり玉ひなんやといふ。

志賀しが之助がいはくなさけある御尋おんたづねに候へば、出家しゆつけする所以ゆえんかたはへらん。あぢきなわかのうへをきかせ玉はれかしといひつゝ、まづ両眼りやうがんなみだをうかめ、さしうつふきてゐたりしが、かほをあげてなみたぬぐひ、もとそれがしはとかたりいだしたるをりしも、青侍せいしきたりてつぎをつき、幻住寺げんぢうじ仏眼ぶつがん和尚おしやうきたられ候。いかゞはからひ申さんやといひければ、為兼ためかね志賀しが之助にむかひ、ぼふの見へられしとなり。これへむかへ候はんといひて青侍せいしに、あなひせよとめいじければ、やが仏眼ぶつがん禅師ぜんじ衣手ころもでをかきあはせて、一間ひとまにぞとほられける。よわひ耳順じじゆんをこえて、姿態すがた容貌かたちさながら道徳だうとくひとと見ゆ。為兼ためかね初対面しよたいめん挨拶あいさつをはり、書翰しよかんをよせてまねきたる仔細しさいをかたり、変化へんくゑ志賀之助しがのすけこの志賀之助しがのすけおひしりぞけたる挙動はたらき美賞ほめければ、仏眼ぶつがん禅師ぜんしいはく鯉魚りぎよ神霊しんれいあることは、和漢わかんともにそのためし枚挙まいきよするにいとまあらず。就中なかんづく張揚てうようが『筆余筆ひつよひつ』、および宋人そうひと包希仁ほふきじん事跡じせきしるしたる『龍図公案りやうとこうあん』に載記のせしるしたる金鯉魚きんりぎよはなしかのくわいるいせるといへども、そはみな荒唐くわうとうたる虚談きよだんにして、もとより信用しんようすべきにあらず。面前まのあたりかゝる奇怪きくわいをきく事、貧道ひんだうみゝをおどろかし候。龍門りやうもん鯉魚りぎよりやうへんずときけば、かゝるくわいをなすこと、そのことわりあるにたり。ふたゝびきたりてわざはひをくださんもはかりがたし。貧道ひんだうほふしゆし、降魔ごうまつくりていすべしといふにぞ、為兼ためかねその厚意こういしやし、前年せんねん清若丸きよわかまるをも金鯉魚きんりぎよためとられ、かの龍神丸りゆうじんまる太刀たちをもうしなひたる事をものがたりければ、仏眼ぶつがん禅師ぜんしおほいにあやしみ、おんものがたりにつきてあはかんがふるに、清若きよわか殿どのとやらんをうしなひ給ひたると、貧道ひんだうこの志賀之助しがのすけ湖中こちうにてひろひとりたると、十五ねんぜん同月どうげつ同日どうじつなり、さすれば志賀之助しがのすけ清若きよわかどのにうたがひなし。その証拠せうこにはこの太刀たちを見給へとて、志賀之助しがのすけ太刀たちをとりきたらしめてせければ、為兼ためかねいそがはしく太刀たちをとりあげて、一目ひとめ見るよりうちおどろき刀室さやをぬきはなちて熟視しゆくしし、ます/\おどろき、太刀たちつくりといひ焼刃やきば八龍はちりうかたちをあらはしたるは、まさしく前年せんねんうしなひたる、龍神りうじん丸にうたがひなし。されども清若きよわかは三さいにして湖中こちうぼつしたれば、世にあるべきいはれなし。この太刀たち所持しよぢし給ふこそあやしけれ。そのゆゑよしはいかにとたづねければ、仏眼ぶつがん禅師ぜんじその因縁いんえんかたりきかせ申さん。今よりは十五年以前いぜん幻住寺げんぢうしない安置あんちせる観音くはんおん廾廾ぼさつ夢中むちう貧道ひんだうつげのたまはく、『なんぢ今宵こよひうしこくに、瀬田せた橋下きやうかふねをうかめ、法華経ほけきやう一巻いちくわん水中すいちうとうすべし。かならずいち男子だんじべし』とのたまふと見てゆめさめ、奇異きゐの思ひをなし、おんつげのごとくはかりしに、湖水こすい遽然きよぜんとしてわきあがり、大きさ一丈いちじやうばかりなる金鯉魚きんりきよ頭上かしらに一人の小児せうにをさゝげて、ふねへさきにうかみいで候を、従者づさめいじて舟中しやうちうにたすけのせしに、この小児せうに花田はなだぞめ綸子りんずに、たからづくしを縫箔ぬひはくしたる小袖こそでちやくし、小脇こわき太刀たちをかゝへをり候、その太刀たちすなはちこれなり。わづかに三さいばかりの小児せうになれば、その住所ちうしよたづねとふべき便よすがもなく、観音くわんおんさづけたまへるちごなりとして歓喜くはんきにたえず、志賀しが山里やまざとなるしるべにをくりてやしなはせけるが、『かゝる奇談きだん人口じんこう膾炙くわひしやせば、観音くはんおん利益りやく諸人しよにんしめし、しんをとらせてゐるはかりことなり』なんど、凡俗ぼんぞく誹謗ひほうせられんもはらあしく、小児せうにことふかくつゝみて人にかたらず。七さいのとしよりてらへむかへとりてやしなひおき、滝窓たきまど志賀之助しがのすけ名告なのらせ候。滝窓たきまど貧道ひんだう俗姓ぞくせい、志賀之文字もんじ志賀之しがの里にておひたちたるちなみによれるなり。かれ成長せいちやうするにしたがひて、さへかしこくわがおしゆるほどこと通暁つうきやうせざることなく、武芸ぶげいをさへひそかにまなび候のよし、青雲せいうんこゝろざしありて、かつ出家しゆつけきらひ候へども、観音くはんおん妙智力みやうちりきをもつてあやうき一命いちめいたすかりたるものなれば、とにかく出家しゆつけにさせばやとぞんじすで今日こんにち剃髪ていはつ日限にちげんに候とかたりければ、為兼ためかねひざをすゝめてうれよろこび、禅師ぜんしひろひ給ひたると、それがしがうしなひたると、同月どうげつ同日とうじつなるうへに、そのとき衣裳いしやう摸様もやうまでもつゆたがはざれば、清若きよわかまぎれなし。いまつれば、いかにもをさなきときのおもかげのこり候、さて我子わがこにてありけるか。変化へんげためうばゝれて、湖中こちうしづみ稚子おさなごの、いき此世このよにあるべしとは、釈尊しやくそんなりともよもおぼしわくべきかはと志賀之助しがのすけをとりて、ひざのもとにすゝませ、ひたいなでかたをさすり、さても/\きよらかに成長せいちやうなせしぞ。これまつた観音くはんおん妙助みやうぢよ禅師ぜんし高恩かうおんなりことばのかぎりおんしやし、にうるみたる一滴いつてきは、うれなみだとしられけり。

志賀之助しがのすけ為兼ためかねひざのもとにをつきてかほあげ、をさなきときはものけぢめわきまへず、禅師ぜんじ一人いちにんちゝともはゝとも思ひとり候ひしが、とうよりうへとしをかさね候にしたがひ、おな小姓こしやう父母ちゝはゝたち、をり/\の信音おとづれてらきたりてものがたりする、したしさをるにつけても、『わればかり父母ちゝはゝのあらざるは、いかばかりの因果いんぐわぞや。此世このよにやおはすやらん、冥途めいどひとにてありけるか。ちゝこひはゝこひし』とひとにかくせしなみだそで、かはくときのあらざりしに、こはそも不思儀ふしぎ対面たいめんかなとよろこぶ事かきりなし。

かゝるをりしも、弥生やよひかた昨夜さくやのことを漏聞もれきゝ給ひ、ひめうへづかはしく、下館しもやかたきたられけるが、かくときくよりひとまの障子しやうじ、あはたゞしくおしひら〔き〕、仏眼ぶつがん禅師ぜんじ礼義れいぎにもおよばず、ものくるひたるごとく、志賀之助しがのすけにとりすがり、御身おんみ清若きよわかにてありつるか。わらはゝおん身がはゝなるは、かくにあらんとは思はざりしぞと小児せうにことくかきいだき、うれしさもよろこばしさもうちこえて、こゑたててぞなげかるゝ。志賀之助しがのすけうや/\しくれいをなし、さてはこひしき母上はゝうへにておはし候や。それがしはたゞゆめうつゝともわきまへがたく候。十五ねんぜんすべき一命いちめいをたすかり、かくの如く成長せいちやうなして、おん二方ふたかたまみたてまつるも、さながらあれにまします、ぼふのおんめぐみにて候といふ言葉ことばをきゝて、はじめてこゝろづき、仏眼ぶつがん禅師ぜんじれいをなして、大恩だいおんしやされけり。浦島うらしまが子にあふうれしさには、よろづの事をもわすれ給ひしは、ことはりになんはべりけり。

  第九回 小櫻姫悲因果将死こざくらひめいんぐわをかなしんでまさにしせんとす

さるほどに、為兼ためかね夫婦ふうふは、清若きよわかにめぐりあひて、なゝめならずよろこび、小櫻姫こざくらひめをはじめとし、公光きんみつ山吹やまぶきをも一ッせき召寄めしよせあらため志賀之助しがのすけ対面たいめんさせけるに、ひめ志賀しが之助をあになりときくより、ふかくはぢらひたるにやあらん、かうべをたれてなにのことのはもなく、思ひいりたるさまなりけり。

志賀しが之助ひめむかひ、おん身はわがうせしのちのいもとなるよし。いまかくあらため兄弟きやうだいのりをなす事、ゆめうちゆめうらなふ思ひなり。これよりのちはよろづへだてなくかたらひ給はれかし。いま思ひあはすれば、前日さきのひ清水寺きよみづでらにて、おん短冊たんざくかぜふかれて我手わがてり、その短冊たんざくにつきて変化へんげ正体しやうたいを見あらはしたる事、清水きよみづ観世音くわんぜおんかの日に兄弟きやうだいをひきあはし給ひたるにうたがひなし。かへす%\も奇偶きぐうかなとしきり嘆息たんそくなしければ、小櫻姫こさくらひめおゝせのごとく思ひかけざる事にはべりとこゑさゝやかにいらへして、さながらよろこべるいろも見えざりけり。

さて、為兼ためかね公光きんみつめいじて、仏眼ぶつがん禅師ぜんし別室べつしつにうつし、清饌せいせんをもうけあつ饗応きやうおうなさしめ、親子おやこ再会さいくわい賀酒がしゆくんでよろこびをつくしけり。為兼ためかね志賀之助しがのすけめいさかづき小櫻姫こざくらひめあたへさせ、なんぢ今日こんにちより志賀しが之助はあになるぞ。かならずれいをうしなふことなかれとのたまひければ、ひめはこれをきゝて、こはなさけなやといひつゝ泣臥なきふしければ、山吹やまぶきかたはらより、かゝる目出度めでたき再会さいくわいに、いかなれば、かばかり慷慨なげかせ給ふぞや。いざおんさかづきをといひつゝ長柄ながえをとりてさけをすゝむ。ひめなほなきいりておはしけるが、驀地たちまちおこして、為兼ためかね指添さしぞへをとりてぬきはなち、南旡阿弥陀仏なむあみだぶつとなえつゝ、あはやと見ゆる自害じがいのてい、人々これはとおどろくにぞ、弥生やよひの方は周章あはて鞅掌ふためき、はせよるひまかたはらなる山吹やまぶきが、ひめつるぎにすがり、こは姫君ひめぎみ何故なにゆゑにとおしとゞむ。とゞめられてもをんな一念いちねん、ほど/\のんど突立つきたてんと、そのあやうさに弥生やよひかた袿衣うちかけぬぎてつるぎくるみひめ玉腕かいな取縋とりすがり、なきいだしたるあきせみ、なみだはそでにあまりけり。小櫻姫こざくらひめ泣声なきごゑにて、母人はゝびとこゝはなちて給はれのふと身をふるはせてもたえ給へば、一坐いちざ人々ひと%\つどひよりて立騒たちさはぐひまに、つるぎ山吹やまぶきが、あやまちなくうばひにけり。

為兼ためかねこゑをあららげ給ひ、小櫻姫こざくらひめこゝろをたしかにせよ。なんぢものくるひたるならん。虚気うつけなりとしかりたまへば、小櫻姫こさくらひめおつるなみだぬぐひもやらで、うらめしげに為兼ためかねをうち見やり、物狂ものぐるひとはおんなさけなきおゝせかな。なでかなはぬそのゆゑを、さとし給はざることのあるべきかは。しらこととはいひながら、現在げんざいわらはが兄君あにぎみを、このとしごろ恋慕こひしたひ、やまひとこ起臥おきふしにも、あはれの思ひに一たびはこひをかなへて給はれと、かみほとけをあはせ、旡理むりねがひおんばつにや、変化へんぐゑのためにけがされ、たいこそかはその姿すがたは、まさしくあにいもとで、鴛鴦おしのふすまの初氷はつこほりとけたるおび二重ふたえ三重みええにむすぶのかみかけてすへまでもちかひしは、此世このよからなる畜生道ちくしやうだうまよひのみち煩悩ぼんのふの、いぬとなりたるはてを、なに面目めんぼくにながらへて、ひとかほのあはさるべき。いままでしたひしそのひとの、兄君あにぎみにておはせしと、きいこゝろいましめても、まよひしむね知覚さめがたし。こは我身わがみにうけし因果いんぐわぞや。なるべきことのあるならば、おなじおなかにやどしたる、ふかえにしをふりかえて、夫婦ふうふえんにしてほしきとはなのすがたの紅粉おしろいも、なきはがしたるあめてふゆめ浮世うきよをかこちけり。

弥生やよひかたなみだをぬぐはせ給ひ、おことが申こと、ことはりにせまりていと不便ふびんなり。かゝるとなりては、のまじはりもなりがたく、かぎりなき恥辱ちぢよくなれば、やいばふししすべしと、覚悟かくごせしは強気けなげとは思へども、のちのなげきはいかほどにあるべきと、ひとのそしりはとまれかくまれ、そのひとッはこのはゝに、まかし候べしとのたまひければ、為兼ためかねまなことぢものいはず、志賀之助しがのすけはなみだにくれてゐたりけり。

ひめかさねていふやう、ちゝうへはゝうへにさきだちて、おんなげきをかくる事、うへなき不孝ふこうとはしりながら、いき此世このよにながらふとも、ありてかひなきにはべれば、しなんと覚悟かくごし候ひぬ。ぬにしなれぬものならば、あまとなして給はれかしと思ひ入てねがひければ、為兼ためかねやうやく言辞ことばをいだし、そはもつともなるのぞみなり。まだうらわかはなのすがたをあまとなさんこと、怛々いたましかぎりなれども、我子わがこひと誹謗そしらする、その旡念むねんさにはましならん。になきものとあきらめしは、いへかへり嫡子ちやくしとなり、すえさかへよといのりしは、いへいであまとなる、一子いつしうれ一子いつしうしなふ、すべ前世ぜんせ因果いんくわぞやと親子おやこ四人よにん一斉いつせいに、そゝぐなみだ村時雨むらしぐれ余所よそもあはれなり。

小櫻姫こさくらひめ両親ふたおやむかひ、此上このうへねがひには、ひめやまひふしししたりと披露ひろうなし、わらはをひつきにおさめ、葬式そうしきれいをもつて、いづれの尼寺あまでらへなりともおくり給ひ、おん弟子でしとなさしめ給はらば、ししふたゝびしやうかひたるにおなじうして、あやしのものにふれたる、その悪業あくごうはたすべき、便よすがともなりなんかしと、しいてのぞみければそのにまかし、さらばとてふたゝび仏眼ぶつがん禅師ぜんしこのせきへむかへ、ことの仔細しさいきこへければ、禅師ぜんじいはく、今日こんにち剃髪ていはつなすべき志賀之助しがのすけ出家しゆつけをやめ、思ひまうけざる小櫻姫こざくらひめあまとなることこれすなはち一因縁いちいんえんあるによれり。嬋娟せんけんたる美婦人びふじん立地たちどころ仏果ふつくわかもし、旡量海むりやうかい法水ほうすいきくて、煩悩ぼんのう熱火ねつくわそゝぎ、活身くはつしんにして死葬しそうたらんことをほつするは、悟道ごだう発門はつもん一端いつたんなり。梅花ばいくわかんはるるのまさちかかるべし。当国とうごく松窪まつくぼ尼寺あまでらは、このやかたよりほどちかし。かしこにおくり剃髪ていはつなさしめ給へ。われひめがために死葬しそふ導師だうしたるべしといひければ、ひめはこれをよろこぶといへども、為兼ためかね夫婦ふうふ親子おやこわかれをかなしみ、をのばしてことおこなはんとのたまへども、小櫻姫こさくらひめがひたすらのねがひにて、此日このひにはか葬礼そうれい用意よういをなし、小櫻姫こさくらひめをおさむべ、ひつき書院しよいん正面しやうめんにすへければ、仏眼ぶつがん禅師せんじのさしづにまかせ、幻住寺げんぢうじよりめしよせたる、あまたの僧徒そうと、さゆうをつらねてきやうよみ仏眼ぶつがん禅師せんじ子をもうけて、中央ちうわうざされたり。坐敷ざしきのうちをゆきかよひする侍女こしもとはしたに

挿絵
【挿絵第十五図 小櫻姫こさくらひめ菩提心ぼだいしんおこすがために活葬くはつそうする暫驚風燭難留世 便是蓮華不染身】

いたるまでみな喪服もふくつけて、さながら死人しにんあるいへ形勢ありさまなり。あはれむべし小櫻姫こさくらひめは、みどりかみ紅粉こうふん今日けふかぎりと思ふから、つねに十ばいよそほひこらし、しろ綸子りんづ振袖ふりそで白綾しらあや袿衣うちかけちやくし、水晶すいしやう念珠ねんじゆ爪繰つまぐり、あまたの侍女こしもとをしたがへて、うちしほれつゝしづやかにあゆいでたるさま、梨花りくわあめおび白蓮はくれんつゆようするがごとし。やがてひつきまへし給ひ、禅師ぜんじ引導いんだうをうけ給ふさま、まさにこれ

  眸凝緑水波微動まなじりはりよくすいをこらしてなみすこしくうごき   掌合白蓮花未開たなごゝろははくれんをあはせてはないまだひらかず

引導いんだうをはりければ、衆僧しゆそう同音どうおんきやうよみ、しばらくありて禅師せんじ指揮さしづにまかせ、公光きんみつ山吹やまぶきたちよりてひめをたすけ、なみだながらにいきのもるべきひつきにおさむ。為兼ためかねをはじめ弥生やよひかた志賀之助しかのすけかうひねりてれいをなすこと、すべてはうふりれいしたがへり。年比としごろめしつかはれたる侍女こしもとくはんのめぐりに打臥うちふして、なげきかなしむことひめじつしゝたるがごとし。両親りやうしん悲歎ひたんいへばさら也。ときははや黄昏たそがれにいたりければ、山吹やまぶき公光きんみつ為兼ためかねめいによりてくはんまもり、ひめにしたしくつかはれたる、かの撫子なでしこほかに三人の侍女こしもと尼寺あまでらにとゞまりて、ひめにかしづかんねがひによりてともたち松窪まつくぼ尼寺あまでらさしていそがせける。

  第十回 清玄山館俘小櫻姫きよてるがさんくわんこざくらひめをとりこほす

さるほどに、公光きんみつ山吹やまぶきは、あまたのしもべ明松たいまつをてらさせ、くわん左右さゆふにしたがひて、松窪まつくぼさしてゆくほどに、やかたさること一里いちりばかりにして、竹谷たけたにといへる難所なんじよにぞさしかゝりける。さらぬだによる山道やまみちはさみしきものなるを、たに水音みづおととほひゞき、のはにあらきかぜふきて、すべてものすごき事いへばさらなり、此所このところもすでになかばこえたるをりしも、明松たいまつをてらしてさきにすゝみたる二人のしもべうちおどろきたるていにて、ぞくありとよばゝりつゝ、もちたる明松たいまつうちすてゝ、大勢おほぜいなか迯入にげいりぬ。されどもぞくの出たるようも見えざれば、みなあやしみつゝ、こゝろごうなるものどもすゝみゆきて、明松たいまつをふりてらし、ぞく何方いづくにをるやらんとたづねけるが、さらに人影ひとかげも見えさりけり。こは不詳いぶかしやとかのぼくとひけるに、おそる/\ゆびざしつゝ、彼所かしこにをり候といふを、よく/\見れば、あらたにつくりたるいし金剛神こんがうじんなり。うち金箔きんばくをおしたるが、明松たいまつかゝやきておそろしく見えけるを、ぞくなりと見あやまちたるなり。人々ひと/\これを見てどつとわらひ、かのしもべおくしたるを、口々くち%\あざけりつゝなほ行程ゆくほどに、つきはやうやくやまにさしいでゝ、霜林そうりんこずへをてらし、落葉らくようみちうづめて、あゆむにをとをなせり。

ときしも、かたはらまつかげより四五人のぞくどもあらはれいで、汝等なんぢらこのみちとほらんとならば、衣服いふく大小をおいてゆけとこほりなすかたなぬきつれて、みち真中まんなか立股張たちはだかりければ、奴僕しもべども、すはまことぞくこそいでつれと右往うわう左往ざわう逃迷にげまよふ。侍女こしもとぞく形勢ありさまを見て、たましゐうばはれたふふして、泣叫なきさけぶ。公光きんみつ山吹やまぶきこゑかけ、なんぢひめぎみをまもるべし、われ彼奴きやつばらをおひちらして、みちをひらかんといひつゝかたなまはしてはせむかへば、ぞくどもは公光きんみつたけきいきほひにやおそれけん、一合いちがうにもおよばず、みなちり/\ににげゆきけり。

公光きんみつかたなさげたちかへり、人数にんずあつ明松たいまつかづまして、十ぶんみちをてらし、衆人しゆうじん一隊ひとかたまりとなして、前後ぜんごこゝろくばりつゝいそぎけるほどに、渓川たにがは丸木橋まろきばしわたしたるところにいたりぬ。公光きんみつ山吹やまぶきむかひ、ひつきかゝせこの独木橋どくぼくきやうわたらんには、かならずあやまちあるべし。いかゞせばやと佇立たゝずみたるをりしも、かたはらなる辻堂つぢどうかげになきたりし酒桶さかおけをすへおきて、いこひゐたる二人の商人あきびと公光きんみつまへきたりてこしかゞめ、我々われ/\ふもとむらさけうりきたりたるものに候が、あまりにみちもさみしく、殊更ことさらこのほどより山中さんちうぞくありときゝはべれば、つれをもとめてかへらばやとぞんじ此所このところいこひをり候。よき道連みちづれたる御礼おんれいに、ひつきかきはしをわたし候べしといひければ、公光きんみつ山吹やまぶきおほいによろこび、しからばたのみ申すといひてひつきをかゝせければ、商人あきびといはくこのひつきわたしをはらば、一人づゝわたり給へ。女中ぢよちうしゆ我々われ/\が、をとりてわたしまゐらすべし。まづこのひつきをわたすべしといひつゝしづかはしをこえて、対岸むかひかたいたりけるが、驀然たちまちひつき地上ちしやううちすて、二人ひとしくちからをあはせて、丸木橋まろきばし渓川たにがは突落つきおとし、計事はかりこと首尾しゆびよくなりぬといひてうちよろこび、大勢おほぜいゆひざしてあざけわらひつゝ、ふたゝびひつきになひて、村祭むらまつり御輿みこしかくごとくに囃子はやしたて何地いづちともなく走去はせさりけり。

公光きんみつ山吹やまふきこれを見て、おほい知呆あきれ惘然ぼうぜんたるをりしも、うしろやまよりひとすぢの鳴鏑箭なりかぶらやひゞきをたてゝ飛過とびすぐると一斉ひとしく、こゝかしこの物蔭ものかげより、あまたの山賊さんぞくかたなさけてをどりいでたり。このうち先刻せんこく途中とちうにて

挿絵
【挿絵第十六図 小櫻姫こさくらひめ侍女こしもと山吹やまぶき山賊さんぞく血戦けつせんする石斎 小雁〓侵柳眉去 媚霞横接眼波来 〓】

出逢いであひたる、ぞくどももありてよばゝるやう、我々われ/\大王だいわう小櫻こさくらひめが容色ようしよくきゝおよび、ねやときになさんため、さてこそいまのはかりごとをほどこしてうばひたるなれ。汝等なんぢら衣類いるいは、我々われ/\さけあたひはぎとるべし。わたすまじくはうつてとれときつてかゝれば、公光きんみつこれを見て、猛虎まうこ奮然あれいきほひをなし、ゆうふるい切立きりたつる、山吹やまふきあにうたせじとをんなながらも山道やまみちに、さすが用意ようい一腰ひとこしを、ぬきはなしはしり入たる多勢たせいなかにぐるをやらじと追行おひゆきしが、はしあるところにいたりつゝ、こゝにもはしのありけるよといまつけたるくちおしさ、かへしあはせし奴原やつはらを、はしもとまちうけて、矢筈やはつ梨子割なしわり向袈裟むかふけさかは早瀬はやせきりおとし、みなぎみづくれなゐに、紅葉もみちなかすごとくなり。山吹やまぶきまへてきあるゆゑに、後背うしろこゝろをつけざりしが、いつのまにかはしのびけん、一人の小賊せうぞく木蔭こかげより、熊手くまでをいだして山吹やまふきが、かたにうちかけうしろざまに引倒ひきたふせば、おな木間このまより、大勢おほせい一度いちどにをどり出、どりあしどりはたらかせず、劍術けんじゆつ手練しゆれん山吹やまぶきを、高手たかて小手こてにぞいましめける。

かゝりければ、一人のぞく嘘笛よぶこのふへふきたてけるに、かしこにてもこゑをあはせ、人音ひとをとちかくきたるを見れば、こはいかに公光きんみつをも、なはをかけて引来ひききたりぬ。あにいもととむかひあひ。たがひに見かはすいましめの、なはにつたはる旡念むねんなみだ怛々いたましき形勢ありさまなり。

此者このものどもはこれまこと山賊さんぞくにあらず、信田しだ左衛門さゑもん清玄きよはる郎等らうどうなりけり。それはいかにとなれば、仏眼ぶつがん禅師ぜんじ弟子でし同玄とうげんといふ悪僧あくそう今宵こよひ禅師せんじしたがひて、為兼ためかねやかたにいたり、こと仔細しさいを見とゞけ、ひめことさはぎにまぎれてやかた脱出ぬけいで清玄きよはる三上山みかみやま山館さんくわんにありときゝ走行はせゆき、ことのよしを註進ちうしんなしけり。このゆゑに清玄きよはる腹心ふくしん郎等らうどうはかりことしめしひめうばはせ、両人りやうにん生捕いけどりたるなり。同玄どうげん日来ひごろ清玄きよはるやかた出入いでいりなし、おんをうけたるゆゑに、そのむくいとしてひめことつげしらせけるとなん。公光きんみつ山吹やまぶきはていかん、まづしもくだりわくるきくべし。

  第十回 下篇げへん

こゝにまた、信田しだ左衛門さゑもん清玄きよはるは、三上山みかみやま谷蔭たにかげに、あらた山館やまやかたいとなみ別業べつぎやうせうし、みやこよりあまたの美女びぢよめしよせて、このやかたにかくしおき、日夜にちや淫酒いんしゆふけり加之しかのみならあしおこなひをなして、たちがたき浪人らうにんどもをあつめ食客しよくかくとし、こゝろむることよせて、とがなきしもべ放打はなしうちになし、あるひは民間みんかん妻妾さいせううばきたらしめて、たはふれれに一夜いちや枕席ちんせきけがたぐひ〓〓けんがいおこなひをなすことさなが銭財せんざいうばはざる賊首ぞくしゆのごとし。

今日けふしもこの山館さんくわんにありて、かの同玄どうげん註進ちうしんきゝ横島よこしま大六だいろく湯上ゆがみ軍蔵ぐんぞうはかりことをしめして、小櫻姫こさくらひめうばきたるべしとめいじ、侍女じぢよ郎等らうだうらをあつめて、銀燭ぎんしよくもと酒宴しゆえんをひらき、そのをとづれをまちけるが、二人のものいまだかへりきたらざれば、まちわびつゝ、酒宴しゆえんなかば櫛笥くしげ鏡台きやうだいもちはこばせ、みやこにありては白拍子しらびやうしなりときこえたる、はたちばかりのをんなかみとりあげよとめいじければ、このをんな怕気おぢけながら、背後うしろかたたちむかへば、清玄きよはる鏡台きやうだいをひきよせ、ふところにしてかゞみにさしむかひたるさま、立波たつなみ珊瑚樹さんごじゆぬひものしたる広袖ひろそでちやくし、糀色かばいろしたかさね、しげくながして、人品ひとからあてに見ゆ。清玄きよはるかみすくをんなむかひ、今宵こよひわが思ふひめにあふなれば、つねにことかはれり。こゝろしてとりあげよ。我意わがいかなへざるやうにせば、なんぢつみするぞといふ、その顔色がんしよく鏡面きやうめんに、うつるまなこのするどさに、怖々こは/\ながらときぐしの、むねとゞろきてもふるへ、すきこむ伽羅きやらみづよりも、おつるなみだうるほひぬ。

かくて、一人の郎等らうとうはせいで只今たゞいま大六だいろく軍蔵ぐんぞう小櫻姫こさくらひめうばきたりて候といへば清玄きよはる莞尓につこ打笑うちゑみ早々とく/\これへめしつれよかしこまり候とまたはせゆくをよびもどし、さぞひめもおどろきつらん。かならず荒気あらけなくすな。ことのどうりにふるまへとめいじつゝ、なほかみをとりあげさせてをれり。つらねたる侍女こしもとども、余所よそのあはれもにしみて、いかなるひめにやおはすらんと、そのかたそゝぎ、うちまもりてぞひかへける。

旡慙むざんなるかな、小櫻姫こざくらひめはな姿すがた振袖ふりそでも、なみだにぬれてうちしほれ、たもとかほにおしあてつゝ、かの軍蔵ぐんそうにゑりもとしかとつかまれつゝ、ちゞめあゆみいでせきのかたへにすへられぬ。軍蔵ぐんぞう大六だいろく高名かうみやうがほにすゝみいでわがきみのおゝせのごとく、さけ商人あきびと打扮いでたちて、かの丸木橋まろきばしのかたはらにやすみをり、なんなくこの名玉めいぎよくうばひとり候。いざ面相めんさうをごらんぜよとかほにおほひ給ひたるたもと旡体むたいにおしのくれば、清玄きよはるかたほにゑみをふくみ、かゞみにうつるひめがすがた、最前さいぜんからながめてをる、このをんなめは

挿絵
【挿絵第十七図】

わがこゝろをもすいせざるやつかな。かみもよきほどにせよといひつゝせたげかみゆひをはらせ、鏡台きやうだいおしのけ脇息けうそくに、片臂かたひぢかけてひめを見やり、いかに小櫻姫こざくらひめわれたれとか思ふ。われこそさきなんぢをむかへて、つまにせんとのぞみたる、信田しだ左衛門さゑもん清玄きよはるなれ。為兼ためかね虚気うつけもの時宜じきをしらずして、われ婿むことなさゞるゆゑに、わざはひなんぢにおよび、いまかくとりことなれり。人倫じんりんはなれしこの山館さんくわんきこり山賎やまがつも、いたるべきみちをしらず。殊更ことさら柵門さくもんのかまへあれば、すで篭中こちうとりにひとし。旡理むりえにしその姿すがたゆゑとあきらめて、わがねやとぎをせよ。もしまたこゝろにしたがはずはみづせめせめん。憂目うきめにあひてくるしまんや、ねやとぎして栄花えいぐわをせんや。二ッに一ッ返答へんとうせよと、かやうにいひてはあらけなくして、花月くわげつじやうにあらず。さま%\にこゝろもちひて、和君わきみをこゝへまねきしこと、なか/\のこゝろかは。ひさしぶりのはなかほ莞尓につこりわらふて見せたまへと脇息けうそくまへにおしまはし、つらづえつきて見とれし顔色がんしよくよだれおとさぬばかりなり。

小櫻姫こざくらひめは、なみだながらにかほをあげ、さてはおん清玄きよはるどのにておはしけるか。きゝしにまさる非義ひぎ非道ひだう、たとへ此身このみはなうちにせらるゝとも、さる悪人あくにんにいかでかはだけがすべき。ことばをまじゆるもいまはしきとまた打臥うちふしてなき給ふ。清玄きよはるこのことばをきゝ、あぎとをもつてをしゆれば、大六だいろこゝろえてひめ背后うしろにめぐりより、打臥うちふし給ひたるまゝにてかきいだきつゝ、清玄きよはるまへにすゝむれば、清玄きよはるひめをとりて、ひざのもとへひきよせ、あまりといへば、月花つきはなのなさけにうときたをやめ(婦人)かな。悪人あくにんなるか善人ぜんにんなるか、ひとよのちぎりをほどこして見給へかしとゆきごとふところをさしいれんとなしけるを、うるさやのふとはらひのけ、またたはふる清玄きよはるを、うしろさまにつきたふし、そばにありあふ鏡台きやうだいの、かゞみをとつてつゞけうち、かよわきかいなうらみ一念いちねん、りゆう/\ぱつしとうちすへ給ひ、かゞみすなはちをんなたましゐ、これをもつてなんぢうては、我手わがてにかけてうちとめたるにひとしければ、思ひのこすべきねんもなし。いざころせ、いざころせと打捨うちすてていさめるありさま、さながら武家ぶけ息女そくぢよなり。

清玄きよはるむくとおきあがりあしとばせてはつた蹴倒けたふし、あまことばまじえ説聞とききかすれば、女々めゝししとや思ひけん。たれかあるこのをんな憂目うきめをみせ、我心わがこゝろなびかせよとよばゝりければ、最前さいぜんより、そはにひかへし悪僧あくそう同玄どうげん、こゝろえ候といらへつゝ、ころもそでをまくりあげ、ひめもとどりかいつかんで、情気なさけげもなく引倒ひきたふし、こぶしをいからしておさえつけ、こはおろかなるをんなめかな。おんこゝろにしたがひたてまつらば、いま旡礼ぶれい御免おんゆるしあるべきぞ。いやといはゞいのち瀬戸せどいやおう返答へんとうせよといま打捨うちすてかゞみをもつて、うてばうたるゝ因果いんぐわ風流ふうりうにつかねたるかみみだれて、青柳あをやきに三日月なりのさしぐしも、くだけてあたりへとびちりぬ。嗚呼ああいたましきかな小櫻姫こさくらひめは、つね深窓しんそうにかしづかれ、あらましきかぜにだにあたらざるの、さるむくつけきあら法師ほうしうちたゝかれ、からき憂目うきめにあひ給ふ事、いかばかりか口惜おしくもかなしかりけん。こゑかぎり泣叫なきさけびて、もだへ給ふといへども、たれたすくるものもなかりければ、いきてあるべき御心おんこゝろはなかりけり。

かゝるをりしも、公光きんみつ山吹やまふき高手たかて小手こてにいましめられ、郎等らうどう引立ひきたてられていできたり。此体このていを見て、こはそもいかにとうちおどろき、おんいたわしやと山吹やまぶきが、はせよらんとなしけるを、縄取なはとりにひきすへられ、はふりこぼるゝなみださへ、ぬぐはれもせぬ三寸ずんなは、くゝされしのかひなさは、なくよりほかの事ぞなき。

清玄きよはる両人りやうにん〓睨ながしめうち見やり、あたもなくうらみもなき、汝等なんぢら此所このところ召捕めしとりしは、ひめ花月くはけつじやうをすゝめ、こひなかだちさせんためなるぞ。山吹やまぶきとやらんはひめ姆女もりめなるよし、なんぢわがためになかだちせば、いのちをたすけて、褒美ほうびはのぞみにまかすべしといひければ、山吹やまぶきまゆをひきたてゝはがみをなし.やをれ山賊さんぞく人非人にんひにんめ、けがらはしきをもつて、ひめこゝろにしたがへんとは、およびなきねがひなり。たとへ此身このみ寸々ずん/\きらるゝとも、さるあしきおこなひをなす女子をなごにあらず。この縄目なはめさへなきならば、とびかゝつてたゞ一打ひとうちいまうらみをはらすべしといかれもとにながるゝなみだ、さもくちおしきありさまなり。ひめはふたりがすがたを見て、こはなさけなや汝等なんぢらも、ともにとりことなりけるかとたちよらんとなし給ふを、清玄きよはるはた突倒つきたふし、かしましき泣声なきごゑかな。こいつにものをいはすなとことばのしたよりあらえびすどもたちかゝり、ひめをきびしくいましめて、猿轡さるぐつわをはませけり。

清玄きよはる山吹やまぶきにむかひ、山賊さんぞくとは舌長したながなり。われこそ当国たうごくをふるふ、信田しだ左衛門さゑもん清玄きよはるなれ。をんなとしてかゝる縄目なはめにあひ、おそれたる気色けしきもなく、われたいして過言くわごんを申すは、一器量ひときりやうあるやつとおぼえたり。公光きんみつなんぢひめ口説くどくまじきかといふに公光きんみつ最前さいぜんより、ひめを見てもことばをまじへず、かしらをたれてたりしが、やが清玄きよはるにむかひ、さては山賊さんぞくと思ひのほか清玄きよはるぎみにておはしけるか。山吹やまぶきがごとく旡礼ぶれいを申すは、をんなあさはかなる分別ふんべつに候。さる高貴こうき御方おんかたにしたがひたてまつらんは、ひめにとりてはあはしきえにしにて候へば、やつがれともかくもはからひ申すべし。ひめこの御館おんやかたうばゝれたるうへに、かゝる縄目なはめはぢをうけては、とてもかくても主人しゆじんいへにはかへりがたく候。あはれおんなさけとおぼしとりて、今日こんにちより近臣きんしんすゑにも召加めしくはへ給はらば忠勤ちうきんをはげみ候べし。かく申すは、『もしやはかりことをもうけことばをかざりて、いましめのなはをゆるされんてだて也』と、おんうたがひもはべらんが、おん目通めどほりにてひめ折檻せつかんつかまつりおんこゝろにしたがへたてまつるをもつて、わが二心にしんなきことをさとし給ふべしと低頭ていとう平身へいしんして申ければ、清玄きよはるかたほにゑみをふくみ.こはよき了簡りやうけんなり。たれかある、かれいましめときえさせよとことばにしたがひ、そばにひかへたる湯上ゆがみ軍蔵ぐんぞう、はせよつなはときければ、公光きんみつうで摩擦さすりつゝ、山吹やまぶきにむかひ、われいまこゝろへんじて、清玄きよはるぎみ家臣かしんめさるゝからは、なんぢもともに降参かうさんせよといふに、山吹やまぶきかしらをうちふり.いな/\降参かうさんなどゝはきくけがらはしゝ。年来としごろ忠臣ちうしん旡二むにきこえたるあに上の、いかなる天魔てんまや見いれけん、かゝる心にはなり給ひつるぞ。重恩ぢうおんある主人しゆじんうしろになして、さる悪人あくにんばらくみし給ふこといのちおししと思ひてか、あさましきこゝろやな。見さげはてたる挙動ふるまひぞと後手うしろでながら膝行いざりいで、あにうらみなみだかほ、ヱヽかしましい句釈言くどきごとあに出世しゆつせさまたげすなとたちながら、はつた蹴倒けたふし見むきもやらず、ひめそばたちかゝり、いかに小櫻姫こざくらひめ今日けふより主従しゆう%\縁切えんきつたれば、なんぢ他人たにん同前どうぜんなり。清玄きよはるきみ奉公ほうこうはしめ、いやでもおうでもおんこゝろしたがはさす、覚悟かくごせよと、さもにくさげにいひければ、姫君ひめぎみはうらめしげに、公光きんみつかほうちまもり、篠村しのむら次郎じらうひとでなし。なんぢ我家わがいへ長臣ちやうしんとして、譜代ふだい恩顧おんこのものなるに、わらはがまへともはゞからず、さる邪者ねぢけものにくみするは、よも本心ほんしんとは思はれず。年来としごろ忠節ちうせつもかはりはてたるあきそらてんとがめを思はずかとかこち給へば、公光きんみつ呵々から/\うちわらひ、ことばはさながら捷才気かしこげなれども、さすがにをんなおろかなり。山吹やまぶきがごとくにかたくなにおぼえて、忠臣ちうしんだてをなさば、そのばかりか主人しゆじんまで、非命ひめいするはいま目前もくぜんわれはおん身をいとをしと思ふゆゑに、清玄きよはるきみなかだちして、にいたさんとはかるなり。ちう不忠ふちうもうちおきて、うつくしくうまれつきしがその因果いんぐわ清玄きよはるぎみになびき給へ。かしらふる辞退いなむのか、いやなら憂目うきめ見するぞと、あたりへせわしくくばり、うち手頃ごろ花桶はなをけに、さしたる紅葉もみぢえだをとり、こぶしをかためてりゆうりゆう/\、ちりかゝりたるくれなゐは、ひめがかなしきなみだかと、もあてられぬありさまなり。

山吹やまふきはこゑふるはし、あてやかなる姫君ひめきみに、よくもこぶしをあてけるぞ。主人しゆしんおんばつはなきものか、この縄目なはめさへなきものならば、兄とて用捨ようしやのあるへきやと、うらみない正体しやうたいなく、ふりみだしたる黒髪くろかみに、つたふなみだ春雨はるさめの、やなぎあらふごとくなり。

公光きんみつ清玄きよはるにむかひ、が心と同じからさるいもといけおき候ては、ひめことさまたげにも候へば、どくくはそのうつはをもねぶれと申常言ことわざもとづき、いもとを手にかけ、さてのちひめ是非ぜひともおん心に、したがはせたてまつらん。おんなぐさみためやつがれが、手の内の即席そくせき料理りやうりいもと生袈裟いきけさつかまつらんと立ちあかりつゝはかますそたかくかゝげ、こしのあたりをさぐり見て、呵々から/\うちわらひうばひとられし大小をこひうけてさしこらし、山吹やまぶき庭上ていしやう引居ひきすゑたまへとよばゝれは、清玄きよはる大盃さかづきをひきうけ、こはよき酒の下物さかななり。一斗いつと多とするにたらざるぞとうちゑみ見物けんふつす。

ひめそののかなしさよりも、山吹やまぶきはてをあはれみ給ひつれども、とてもかくてもいきてあるべきおんこゝろならねば、清玄きよはるをけがして山吹やまぶきをたすけもしたまはず、やがてわらはもやいばふし死出しで三途さんづともなはんとこゝろにこめて、くちのうちに称名しやうみやうをとなへつゝ、かほたもとをおしあてゝ、悲歎ひたんままりておはしけり。あはれむべし山吹やまふきは、猿轡さるぐつはをはませられ、両手りやうて左右さゆうひかれつゝ、かしらをたれてまなことぢしは、覚悟かくごのていと見えにけり。

公光きんみつ山吹やまぶき背後うしろたち抜身ぬきみひやすひさげのみづ、さら/\とながしかけ、しづくしたゝる刀尖きつさきを、山吹やまぶきまへにさしつけ、むねのかたをあぎとにかけて、うつくしきかほをあげさせ、われいまなんぢ生袈裟いきけさになして、清玄きよはるぎみ二心にしんなきことをしらせ奉るなり、しか思ひて堪念かんねんせよ。小櫻姫こざくらひめもよく見候へ、ねやおんとぎせざるにおきては、かく非命ひめいやいばにかゝりて、地獄ぢごく餓鬼がきとなるべきぞと、かたなつか両手りやうてをかため、肩腰かたこしすへつこほりやいば、あびせかけたる拝打おがみうち生袈裟いきげさと思ひのほか、縄目なはめをぱらりと切解きりほどき、さしぞへとり手渡てわたしなし、いもとぬかるな心得こゝろへしと猿轡さるぐつわをかなぐりすて、あにいもと一斉いつせいに、清玄きよはるがけてとびかゝり、二人一度いちどきりつくる。さしもの清玄きよはる油断ゆだんをうたれ、かたなをとるべきひまもなく、脇息けうそくをもてうけとめつゝ、またきりつくるをとびすさり、火桶ひおけときつぶしに、面上めんしやうがけてうちつけければ、こゝろえたりとをかはせ、なほつけいりし、はげしき太刀風たちかぜてきしがたくや思ひけん、うしろ障子しやうじはなして、にげ入りながら下知げぢすれば、湯上ゆがみ軍蔵ぐんぞう横島よこしま大六たいろくをはじめとして、その郎等らうどう刀尖きつさきそろへてはせむかふ、二人はこゝぞ、いのちのきはと、しにものぐるひの猛烈もうれつ剛気がうき公光きんみつ軍蔵ぐんぞう斬倒きりたふせば、山吹やまぶき大六だいろく打留うちとめつゝ、かしこにかくれこゝにあらはれ、薄手うすでもおはず十人ばかり、もの事にきりすてければ、のこるやつばらかしらをかゝえ、ねづみごとくににげちりけり。かの同玄どうげんはさいぜんとく迯去にげさりて、そのゆくへをしらずとなん。公光きんみつ山吹やまぶき挙動ふるまひは、この山館さんくわんひかるあひだに、かたらあはせたるはかりこととぞ。

かくて、両人りやうにんひめがくゝられたるなはとき.さこそおんこゝろをいため給ひけめ。かく両人りやうにん御側おんそばにあるうへは、おん心安こゝろやすかるべしといへば、ひめはよみがへりたるこゝちして、

挿絵
【挿絵第十八図】

よろこび給ふことかぎりなし。

ときしもうしろやまに、けふりさつとたちのぼりけるが号合あいづとおぼしく、陣鐘ぢんがね太鼓たいこ乱調らんでううちならし、ときのこゑ山風やまかぜにしたがひ、きたむかひきこえければ、こはいぶかしやと公光きんみつが、かのやまはせのぼり、むかふをきつと見てげれば、為兼ためかねやかたとおぼしく、猛火みやうくわてんこがしてもえあがり、矢叫やさけびのこゑかすかにきこゆ。こは一大事いちだいじこそいできつれと、たゞちにやまをかけくだり、山吹やまぶきにかくとつげ、姫君ひめぎみをたすけまゐらせ、おち支度じたくするうしろより、腹巻はらまきつけたる二人の郎等らうどうゆくさきへ立塞たちふさがり、ひめをわたせとよばゝれば、山吹やまぶき公光きんみつぬくも見せず、左右さゆう一度いちど切倒きりたふし、鮮血ちしほすそにぬぐひつゝ、いざゝせ給へ姫君ひめぎみつきひかりにたまぼこの、みちをもとめておちゆきぬ。

  第十一回 水次郎振勇助旧主みづじら ゆふをふるふてきうしゆをたすく

かくて、両人りやうにんひめ守護しゆごなし、みちをいそぎてふもとにくだり、為兼ためかねやかたをさして、十てうばかりはしりけるが、むかふかたより一人の郎等らうどう小具足こぐそくをかため、あしそら駈来はせきしが、公光きんみつを見て、たちまち地上ちしやうにひざまづく。公光きんみつあやしみつゝ、雲透くもすきにすかし見れば、これ為兼ためかね郎等らうどうなれば、公光きんみついはく、たゞいまおんやかた夜討ようちありとおぼえたり。なんぢ小具足こぐそくをつけて、このほとりへ走来はせきしは、必定ひつぢやう落武者おちむしやならん。たゝかひのやうすはいかに/\ととひかくれば、かの郎等らうどう.つとをおこし、しもざまの葉武者はむしやには候へども、落足おちあしたつる弱者よわものにては候はず。夜討ようちのやうすを一門いちもんがたへ、きこえしらすおん使つかひにまゐりたる、皈足かへりあしにて候なり。てき信田しだ左衛門さゑもんものにて、為兼ためかねこう野心やしんいつはり、『六波羅ろくはらよりの下知げぢ也』とて、敵勢てきぜいおよそ五百騎ばかり寐耳ねみゝみづ貝鐘かいがね太鼓たいこ乱調らんでううちならし、鯨声ときどつとあげつれば、すは夜討ようちぞと家臣かしんばらつなぎうまむちをあて、やり一筋ひとすぢを二人してひきあふひま、寄手よせてへい熊手くまでをかけ、土〓ついぢのうちへをどりいりきつてまはるを味方みかたつはもの、むかひあはせてたゝかひつゝ、一支ひとさゝへはさゝへしが、てきよりやかた放火はうくわして、味方みかた人々ひと/\狼狽らうばいなし、打死うちじにするものかずしれずと、むねうちたゝきていきをなす。公光きんみつやまぶきはがみをなしして、主人しゆじんがたはつゝがなく、わたらせ給ふにやとをいらちて、なほとへばさん候。為兼ためかねぎみやよひのかた志賀しがすけ殿どの諸共もろともに、葉武者はむしやもきらはずふせたゝかひ給ひしが、おんほどもおぼつかなしとあせもしどゝにものがたれば、三人はうちおどろき、公光きんみつ山吹やまぶきむかひなんぢひめ守護しゆごなして、これよりすぐにかの尼寺あまでらへおちゆきて、ひめしのばせ候べし。われはこれよりやかたはせつけ、主人しゆしん前途せんどを見とゞくべし。とくけ/\とすゝむれば、小櫻姫こざくらひめ父母ちゝはゝと一ッに、生死しやうじをきはめんといさみ給ふを、すかしつゝみぎひだり岐路わかれみち山吹やまぶきひめをたすけ、公光きんみつはかの郎等らうどうをしたがへて、ひがしきた別行わかれゆきぬ。

去程さるほどに、小櫻姫こざくらひめは、前程さきほどよりのことどもに、むねをくるしめ給ひたるうへに、根笹ねざゝをおしわけ落葉おちばふみたてつゝ、ふたゝびてうあまりおちきたりて、一ッの路逕みちすぢにいたり給ひけるが、驀然たちまちあつさけびて、地上ちしやうはたたふれ給へば、山吹やまぶきあはて寄添よりそひつゝ、いだきかゝえてをおこし、こはいかにし給ひしぞ。ものつまづき給ひつるか、行悩ゆきなやみ給ふもことわりなり。これよりかの尼寺あまでらへはほどちかく候、おんこゝろをたしかにすへて、いましばし歩行あゆませ給へ。やがてあけわたり候はんと、なほをとりてゆかんとせしに、ひめはいとはかなげなるこゑにて、しばしこゝいこはせてよ。一足ひとあしもあゆみがたしとのたまへば、山吹やまぶきをいらちたるさまして、さはいかにともせさせ給へ。姫君ひめぎみをばこゝに打捨うちすてて、おのればかりおちゆき候はんとむねにせきくるかなしさをねんじつゝ、わざとおどしていひければ、ひめ山吹やまぶきにとりすがりて、なみだながにくしと思はゞゆるしてよ。いつものつかえにや、鳩尾むなさかへさしつまりて、ものだにいはれぬくるしさなりととぢくひしばりて、いきもたゆげに見えければ、山吹やまぶきこゝろならず打驚うちおどろきみちかたはらなる辻堂つぢどうにたすけいれまゐらせて、さま%\に介抱かいほうしつゝ、とやせまじ、かくやすべきと思ひわづらひてぞをりぬ。

ときしもふゆちかきあきのすへなれば、にあらきかぜふきはだへさむくねぐらをかゆる雁金かりがねの、雲井くもゐはるかになきわたる、つまこふ鹿しかさへ、越来こえきみねをたてゝ、下弦かげんつきもかたふきつ、ははやうしすぐるころなれば、悽愴ものすごきこといへばさらなり、山吹やまぶきひめむかひ彼所かしこはやしうち燈火ともしびの見え候は、一定いちぢやう人家ありとおぼえ候。なりとももときたりて、すゝめまゐらせもし、くすりもあるやらん、こひて見候はん。しばしまたせ給へと云ひつゝ、づまけゞしく引上ひきあぐれば、姫君ひめぎみこれを見給ひて、はやくゆきてとくかへれ。かならずひまをあらせなとのたまふかほばせも、いとくるなり。山吹やまぶきづかはしと思ひながら、ひめこゝうちおきて、かしこの燈火ともしびをしるべに、あしはやくぞはしりゆきぬ。ひめはかゝる辻堂つぢどうに、一人ひとりおはしければ、おそろしくもおぼつかなくて、つかえをおさえ、なやみをしのびて給ひけり。

さて、かの同玄どうげん清玄きよはるやかた迯出にげいて、かねてこの辻堂つぢどうにかくれゐたるが、山吹やまぶきひめをたすけて、おなじくこの辻堂つぢどういらんとするを見て、なほおくまりたるところにしのびをり山吹やまぶきがかしこへゆきしをうかゞひて.つといでひめをうしろよりかきいだきければ、ひめはわつとさけびてにげんとするを、かむりたる手拭てぬぐひをもて、ひめくちわりしてものいはさず、うちかづきて辻堂つぢどうをとびくだり、間道かんだうとおぼしきかたを、四五町てうあまり走行はせゆきて、ひとッの荒野あれのにぞいたりつきぬ。此所このところこれひとはうふる墓原はかはらにして、数々かづ/\のしるしのいしも、おほくはこけうづみて、はらひとのありとも見へず、おほかみなんどの新葬しんそうひとを、堀穿ほりうがちくらひやちらしけん、生々なま/\しき手足てあし枯草かれくさのうちに見ゆ。『幽魂ゆうこん夜月やげつとび愚魄ぐはく秋風しうふううそふく』とせしも、かゝるところをこそいひけめ。この三昧さんまいのかたはらに住狭いぶせき庵室あんじつあり。こゝは墓守はかもりすみすてし明家あきやにして、しばくち生墻いけがきふつゝかにおひのび、落葉おちばこけふかき屋根やねうづめて、なかばそめたるつたかつら、かべのうへにはひまとひ。つちくづれたるにはこもをもておほひ、のきかたぶきたるには、をさゝへてたすけおき、あれたきまゝにあれたれば、墓守はかもりすみすてしもことわりなりけり。

同玄どうげんはかねての心がまへにやありけん、この庵室あんじつうち馳入はせいりて、ひめ牀簀すのこうへすえおき、うちよりきびしく戸ざしをかため、古桶ふるおけみづあるを見て、やぶれびしやくにくみとりて、がは/\とのみほし、やがて簀子すのこにのぼりてひめくちわりをときければ、ひめわなゝおそれつゝ、この法師ほうしをみるに、かしらくり毛毬いがごとく、まなこするどにしてくちおほきく、きはめて醜面みにくきつらつき也。同玄どうげんひざをよせてひめ寄添よりそひわれかね%\おん容色ようしよくをきゝおよび、もせぬこひこゝろなやまし候が、はからずぼうにしたがひて、今日こんにち亀谷かめだにやかたにいたり、おんをひと見つるより、恋風こひかぜうちにひえとほり、悪寒ぞつとしつるこそ因果いんぐわのはじめなれ。いのちかけてと思ひしが、さすがあてなる姫君ひめぎみを、いやしきにてはおよばざることと、あきらめをりしところ、今宵こよひかの尼寺あまでらへいたり給ふときゝて、わが内通ないつうをもつて清玄きよはるにうばゝせ、さてかの山館さんくわん給ふうちに、われおん実義じつぎを見せ、清玄きよはる山館さんくはんを、おとしまゐらするにことよせて、何方いづくへなりともともなひゆき、こゝろのまゝにはからはんとかまへおきしに、思はざる今夜こよひ騒動そうどう必定ひつぢやうかの尼寺あまでらへ、落行おちゆき給はんと思ひしゆゑに、いま辻堂つちどうにかくれしのび、まちわびてをりしに、わがしのびをる辻堂つちどうへ、はからず入来いりきたり給ふこと、いと/\ふかえにしなりといひつゝあめのもるべき屋根やねやぶれより、さしいるつきかげに、ひめかほをさしのぞき.をとりて引寄ひきよせんとなしければ、ひめはそのをふりはなち、ゆるし給へ、のう/\とこゑをたてゝにげんとし、こなたかなたへおひまはされ、いろよくさき糸萩いとはぎの、あらしにもまるゝごとくなり。

同玄どうげんひめにむかひ、いかほどよばゝり給ふとも、人里ひとざととほこの野中のなかおほかみほゆこゑ松吹まつふくかぜのほかに、こたふべきものもなければ、覚悟かくごきはめてをり給へとまたあやう煩悩ぼんのうの、うてどもさら犬法師いぬほうし、よるをよせじと突除つきのけて、逡巡あとしさりせしうしろかべ.せまりてはたとふるれば、荒屋あれやかべのかよわさに、障子しやうじたふすごとくにて、ひめもろともにうしろさま、合破がはこけたるにはうちひめはうれしくおこし虎口こがうをのがるゝ思ひにて、いちあしいだしてはせ給ふ。同玄どうげんつゞいてかけりゆきたもとをとらへてひきもどす、このものおとにやおそれけん、やなぎしげみにやどりたる、山鳥やまどり一羽いちはたゝきして、とびくだりしを同玄どうげんばやくかいつかみ、みぎ姫君ひめぎみひだり山鳥やまどり、いづれのがさぬ阿鼻地獄あびぢごくひめにむかひてまなこをいからし、をんなより物取ものとれば、五百しやうそのあひだは、のなきものうまるるとかや。それもいとはぬわが執着しうぢやくとしごろしゆしたるおこなひも、やぶるるしるしはこの山鳥やまどり、これを見よや小櫻姫こざくらひめひめたもとくちくはへ、やまどり引裂ひきさきて、にくくら生血なまちをすゝり、くちのめぐりはくれなゐに、顔色がんしよくかはりておそろしく、ひめを目がけてとびかゝる、思ひかけざるうしろより、たけ生墻いけがきおしわけて一人ひとりをのこ、をどりいでもんどりうたせて、同玄どうげん地上ちしやうはた投居なげすえたり。

ひめはうれしみ.こは山吹やまぶきかと見かはすかほ、それにはあらで腰簔こしみのつけたる漁師りやうしなれば、またうちおどろきておはしけり。このをのこ小櫻姫こざくらひめ面前めんぜん蹲踞ひざまづきやつがれ前年さきのとしおんいへつかへたる、真野まのみづ次郎と申すものに候。清若きよわか殿どのことによりて、おんいとまたまはりいますなどり活業なりはひとして、真野まのさと申所ところすみ.わびしき年月としつきをすごし候。今宵こよひしも夜網よあみかへるさ、此所このところとほりあはし、をんなさけ候声こゑきゝて、ところがらと申、あやしくぞんじたちとゞまりて、かきそとよりうかゞひをり候所ところおんいとま給りたる

挿絵挿絵
【挿絵第二十図】【挿絵第十九図】

のち姫君ひめぎみなれば、しるべうもあらず、たゞきゝおよびたるおんと、あてなるおん姿すがたをしるべに、たすけまゐらせ候也といふにひめおびえたるゆめさめたるごとく、わりなくうれしみ給ひつゝ、みづ次郎にむかひ、いかにもわらは為兼ためかねむすめなり。きゝおよびたる真野まのみづ〔次〕郎にてありけるかとかたらふひまに、同玄どうげん漸々やう/\をおこし、竹墻たけがきゆひこみし、塔婆とうばをぬきてうつてかゝれば、みづ次郎かいくゞり、あしとばせてがはと掛倒けたふし、なんぢ法師ほふしをもちながら、おこなひやぶらんとする人非人にんひにん、かりにもほとけ姿すがたを、まなびたるやつなれば、いのち一ッはたすくるぞとひめ伴行ともなひゆかんとす。同玄どうけんなほ立塞たちふさがり、いな/\ひめをばこそわたすまじけれ。三世さんせ諸仏しよぶつにくまれて、天魔てんま見入いれこの所行しよぎやう、たとへいのちとらるゝとも、思ひこみたるわが悪念あくねんひめ引立ひきたてゆかんぞといかりをなしてとびかゝる。

みづ二郎たまりかね、こしにさしたる一刀いつとうを、抜手ぬくても見せず後袈裟うしろげさ、かたさきぱつしときりつくれば、さけびよろばひつゝ、ひめを見やりてをふるはし、あなくるしやたへがたや。此世このよからなる修羅道しゆらたうの、げんをうくるもたれゆゑぞ、みなひめゆへ.やいばにかゝりていのちをとられ、地獄ぢこくするこのうらみいきかはりしにかはり、おもひしらさでおくべきかと、なほひめとびかゝれば、またきりつくるひだり肩尖かたさき、ふかでによわりて苦痛くつうてい引寄ひきよせ脇腹わきばらへ、かたなつらぬえぐりまはせば、あなくるしや/\とうめきさけびしこへもかれて、いのちのきはのだんまつま、かたなぬけまへのかたへ、合破がはたふれてはてぬ。

をりから降来ふりくる〓雨にはかあめみづ二郎いそがはしくひめみちびき、かき外面そともにこえいでつゝ、十歩じつぽあまりもはせけるが、ひめ行方ゆくへをこゝかしこ、尋迷たづねまよひし山吹やまぶきが、ひとこひたるからかさかたげいきせきて走来はせきたり、ひめを見つけてかぎりなくうちよろこび、おんともしつるは誰人たれひとにやと見らるゝひとも見るひとも、かたみにすこしはおぼえある、面色おもゝちなれば、おん真野まのみづ次郎殿どのにてはおはさずや.さいふぬしは公光きんみつどのゝいもとなる、山吹やまぶきどのにてありけるかとたへひさしき朋輩ほうばい同士どし山吹やまぶきみづ次郎がすがたを見て、変果かはりはてたるその打扮いでたち、いかなるゆへにて姫君ひめぎみをとなかばいはしてみづ二郎、不審ふしんはうべなり。かゝる野末のずへに姫君の、流離さまよひ給ふも不審いぶかしし。その仔細しさいはあとになし.ひとをあやめて姫君ひめぎみを、たすけつれば片時へんしもはやく此所このところ立遁たちのくべし。住挟いぶせくともわがへ、ひめおんともせん。いざ/\と案内しるべして、落行おちゆかんとなしけるに、あめ車軸しやぢくをながしつゝ、暴風ほうふうはやしをたふすがごとく、月もかくれて射干玉ぬばたまの、やみにひらめくいなびかり、さもすさまじき形勢ありさまなり。

山吹やまぶき姫君ひめぎみからかさをさしかざし、みづ二郎は用意ようい竹笠たけがさいたゞきて、こゝろあしもせかれつゝ、修羅しゆらつゞみ雷声らいせいに、つれてぞひかるゝ後髪うしろがみ山吹やまぶきがさしたるからかさうしろさまにひるがへり、三人一斉ひとしくたぢ/\と、逡巡あとずさりして思はずしらず、はじめのところにいたりしが、ひまなくひらめく電光いなづまの、ひかりに彼所かしこをよく見れば、かぜにもまるゝやなぎこずゑに、此世このよさり同玄どうげんが、うらみ幽魂ゆうこんすがたをげんじ、をさしのべてひきもどすやうをなし、くちをひらきまなをいからし、あけにそみたるその形勢ありさま、ひと見しより姫君ひめぎみ絶入たえいるばかり、山吹やまぶきうちおどろきしが、みづ次郎はきつて.法師ほうしにもざる執念しふねんかな。うらみをはらして往生わうじやうせよと山吹やまぶきもろともひめ介抱たすけふたゝびはせんとなしたりしに、夢路ゆめぢをたどるごとくにて、また後方しりへひきもどさる。みづ次郎気いらちかたなまはして切払きりはらへば、かたなにやおそれけん、かきけすやうにうせにけり。

さて両人りやうにん姫君ひめぎみもりたすけて、真野まのさとへといそぐほどに、風雨ふううます/\はげしくして、はたゝがみ〓々ぐわら/\なりひゞき、斬倒きりたふされし同玄どうげんむなもとより、一団いちだん心火しんくわひら/\ともえのぼり、ひめ落行おちゆくあとをしたひ、炎々えん/\として飛行とびゆきけり。やかた夜討ようちひめ形勢ありさまも、かの金鯉魚ひごひ怨念をんねん悪人あくにんばらかりて、わざはひをくだしけるゆゑとなん。かくてのち種々くさ%\ものがたりあり、なほ後帙こうぢつひもときらんぜよかし。

小櫻姫風月奇観巻之三下冊 前帙終

跋

  [漏庵]
千祥万禎
筆硯幸福
[京山][淺寒]   

跋文

[〓]
京山先醒は京伝先醒の令弟也。彫虫鼓刀をもて業とし詩を篇画を嗜む。本編填詞の如きは一時游戯の筆にして
耳目玩好の書に属し、適口充腹の集には非さるへし。先醒本姓は嵒瀬名凌寒字鉄梅京山と号す。一字駅斎その堂を鉄筆と云。その居を方半と呼その家は江戸日本橋第四街東に折する北巷にあり。

詩事 天山老人識 
[天山][〓] 

刊記

江戸
山東京山編 京山 山東
歌川国貞画 歌川 国貞
  傭写 橋本徳瓶
  〓人
小泉平八郎
名古屋治兵衛

小櫻姫風月奇観こさくらひめふうけつきくわん後編  近刻
催馬楽奇談さいばらきだん 全六冊
小枝 繁編
蹄齋北馬画
出版
山東京山主人 編撰目次
[山中左衛門]鷲之談傳竒わしのだんでんき 全五冊 歌川豊広画 出版

七小町うきくさ物語
此書は小町が事にならひてうき
くさといふ遊君が伝をしるせり。例
のよみ本ぶりの文章にあらず。自ら
一家の体をなせり。

春袋煙草智惠輪はるぶくろたはこのちゑのわ
此書はすべてたばこにあづかりたる
事をおかしくしるせり。一たび巻を
開は腹をかゝゆる戯作の書也。

京伝みせ商物例の口上

○きれ地紙地たばこ入并に新形きせる当年は別て奇絶なる佳品種々仕入仕候相かはらす御求可被下候
読書丸[一トつゝみ一匁五分]第一きこんのくすりものおぼえをよくす老人小児常に用て妙也
京伝自画賛の扇品々并たんさく色帋もとめにまかす
京山狂詩扇

○水晶印一字十匁銅一字五匁○蝋石印
京山篆刻[白字五分朱字七分]値を定てもとめやすからしむ

○はいかい点式もとめに応して刻す

刊記

文化六年巳己歳冬十月發行
開版所 江戸
前 川 弥兵衞
田邊屋 太兵衞
平川館忠右衞門


#『国字小説小櫻姫風月竒觀』(β版)
#(『山東京山伝奇小説集』、国書刊行会、2003/01)所収
# この機械可読テキストは念校段階です。また、活字版とは異なり、句点を補
# い段落に分けた以外、表記を可能な限り原本に近付けました。後日、正式版
# にする予定です。誤り等に気付かれたらご一報下さい。
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#                      高木 元  tgen@fumikura.net
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