『貞操婦女八賢誌』(六) −解題と翻刻−
高 木   元  

【解題】

前号に引き続き、『南総里見八犬伝』の改作である『貞操婦女八賢誌』の第5輯を紹介する。

本輯も上下2帙(各3巻3冊)で構成され、人情本風の表紙を備え、色摺りが施された凝った口絵を持った仕立てになっている。周知の通り、書物というものは、その造本様式がジャンルを表象し、逆に内容が装訂を選ぶという原則が備わるメディアである。

ただし、この3巻3冊を一構成単位としたのは人情本だけではなく、一時期の読本や合巻などにも採用されたことがある。読本は5巻5冊に、合巻は2巻2冊に落ち着くが、明治期草双紙(明治11年刊『鳥追阿松海上新話』など、明治期に新作された美麗な草双紙)で、再び3巻3冊という構成が採用されることになる。

既に述べてきたように、本作には色模様(色恋沙汰)も見られず、稗史もの中本とでも呼ぶべきものであり、内容的にはどう考えても人情本というジャンル分けには馴染まない。しかし、この装訂から見る限りは紛れもなく人情本の様相を呈しているのである。と同時に、人情本の元祖と称した為永春水(と2代目春水)の作であることからも、当時の板元は人情本の読者層を意識していたことを見て取るべきなのかも知れない。

そもそも、8人の女が八犬士ならぬ八賢女として大活躍する本作は、人情本に良く見られる三角関係が妻妾同居に回収されるなどという男にとって都合の良いプロットとは違い、封建社会に於いて抑圧され疎外された生を強要されていた江戸時代末期の女たちにとって、一種のカタルシスと作用していたのかも知れない。だがしかし、啓蒙と教訓という要素は近世小説を通底する要素であり、本作中には、女性読者を教化すべく、あざとい教訓臭をともなう筆致も散見される。

ところで、本作は、単純に典拠に基づいた抄録ではなく、新たに加えた筋立てを含めて、原作の趣向や挿話を綯い交ぜにした実に手の込んだ手法が用いられている。具体的には、原作の古那屋の段、破傷風に罹患した犬塚信乃のために犬飼現八が良薬を博捜するも手に入らず、山林房八とその妻沼藺ぬいの血で治癒するという下りがあるが、これを破傷風に罹った於梅おうめ(信乃)のために薬を探しに行った八代(現八)が、深手を負った妹於袖おそで(浜路)と邂逅しその血を手に入れる。於袖は於梅を女と知らずに想いを寄せ続けていたのであるが、その間接的な犠牲死によって治癒すると作り替えられている。このほか、荒芽山での首級の取り違い、庚申山の妖猫の怪異などを旨く取り込んでいて、原作を知る読者にはより一層興味深く読めるように創作されているのである。

【書誌】五輯(上下2帙各3巻3冊)

上帙

書型 中本 18・6×12・5cm
表紙 上部藍色地に横一列に象などを白抜きにする。中央部右上から左下へ斜めに区切った下部は象牙色地に草花をあしらう。後ろ表紙は灰色無地。
外題 左肩「婦女八賢誌 (〜三)(13・3×2・7糎)。  題簽の上部柿色から下部空色にボカシ下。下部に花を白抜き。双柱飾枠。
見返 なし〔白〕
 婦女八賢誌第五輯序\干時弘化四年歳次強圉協洽春三月吉\二世 柳北釣夫爲永春水誌」(1丁半。丁付なし)
口絵 第1〜2図 見開き2図(丁付なし)。背景を薄墨で潰し人物の着物に空色を、賛の天地には空色や菜の花色、柿色を施す。
 「何帆なんぼこゝに入江いりえにぎはひはいく品川しながはかずかぎりなき」(薄墨地、上部に星を白抜き下部に海に浮かぶ帆船と遠景の富士山を描く。「歌川貞重画」半丁。丁付なしウ)
内題 「貞操婦女八賢誌ていそうおんなはつけんし五輯ごしうまき(〜三) (巻一は「巻之」に振仮名なし)
尾題 「貞〓婦女八賢誌ていそうおんなはつけんししうまき
編者 「東都 爲永春水編次」(内題下)
畫工  題に「歌川貞重」
広告  巻二の巻末に「處女香\文永堂 大嶋屋傳右衛門」存。
刊記  なし
諸本  館山市博・早稲田大・西尾市岩瀬文庫・山口大棲妻・東洋大・東京女子大・三康図書館・千葉市立美術館・架蔵。

下帙

書型 中本 18・6×12・5cm
表紙 上部の緋褪色から下部の空色のボカシ下げ地に六角中の花などの文様を散らす。
外題 左肩「婦女八賢誌  編(〜六)(13・3×2・7cm)。  題簽の上部山吹色無地から下部空色にボカシ下げ地に花や舟を白抜。双柱飾枠。
見返 なし〔白〕
 「婦女をんな八賢はつけんしうちつじよ\于時弘化五戊申歳春如月\東都柳北軒 為永春水 (1丁半。口ノ1オ〜口ノ2オ)
口絵 2図。見開き1図(口ノ2ウ〜口ノ3オ)、半丁1図(口ノ3ウ)。背景を薄墨で潰し着物などに露草色を施す。
内題 「貞操婦女八賢誌ていそうおんなはつけんしだい五輯ごしふまき(〜六)
尾題 「貞操婦女八賢誌第五輯巻之六
編者 東都 爲永春水編次」(内題下)
畫工 記載なし
広告 「處女香\文永堂 大嶋屋傳右衞門」(五巻末)
刊記 なし
諸本 館山市博・早稲田大・西尾市岩瀬文庫・山口大棲妻・東洋大・東京女子大・三康図書館・千葉市立美術館・架蔵。
翻刻 初輯の書誌参照

【凡例】
一 人情本刊行会本などが読みやすさを考慮して本文に大幅な改訂を加えているので、本稿では敢えて手を加えず、可能な限り底本に忠実に翻刻した。
一 変体仮名は平仮名に直したが、助詞に限り「」と記されたものは遺した。
一 近世期に一般的であった異体字も生かした。
一 濁点、半濁点、句読点には手を加えていない。
一 明らかな欠字や誤記の部分は、〔 〕に入れ私意で補正を示した。
一 丁移りは 」で示し、各丁裏に限り」1 のごとく丁付を示した。
一 底本は、保存状態の良い善本であると思われる館山市立博物館所蔵本に拠った。

【付記】 翻刻掲載を許可された館山市立博物館に心より感謝申し上げます。
     なお、本稿は JSPS 科研費 (21K00287) の助成を受けたものです。


【上帙表紙】 三冊同一意匠
 表紙  表紙  表紙

【序】
 序
 序

婦女八賢誌第五輯 序 (原漢文)
昔日梅讃翁一箇ノ烈女傳ヲ著シ、名テ婦女八賢誌ト曰。葢シ曲叟之八犬士ニ效ク者ノ也リ。讀ム者ノ其文ノ新ヲ喜ヒ、紙價之カ爲ニ貴シ矣。惜イ哉翁未タ業ヲ卒ニ及ハス。而シテ巳ニ鬼録ニ登ル。書肆大ニ之ヲ憾 」 其ノ傳ヲ続余使欲、屡/\来テ之ヲ請フ。余故翁之教ヲ受ルコト有リト雖トモ、才短ク、學膚花様同不恥ツ。然リ而トモ辞コトヲ得不也。遂ニ第三輯自リ筆ヲ起、今干第五輯ニ至、恐クハ是レ東施之効顰、無鹽之刻畫、何ソ譏ヲ免コトヲ得ン乎。願フ所ハ唯大方於笑ヲ獻在ンノミ。生菩薩忽チ九子母者ト變化スルト謂コト莫レ也。

  干時弘化四年歳次
  強圉協洽春三月吉

 柳北釣夫    
二世 爲永春水誌 

【口絵第一図】

  口絵

 列女春心有花有實一貞了亡一賢忽生 [おそでれい][阿梅おうめ]」丁付なしウ
 あのこゑはみちくるしほかむら千鳥ちどり やつしろ][漁夫れうし網六あみろく]」丁付なしオ

【口絵第二図】

  口絵

 〔ちす〕 香場かには有女太郎うめたらう] [淫婦いんふ烏羽うばたま]」丁付なしウ
 うつくしやこれもゆかりのはな菖蒲あやめ 於美知おみち]」丁付なしオ

  口絵
 何帆なんぼこゝに入江いりえにぎはひはいく品川しながはかずかぎりなき」  歌川貞重画 丁付なしオ

貞操ていそう婦女おんな 八賢誌はつけんし しふ巻之一

東都 爲永春水編次 

   第四十一回 〈 秋情しうじやうなぐさめ老女ろうぢよ 病女びやうぢよいたは る|春心しゆんしんひるがへしそでそでだくす〉

前話姑且休そハおきてこゝにまたむめ品革しながはうらなる老女ろうぢよ伏屋ふせや宿やどかりて須臾しばしこゝろ落居おちゐしにかいなうけ浅痍あさきずそのにわかいたみをはつ心地こゝちぬべくおもふにぞこ破傷風はしやうふうならんとておみちともにうちおどろきさま%\といたはりしにやゝあけちかくなりしころすこしいたみのかるみしとておむめしばし睡眠まどろみしがいくほどもなくおどろさめ四辺あたりるにおみちへず早晩いつほどにかあけけん障子しやうじへさはる春雨はるさめのいとしづやかにぞきこへけるかゝところへかの老女ろうぢよ茶碗ちやわんにもりし白粥しらかゆしきせてたづさつおむめさまいかにおはするぞおもひがけなき太刀たちきずにわかいたみをはつせしとかいまいたりませぬか假令たとへくちあはずともすこしなりとも此粥このかゆはれておむめおもなるまくらをはなれてかほをあげいまにはじめぬおまへ好意なさけぬともわすおきませぬふを老女ろうぢようちしてアレなどいまはしひいたとへ心地こゝちあしくしていくこのおはするともおみち1 さまとこの婆々ばゞがおそば看病みどりまいらすれ心強こゝろづよおぼしかならず介意えんりよあそばすなマアそれよりもひへぬうちおかゆひとはしあがりませふにおむめよろこびてはしりてもすゝまぬをかくならじとはげまし漸々やう/\にしてつくすを老女ろうぢよつゝゑまアヽそれでよい/\やまひからるとやらにもかくにもおこゝろちとうき/\とあそばさならずおこたり給ひなんそれにつけてもこのあた年々とし%\いくさのたへぬゆゑ兵火ひようくわため焼立やきたてられさせる医師くすしもあらざれみちさまに今朝けさはやくすりをもとめにゆき給へおそくも申刻なゝつさがりかならずおかへあそば」さん須臾しばしがほどさみしくとも婆々ばゞあいにおこゝろみづからあいしておまちあれそのくすりだにツイこゝろよくなりませうふにおむめおどろきてさて遥々はる%\みちさんわたしのませんそのためくすりをもとめにゆかれしかしんおよばぬ赤心まこゝろありがたきまでうれしけれどもおみちさんとてのうちにあさ四五しごしよあるのみか此辺こゝらすべ管領くわんれい采地りやうぶんなれ殊更ことさらせんきびしきおりならんを不覚そゞろくすりをもとめんとてもし敵方てきがたられなのがるゝすべよもあるまひそれわたしるなら假令たとへ良薬りやうやくありとてもおみちさんをるまじものいまさら2 何程なにほどくやみてもかへらぬこと奈何いかにせんアヽかゝりやいひつゝもまくらかほをおしあてまたくるしむそのぜいるに老女ろうぢよいとゞなほひとこゝろいたむるのみまた詮術せんすべもあらざれとゞろむねをおししづめおむめそばすゝりいたはりつまたなぐさめておこゝろづかひことながらさいすぐれしおみちさまてき采地りやうちでありとてもたやすくすり調とゝのへてほどなくおかへあそばさんそれことにおこゝろくるしめ給はゞ病気びやうきのいよ/\さはりになりませうたゞ何事なにごともうちすてひとはや疾着いたつきおこたるやうにあそはそのことこの婆々ばゞわろはからひもふしませぬ言話ことばを」つくしてなぐさめつくひあましたる白粥しらかゆしきまゝたづさへてかつかたへといでゆくをおむめあとおくりてたのもしひ老女ろうぢよ言話ことばそのうれしさに取交とりまぜかなしひまたこの難病なんびやう假令たとへこのまゝぬとてもいのちさら/\しからねどなきとゝさんの遺言ゆいげんゆゑにしきはたとりもどしまのおいへへ奉らんといく年月としつきうきろうその甲斐かひありていぬたづぬるはたりてよろこぶせんもあらなみ瀬戸せと朝霧あさぎりきへてき討手うつてとりかこまれすでにあやうきそのをりわがふところよりかのはた忽地たちまちりやうんでこのばかりかさんけんぢよひつ其所そこにまぬがれし竒特きどくすでに知り」3 ながらそれよりのちかのはた行衛ゆくゑへずなりしかまた爭何いかにしてたづねんとおもふにもなきこの病着いたつきわがなきのちたれまたはたせん仕出しいだしてになきおや遺言ゆいげんをついで豊嶋としまさゝぐべきこれつけてもおたけさんいま何所いづこらるゝやらせめてあのをりもせまた詮術せんすべもあらうものそれさへいま生死いきしにれぬといふこれもまたすくからなる悪報あくほう心遺こゝろのこそれのみならでちなみをむすびし賢女けんぢよとひとしく美名びめいあらはしらくともなさんとまでちかひしことあだとなり一名ひとり亡失さきだつこの不幸ふかうふてせんなきことながらこれほどおも実心まこゝろ日頃ひごろしんずるかみ%\も」ほとけあはれみ給はぬかさすがにたけ義婦ぎふながらやまひにこゝろほそりてやはかなきことさへいでひとなみだにくれたけはるながらはるならぬ意中こゝろさそやるせなきかくてもはてしあらざれむめみづかをとりなほてもかくてもがた病着いたつきなるを今更いまさらなげ愚痴ぐちのいたりなりわれはゝさまの胎内たいないいでにしより十八ねんかさねて成長ひとゝなりおもふことさへはたさでいまこのいへに死ぬることさとゆめなるかなあゝおもふまいまよふまいへせめておみちさんのかへるまでたまたへいかにうれしからんとこゝろおもむねふ」4 主意しあんくるしきいきひまいとあはれにぞへにける有恁かゝりほどかの老婆ばゞなくときなくなぐさをすゝめまたかゆをすゝめて終日ひめもすむめをいたはりしにつねながはることしげけれくれやす西山にしやまいりはて手元てもと小暗こぐら火燈ひともごろいきせきかけ一個ひとり小厮こもの門口かどぐちよりしてこゑたか網六あみろくどのらるゝかなに仔細しさいらねども庄屋しやうやどのからの急用きうようじや敏々とく/\ござれもし萬一ひよつと網六あみろくどのが畄守るすならばゞさまでも大事だいじなひはやく/\と言捨いひすてそこ/\にしていでゆくおく老女ろうぢよむねくぎさてこのへお二個ふたりとゞめしことのはやもれ荘官しやうくはんどの」

  口絵 赤心まこゝろをつくして老女らうぢようめをいたはる 」5

よりよばるゝかるにても網六あみろくもし畄守るすならこの婆々ばゞよといよ/\心得こゝろえもとよりあるじ網六あみろくわがおひながら幼稚おさなきよりさとへだてすみしゆゑこゝろそこらざれ悪人あくにんなりとおもはねども昨日きのふよりして漁獵すなどりいでたる畄守るすこそさいはひとおもひしことそらだのめにていま網六あみろくりもせかゝようにもたつべきをらね婆々ばゞしよどのへゆかすまこのづめ。といふものゝやみつかれしあのむめさまをたゞ一個ひとりのこおかんもづかはしこれつけてもおみちさま何故なぜこのやうおそひやらかの良薬りやうやくらぬかもしなくて敵方てきがた討隊うつてに」6 途中みちをさへぎられかへらんとするにすべなくてかくまでとり給ふやらんそれもがゝりこれもまた打捨うちすてがたきしよ急用きうやうこゝろふたつをひとつにおもひかねつゝ躊躇たゆたひしが猶豫ゆよかへつてうたがはれんとおもかへしつおむめみちかへりのおそきゆゑむらはづれまでくよしひこしらへてそこ/\に行燈あんどうをともしつゝ枕辺まくらべちかくすへおきしよたくへといそぎゆくあとにおむめたゞひとかゝるべしとおもはねどみちかへりのおそきよりさま%\おもひめぐらせこゝろがゝりさんけんぢよ〈お安青柳|八代をいふ〉またたけことそでがことわすれんとすれどあやにくに」むねうかみていとゞなほ病苦びやうくのうゑにをましてこゝろほそ灯火ともしび丁子頭てうじがしらたのみなくきへんとしてまたあかうしさびしき片明かたあかられぬみゝきこゆなるえんかねかゞなふれはるなれ甲斐かひなくも早晩いつのほどにか小夜さよふけてはやなかにぞおよびけるれどもおみちかへむかひにゆくとていでたりしかの老女ろうぢよさへもどらねいよ/\むねやすからでおもひかねたるおりこそあれおむめふしたる枕辺まくらべたれらねどあやしき少女おとめしよんぼりとしてたゝずみつゝたゞさめ/\となきるをおむめおどろきかついぶかりてまくらをはなれてつら/\るにわかれし」7 よりねんへて音信おとづれかざりしかのおそでにてありしかむめふたゝびうちおどろきこれ/\とばかりにて須臾しばし病苦びやうくをわするゝまでよろこおもてにあらはれたる案下そのときそでおのそでもてかほをうちおふはんとして幾回いくたびくちごもりしをやうやくにおもりてやひてむめさん息才まめでござんしたかおもへはづかしいわたしこゝろ婬行いたづらからおまへ女子おなごであらうとかみならぬゆめにだも知らぬもだうとゝさんやまた母人かゝさんがごろからあの梅太郎むめたらう和女そなた幼稚おさないよりの総角結いひなづけやが芽出めでたく祝言しうげんさせこの神宮屋 みにはや跡式あとしき約束やくそくなれむめ太郎たらうゆづるとまでに被仰おつしやつたをいつはりなりとつゆらで今日けふ祝言しうげんさせらるゝかあす女夫めをとになることかとおもひしこと奈真与美なまよみ甲斐かひこそなけれいぬおもひかけないおまへ旅立たびだちそのときわたしがさま%\とかなしきまゝにはづかしい無理むりこひひかけしをおまへおもらせんとおぼめしてや早晩いつにないいと強面つれない言話ことばうらめしくまたしたはしくついはりだまされて女子おなごにて大膽だいたんたゞあひたいが一筋ひとすじ養親やしないおやしの盤纏ろようかねまでとりいだ亡命かけおちなせし途中とちうにてはじめてきゝしおはり伎倆たくみいへをりよくあねさんにめぐりあひしにこれも」8 またうすにしか忽地たちまちわたしたにへまろびおち霎時しばしがほどいきたへしをあだおとこたすけられまたそのおとこはかられてすでこのけがさるべきをいのちかへそののがいきあるうちにいまいちまへふてこれまでにおもひおもふた赤心まこゝろ一言ひとことなりといふたうゑなふとおもさだめたるわたしこゝろのはかなさを不便ふびんおもふてくださんせ假令たとへまへ女子おなごでもおや許容ゆるしたわたし良夫おつとこのつゝがなきならすへ松山まつやますへかけてひたいなみるまでも二合ふたり和合なかよくくらそふものそれさへならぬ因杲ゐんぐわ義理きりあるおやしの亡命かけおちたるばちとおもへわがを」くやむよりほかすべもあらねどもあいたいたいこひしいと片時かたときわするゝひまもなくみづなかるまでもいかみさほやぶらじとおもひつめたる心根こゝろねあはれとすいしてくださら女子おなごのおまへ面目めんぼくないいといひにくことながらたつたひとくち女房にようぼうわたしふてくださんせせんまんきやうよりもまし成佛じやうぶついたしますひさしてまた潜然さめ%\なくをおむめくよりもなほうたがはれねども赤心まごゝろへてあはれなるおそで言話ことばいたましさにそゞろなみださしくみてなぐさめかねてたりしが姑且しばらくあつて言話ことばたゞおもふにましたおまへ貞心ていしんかづにも」9 らぬわたしそれほどしたふてくださんすその実心まこゝろをはじめよりうたがふにてなけれどもにしきはた取戻とりもど豊嶋としまのおいへさしあげてなきとゝさんの遺言ゆいげんはたすまで何所どこまでもひと女子おなごおもはれじとあま大事だいじとりすぎこゝろつたおまへにまでわざまことうちあけ強面つれなくわかれしそれゆへにおはり伎倆たくみだまされてこの年月としつきうきらうコレ推量すいりやうしてますぞへ女子おなご同士どしでも幼稚おさなきよりおやゆるせし女夫めをとなかなにしにあだにおもひませうわたしこの難病なんびやうとてものがれいのちゆへわたしんだそのあといづれのひとにもをまかせいく百稔もゝとせ寿ことぶきを」芽出めでたくすぎ其後そのゝちあのふたゝびめぐりあひ二名ふたり和合なかよくくらしませうふをおそできゝあへずその言話ことばうれしいが存生ながらへがたきわたしいのちまへういふおこゝろなら冥府あのよのことまちませぬおまへはや本復ほんぶくしてわたしじつ[女兄]あねさん 〈お道|をいふ〉とも時節じせつまち給はゝいまよりほどとほからずおそでよばるゝいち賢女けんぢよ不思義ふしぎ場所ばしよ名告なのかたみになが[女兄]妹けうだいちなみむすび給ふべしわたしにしうすくしておまへふも今日けふかぎりせめてわたし同名おなじなそのいち賢女けんぢよ末永すへながわたしおもふて不便ふびんがり和合なかむつましくたてともげ給ふくさかげ10 からこのそでかならながめてりますはれておむめおどろくのみなほうたがひのはれざれかへさんとするおりしも。さともへあがる陰火おにびともにおそで姿すがたかげもなくかきすやうにぞうせにける

   第四十二回 〈紙門ふすまへだてなみだそでつ|半身はんしんにしていきたちまちゆ〉

當下そのとき庖厨かつてひとありて。ワツトなき一声ひとこゑにおむめふたゝおどろきつゝこそも爭何いかにかへるおりしも出居いでゐふすまおしあけておく一間ひとまかけるをつく%\別人べつじんならず今朝けさしも良藥くすりをもとめんとてはるけきみちをいとひなく王兒村わうじむらへと出行いでゆきかの」おみちにてありしかむめまくらかひやり退われにもあらでおこまちかねましたおみちさんおまへわたしのませんため良藥くすりひにゆかれしときくむねまづとゞろきてもしも途中とちう敵方てきがたうつ出會であいなされぬかとやすこゝろもなかりしに旡事ぶしかほるからにうれしひにつけまたひとつこゝろにかゝるおまへ形勢やうすかへりのおそいのみならできぬしほのそみたる仔細わけあることでござんせう様子やうすいかにとひかけられおみちなみだのみみて気遣きづか〔ひ〕しやんすなおむめさんわたしかへりのおくれたもしほのきぬそみたるも他事ほか情由わけあることにしててき討隊うつて出會てあひしならず」11 ことながくともきいてたべ昨日きのふ六浦むつら瀬戸せとむらでおまへをはじめ賢女けんぢよわたしすくはんそのためあまたてきかこまれて痍疵てきずはぬもなかりしにわけておまへそのきず昨宵きのふにわかに再発さいはつして破傷風はしやうふうとなりしこともとたゞわたしゆへ假令たとへこのすつるともおまへいのちたすけずおもへど此辺こゝら孤村へんぴゆゑさせる医師くすしらぬよし便びんなきたゞこれのみならでわたしいへ傳来つたはり不思義ふしぎ妙藥めうやくありながら年月ねんげつうまれにてしかも妹脊いもせ情慾わけらぬ處女をとめした五寸ごすんりてそのしほにて疵口きずぐちあら忽地たちまち全快ぜんくわいすとなきとゝさんの夜話よばなしきいれどこれもまた」やすからざる竒法きほうなり爭何いかにやせんと躊躇たゆたひしにこの老女ろうぢよがいふを夛塚おほつかむらほどちか王児わうじさとめいあり〓処そこよりくすりをもとめかならず全快ぜんぐわい給はんいはれてうれしさかぎりなくへおまへこのこと報知つげかならとゞめ給はんとひそかこのたちいで王子わうじむらまでかけつけさてかのめいたづねてもさら在家ありかれざるのみかこのながあだくらしてこゝろしきりに焦燥いらだてどもさらにまた詮術せんすべなくおまへ容子やうすにかゝれ一旦ひとまづいへかへらんとおもたちしにおぞましやあられぬみち踏迷ふみまよそめさとゆきもせで西山にしやまいり12 はてひとがほさへもわかぬころ日暮ひぐらしむらいでたるにしきりにのどかはきしかいづれのいへにもたちりて一椀いちわんもらはんとかへるかたへ白屋くりやありこれさいはひとすゝかどよりうちをさしのぞくになにらねどおんな泣聲なきごゑおりわろしと私語つぶやきつゝたちらんとするになにとやらんむなさはぎのしてやまざれわれなしにたゝずみてうち容勢やうすうかゞひしに箇様かやう々々/\ことありしとかの有女うめ太郎たらうがおそでにせまり種々さま%\口説くどきてもおそでかたく貞操みさほまもりいかなこゝろしたがはね有女うめ太郎たらういかりにまかせつゐ深痍ふかでおはせしことそのときおみちいもとりてあなやとばかり」

  口絵 病厄びやうやくいまだなかばならずしてまた再厄さいやくあり」13

かけりてあだうたんとせしほどはやくも燈火あかしふきしてかの癖者くせもののがれしことみち口惜くやしさかぎりなけれどおひとめがたきことくるしむいもとだきおここゝろをつくしていたはりしにしたふかやぶられてまたいくべうもあらざれ邂逅たまさかあひ[女兄]妹けうだいふをわかれとなりしことみちいもと疵口きずぐちよりながるゝしほにこゝろづきおもひまはせそでとしつき。ひさへときさへあたそろひもそろひしうまれゆへとてのがれぬいのちなら良夫おつとおもしたふたるおむめ難義なんぎすくへよとてしほを茶壺ちやつぼうけれつゝおそで死骸しがいそのまゝにわ小隅こすみうづめたる」14 うしろにうかゞ毒虫どくむし左四郎さし〔た〕らうこれかたき片割かたわれたゞひと太刀たちうちとめたる一伍いちぶ一什しゞう長譚ながものがたりをことばみぢかくときしめしおみちたもとあてぬぐなみだ侶倶もろともふたゝ小膝こひざすゝませてそれよりわたし一筋ひとすじいもとしほをにせじとおもこゝろいそがれていきつきあへずはしりしゆゑ亥中ゐなかかねきこゆるころ漸々やう/\このはせつい庖厨かつてぐちよりすゝ老女ろうぢよらぬゆゑおまへやういかゞやとおく一間ひとまうかゞふにわいやおそで亡塊なきたまのおまへに心ひかされてや[女兄]あねよりさき這所こゝかなしきかぎりかき口説くどくくにむねまづふさがりてなかじとすれあやにくに急迫せきなみだ」やるせなくわたしこゑたていもとほんうしなはんと心で心を取直とりなほ幾回いくたびおもひあきらめてもおもられぬ恩愛おんあいのやるかたもなきかなしさにたもとを口へおしあてこらへ/\しためなみだ一度いちどワットこゑたてておまへをさへにおどろかせしわたしが心のかひなさを未練みれんわらふて下さんすなひつゝ後方あとべを見かへりてたづさきたりしかのつぼをお梅がまへにさし出し心をめしいもとしほ頓々とく/\やうたててよとはれておむめおどろきつまたかなしみつやゝしばしともなみだにくれけるが姑且しばらくあつて形容かたちたゞおもひがけなき妹公いもとご最期さいごもみんな私ゆへかく15 まで赤心まこゝろある人の血しほが薬になれとて命惜いのちおこのきず何様どうしてそのられませう存生ながらへがたき命ならこのまゝんであのにてつもるおれい妹公いもとごにいふをいまからたのしみにするよりほかござんせぬわたしんだそのあと自餘じよ賢女けんぢよ侶共もろともにしきはたをたづね豊嶋としまのおいへ再興さいこう何卒どうぞはたしてくださりませたのみとこれのみといふをおみちきゝあへず聞分きゝわけなしむめさんおまへいのちをたすけたさにこゝろつくせしかひありて不思義ふしぎ妙藥めうやくいま眼前がんぜんおきながら義理ぎりを」たてくおまへ言話ことば旡理むりさら/\おもはねどおまへ良夫おつとおもひつめあだおとこはだふれぬみさほしほにあらはせしおそで苦心くしんあだとなり可惜あたらいもと犬死いぬじにをさするが夲意ほんゐでござりますか此所こゝ道理どうりくみわけてしほをやくに立てたべいもと愛溺あまきこの[女兄]あねねがたゞこの一義いちぎのみ。コレお梅さんたのみます何卒どうぞしほを用立やうだてかくまでおもふ[女兄]妹けうだい夲意ほんゐとげくださりませなみだながらにしほぐさかき口説くどかれていとゞなほ胸苦むねくるしさの弥増いやまさるおむめ今更いまさら推辭いなみがたく。とへみす/\かのひとしほとりつゝこの」16 きずにそゝぎてやまひのおこたりなひとうれひをちにしたりなんど世俗よのひとそしらんもまた影護うしろめだし爭何いかにやせんとひとッにおもひかねたるおりこそあれさきより形勢やうす徨听たちぎゝけん脊門せどよりいり一名ひとり壯佼わかもの忽地たちまちこゑをふりたててやをれ二個ふたりのおむすたちそのうつくしひ容貌かほかたち似合にあはきもふとやかさよ昨日きのふ瀬戸せとにて討隊うつてやぶりそのさき洲崎すさきにて管領くわんれいさまをうたんとし今日けふこのかくひとがいせししほもてそのやまひをいやさんとするかさね/\しだい罪人ざいにん二名ふたりとも[手南]捕からめとり管領くわんれいさまへひいそれよりもあやしい」しほこれからさきへとをかくるをあなやとおどろくおむめよりおみちくだん壮佼わかものとらんとしたるかのつぼらじとあらそふそのはづみにつぼしほをうちかへせふしたるおむめ脊中せなかより半身はんしんあけそまりつゝあつ魂銷たまぎるこゑともにそのまゝ呼吸いきたゆるにぞおみちさらなり壮佼わかものともあきれて忙然ぼうぜん霎時しばし躊躇たゆだひたりける畢竟ひつきやうむめ生死しやうし存亡そんぼうまたこの壮佼わかものたれなるらん善悪ぜんあくいまだつまびらかならずつぎ めぐりよみるべし

貞操ていそう婦女おんな八賢誌はつけんしだいしふ巻之一」17

貞操ていそう婦女おんな八賢誌はつけんし第五輯だいごしうまき

東都 爲永春水編次

   第四十三回 〈ぐちわたり網六あみろく旅旬たびづゝみゆ|おほさと船月ふなつき十金じつきんなげうつ〉

前話休題そハおきて單表こゝにまた 品革しながは猟師りやうし網六あみろく生活なりはひのためにとてさきひとやとはれて猟船りやうせんにうちのりつゝ水路みなぢはるか六浦むつらなる埜嶋のじまうらこぎゆきしに瀬門せとさき昨今きのふけふおもひがけなきたゝかひありて騒動そうどうおほかたならざれこの凶変きやうへんおどろきけん此辺こゝらすべをさしてすなどりなんどすべくもあらねこと便べんに」綱六あみろく空骨あだぼねらされしとひとつらのみふくらせてもまた詮術せんすべもあらざるにふねさへじま猟船りやうせんなれわれひとりにてこのふね乗還のりかへことかなはねいよゝ便びんうしなひしがさてやむべきにあらざれ陸路くがぢ古郷こきやうかへらんとせしにいさゝかおもふよしもあれそのこのとうりうつぎ未明みめい埜嶋のじまたちもとよりいそ路次みちにあらね弥生やよひ下旬すへおそざくら霞込かすみこめたるやまこゆこゝろ長閑のどけくてたもとぬくと春風はるかぜ若草わかくさいろそへてさへあしさへ輕々かる%\ふみごゝろよき道芝みちしばきへてまたたつ陽炎かげろふのそれかあらぬかけふりふく咥煙管くわへぎせるたばこさへ」1 たひつかれをわすぐさその戯足みちくさたけやゝ黄昏たそがれちかきころ品革しながはむらとほからぬぐちわたり河原かはらにけりそのときふね這岸こなたにあらずむかひのきしつきてあるにぞこおりわろしと私語つぶやきつゝかへるかた茶店ちやみせありこれさいわひとすゝ簀床しやうぎこしをうちかけ須臾しばしやすらふそのおりしもわれよりさきこの茶店ちやみせのおなじ簀床しやうぎやすらひし廾才はたちらぬ一人ひとり處女むすめ容貌かほかたちいやしからざる此辺こゝらわたりのものへずもし井皿兒ゐさらご城中じやうちうなるなにがしどのゝ處女むすめならず鎌倉かまくらちかたいよめかとおもふものから伴当ともびとさへつれひとさへあらずしてすげの」小笠おがさそのうへ花田絞はなだしぼり小包こづゝみせたるまゝ片辺かたへおきものおもはしき面容おもゝちなりしにかの網六あみろく旅包たびづゝみもおなじく花田絞はなだしぼりにてこれかれともによくたるを網六あみろくこゝろもつかすかの小包こづゝみならおきたゞかの處女をとめかほをのみ美麗うつくしとやおもひけん他目わきめもふらずながむるうちはやくもふねつきしといふに網六あみろくうちおどろおくれて大變たいへんとそこ/\にして茶代ちやだいはらわが旅包たびづゝみおもたがへてならんでありしかの處女むすめ小包こづゝみやゝたつさへてふなをさしてはせゆきしを黄昏たそがれどきことなれ處女むすめこゝろやつかざりけんあとよりひもきたらね網六あみろくなほ」2 もつかずやがくちわたりをへて十町とまちばかりもあゆみしころたづさきたりし旅包たびづゝみをよく/\いかにおなじはな田の風呂ふろしきつゝみしなりさへよくたれどわが旅包たびつゝみにあらざれいぶかしなからおしひらき中をるよりまた仰天びつくり/\誰何いかにあきれしが忽地たちまち心におもふやうさて先刻さつきの小處女むすめかほあはぬす人にてわが由断ゆだんせしそのひまにかの小包こづゝみかへしかそれとも心つかずしておぞくも這所こゝまでたづさへ來て今さらとつてかへとて箇程かほど伎倆たくみをするやつ何時いつまで那所かしこちやるべきかの旅包たびづゝみしけれどもはや日もくれて」甲夜よひやみらぬとりつゝ箭口やぐちまでかへ智恵ちゑなきかぎりなりあゝ是非ぜひもなしさるにても昨日きのふ野嶌のじまへはる%\と空骨むだぼねおりにゆくのみか今日口でこの始末しまつおしつゝみかへられし前後ぜんご二日の大損おほぞんあみ半月はんつきひけとてなか/\うまことなしさりながらこれもまた約束やくそくごとならすへもなしこのかへられし小包こつゝみ此辺こゝらすつへきものならねにもかくにももちゆきひとなにやら点頭うなつきつゝ手速てばやむす風呂ふろしきをやをら脊中せなかにうちひて家路いへぢをさしていそぐにそもはや初更しよかうに近きころ品革しながはむらにほともなきおほさとまで」3 おりしもおもひがけなき横徑よこみちより許多あまた挑灯ちやうちんともしつれ這方こなたをさして來るものあり何事なにごとやらんとあやしみつゝみちかたへたゝずみてまつほとなくちか人数にんず恰袷これかれすべ十名しうにんばかり各手てに/\十手じつてたつさへていといかめしき打扮いでたちなるが六十才むそぢばかりのひとりの婆々はゞ高手たかて小手に〓縛いましめつゝさきたゝせてあゆみ來るをよく/\るにこいかに現在げんざい其身の伯母おはなれうちおどろきつゝかけつて. 貴女こなた伯母おはおはさぬか何咎なにとがあつてそのなは言ひかけられてかの婆々ばゞともおどろかほ見合みあは. さふそち網六あみろくかこよき折にひ」さしてたがひにそばちかるを左様さうならぬくみ十手じつてあげおしへだてその一群ひとむれの中よりして一名ひとり頭人とうにんおぼしきが野袴のはかますそひらか
せつゝだみたるこいをふりたつてやをれ壯佼わかもの旡礼ぶれいなせそ今此婆々ばゞ言話ことば様子やうすさてなんじかね品革しながは猟師りやうし網六あみろくかつゝますもふいかめしはれで網六あみろく平伏ひれふすのみ何か仔細しさいらねどもわがをつゝむよしのなけれとゞろむね推撫おしなでつゝ.おほせのとふり私奴わたくしめ品革しながはむらりやうしにて名を網六とよはるゝもの昨日きのふ野島のじま浦人うらびとより網引あびき所為わざやとはれていであとのこしをき畄守るすを」4 あづけこの伯母おばにいかなるとがの候てなかばはせず頭人とうにんいかれるまなこひらきてわれそのしよくにありながらとがなきものなはうたんやつみ次第しだいきゝたくこのにおゐてきかせん隊兵ものども此奴こやつにがすなはげしき下知げぢ夥兵くみこあついらへろくにんたちまゆうとりかこめいよ/\おどろ網六あみろくこゝろさらにそはずたゞあきれてぞたりける登時そのときくだん頭人とうにんあふぎひざおしたてつゝやをれ網六あみろくよくきゝわれ當所たうしよ眼代がんだいにて稲毛いなげぢんきよかまへし船月ふなつき与伊太よいた度寧のりやすなりきくこのほど金澤かなざはなる洲先すさき縄手なはて松原まつばらにて管領くわんれいさまにあだなす處女をとめおもひのほかに」

  口絵 陽炎かげろふやきえてまたたつ煙艸たばこ 清御5

手強てごわくてついその取迯とりにがつぎ瀬門せとかくしを見つけいだして忽地たちまち討隊うつてにんむけられしに渠等かれら不思義ふしぎ幻術げんじゆつありてくもおこあめらせてまた其場そのばをも[石欠]きりぬけたりたゞそのうちにて二名ふたり處女をとめにげおくれしをうちとめしかそのおり穴栗あなぐり専作せんさくがおむめみちくび披露ひろう洲先すさきはらかけしかどもまこと二名ふたりくびいなはなはだもつて合点がてんゆかずそれゆゑにこそこのあたり穿儀せんぎきびしきおりおりなんぢいへ昨日きのふよりあやしき處女をとめ二名ふたりまでおく一室ひとま躱居かくまいくよしきくとひとしく荘官しやうやかたなんぢ伯母おばよびせてこと実否しつぷとひたゞせどなほ左右かにかくいつはり」6 ちんじてさらにそのじつはかやむこと〓縛いましめなんぢいへともなひゆき有無うむはせずかの處女をとめ[手南]補からめとらんとおもひしにはからずなんぢあひしなりしかるになんぢ言話ことばはし埜嶋のじまうらゆきしとなんぢもとより處女をとめふか由[糸告]ゆかりのあるものにて瀬門せと洲嵜すさきたゝかひにも渠等かれらため助劍すけたちしてことやぶれになりしか二名ふたり處女をとめわがいへ躱居かくまいかせしものならん仔細しさいつぶさ招了はくでふせよもしつゆばかりもいつはからきめせんとのりしめ左右さゆうひかへ夥兵くみこ奈何いかに々々/\侶声もろこゑよばはりながらひらめかす十手のしたより網六あみろくいと周章あはてたる声ふり」たて刀〓とのばらしばしまち給へわれもとより猟師りやうしにてほか知己しるべもなきゆゑ處女をとめ由縁ゆかりいよ/\なしましきくだにおそろしひたゝかひとやらいくさとやらびた三文さんもんにもならぬことなに助劍すけだちいたしましやうわれ昨日きのふ野島のしまにて空骨むだほねおりかへみち畄守るす處女をとめ躱居かくまいしか左様さやうことさらぞんぜずこのばかり許容ゆるしをとふをうちく船月与伊太よいた網六あみろくかほつく%\とうちやりつゝ.コレ壮佼わかものちんずる赴きいぶかしけれどいまふところにいつはりなく吩咐いひつくる仔細しさいありそのをよくもつとむるやとはれて網六あみろく思按しあんにおよばずなに形勢やうす7 ぞんぜねどかなひさへすることなら√急度きつといやもふさぬか√いかでを申すべき此身のうたがはるるやうかならずつとめ候はんとふに与伊太よいたうち点頭うなづきすこ言話ことばやはらげて仔細しさいといふほかならず假令たとへなんぢらずともなんぢいへ躱居かくまふ二女ふたり廾才はたちらぬ少女をとめなれども不思義ふしぎ幻術げんじゆつあるからなか/\もつてあなどりがたしたけれたる處女をとめわれいま多勢たせいひき前後ぜんご 左右さゆう捕囲とりかこ[手南]捕からめとらんもかたきにあらねど萬一もし荒立あらだてとりにがそのときゆとも詮術せんすべなしなんぢ渠等かれら由縁ゆかりなき證拠あかしわれせんとならかれ二名ふたりあざむきて[手南]捕からめとるとも首討うびうつともふたッにひとッのはたらきせよこのことうまおふせな伯母おばいのちたすくるのみか褒美ほうびのぞみにまかすべしはれて網六あみろくうちあんしなるほどこれ大役たいやくながら褒美ほうびとあれ野暮やぼならす昨日きのふ埜島のじま空骨あだぼね今日けふ箭口やぐちでの損毛そんもふうめるつもりでいたしませう多勢たせい補巻とりまいてもことともおもはぬ處女をとめそのくびうつようといのちまとはたらきにあと褒美ほうび面白おもしろからずかね先立さきだつなかにぎらぬうち智恵ちゑだゞそれのみにあらずして假令たとへ眼代がんだいさまなりとて約束やくそく變替へんがへはかられぬたのもしげ」8 なき恩賞おんしやうあていのちかへらるべきすこ相場そうば下直ひくゝとも今前金まへがねたまはらそのいきほひにて處女おとめ二名ふたりが二名生捕いけどるもしあまくびにしてかならず貴君あなたわたしそのかはりにこの伯母おばこと成就じやうじゆするそれまでたがへぬ證拠しやうこ人質ひとじち刀〓とのへおあづけ申ませうかく奈何いかにこひ与伊太よいたきゝつゝうちゑみて思ふにましたるなんぢ大膽だいたんその氣性きしやう仕損しそんじあるまひさらのぞみまかせんとひつゝふところきさぐり小圓こばん十両じうりやうとりしてここれ鮮少さしやうかねながらいま持合もちあはせのうすけれ当坐たうざの手付に遣はすなり首尾しゆびよく手柄てがらをせし」うゑいまこのかね十倍じうはいます褒美ほうびをかならずらすべし上をうたかことと言ひつゝ逓与わたす請取うけとつおの財布さいふにうちおさ命代いのちがはりに十両じうりやうあまりと下直ねやす仕事しごと遮莫さばれ手付とあるから今さら否応いやおう言ひがたし夥兵くみこしう一名ひとりし給へひそかにわがたちかへほどもあらせずきつ左右さうをかならずおらせ申さんとふに与伊太よいたよろこびて一名のくみえらみ出しかの網六あみろくしたがはせ〓等なんぢらぬかりあるまじけれど渠等かれらすで幻術げんじゆつありはやりてとりにがしぞとふを網六あみろくきゝあへず幻術げんじゆつとやら邪法じやほうとやらいかなるじゆつのありとてもだま9 たやす手柄てがらをせん御心みこゝろやすく思しめせとひつゝ夥兵くみこしたがへて右手めてさげたる小包こづゝみそのまゝそひらにうちひつむね思按しあん有明ありあけの月まだ出ぬ宵闇よひやみわがの方へといそぎける

  第四十四回 〈一頸いつきうたちまちきたつ眼代がんだいくらます|漁舟ぎよしうつゐにさついまだつまびらかならず〉

却説かくてまた船月ふなつき与伊太よいた度寧のりやす網六あみろくあとおくりていとえまにうちうなづあの網六あみろく形勢やうするにかほ似合にあは太膽だいたん不敵ふてき褒美ほうびきくより忽地たちまちいのちかへても處女をとめ[手南]捕からめとらんとちかひし言葉ことば現在げんさい伯母おば人質ひとじちあづけしのみか」夥兵くみこさへともなゆきしうゑからよも仕損しそんあるべからずこゝ野中のなかなりかれきつ左右さうまたんとてまだはるさむめてくさともたちあか可惜あたらこの風邪かぜをやひかん這所こゝよりほどとほからぬ砂水さみづむらなる村長むらおさいゑにいたりて相俟あいまつべし隊兵ものども老女はゞ引立ひきたてずやとひつゝさきたつほどにあつこたへ夥兵くみこふたゝ老女ろうぢよ〓立おつたてつゝ砂水さみづをさしてゆくみちあはれ婆々ばゞなみだかなしき中にも思ふやう心得こゝろえがたき網六あみろくごろ似氣にげなき強慾心ごうよくしんかねにこゝろのまよひしか夫に付てもうめさまの病着いたつきなきならのみ案事あんじあらね」10 どもかてくわへじやうさま〈お道|をいふ〉さへはるけき路次みち王児わうじまでくすりかいゆき給ひかへりのおそきも心得こゝろえ途中とちう凶事きようじなかりしか假令たとへ途中とちう何事なにごとなくわがあとかへられていまなほ俺家わがやおはするとも病苦びやうくなやうめさまがおんかせとなり給ひかのにんにん網六あみろく伎倆たくみわなかけられて可惜あたらおんをお二名ふたりともうしなひ給ふこともやあらんこ爭何いかにせん何様どうせうとまよふこゝろやのせきならなくも縲絏しばりなわけぬおもひをへばえに岩間いわま清水しみづそれならでたきなすなみだぬぐはんとおもふそでさへ如意まゝならぬ脊手うしろで旡手てなしがによこはねど細徑ほそみちふるふ」足元あしもとふみしめつゝ砂水さみづむらなる村長むらおさいへをさしてぞいたりけるさるほど船月ふなつき与伊太よいた度寧のりやすくだん老女ろうぢよひきたて々々/\砂水さみづ村長むらおさいへおもむきかの網六あみろくきつ左右さういまか/\とまつほどかうかねやゝすぎこくちかくなりしかどさら網六あみろく音信おとづれなくなほ次第しだいふくるにぞ与伊太よいたはじめて疑心きじんしやうさてくだん網六あみろく手付てつけかねをものせんとうまくもわれあざむきてかの處女おとめとらへもせずあまさ足手あしてまとひなる厄介やつかい婆々ばゞわれまか出奔しゆつぽんせしにてあらんずらんもあらあれ詮術せんすべありまづこの婆々ばゞくびうちおと其後そのゝち處女おとめあみ11 ろく[手南]捕からめとらんと敦圉いきまきつゝやが老女ろうぢよ引出ひきいださせかたなつかかけくびはねんとするおりしも息吻いきつきあへずかけ網六あみろくたちまこゑをふりたて刀〓とのまづいかりをいれ給へおうめくびうちとつてすなは持参ぢさんつかまつりぬとことば急迫せわしのぶるにぞよろこ与伊太よいたおどろ老女ろうぢよそれ/\とばかりにて須臾しばし言話ことばもなかりしが与伊太よいたやをらぬきかけしかたなさや侶倶もろともいかりをおさめて形容かたちたゞ右手めてとりたる丸骨まるぼねあふぎしやくコレ網六あみろくなんぢいへ躱居かくまゐ處女をとめすで二名ふたりなるをおうめとやらん一個ひとり討畄うちとめのこ一個ひとりにがせしかいかに/\と問詰とひつめられ網六あみろく阿容おめ」たる氣色けしきなく俺們われらさき夥兵くみこしゆともわがしのうち形勢やうすうかゞふにはたして一室ひとま人声ひとこゑありなにふやらんと徨聞たちぎく一個ひとりうめいま一個ひとりみちよばるゝ處女をとめのよししかるにおうめ瀬戸せとむらにてうけ痍疵てきず再発さいほつしてすでまくらにつきてありしがもとより不敵ふてき賊婦ぞくふゆゑくだん痍疵てきずいやさんためおみちとやらが才覚さいかくにて奈何いかなるじゆつもて取得とりえけんいとおほきなるつぼうちおんな鮮血ちしほをしぼりしをたづさつゝ疵口きずぐちぬらんとしたる恰袷これかれ問答もんどうほのかにきこへしかかの夥兵くみこしゆさゝやくやうこの賊婦ぞくふ形容ゆうすきくこれなみ/\の」12 〔頭注〕〈此所ハ一の巻の末と|見合せてよみ給ふべし〉 處女をとめにあらずおうめ痍疵てきずなやまされ立居たちゐ自由じゆうならぬこそこのうゑもなきさいはひなれくだん鮮血ちしほらぬうちまづかのつぼばいつておみちをさきへ殺害かたづけうめとやらくびうつとも[手南]拘からめとるともるまじ心得こゝろえ給へとひそやかに示合しめしあはせつ下奴やつがれ脊門せどかたよりすゝ管領くわんれいさまの御誼ごじやうぞとひもおはらずかのつほまづうばはんとたりしをおみちやらじとかけたがひにあらそそのはづみにつぼ鮮血ちしほをうちかへせしたふしたるかのむめ脊中せなかへざんぶとうちかけられあつ一声ひとこゑさけびもあへずたちま呼吸いきゆるにぞおどろくおみちつけ夥兵くみことつたと」

  口絵13

こゑかけうしろより弱腰よはごしてうとらゆるをおみちさはがずりほどき襟髪えりがみとつて投出なげいだ透間すきますまし下奴やつがれ短刀のだち抜手ぬくてこそこゑをもかけず[石欠]きりつけたる刄先はさきくるふておみち肩先かたさき一寸いつすんばかり[石欠]きりそぎしをことともおもはぬ強氣ごうき僻者くせものともやいばぬきもち[石欠]つてかゝりし雷光らいくわう稲妻いなづまその早技はやわざにあしらひかねこれ見そなはせこのごとく少痍うすで一箇いつかしよひながら這方こなた必死ひつし俺們われら夥兵くみこ左右さゆうひとしくうつかゝりしそのいきほひにおそれしかかね伎倆たくみし事なるかかたへもゆ囲爐裏ゐろりなかをおどらせつゝとびりて形容かたちへず」14 なりけれなほのがさじと夥兵くみこしゆかけ囲爐裏ゐろりのうちよりもさつともへたつ一圓いちゑん猛火みやうくわおもてこがされてさけびもあへず呼吸いきたえしに猛火みやうくわなほもきえやらで四辺あたり紙門ふすまもへうつりまたむねもへあがりてほのふさかんになるものからおみち行衛ゆくゑなほえね口惜くちおしおもへども幻術げんじゆつなれ詮術せんすべなくおうめくびうちおと一旦ひとまづ刀〓とのこのくびせまゐらせしそのうへにておみち穿儀せんぎかくのち下知げちしたがはんと憤怒むねんをしのびてたちかへりぬあれらんあれあのごとく品革しながはむらかたにあたり猛火みやうくわさかんにもへあがるすなは俺們われら白屋くさのやなりとひつゝあとゆびさしつたつさきたりしおうめくびいざとて与伊太よいたほとりにさしはるさがつて額衝ぬかづきつゝこしにはさみし手拭てぬぐひもてひたいあせをおしぬぐそのとき与伊太よいた度寧のりやす猛火みやうくわやりまたさらにおうめくびつてつく%\つゝ冷笑あざわらひやをれ網六あみろくうけたまはれおうめ痍疵てきずなやことみち幻術げんじゆつあるよしわれかねてよりきゝいまことばいつはりの假令たとへなくともこれ女子おなごくびたれどもたぶさみじかにきりなしたるそのさま少年わかしゆくびたりさつするところなんぢもまたかの賊婦ぞくふ同類どうるいにて贋首にせくびをもてわれあざむすべよくそののがれんとする」15 ふか伎倆たくみでありぬべしかくてもいひとくことばやあるいかに/\ととひかけられ網六あみろく阿容おめたる氣色けしきなくこあふせともおぼへませぬかのうめこそいぬにしきはたうばはんためかり男子おとこ姿すがたかへ梅太郎うめたらうよばれしよしすれたぶさみじかきとて證拠あかしにこそなれなか/\にうたがはるべきものならずこの賢察けんさつあそばせとはれて点頭うなづく船月ふなつき与伊太よいたたちまことばやはらげてわれそのこともはじめよりつてれどなんじ胸中きやうちうさぐらんためかくひしにうたがひもなきなんぢ回答 こたへうめくびさうあるまいへおみちうちもらして這所こゝゆうなりがたし」出口でぐち々々/\かねてよりわれ隊兵てのものまもらせたれいまだとほ落行おちゆくまじものどもつゞけとひつゝもたゝんとするを網六あみろくがあはたゞしげに引止ひきとゞめおみちことかくもまづ約束やくそく褒美ほうびをとひつゝ右手めてをさしいだすを与伊太よいたかずかうべをうちなんぢ二名ふたり首討くびうた約束やくそくどふりに褒美ほうびらんが大事だいじのおみちとりにが死人しにんにひとしきおむめくび討取うちとりしとてばかりの褒美ほうびさすることあらんや手付てつけかね十両じうりやうさへぶんすぎたる褒美ほうびながらうたがひはれしうゑからこれなる伯母おばいのちたすなんぢあたつかはすべしとひつゝ婆々ばゞを」16 つきりてはまをさしてはせくを網六あみろくなほあとふて波打なみうちぎわまでしたふたゝ与伊太よいたひきとゞめ刀〓とのまづ須臾しばしまちたまへ假令たとへみちとらへずとも命懸いのちがけなるはたらきしておうめくびうつのみかいへ道具どうぐやきはらはれ十両じうりやうばかりのかねつて元直もとねにならぬそん仕事しごと伯母おばいのちのぞましからず約束やくそくどふりの褒美ほうびをとふを与伊太よいたきゝあへずばかり褒美ほうびのぞましくみちくびつてそのときこそ約束やくそくみゝそろへてかねわたさんまづそれまでひさしてられしそでふりはらひ」くみひき馳行はせゆくをとゞめかねつゝ網六あみろく忙然ぼうぜんとして見送みおくりたるうしろへかけくだん老女ろうぢよなみだたゝこゑふるはしこの網六あみろくひとでなしおしゆうえんあるうめさまとかねうはさしりながらわづかのかねをくれてよくもおくびうちしよなその返報へんほう仕度したいにも縲絏いましめこの縄目なはめといほしやとをもがくを網六あみろくつゝ冷笑あざわらわがかねもふけの邪广じやまする老痴おいぼれ足手あして まとひにならぬうちひつゝ四辺あたりを見まはしてさいはあれなる猟船りやうせんへとひとうなづきかの婆々ばゞ小脇こわきにしかとかきいだ芦間あしまにつなぎし猟船りやうせんなかそのまゝ投込なげこ んでともづなふつとうちりつゝ」17 さきをとつて二三にさんげんおきかたへとつきいだをりしもさつとひくなみおしながさるゝとおも烏夜やみにしあれかげもなく忽地たちまちえずなりにけるあとおくりて網六あみろくすましたりとうちえみつゝやゝたちさらんとするおりから後方あとべうゝがふひとりの處女おとめ短刀のだちこじりちやうひきもどされて網六あみろくおどろきながらりはらふときしもうみへさしのぼ廾日はつかあまりの月代つきしろたがひにかほあはせて網六和女そなたさき箭口やぐちなるわた俟間まつまやすらひし茶店ちやみせあひあやしひ乙女おとめおとめういふそちそのおりぬすごころあやまちかわが大切たいせつ小包こづゝみとおなじはな旅包たびづゝみすりかへられてうちおどろ吐嗟あなやとばかり夕暮ゆふぐれ人立ひとだちおほ川端かはばたゆへつゐ行衛ゆくゑ 見失みうしなたづわびしにはからずも這処こゝふたゝあいはなつゝみをもどせとさしいださきはらおりこそあれいでたちまくもかげなきつき網六あみろくたりとやがッぱづしあとくらましてにげゆく處女おとめ須臾しばし夲意ほゐげにあとやりつゝたゝずみぬ什麼そもこの處女おとめ何者なにものいぬ六浦むつら 瀬戸せとむらにて危窮きゝう場所ばしよきりぬけともにはなれしいち賢女けんぢよかの八代やつしろとぞられける

貞操ていそう婦女おんな八賢はつけんだいしうまき18

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  口絵
  口絵(丁付なし)

      楊 太 真 遺 傳やうきひのつたへしくすり  精製くはしくせいしきり箱入はこいり  
    むす かう    〈一廻|百二十文〉 

そも/\この御薬おんくすり夲朝につほん無類むるい妙方めうはうにて男女なんによかぎらずかほつやをうるはしくしてうまかはりても出来できがたきほどいろしろくし肌目きめこまかになるこうのうあり しかしながらこのたぐひくすり世間せけんおほ白粉おしろい 洗粉あらひこ 化粧水けしやうみづ そのほかあぶらくすりなどをせいしてみなこと%\くかほくすりになるおもむきを功能こうのうがきにしるしてあれどもその書付かきつけ半分はんぶん功能こうのうなし依之これによつてこの御披露ごひろうらうじてもひさしいものゝひろめ口上こうじやうなど看消みけなし給ふべきことならんがこれなか/\左様さやう麁末そまつなるくすりにてこれなくたゞ一度ひとたびもちひ給ふてもたちまちに功能こうのうあらはれる妙薬めうやくなり一廻ひとまはもちひ給ひておんかほの」いろ自然しぜんさくらのごとくなり二廻ふたまはもちひ給はゞ如何様いかやう荒症あれしよう肌目きめ羽二重はぶたへきぬのごとき手障てざはとなるのみならずにきびそばかす腫物はれものあとしみのたぐひすこしもあとなくなほりてうるはしくなる事請合うけあいあさおきかほあらひこの玉粧香ぎよくしやうかうをすりこみたまはゞちつと白粉おしろいつけたるやうなる気色けしきもなくたゞ自然おのつから素皃すがほしろくうるはしきやうになれ娘御むすめごかたいふに不及およはず年重としかさね御方おんかたもちひ給ひてもたゝずしてうつくしくなる製法せいほふゆゑおんうたかひなく御もちあそばされまこと美人びじんとなり給ふべし

為永春水精剤 

かみつやいだし|髪垢ふけをさる〉 妙薬めうやく  はつみどり   〈このくすりかみあらはずに|あらひしよりもうつくしくなる|こうのう有  代三十六文〉

書物繪入讀夲所             江戸數寄屋橋御門外弥左エ門町東側中程
                                文永堂 大嶋屋傳右衞門」 
賣弘所 」丁付なし

貞操ていそう婦女おんな八賢はつけんだいしうまき

東都 爲永春水編次

   第四十五回 〈迯水にげみづさと婬婦いんぷ姦夫かんぷいざなふ|國府こふはら一兇いつきやう二賊にぞくあざむく〉

東路あづまぢにありといふなる迯水にげみづにげかくれてもをすぐるかなこれうたかたやあは浮丗うきよすみかねて迯水にげみづこのさとうかべるとみづくりもひなめづらしき一構ひとかまへ槍板ひわだひさしかや屋根やねにわ白砂しらすなうつくしくうめちりても野櫻のざくらときがほ八重やえひとふたかきすいはなるゝ」おりうちゆかしき爪琴つまごとたれずさみかにくからぬこゑさへさへいとたへ〓[手楽]かきならおりこそあれ門辺かどべたゝづ一個ひとり薦僧こむそうしばしきゝもれたりしがなにおもひけんたづさ尺八しやくはちやゝなほ調しらぶることへていと面白おもしろふきすさむそのことといひふえといひまだはるわか〓鳥うぐひすたにいでうめそれにもせし〔ママ〕めう一曲いつきよくゑんなるかぎ調しらべしがうちことをとめていざうちをまゐらせんとひつゝにわ下駄げたはきらしをりあけたちいづ爪音つまおとよりもなほたへなる廾才はたちばかりの一個ひとり弱女たをやめ1 かゞみのやうにみがきたるいときよらかなるぬり折敷ぼんつゝみうちうちせて含咲ほうえみながらさしいだ處女おとめかほ薦憎こむそうかつく%\つゝ忽地たちまちおもひがけなし烏羽うばたまさま何様どうして這所こゝにとひかけられかの弱女たをやめうちおどろわがもちぬり折敷ぼん半面なかばうつりし薦僧こむそうかほうちながめまた仰天びつくりふおまへ香場かにはうじ有女うめさまにておはさぬかとふに薦僧こむそう点頭うなづきつゝいかにも吾儕わなみ有女うめ太郎たらうゆるさせ給へとひつゝも四辺あたりまはし天蓋てんがい両手もろてをかけてとり退のくまだ前髪まへがみ美少年びしやうねんそれるより烏羽うばたまいとうれしげにうちえみたへひさしき」香場かにはぬし先々まづ/\這方こちへとひくそでをひかれながらにうち微笑ほうゑみ不覚そゞろなること給ふなおまへ当所こゝおはするにふか仔細しさいのあるべきにわたし何様どうやらはゞかりのふを烏羽うばたまきゝあへずその介意えんりよらぬことさいは今日けふあるじ畄守るすとなりとふ孤屋ひとつやほか人目ひとめせきもなしたがひにつものうゑばなしおく一室ひとま頓々とく/\とゆふぐれちかはな吹雪ふゞき色香いろかめてひくそで佐野さののわたりのゆきならでさすがにふりはらはれずひかるゝまゝ阿容おめ阿容おめむねとゞろ飛石とびいしつたはぎのあらがきこそむすばね〓冬やまぶきはなめづらしみ山藤やまふじゆかりいろにからまれてみさほまつも」2 いろかゆには千種ちぐさうちながめ奥室おくのまさしてゆくほどに烏羽うばたまなほえまみづか薄茶うすちやたてなどせし〓待もてなしぶり有女うめ太郎たらうさへこゝろ落着おちついともえみつゝをしむれ烏羽うばたまやゝすゝませおとこかほはづかしりのたもともてあからむかほをうちおほわかれしよりまる一年いちねんかさね/\しうきことことぐさつゆしげく物語ものがたらんもはづかしきこののうゑまづおいておまへいかなる情由わけありかゝ姿すがた給ふぞきかせ給へとうち点頭うなづきつゝ有女うめ太郎たらう四辺あたりまはしこゑひそませおまへはれて箇様かやう箇様かやうふもおもなきこの淫行いたづら主君しゆくんそばりながらまよこゝろのやるせなく人目ひとめしのぶの椽先えんさき戦吹そよふく東風こち恋風こひかぜおも首尾しゆび宵月よひづきこゝろたけおのうめそへてかよはせし言話ことばはなかぬにまだぬれやらぬ濡衣ぬれぎぬこのいつ如月きさらぎそのつぐ鎌倉かまくらなるやかたうちはらはれ詮術せんすべなさに武蔵むさしなる浮世うきよしのぶのおかちか日暮ひぐらしといふ片里かたさとおちつか落着おちつけ一稔ひとゝせあまりくらすうち義理ぎりせまつて是非ぜひなくもおそでといへる處女おとめがい〓里そこ住居すまゐもなりかねてそれよりかゝ姿すがたとなり這所こゝ一日いちにち那処かしこに」3 二日ふつかめぐり/\今日けふ此里こゝでおにかゝるもつきせぬえんそれつけてもおまへまた奈何いかなるわけ鎌倉かまくらつて此里こゝすみ給ふ所以ゆへこそあらめとかへされ烏羽うばたまやゝなみだぐむ目元めもとそでもてうちおほひおまへ話説はなしつきてまたおもいだ去稔こぞはるにおぼへなき濡衣ぬれぎぬにおまへいとまわたしまたやかたうち閉居とぢこめられたへ一夜ひとよめしたまはず形勢やうすかねてよりあの意地ゐぢわるおくさまがねたごゝろふかきよりまへわたし殿とのさまへあることないこと讒言ざんげんしてうしなはんと給ふよしきくこゝろやすからず奈何いかにやせんと種々さま%\ひとりこゝろくるしめてもまた詮術せんすべもなかりしがかねわたしはゝさん稲村いなむらさき隱居ゐんきよして真間まゝ愛嬉あいきよばれつゝ殿とのさまはじおくさまのお愛顧おぼへもまたまさまづ稲村いなむらさきふみつかはしこと如此しか々々/\らせしかはゝさんもまたわたしゆへいろ/\思按しあんをめぐらしてもかく氣色けしきやはらぎ給はずさりとておひはなされずなほ一間ひとまこもまくらさびしき獨寐ひとりねゆめくれゆくまる一年いちねんうきことつもるそのなかかてくわへていぬにおかめといへる一人ひとり舞子まひこおやかたきびかけてかなしやわたしはゝさんをたゞ一刺ひとさしさしころ行衛ゆくゑれずなりし」4それおちわたしまでつゐやかたはらはれゆくべきいゑもあらなみ浮草うきくさ寄辺よるべなくかはかぬそでぬれまさるなみだあめ古郷ふるさと下総しもふさくに真間まゝしやうつてれど年久としひさしくたへ音信たよりきかざれちと知己しるべのありとてもいまなほかのにありやなしやるよしあらねどもほかゆくべきかたもなくもしこのあたり長居ながゐしてやかたひと出會いであふかほられんもはづかしさに心細こゝろぼそくもたゞひとうつかは星月夜ほしづきよ鎌倉かまくらやまあとになしはなすて行空ゆくそらかりならなくもきたなれ旅寐たびねあかそのつぎ武藏むさしなる國分こくぶほどとほからぬ」

  口絵 はく男女だんぢよふたゝびはるたり」5

荒野あらのをすぐるおりこそあれ西山にしやまいりはて足元あしもとくら黄昏たそがれどき左右さゆうしげりし高草たかくさうごかぜかとおもにあらはれいでたる二個ふたりくせものわたしなかとりこめるさへこわひら嬢公あねごのみなおどろきそ此頃このごろわる這辺こゝらいくたちくらしても[金悪]びた一文いちもん仕事しごともなく美味酒うまいさけさへのまざりしに今日けふいかなる吉日にて生辨天いきへんてん影向えうかうこのうゑもなき二個ふたり僥倖しあはせとし十九か十八かつぼみもあらずちりもせぬいまさかりの上婦女しやうしろもの怪我けがさせぬやうひつかつげ.ヲゝ合点がつてん二個ふたりしてわたしあしちうかゝへてゆかんとせしうしろにうかゞ一名ひとり武士さむらい僻者くせもの6 つたとこゑかけられ二個ふたりおどろかへりしが相手あいて一名ひとりあなどりけん冷笑あざわらひつゝゆかんとするをくだん武士ぶしひきとゞ. ヤレ大哥あにき相談さうだんありさきから形勢やうすうかゞふにわなにかけたるその娘子おむすかねところがすつもりならんが這方こつちのぞみのとし恰好かつこう酒價さかて俺們われらにわたさずやとおもひがけなき武士さむらい言話ことばあきるゝ兇賊ぬすびとどもかほうちながめてたりしが流石さすが白者しれものちつともさわがずられたら詮方しかたがねへなるほどこなた推量すいりようどふ大金おほがねにするこの婦女しろもの酒價さかてぐらひでられちやァ這方こつちあごやしなはれぬこの相談さうだんマアやめ振切ふりきる」そでをまたひきとめ. コレ慾張よくばる大哥あにいたち其方そつちかねにするでも追隊おつてのかゝるこの處女むすめそれともらずうか/\とこの近辺かいわいつれあるもしその追隊おつての目にかゝ婦女たまうしなふのみならずしなつたら二個ふたりのうゑあやふいことやうより酒價さかておれわたしてこれほどくちくしても四の五のやァ是非せひがないほんしてうするかくもつたる早縄はやなは十手じつて二個ふたり目先めさきつきつくさすが強氣ごうき僻者くせものこの一言いちごんをひしがれしりこそばゆくやおもひけんわたしそのまゝすておいあとじさりするにげ仕度じたくそれとるより武士さむらい冷笑あざわらひつゝふところより」7 これもてけとひさしてなげかね一包ひとつゝみかづ何程いくらかしらなみひきしほと兇賊ぬすびと手速てばやかねうけおさ何処いづこともなくにけゆくをあとおくりて武士さむらいわたしそばすゝより何国いづくのおひとらねどもなん場所ばしよたゆゑにくちから次第しだいひまはし悪児わるものどもをあざむいて些少わづかかねでおまへすべよく這方こつち取戻とりもどモウ/\こわことないつれもない様子やうすことにおまへかみ風俗ふうぞく此辺こゝらあたりのひとへす何所どれから何所どれゆかんとてまだうらわかきひとつにてこの野中のなか給ひしとはるゝ言話ことばたのもしさに」かく此身このみためならじと思按しあんをしつゝ形容かたちたゞ何國いづこいかなるかたさまやらついに一回ひとたびまみへもせぬわたしかくまであはれみてかねまでしてたまはりしおれい言話ことばつくされずわたし古郷こきやう下総しもふさなる真間まゝしやうきゝながら幼少おさないときより鎌倉かまくらなるるおやかた給仕みやつかへしてこの年月としつきおくりしに朋輩ほうばいしゆう讒言ざんげんにておもひがけなきのおいとま両親ふたおやともにさりほか寄辺よるべあらねども古郷ふるさとなれ下総しもふさへとこゝろざしつゝみちにてかゝるなんおりおり貴公あなたのおかげやう/\あやふ場所ばしよまぬかれしおんいつかわするべきなほこのうゑの8 宿やどあるかたまでわたくしおくとゞけてくださりませとなみだながらにあはせたのめ武士ぶしうち点頭うなづききけきくほどいたましいかさね/\し薄命ふしあはせいまはれしにさうなく下総しもふさとてもたのもしき親族しんぞくありとふにあらじ假令たとへ古郷ふるさとなれとておちつくさきさだめずにゆかんとなさ途中とちうにてまたもや難義なんぎのあらんもれずりながら處女おとめ一個ひとりかのゆかあやふ俺們われらいゑ武蔵むさしなる迯水にげみづといふ片里かたざとにて當時たうじ浪人らうにんのうゑなれわざ家名けみやう名告なのらねどもすこしたくわへかねもあれまへひとりをいく百日もゝひやしなおくともくるしからず一旦ひとまづわがへ」ともなひゆき便びんちて下総しもふさひとしておくつかはさこれに。ましたることあるまじこのいかにと老實まめはるゝ言話ことばさしあた此身このみためとおもふにぞにもかくにもよろしくとふにくだん侍士さむらいいとえま点頭うなづきつゝそのまゝこのいざなはれ一日ひとひ二日ふたひすぐるにぞはじめの言話ことばひきへて女房にようぼになれとの旡理むり相談さうだんそれとばかり當惑とうわく思按しあんさらいでこそ恩義おんぎかせにからまれていなといはれぬ手詰てづめ難題なんだいまた詮術せんすべもあらざれつゐこゝろしたがふてそまねど是非ぜひなくも今日けふまで這里こゝくらすうち」9 薄々うす/\形勢やうすをさぐりるにこののあるじそのはじめ多塚おほつかむら知縣ちけんにて戸塚とつか大六たいろくといふものなりしが不良よからぬことのありしか鎌倉かまくらよりしてうつにげ〔ママ〕られ[手南]捕からめとられんとたりしを奸智かんちたけ大六たいろくゆゑはやくもかの夜走よにけしてかね荘夫ひやくしやうあぶらをしぼりたくわおき金銀きん%\にて這所こゝひそかにいゑかま富貴ゆたかくらせども多塚おほつかむらとふからねはゞかりてひとかたらずこそあれすきわたし難義なんぎすくはんとてつねはなさぬ早縄はやなわじついだして僻者くせものをわづかのかねにてはしらせわたしをさへにあざむきて」這里こゝともなきたりしなりと一伍いちぶ一什しゞう物語ものがたりにはるながらやゝくれおの烏羽うばたま甲夜よひくらき薄暗うすやみともしごろにぞなりにける

   第四十六回 〈毒計どくけいふきるゝ外面げめんの美人びじんかんうけたり變生へんじやう女子によし

有右かゝりしほどに烏羽うばたま四下あたりつゝうちえみてこわれながらおぞましくもあまはなしにりてくらくなつたもうちわすあかしをともさぬのみならず夕饌ゆふぜんをさへまゐらせねさぞものほしおはすべし今日けふおりよくあるじ在宿おら下女げぢよ下男げなん出拂ではらふ」10 たれ其所そこ介意ゑんりよあらねども庖厨くりやはたらきするものあらねおん款待もてなしのみこゝろまかせず奈何いかにやせんとひつゝもたつひき有女うめ太郎たらう含笑ほうえみながら烏羽うばたまさまおもひがけなきみへつもり/\しお話説はなしくだにこののさいはひにて日頃ひごろうさはらせしにおん款待もてなしおよばんやあるじかへりのなきうちにいざいとまおこすを烏羽うばたまきうにおしとゞいとうらめしにうちやりそなさけなし有女うめ太郎たらうさまわかれしよりまる一年いちねん鹿じかつのつかわすれぬおまへ今日けふ這里こゝでおかゝ優曇華うどんげはるまちたる心地こゝち」してよろこんでるものをこのまゝわかれてゆかんとひと意中こゝろくみらぬいと強顔つれなきそのお言話ことばこゝろづよき良君おのこゞつねかねりながらおまへわたし過世すぐせよりふかゑにしのあれにやたがひにおもひおもはれてさそあらしふきなびくやなぎいと早晩いつよりかみだそめにしむねむねもなくてうたがはれはかなきわか駭河するがなる富士ふじ高根たかねおくゆきつもおもとけやらでにこそなか夏虫なつむしひとりこがるゝむねまへなほ余所よそ々々/\しく他人たにんがましいおことばわたし口惜くやしうらめしいとおもひのたけをかき口説くどそむけつゝかたへなる行燈あんどう11 手速てばや取出とりいだしうつすつけ灯火ともしび有女うめ太郎たらうつく%\と烏羽うばたまかほうちながめそのうらさることながらわたしとてもまへゆへやかた氣色けしきそこなふておいとまうけしほどなれいのちかへてもいま一度いちどまへふてこれまでにおもひつめたる赤心まごゝろらせんものと神々かみ%\ちかひし甲斐かひ今日けふ這所こゝでおにかゝりしうれしさとびたつやうにおもへども最前さいぜんからの話説はなしおんにからまれ是非ぜひなくも大六だいろくどのにしたがひしと被仰おつしやるから良夫おつとのある御身おみりつゝ放心うか々々/\這所こゝながをするうちにもしあるじかへられなわたしばかりかおまへ」までまたうたがひをにうけて爭何いかなる難義なんぎのあらんもれず強面つれなくひしたゞこれのみかならずうらんでくだされなふうちも心急迫こゝろせくこゝはなしてとはらそでをとらへて烏羽うばたま須臾しばし思按しあんていなりしがなにおもひけんうち点頭うなづきなるほどおまへ被仰おつしやるとふりあるじかへたがひののうゑと折角せつかく回會めぐりあひ此侭このまゝ本意ほゐなくわかれてこれまでおもひおもはれたうき年月としつき甲斐かひもなし假令たとへ不義ふぎでも邪淫いたづらでもこひ思按しあんほかとやらおまへこゝろらねどもはるゝ思按しあん. コレうとみゝくちさゝや始終しゞうきい有女うめ12 太郎たらう欣然きんぜんとしてうち含笑ほうえみいまにはじめぬ智惠ちゑ才覚さいかくまへのおしへにしたがふてならず此家このやんでつもるおもひそのおりにかならずつておはせよとひつゝやをらおこすを烏羽うばたまつゝうれともえみつゝおく余波なごりおしさもいやまさ有女うめ太郎たらうなほりかぬるこゝろをひとりなほおもひもふか編笠あみがさかほかくしつ枝折戸しおりど以前もとかたへぞいでゆきける

鳴呼あゝこの二個ふたり浮薄ふはく本心ほんしん形容すがたかたちうるはしきにてもつかぬじや奸才かんさい伎倆たくみことのそのあたり」一旦いつたんほんとぐるともあに天罸てんばつかふむらざらんやこれにておもなか形容すがたかたちなるをのみまことじんといふべからず假令たとへ容貌すがたみにくくともあしこゝろ一毫つゆなくなんともまたぢよともはれんましこゝろ容色かほばせ双方そうはうともにうつくしくそれこそしんじんなるべしいま本傳ほんでんいづるところのはつ賢女けんぢよみなかくごと看官みるひと烏羽うばたま有女うめ太郎たらうはつけん女子ぢよしあくこゝろにふかくよみわけつゝしむの一助はしともなさ作者さくしや夲意ほんゐこのうゑやあるべき」13

閑話休題あだしごとハさておきつこゝにまた戸塚とつか大六だいろくさき多塚おほつかむらにげして同國どうこく入間いるまごふり迯水にげみづさときよかまへしにおもひがけずも烏羽うばたまなん場所ばしよすくひつゝ俺家わがやともなきたりしよりかれいろ心迷こゝろまよおしふうとなりしかもとより烏滸おこ白痴しれものゆへたゞ淫酒いんしゆにのみはるもなほみじかしとおもふにぞ弥生やよひゆめくれゆきてかきはなゆき夘月うづきなかばになりしか自由じゆうにぞ郭公ほとゝぎす酒屋さかや三里さんり豆腐とうふこそなけれ片里かたさとひなあれど大六だいろく貯金たくわへおほけれ青葉あをばるのみならではつ松魚がつをさへくち不義ふぎの」

  口絵 狐粧こさう艶色えんしよく大六だいろくをくらます」14

ふうたのしみをきはむるなかこのほどよりかの烏羽うばたまそのほかにまたもや一個ひとり處女をとめしにかれ糸竹いとたけみちにかしこくまひさへもつたなからねいよ/\きやうをぞましにけるこの處女おとめ何故なにゆゑ大六だいろくいへやしなはるゝやこれ仔細しさいたづぬるにころづき初旬はじめつかたはなころもぬぎかへたもとすゞしきはつあはせ南向みなみむきかい今日けふかけそめし青[〓戸]あをすだれうちあるじ大六だいろくれい烏羽うばたま侶倶もろともさしさゝれつ置酒さかもりおりしもかどおりをあはたゞしげにおしあけ息吻いきつきあへずかけ未通女むすめなみだこゑをふりたてわたしたびものなるがいま悪漢わるものに」15 出會いであひしを漸々やう/\そのにげのびこのところまでまゐつたもの何卒どうぞ慈悲じひおぼしおたすけなされてくださりませといふうち下女げぢよ奴婢はしたいと仰々ぎやう/\しくたちさわあるじかく報知つぐるにぞ大六だいろくかいよりまづかの處女むすめ形勢やうするにとし破瓜にはちおほくもこえ容貌すがたかたちうるはしさわが慾目よくめ烏羽うばたまますすれどおとらねいろのなき大六だいろく心中しんちうひそかによろこびつゝやが二階にかいのぼ仔細しさい誰何いかにとひたゞくだん未通女むすめはづかしまづ大六だいろく烏羽うばたま一礼いちれいなしつゝさていふやうわたし古郷こきやう下総しもふさなる」真間まゝよばるゝ田舎ゐなかにてとゝさんのにありし真間まま一郷いちがう支配しはいして家名けめう手古奈てこな三郎さぶらうとてひとられし郷士がうしなりしがあやまちのあるによりわたしてう五才いつゝのとき管領くわんれいさまの下知げぢにていゑやしきめしあげられわたし乳母うばのたすけにて義理ぎりある一個ひとりはゝさんと異母はらがはりあねさんにわかれて武蔵むさしともなはれおやえんいとうすすみ川原がはらほどちか高屋たかやさと落着おちついうき年月としつきおくるにもたゞこひしひはゝあね何国いづくしのびておはするかとおもいださぬとてもなくないてばつかりくらせしにほどほの〔か〕かに」16 形勢やうすはゝさんもまたあねさんも管領くわんれいさまへせていま鎌倉かまくらおはするよしたゞそれのみにあらずしてはゝさん愛嬉あいきとあらため稲村いなむらさき屋敷やしきさへたまはるのみかあねさん定正さだまささまの愛妾おへやとなり烏羽うばたまときめくよしくにうれしくなつかしくとびたつやうにおもへども田舎ゐなかそだちのかなしさしづ手業てわざそのほからぬこの阿容おめ々々/\いもと名告なのり鎌倉かまくらたがひのはぢならんとおもこゝろ乳母うばにもかたそれより左辺あち右辺こちきゝあは師匠ししやうになるべきひとをたのみ糸竹いとたけみち読書よみかきまでつたなきまゝにならひ」しかにもかくにもこのはるたへひさしきはゝさんやまたあねさんにのりあひわがのうゑをもたのまんとたのしむ甲斐かひなさけなや去稔こぞふゆより乳母うば大病たいびやうほか親族しんぞくとてもなくわたしがたつたひとつでこゝろをつくす看病かんひやうそのせんなくてはるもやゝ弥生やよひなかばはな八十八夜はちじうはちやそれならで乳母うばこのわかじもともきへたきこのこゝろこゝろなほそれより乳母うば死骸なきがらけむりとなしてたきゞ鎌倉かまくらへとてこゝろざしはるけき路次みちたゞひとたづゆきしに那所かしこにもおもひがけなき大變たいへんありてはゝさん人手ひとでにかゝりあとのこつたあねさん」17 さへ御暇おいとまたまはりていま行衛ゆくゑれざるよしきくむねまづふたがりてかはかぬそでまたるゝなみだ絶間たえまなきひとあととむらはんちからもなくたゞあねさんに回會めぐりあひ便たよりとなつてもらはんとおもこゝろ一筋ひとすじ鎌倉かまくら立出たちいでたづぬるあてあらねども古郷ふるさとなれ下総しもふさもしゆき給ふこともやとはかなきことたのみにてひがしをさして辿たどるにぞならはぬみちふみまよ下総しもふさへとてゆかずしてきゝ知らぬこのさとまよひ/\てほどおもひがけなく悪漢わるものあひなんおよびしを漸々やう/\としてにげびつゝこゝのおいへるよりもうれしきまゝに後前あとさき思按しあんも」なくてかけみしをそのまゝひもはなされずかいへまでよびあげられ念頃ねんころなお言話ことばしんあふ心地こゝちしてこゝろおも秘事ひめごとまでついうか/\とくちばしるのうゑばなしのいとながきを傍痛かたはらいたくやおぼすらんお許容ゆるしなされてくださりませとふにおどろ大六だいろくより傍聞かたへぎゝせし烏羽うばたますゝひざ侶倶もろともとゞろむねおししづめさてそなたわかれしよりたへたよりきかざりしいもとのお有女うめでありしよなとはれて處女おとめまたおどろあきるゝまでに烏羽うばたまかほうちながめてたりける

貞操ていそう婦女おんな八賢誌はつけんしたいしふ巻之まきの18

【下帙表紙】 三冊同一意匠
 表紙  表紙  表紙

【序】
 序
 序

貞操ていさう婦女をんな八賢誌はつけんししう下帙げちつじよ

虚談きよだん邪説じやせつ 暴行ぼうぎやう なきを浮圖家ほとけ善巧せんこう方便はうべんといひ荘子さうじづけて寓言ぐうげんといふ稗史小説はいしせうせつまたしかりこの 婦女八賢誌をんなはつけんしそれまで 至及いたりおよ ばねどもみるざるにますよしあれば」童蒙どうもうひとたび ひもと きてある木登きのぼり印地打いんぢうちわる遊戯いたづらかへんに作者さくしや本意ほんい 此上このうへ あらじはじをうこのしよつゞりて諸君しよくん愛翫あいくわんこととしあり おのれ故翁こをうぎやううけへんつぐことまたとしあり遮莫さばれ 玉石きよくせき おなじからねその巧拙こうせついか口ノ1 せんいはでものことながらこのへんすでこくなつ書肆しよしまた端書たんしよなきをよつこれ數言すげんをしるす看官みるひと鳴呼をこわらはざらめや
 干時弘化五戊申歳春如月

東都 柳北軒 爲永春水口ノ2オ

【口絵第一図】

 口絵 れつ八代やつしろ 岩鞍いはくら典物てんもつ口ノ2ウ 岩鞍いはくら泡之助あはのすけ口ノ3オ

【口絵第二図】

 口絵  礼節れいせつ處女むすめよし どく烏羽うばたま口ノ3ウ


貞操ていそう婦女おんな八賢誌はつけんし第五輯だいごしふまき

東都 爲永春水編次 

   第四十七回 〈玉兎ぎよくとくももれ大六だいろくゑひつくす|山猫やまねこくさいで一夫いつふたにまろぶ〉

當下そのとき處女おとめ烏羽うばたまいもと有女うめびかけられ打駭うちおどろきしかあきれしかたゞ烏羽うはたまかほをのみ須臾しばしつめてたりしかなにおもひけんふところより守袋まもりぶくろいだわたしいもと被仰おつしやるうたがふにてあらねどもわかれしときわたし五才いつゝたがひにかほおぼへぬを照据しやうこもなくて姉妹きやうだい名告なのりをなさなにとやらこゝろうたがひなきにもあらずまことまへあねさんならこれおぼへてごさんすかとひつゝさし守袋まもりぶくろにだもらす烏羽うばたま完尓につこゑみつゝ小膝こひざすゝめそれこそおぼへ漢錦からにしきなかそなた誕生たんじやうせし年月ねんげつじつとゝさんの自筆じひつかいてあらふがのとはれてよろこくだんのお有女うめさてまへあねさんかおなつかしやとせてとりつくひざ烏羽うばたま有女うめひき侶倶もろともたもとかほにおしあてうれなみだやゝ須臾しばし言話ことばもなくてなきしづむを道理どうりてや大六だいろくふたをいたはりなぐさめつゝそれよりお有女うめわがとゝ烏羽うばたまと」1 侶倶もろともなに不足ふそくなくくらさせしにお有女うめそのさが怜悧さかしきのみか容貌かほかたちさへうるはしくたゞそれのみにあらずして糸竹いとたけみちまひまでつたなからね大六だいろくはこよきものたりとてとなくとなくさけくみかはしうたはせもしつはせもしつひたすらけうもよふすにもなほ色好いろごのみのくせまでひとなきおりあはせて有女うめをとらへて種々さま%\言話ことばたくみにれどもお有女うめ奈何いかなるこゝろにやあねたいしてすまずとてたゞよきほどにひなしてさらこゝろにしたかはねど口先くちさきばかり大六だいろくるやうにもてなすにぞその情欲じようよくはたさね」どもさりとてお有女うめうとみもせずながくはゞそのうち何時いつこゝろにしたがはんと時節じせつつて大六だいろくなほもこゝろかよはせける却説かくてかづるほどに肆月うづきれて五月雨さみたれふりらずみはれなきあるひそかに宵月よひづきまつりてさすかげ景色けしきめで大六だいろくれいのお有女うめ烏羽うばたまみぎひだりにはべらせつながむるにわ夏草なつくさつゆかとばかり初螢はつほたるかげいときよ泉水せんすいもかの迯水にげみづみしその水上みなかみ何所いづことも岩根いわねまつなが這所こゝ景色けしきつくり庭花にわはなこそなけれ若葉わかばせし樹々きゞこすへ一入ひとしほけうじやうして」2 大六だいろくしきりにすゝむさかづきともすゝむる烏羽うばたま有女うめいよ/\けうそへんとて烏羽うばたまかの筑紫つくしごと爪音つまおとたかかき[手楽]なら有女うめ近頃ちかごろにもてはやす三弦さんげんをさへとりいたしおぼへしまゝひきらすいづおとらぬ妙手めうしゆ妙手めうしゆうかたてられ大六だいろくこゝろさらはずだみたるこゑはりあげて調子てうしはぬ雑唄ざれうたうたひつひつまたみつさかづきかつかさなれどろのごとくによひつぶついせきにもたへかねてかたへにありし烏羽うばたまひざまくらにうちふしつゝはていびきとなりにける四辺あたりまはし烏羽うばたま有女うめかほ見合みあはせてとも完尓につこと」うち〔み〕つゝはかりしごとく有女うめ太郎たらうさまはや大六だいろく死人しにん同然どうぜんこのはや片付かたづけてとふをお有女うめがおしとゞめおこゑたか烏羽うばたまさま四下あたりにおひかけてかね准備やうい麻索あさなはふところよりしていだ前後ぜんごもしらず酔臥よひふしたるかの大六だいろく細首ほそくび二筋ふたすじ三筋みすじひきまはしちからきはめてしむるにぞおどろさは大六だいろくあつ一声ひとこゑたてんとせしくちたもと烏羽うばたまがしつ゜かとあておしつくれ旡慙むざんやな大六だいろくくるしきこゑたてしば手足てあしうごかせしが忽地たちまち呼吸いきたえにけり二個ふたりよく/\すましてほつとついたる溜息ためいき余所よそはゞかくちうちその3 とき有女うめ言話ことばをひそめかねておまへのおしへゆゑ女子姿をなごすがたをやつしさへお有女うめよびかへておまへいもといつはりつゝあとつきからこのいへやしなはれてるものゝこの大六だいろくるゆゑにまれあふ介慮えんりよがちそれからふいと悪心あくしんいでしもみんなおまへ可愛かわゆさとやつころして此処こゝ長居ながゐもなりがたしおまへうちかきさがしたくはける金銀きん%\みなのこりなくとりあつめ財布さいふれてもちたまへそれようこのたちいづれのさとにもしの夫婦ふうふ和合なりよくくらしませうわたしそのやつ死骸しがい日外いつぞやからしておい納戸なんどの」うちふる葛籠つゞられてこのまゝ泉水せんすい水葬すいそうするもせめての追善ついぜん他目ひとめにかゝらぬそのうちにはやく/\とうなが.アイ合点がつてんでござんすとふもいそ/\烏羽うばたまおく一室ひとましのびゆき勝手かつてつたる金筥かねばこよりかねいくつゝふたッの財布さいふへおさめつゝ以前もと一室ひとまたちもどそれよりさき有女うめらう納戸なんど葛篭つゞらいだしかの大六だいろく死骸なきがらばやれて泉水せんすい四下あたりまはしつきながきこへたる迯水にげみづはやみづおしながされうきしづみつ川下かわしもへずなりにけるそのことはて有女うめ太郎たらう烏羽うばたま侶倶もろとも身繕みづくろひ」4 さへそこ/\にふたッのさいひとッづゝ二個ふたりにつけ庭口にはぐちよりたちらんとするときしもこくすぎことなれ下女げぢよなんしづみてものたえてなきのみかつきさへくもいるなる迯水にげみづこのさとあとくらましてぞはしかくふた大六だいろくおもふがまゝあざむきてころせしのみかたくはへのかねさへおちなくとりしたれよう不足ふそくあらねどももし追隊おつてかゝらんかとうしらるゝ落人おちうどふとこゝろほそりゆく夏野なつのはら糸芒いとすゝきかぜにもむねとゞろくにぞしきりにみちいそぎつゝさしてゆくべきあてなけれど一旦ひとまづこのとふざかり」

 挿絵 夕すゞみある夜男になりにけり」5

いづれのさとにも落着おちついそのゝちことはからんとについでゆくほどにいくもあらでちゝなる岩鞍いわくらやまへぞきたりけるこのやま武州ぶしう第一だいゝち高山かうざんにしてみね波濤はとうつらねしごとくやままたやまいとふかおろすたにいわ清水しみづひろそこきこへつゝそば松風まつかぜふきまぜこたまひゞさるこゑはらはたつばかりなるなれやまたゞ二個ふたりとも呼子鳥よぶこどりそれならで覚束おぼつかなくも辿たどるにぞはげまされゆく烏羽うばたまはげまして有女うめ太郎たらうさへあしさへつかれしか須臾しばしやすらゆかんとてかたにありあふまつ二個ふたりひとしくこしうちひざなでさする6 たまかほさしのぞ有女うめ太郎たらうなぐさめかねつゝうちほうかね覚期かくごのうゑながらかゝ山路やまぢゆきなやみおあしいたませぬか這所こゝまでにげのび最早もはや追隊おつてつかひなしこのやまひとつこへさとあるかたいでませう今宵こよひ〓里そこ宿やどりてまくらたかやすらはんおこゝろつよおほめせはれてよろこ烏羽うばたまいとえまにうち点頭うなづき假令たとへふしやまくさまくらすとても二個ふたり同処いつしよるならこれましたるうれしさまたあるべくもおもはぬをかくまでわたしをいたはりてなぐさめ給ふその言話ことばありがたすぎて勿体もつたいないわたしもあれかくもあれおまへついになれおんな衣裳いしやうそのまゝはるけきみちをかさねさぞ心地こゝちわろからんとへおまへのそのお粧装すがた男子とのごつたわたしでさへじつ女子おなごおもふものかの大六だいろくだまされてわたしいもととおもふたもホンニ無理むりござんせぬとひつゝ含々ほほとうちわらともえみつゝ有女うめ太郎たらうわづか憂苦うさをわすれぐさ准備やういうちして吸付すひつけたばこはゞかりのせき人目ひとめのあらざれたがひにつゝむのうゑの秘事ひめごとをさへいで霎時しばし譚合かたらふお〔り〕りこそあれかたへしげりし夏草なつくさみぎひだりにおしわけつゝあらわれ」7 いでたるあやしきけもの惣身そうしんすべてしやうまなこほしてらすがごとく口みゝまでさけあがりあかしたさへはきいだせるその形容さまねこともいふべきが二個ふたりうしろへつてかの烏羽うばたまかいつからんとするにおどろきて吐嗟あなやさけぶ烏羽玉より有女うめ太郎たらう驚天ぎやうてんして変化へんげ形勢やうすをよくもかくもつたる懐劔くわいけんぬくよりはや[石欠]きつてかゝるをくだん變化へんげことともせず左辺あち右辺こちしばしちがおどかゝつて有女太郎が襟髪えりがみつかんで投出なげいだいく十尋とひろなる谷底たにそこまろおちつゝそのまゝ生死しやうじわかずなりにけりそれるより烏羽うばたまさらいきたる心地こゝちせずそのおそろしさとかなしさにさへふるへてうごかぬをかの山猫やまねこうちやりて徐々そろ/\そばすゝ處女おとめのみなおどろきぞわれもとより変化へんげにあらずいで正躰しやうたいを見せんとて身にまとひたるけもの〔ゝ〕かわかむりしめん取退とりのく山猫ならんとおもひのほか年齢としごろ五十いそぢ才ばかりにて容貌かほかたちさへ怖氣こわげなる大の男でありしか烏羽うばたままたおどろきてこ什麼そもいかにとおもふにぞむねうちさばくばかりにてまた詮術せんすべもあらざりしをくだんの男なぐさめて含咲ほうえみながらまたふやうことなる打扮いでたちさぞあやしく思はれんがもとよりわれ盗賊とうぞく8 ならずこのやまふもとなる岩鞍いわくらむら郷士がうしにて岩鞍いわくら典物てんもつよばれたる釼術けんじゆつ指南しなんものなるがひそかにおもふよしあれ豪傑がうけつ回會めぐりあひ自方みかたになさんとおもふにぞかゝあやしき形勢すがた往來ゆきゝひとおどろかしその強弱きやうじやくためさんと日毎ひごと夜毎よごとこのほとりにかくれてひとつほどにまつひと出會いであは今日けふはからずもおんがこの松陰まつかげやすらふてのうゑばなしを徨聞たちぎゝしにおんまこと處女おとめにていま一個ひとりなる處女おとめにあらずものひざまなにとやらおん情由わけある様子やうすにてひとがいして立退たちのきしと仔細しさいらねど言話ことば端々はし%\かほ似合にあは大膽だいたん不敵ふてきかの少年しやうねんこそ僻者くせものならめその強弱きやうじやくためせしうゑしなつたら自方みかたとなしいち大事だいじをもあかさんとおもふに甲斐かひなき那奴かやつ柔弱にうじやくたゞ一投ひとなげ谷底たにそこなげおとされし那奴かやつ不運ふうんその微力びりきくやくやわれうらみあるべからずおんかれ渾家つまあらじ那奴かやつことおもたへいまよりわれをまかせ側妾そばめとなるあらざるかうなるとき栄花えいぐわ次第しだいもしこときゝれずはゞ是非ぜひがないかの少年しやうねん手夲てほんにしておん深谷みたに真逆まつさかさまかくてもいやかまたおう いら9 かんとひつゝも年齢とし似氣にげなき典物てんもつことはしこそたくみなれ

   第四十八回 〈岩鞍いわくらやま典物てんもつ一妾いつしやうたり|ふもとさと烏羽うばたま旧夫きうふふ〉

再説ふたゝびとく烏羽うばたまおもひがけなき典物てんもつ言話ことばまた胸潰むねつぶこはかなしさまぜ須臾しばし回答 いらへもならざりしがこゝろうちおもふやうかの有女うめさまと鎌倉かまくらやかたにありし其日そのひよりたがひにおもひおもはれしねんとふつてきのふけふ女夫めうととなりし甲斐かひもなく現在げんざい良人おつと谷底たにそこなげころされつそのあたを」いままへおきながら女子おなごごゝろ甲斐かひなさうつことかなはぬのみならず側妾そばめになれとてなられんやこの深谷みたに投落なげおとされ良夫おつとともとていかでこのけがさるべきうじや/\とむねむねこたへて一回ひとたび覚期かくごをせしがイヤ/\/\假令たとへ今更いまさらとて冥府あのよ良夫おつとあはるゝやらまたあはれぬやられもせぬ未来みらいことあてにして可惜あたらいのちすてたりとてたれこのていぢよほめかたきなりとてあだなりとてこのをさへにまかしないのちめでたく存世ながらへたのしきこともまたあるべしいのちあつての」10 物種ものだねことはざにもふものをなふとおもひせまりしわがながらも野暮やぼなりしうじや/\と勝手がつて道理どうりたる浮薄ふはく夲性ほんしやう忽地たちまち完尓につことうちみて回答 いらへおそしとまちかけたるかの典物てんもつうちむかひおもひがけない貴君あなたのお言話ことばたらはぬわたしほどまで不便ふびんおもふてくださんすそのこゝろかはらず側妾そばめおろかみづ仕女しめでもこのいとござりませぬわたし古郷こきやう鎌倉かまくらにてひとられし市客あきびと獨處女ひとりむすめにてはべりしをいま谷底たにそこなげおとされしかの少年しやうねん哄誘そゝのかされおやをもいへうちすてて」鎌倉かまくら欠落かけおち武蔵むさし國府こふ落着おちつきしにかの少年しやうねんかほ似氣にげなくこゝろよからぬひとなりしを最初はじめらで馴染なれそめしが武蔵むさしきたりしそのより那処かしこ繁花はんくわさとなるゆゑふか伎倆たくみおもひつき女子おなご形容すがたかへあまたひとあざむきつゝおほくのかねうばりしにそのことつゐあらはれてことむづかしくなりしかひそかに相手あいて刺殺さしころまたかのをもにげにして今日けふこのやままでおちびし重々かさね/\悪行あくぎやうわたしとふから愛相あいそつきもしこのまゝにてつれはゞのちこの何様どのやう憂目うきめあはんもはかられねえんらんとおもへ」11 どもいゑせし今更いまさら鎌倉かまくらへとてもかへられずほかもなきまゝ悪人あくにんなりとりながら阿容おめ々々/\としてともなはれだまされしおろかさをいと口惜くちおしおもひしにはからず貴君あなたりてかの悪人あくにんうしなひしやみかみはらふたる心地こゝちせられてうれしきになほこのさへすてられぬ御情おなさけふかきお言話ことは地獄ぢごくあひ御佛みほとけにもましたふとくよろこばしきそのむくひにこのすとてもいとはしからずたゞこのうゑかくもおん隨意まに/\このよきはからひ給はれとくちまかせて自他かにかく言話ことばたくみにひくろめ」かざいつわりもまことしやかにきこゆるにぞかの典物てんもつうたがはずしば/\みつゝうち点頭うなづきさておん鎌倉かまくらよりあく少年しやうねんあざむかれ這辺こゝらへさまよひきたりしかいまよりわれ側妾そばめとならおん果報くわほういまなげきに引換ひきかへつい栄花ゑいぐわとなるべしなにもあれ這所こゝ山中やまなかふべきことことわがゆきゆるりとせんいざとばかりにおこかねての相圖あいづおぼしくてよぶふえ吹立ふきたつ四下あたりしげりし夏草なつくさ那方かなた這方こなた押分おしわけあらはれいでたるあら漢子おのこ甲乙これかれすべろくにん先生せんせいしゆ12 ひながらみぎひだりたちならぶを典物てんもつつゝうちえみせる得物えものあらねどもこれかゝうるはしきとりひとつをれたり今宵こよひかれさかなにしてとも置酒さかもりせん汝等なんぢら山路やまぢをつけて大事だいじ處女おとめ怪我けがさせなとひつゝさきたつほどに五六名いつたりむたり漢子おのこさき典物てんもつぬぎすてめんかわとをひろかたかけつゝ烏羽うばたまをいたはりつまたなぐさめついゑをさしてぞいそぎける却説かくて烏羽うばたまこゝろこゝろよからねども岩鞍いわくら典物てんもつ側妾そばめとなりしにもとより奸智かんち白者しれものゆゑ典物てんもつはやくも」

 挿絵 移り香のわる腥し猫の戀」13

りてかゆところとゞうはばかり真心まめやか朝夕あさゆふほとることなくこびおもにぞつかゆるほどとし似気にげなき典物てんもつかれいろまよひてや日夜にちや寵愛ちやうあい弥増いやましなきものとぞおもひけるさるほど烏羽うばたま或日あるひ湯浴ゆあみなさんとて一名ひとり侍女こしもとともなひつゝこのほどあらた造作しつらひ風呂ふろにいたりて衣脱きぬぬぎすてあびあかながおりしも風呂ふろたく漢子おのこおぼしきが湯口ゆぐちよりしてかほさしいだしお加減かげん奈何いかゞぞやぬるたかあつまたみづさしてまゐらせんとこゑきい烏羽うばたま何者なにものやらんとかへる」 14 ときたがひにかほ見合みあはすれこれすなはち別人べつじんならずさき武蔵むさし迯水にげみづにて締殺しめころしつゝ早川はやかは葛籠つゞられて押流おしながせしかの大六だいろくにてありしか流石さすが浮薄ふはく烏羽うばたま吐嗟あなやとばかりうちさわこゝろとも顔色かほいろかわるをせじと手拭てぬぐひにおしかくしてもかくされぬすへ風呂ふろ湯氣ゆげならできえうせたくおもふのみまた詮術せんすべもあらざれともなきたりし侍女こしもと心地こゝちわろしといつはりつゝそこ/\にして風呂ふろよりあがりやが母屋おもやにいたりしがかの大六だいろくことにかゝれかくむねやすからずかれいぬころしてかはながせしかいき這辺こゝらるべきやうなしここゝろまよひにてかれ形容すがたえしか。イヤもあら大六だいろく以前いぜん粧装すがたであるべきに衣装なり風俗ふうぞく零落おちぶれ下奴しもべひとしき様子やうすこの風呂ふろたきこといよ/\もつててんゆかずとわ仔細しさいつぶさならんとそのあるじ典物てんもつ臥房ふしどりしおりうかゞ話説はなしついで烏羽うばたま詞巧ことばたくみにさてふやう最前さいぜん貴君あなたのお言話ことばこの たびあらたに造作しつらいかのすへ風呂ふろりてよとおふせわたしとりあへず侍女こしもとひとりをともなふて殿どのにいたりて」15 ゆあみせしに風呂ふろ漢子おのこおぼしきがわたし形容すがたためにや湯口ゆぐちよりかほさし這方こなた折々おり/\のぞきしかなにとやらん心地こゝちよからずそこ/\にしてあがりしがかれもとより狂氣人きちがひかまた色好いろごのみの漢子おのこにや誰何いかなるものぞととひかくれ典物てんもつきゝつゝうちわらかれまつたく狂人きちがひならずいろこのむかこのまぬか我等われらもいまだらねどもかのものことつきまた一条ひとくだり珎説ちんせつありつゝみてえきなきことなれこと仔細しさいかせん日外いつぞやおんいでひしそのまへあけごろいさゝか所用しよようあるにより」岩鞍峠いわくらとふげをうちこえ武蔵むさしはらとふりしときかたながるゝ早川はやかはきししげりしあしながれかゝりし葛籠つゞらありなかなにやららねども何様どふ重氣おもげゆるにぞ伴當ともびと吩咐いひつけひきあげさせてひらるに麻索あさなわをもてくびしめたるおとこ死骸しがいでありしかよしなきことてけりと腹立はらたゝしさにうちすてゆかんとせしを伴當ともびと空骨あたぼねりしを口惜くやしがりせめてやつ着物きものぬがおび侶倶もろともいち骨折ほねおりしろらずとも酒手さかてぐらひうちあらん須臾しばし其所そこにておまちあれといひつゝくだんの」16 伴當ともびと死骸しがいそばすゝおび着物きものぬがせしうへくびまとひし麻索あさなは葛籠つゞらともばひりて赤裸あかはだかにせし死骸しがいふたゝかはながさんとあしとばして腋腹わきばらかへす足先あしさきおのづからくわつほうにやかなひけんくだんおとこられしまゝあつ一声ひとこゑさけびしが忽地たちまち蘇生われにかへりつゝ四下あたりまはし忙然うつかりきつねはなれし唖房あほうのごとくにげ得去えさらずたゝづみしをこれおどろ伴當ともびとより俺們われらきもつぶるゝまでともあきれてたりしが肚裏はらのうちおもふやうわが伴當ともびとよくにふけりわづかぜにをもとめんとてはからずやついかせしかわれさへともうたがはれてのちわざはひなしともはれずにもかくにもあのおとこいけおいざめよからずころすにしかじとおもふにぞかたないとはや覚期かくごをせよとびかけて[石欠]つてかゝるを左辺あち右辺こちをかはしつゝかのおとこ周章あはてこゑをふりたて刀〓とのまづ須臾しばしまち給へ下奴やつがれがたきいのちきみかげたすかりしふかおんあるものを假令たとへはだかにせらるゝともいかでかおうらみもふすべきねがいまよりきみにしたがひ今日けふおんむくはんためお草履ぞうりなりともつかみたしこの許容きよようあそばして忿いかりとともにおかたなも」17おさめなされてくださりませやよ喃々なう/\ひつゝもやいばしたあはかごとがましく勸解わぶるにぞ流石さすがやいばあてかねてそのまゝわがともなひつゝ這回こたびあらたに造作しつらい風呂ふろたくやく吩咐いひつけたりと一伍いちぶ一什しゞうものがたるをきいおどろ烏羽うばたまむねやすからずおもひけるあゝ烏羽うばたま一世いつせ浮沈ふちんせしとおもひし大六だいろくはからずおもてあはせたるそのゝち甚麼いかなることやあるまたつぎまき解分ときわくるをらん
貞操女八賢誌第五輯巻之四18オ

貞操ていそう婦女おんな八賢誌はつけんししふまき

東都 爲永春水編次
 

   第四十九回 〈一浮いつぷ一沈いつちん小人しやうじんときり|白刄はくじん舌刀ぜつたう何方いづれのかたかもつともつよき〉

自前説巳前それよりさきに戸塚とつか大六だいろく有女うめ太郎たらう締殺しめころされつゞれて庭先にはさきなるかの迯水にげみづおしながされしにきこへたる早瀬はやせゆゑをつくごとくいく十町とまちかながれ/\てくほどにそのすであくころやゝ秩父ちゝぶほどちかずへ小川をがはにいたりしとき岸辺きしべたかおひしげりしあしつゞせきとめられ」ながれもやらでありしとき岩鞍いわくら典物てんもついだされ不思義ふしぎ蘇生そせいたりしかど赤裸あかはだかになるのみか典物てんもつなほ生置いけおかじとやいばぬい[石欠]つてかゝりしいきほのがるゝみちなきをも奸智かんちたけ大六だいろくゆゑかれぼくにならんとまでことばたくみに勸解わびしか典物てんもつつい忿いかりをおさめ岩鞍いわくらさとともなひつゝ風呂ふろやくをぞ吩咐いひつけけるさてこれまで前巻ぜんくわん編次あみついだることながらふたゝときいだせし大六だいろくことつゞらんとするその端話いとぐちひいたるなり有如かゝりしほどに大六だいろく典物てんもついゑとゞめられ風呂ふろたき漢子おのことなりしことこゝろこゝろよからねどもいまさら1 こののが迯水にげみづさとへいたりしとてわれころせしぞく何時いつまでうか/\那所かしこにあらんいへざい售代うりしろなしたくはおきかねもろともうばりつゝいまはや行衛ゆくゑれずなりつらんりながら一錢いつせんたくはへもなきひとつで何國いづくをさしてゆかるべき須臾しばしこのやしなはおり見合みあは典物てんもつたくはおけ金銀きん%\ひそかにものしてはしりなそれ盤纏ろようぞく行衛ゆくゑたづねてうらみをむくはんるにても處女おとめかほ似気にげなく大膽だいたんなるわれそのいろ心惑こゝろまよだまされしこそ口惜くちおしけれとおも不楽わびても後悔かうくわいの」さきたつよしあらざれ日毎ひごと風呂ふろまもりつゝ一両日ひとひふたひくらせしに或日あるひ一個ひとり侍女こしもとがあはたゞしげにはし大六だいろくうちむかひお加減かげんがよいならめかけさまがめすとのことこゝろつけたき給へとふに大六だいろくうち点頭うなづき加減かげんいま極上ごくじやう敏々とく/\させ給ふべしとふをうしろにきゝすててかの侍女こしもと走行はしりゆあとおくりて大六だいろく其辺そこらかたつてぐち開扉ひらきどおしあけつゝたきかたへといたりしが色好いろごのみするくせなれ肚裏はらのうちおもふやうおめかけさまと仰々ぎやう/\しく奈何いかなるおんななるべしかほくれんとひとうなづかべへだてて」2 まつほどにやがいり一個ひとり處女おとめともなひきたりし侍女こしもとすへ風呂ふろふた退けさせ速浴はやゆあみするやう ゆへこれなるべしとおもふにぞ風呂ふろ加減かげんことせて湯口ゆぐちよりしてのぞくとておもはずかほ見合みあはせしに日外いつぞやわれしめころせしかの烏羽うばたまにてありしか愕然がくぜんとしておど〔ろ〕いかりおのれぞくうらみの一念いちねんころしてもくれんずとはやこゝろおししづめまたつく%\とおもるにわれ一旦いつたん忿いかりにまか假令たとへやつころすともうばられし金銀きん%\かへさざるのみならずしなによつたら典物てんもつ多勢たせいをもつて取囲とりかここのに」あやまちなしともはれず須臾しばしいかりをたえしのおりうかゞ烏羽うばたまをひそかにころしてうらみをはらさん.現在げんざいわがつまひとそばとされたるのみかかれ阿容おめ々々/\くとなん面目めんぼくぞとおもへねた腹立はらたゝしくしてやよけんかくやせんと思按しあんむねふさがりて霎時しばし躊躇たゆたふそのうちに烏羽うばたまはやそのりけんそこ/\にして風呂ふろよりあがりおもをさしていたりしか忽地たちまちのぞみをうしなひしがるにても烏羽うばたまなにゆゑこのやしなはれ側女そばめとまでなりつらんかの侍女こしもとだまして」3 仔細しさいつぶさ〔さ〕紛明ふんめうならんうじや/\と思按しあんしつひそかに便宜びんぎおりうかゞあるくだん侍女こしもとひとなきかたまねせうち含咲ほうゑみつゝさてふやうわれ近頃ちかごろこのきた風呂ふろたき漢子おのことなりしか御内みうち形勢やうすらねどもこのほどめされたるおめかけさまのうつくしさきやう鎌倉かまくらたづねてもおほがたき艶女みやびめなるがかのめかけ何頃いつごろより此家このやかゝへ給ひしぞひそかにおしへて給はれとはれてくだん侍女こしもと何心なにごゝろなくうちえみおもはるゝも旡理むりならずわたしくわしい情由わけらねどおん此家このや給ひしそのつぎの」ことなりしが岩鞍いわくらやまとふげにておもひがけなく出會であいしとて旦那だんなをはじめ門生もんていしゆかの艶女みやびめともなひそのよりして側妾そばめとなし寵愛ちやうあい日夜にちやいやますにぞおめかけさまと私等わたしらまでうやまふのみかおひつかはれながなつ半時はんとき居眠ゐねむりひとつするひまのなきいそがしさをさつしてたべ.これ秘事ひめごとひとになもらし給ひそと善悪さがなきくちとて侍女こしもとわがことのみすておくをさしてぞはせりけるかくても戸塚とつか大六だいろくなほうたがひのはれやらずてもかくても烏羽うばたまころしてうらみをむくはねわがこのおもはれがたしあすにも風呂ふろ4 きたりなときのぞみて詮術せんすべありと思按しあんつゝまつほどそれよりのち烏羽うばたまこゝろおそれをいだきやけんさらに一度いちどゆあみせずこゝにいたりて大六だいろくたちまのぞみをうしなひしがさりとてやむべきことならねなほ便宜ひんぎうかゞふにぞ五月さつき何時いつそらくれあつさにたえ水旡月みなつき十日とふかばかりになりしころある夕暮ゆふぐれ烏羽うばたまひるあつさをさまさんと侍女こしもとをさへしたがへずひとには下駄げたふみらしをりしもうつ泉水せんすいつきながめつうか/\と那方かなた築山つきやまのぼ母屋おもやとふ造作しつらい別室はなれざしき掾側えんがは何心なにごゝろなくこしうちかけたづさきたりし團扇うちは

 口絵 烏羽うばたまふたゝび大六だいろくをくらます」5

もてまれをうちはら夜風よかぜはだふかせつゝ須臾しばしやすらおりこそあれ脊丈せたけひし高篠たかしのかげよりいづ一個ひとり僻者くせものいと垢染あかじみ手拭てぬぐひにて頻冠ほうかむりしつねらかねやう出刄でば庖丁ぼうてうこしをさぐりてぬきいだ忽地たちまちこゑをふりたて賊婦ぞくふ烏羽うばたま覚期かくごせよ大六だいろくなるびかけつゝ[石欠]つてかゝるを烏羽うばたま吐嗟あなやとばかりおとろみぎひだりへをかはし.良夫つまおはするかマア/\つてとこゑかくるを這方こなたさらみゝにもかけずまたりあぐる大六だいろくやいばしたくゞ.はらたつ6 ならねどこれふか情由わけもありわたし一言ひとこといわせたうゑきるともつくともおまへ隨意まゝ須臾しばしいかりをやはらげてさいきいくださりませと勸解わぶるかず大六だいろくかうべゆふうちりてあゝたくみたり偽言こしらへたり假令たとへなにほどとてその甘口あまくちせらるゝ大六だいろくさまとおもへるか空事むだこといわずと覚期かくごせよとひつゝまたもやひらめかすやいばした烏羽うばたま.听分きゝわけなし戸塚とつかぬしかくてもうたがひなほれずこれわたし赤心まごゝろ推量すいりやうしてたべ良夫つまひもおはらずふところよりかね准備やういたりけんふくつゝみし」一品ひとしな手速てばやいだして大六だいろくいまりかけんとりあげしこぶしがけてうちつくるを大六だいろくすかさずをひねり左手ゆんでてううけとめつゝこなにするぞとひながらなげかへさんとするをりしも帛紗ふくさむすびめやゝけてなかよりこぼるゝ三百さんびやく餘両よりやうこれとおどろく大六だいろく霎時しばしあきれて白眼にらまへたるかほうちやり烏羽うばたまなう戸塚とつか大人うし大六だいろくさまふもおもなきことながらいぬ五月さつきそれおんあるおまへあだせしももとよりわたしこゝろからおもおこせしことならずことながくともきいてたべいもと有女うめかねてよりおまへつてらるゝ」7 とふわたしため異母はらがはり義理ぎりあるいもとであるゆへに難義なんぎきいすてがたくわたしおんになるうゑにまたいもとまで迯水にげみづなるおまへのおいゑやしなはれ一日ひとひ二日ふたひすぐるうちあるいもとわたしむかこのあるじ大六だいろくこそおまへはゝ愛嬉あいきさまひそかうつたち退のきかの亀太郎かめたらうあになるよしたゞそれのみにあらずしてはゝうたるゝそのをりにも助太刀すけだちせしとたしかすれやつかたきかたひそかころしてはゝさんのうらみをはらし給はず不孝ふかうつみまぬかれまじといはれてわたしむねつぶれこ什麼そもいかにとおどろくのみさら思按しあんいでざりしが」こゝろうちおもふやう假令たとへかたきでありとてもひつすくはれたるのみか二世にせ契約かためもせしひと何様どうしてやみ/\ころさるべきと現在げんざいはゝさんのかたきりつゝこのまゝうちはたさでとげ不孝ふかう不孝ふかうかさぬべしおんある良人おつところすのも過世さきのよからの悪報あくほうかとおもふこゝろをはげましてもふかなさけひかされてなみだあめりつゞくこゝろそら五月さつきやみれぬおもひにまよ啼泣かぬぞなき郭公ほとゝぎすくまでになげきしをいもとしば/\はげまされ勿体もつたいなくもすぎついにおまへしめころわたしすぐさまそのにてつゞいて」8 なんとたりしをそれさへいもといさめられ是非ぜひなくかのおちびて岩鞍いわくらやままできたりしときおもひがけなき典物てんもつあとしげりし草中くさなかよりいとあやしき打扮いでたちしてあらはれいでつゝわたしものをもはずかきいだらんとるにおどろきてお有女うめ吐嗟あなやりつくをヱヽ邪〓じやますなとひつゝもあしばしてかへ可愛かわひやおいとふかかたへたにまろおちそこくづとなりゆきしをすくふにすべなきのみならずそれよりこのともなはれ側妾そばめになれと旡理むり相談そうだん推辞いなま忽地たちまちころすべきその威勢いきほひすさまし」きももとよりすてこのゆゑおそるゝにてあらねどもいもとうらみをむくひもせず姉妹きやうだいともにやみ/\といのちすて口惜くちおし假令たとへこの\ けがすとも須臾しばしやつ由断ゆだんさせおりうかゞ本望ほんもうたつせんものとおもふにぞかり側妾そばめとなりつゝも時節じせつつてるうちにおもひがけなく風呂ふろにてはからずおまへかほあは不審ふしんれね典物てんもつにそれとなしにたづねしに不思義ふしぎにおまへ蘓生そせい様子やうすくにこゝろおどろきてふたゝおもひめぐらせ假令たとへあたでもおまへ良夫おつとおんなさけもあるものをいもと言話ことば道理どうりおも締殺しめころしたるあやまちも」9 かへつておまへつゝがなくめぐり/\てまた這所こゝでおかゝるもつきせぬゑん一旦いつたんまへころした亡母なきはゝさんへたつかううらみをはらせしうゑからしんふたゝ蘓生よみがへりしおまへ最早もはやあたならずとおもこゝろつげしうゑわたし不便ふびんおぼ以前はじめのごとく女房にようぼうにもつてくださるおこゝろならいもとあだなる典物てんもつ由断ゆだんすましうちつて家内やうち在金ありがねかきさらひおまへともはしらんとおもふがゆゑにそのかねこのほどひそかにうばりおまへわたそのうゑでなほもおまへのおこゝろとけそのがいしてしなんと覚期かくごせしゆゑに今宵こよひあるじ畄守るす僥倖さいわひこの庭先にはさきしのておまへあひうれしさとまたはづかしさをこきまぜておもふがほどにひかぬるわたしこゝろ推量すいりやうして忿いかりをおさめてくださりませとなき口説くどきつさま%\に実事まことそらことうちまぜ言話ことばたくみにひくろむる奸智かんちたけ烏羽うばたま這所こゝ一生いつしやうけんめいおもんだることにまたあざむかれし大六だいろく心中しんちうさらゑゝるがごとく寐刄ねたばあはせし庖丁ほうてうよりなまこゝろ意馬いば心猿しんゑんわれからくる別室はなれやふたゝえん結垣むすびがきあらはにする白萩しらはぎはなこそさか今宵こよひよりいろ出雲いづもかみかけてつきあれどもくもとなりあめとなるの」10 たのしみものちうらみとなりにける

   第五十回 〈睡眠すいみんたちまちもよふ待合まちあいつぢ積悪せきあくみづからとふ山路やまみち

さるほど戸塚とつか大六だいろくぞく烏羽うばたま艶言えんげんおぞやふたゝびあざむかれことはざやけ半木ぼくいつきやすたとへのごとくあだうらみもはやうせつい仮寐かりね草枕くさまくらつゆにしをむすびしよりこれあふのはじめとしてあるじ畄守るすすましてかたみしのふほどに大六だいろくこゝろおもふやうかの烏羽うばたまいぬわれをひそかにしめころせしおやかたき一筋ひとすじにおもひ」んだるあやまちとひしことば実事まことしからねどわれ不思義ふしぎ蘓生よみがへりかれまた先非せんぴひしとてわれにふたゝびこゝろ三百兩さんびやくりようかねをさへあづけしから烏羽うばたまころさずとてわれそんなしたゞそれのみにあらずしてこのあるじ典物てんもつかれいもとかたきとふからぬうち烏羽うばたま奈何いかにもはかりてころすへし其折そのおりうち在金ありがねのこかたなくかきさらひいづれのくにへもにげのび以前いぜんのごとく烏羽うばたま夫婦ふうふになりてくらしなこれにうゑこすたのしみあらじすれいまくるしみもくるしみにくるしみならずうれしきあとかなしみありも」11 またかへつてらくとなる人間にんげん萬事ばんじ塞翁さいわう好事うまいことのみあるものかのちさかへるまでの辛防しんぼうこそ肝要かんえうなれとひと思按しあんをめぐらすにぞ烏羽うばたまもまたおもふやうわれいぬ風呂ふろにてかの大六だいろく出會であひしときかれこのあだなりとあるじ報知つげ大六だいろくいのち忽地たちまちうしなふべきをそれともはですぎあるじ畄守るすさいはひにすゞみにことよせたゞひと別室はなれざしきへいたりしにあんたがはず大六だいろくわがうたんとたりしをくちから次第しだいひくろめかりにこゝろにしたがふて三百金さんびやくきんあづけしももとよりてんもつかねならずいつぞや迯水にげみづ立退たちのくとき有女うめ太郎たらう侶倶もろともうばりたる大六だいろくたくはきしかねなれいま大六だいろくわたせしとて格別かくべつそんふでもなしそれのみならで典物てんもつ二世にせちぎり有女うめ太郎たらう谷底たにそこふかおとせしうらみをむく手配てだてかの大六だいろくりてひそかあるじ刺殺さしころさせこと成就じやうじゆせしそのうゑでうらみをはらすのみならでかね家財かざいみなわがものもしあやまつて大六だいろくあるじためうたるゝともかれ一人いちにとがぬりわがあやまちなかるべしとおもふこゝろをいろにもせず外面うはべばかりの深情ふかなさけ行末ゆくすへいかになるやらんいと淺間あさま12 しきことなりけり話説分両頭はなしふたつにわかるこゝにまたゆう八代やつしろかのさん賢女けんぢよ侶倶もろとも瀬戸せとうつ捕稠とりこめられすでいのちあやふかりしににしきはた竒瑞きずい不思義ふしぎその[石欠]きりぬけしが霎時しばしあんになりしうちおうめはじ三個さんにん行衛ゆくゑ忽地たちまちうしなひ何所いつこをさしてたづねんとおもふにあてなけれども猶豫ゆよてき追迫おひせまられふたゝ難義なんぎおよばんとあしまかせてはしるにぞ心急こゝろせくまゝおもはずもあられぬ逆徑みちふみまよひあるひやまへいそげどさら人家じんかもなくまし往來ゆきゝひとなどまれ一個ひとりもあら」

 口絵 扨は今きいた夢か時鳥」13

ざれこゝ何処いづこふよしもなくかくても強氣ごうき八代やつしろゆゑうへつかれもいとはゞこそはしつい人里ひとざといでざることあるまじとまた山徑やまみちわけりてなほいく十町とまちくほどに往方ゆくてかたはらいと些少さゝやかなる辻堂つぢとうありこゝろともなくたゝづみてうち形勢やうすをさしのぞくに家根やねとびら雨風あめかぜ半分なかばくちてありながらなほ正面しやうめん夲尊ほんぞんありのき
かけたる扁額へんがく文字もんじはくはげたれども待合辻まちあひつぢかきたりしそのあとうすゆるにぞめづらしきどうかなと獨言ひとりごちつゝ八代やつしろ何心なにごゝろなくすゝ四辺あたりをつく%\まはすに四方しほうわづかに」14 一間いつけんあまふるびし繪馬ゑまあり挑灯てうちんありかの夲尊ほんぞんまたよくるにいしもて造建つくりたてたりし地蔵ぢぞう菩薩ぼさつ立像りうぞうなるにぞさてこれなる辻堂つぢどう待合まちあいつぢ地蔵ちぞうとてこり草苅くさかりするものゝつれ這所こゝにてまちあは憩所いこいどころでありぬべしすれ此所こゝより人里ひとざといづるにもはやとふからじわがともうしなひたづあはんとするみち待合まちあい辻占つぢうらよし霎時しばしこゝにてあしやすさとあるかたいそがんとやぶのこりし板椽いたゑんひあがるときなにやらん手先てさきにさはるものあれ何心なにごゝろなくとりあげ花田はなだしぼりの風呂敷ふろしきつゝんだる」一品ひとしななり登時そのとき八代やつしろおもふやうこれかならず此辺このあたりほどとふからぬ里人さとびとこの堂内どうないやすみしときわすれてゆきものならんとうち点頭うなづきつゝそのまゝ以前もとところおかんとするときかの小包こづゝみよりたら/\とねばりしつゆなが八代やつしろにかゝりしをはなあてつゝにほなにやら塩氣しほけにほひあるゆへさてこれなる小包こづゝみさせるものにあらずして昼餉ひるけりやうたづさてわすれてもとりしいゝなるべしわれいまうゑにのぞみしに假令たとへぬしあるいゝにもせよ這所こゝらあたりにすておいしゝさるなんどにくはせんよりこのうゑしのきなこの持主もちぬし夲意ほいなる」15 べしこれもひとへに地蔵ぢぞうさつたまものにてにいふ善巧ぜんこう方便ほうべんかとうちたはむれつゝ風呂敷ふろしきむすとひおしひらけはたして一枚ひとひらたけかわ五六いつゝむつ握飯にぎりいゝわらび干魚ひうを煮染にしめしがひとつにつゝみてありしかさてこそおもふにたがはさりしと微笑ほうえみながら八代やつしろいゝ煮染にしめ須臾しばしつゆのこさずつくはら心地こゝちよくなるまゝにはじめてつかれをおぼへつゝしきりに眠氣ねむけもよふすにぞかたへはしらにもたれしまゝわれなしにまとろみしがにわか外面とのかたさはがしくひとあらそこゑさへすれうちおどろきつゝ八代やつしろひらきてまはせ何時いつほどにかくれて」四方あたり小暗こぐら星月ほしづきをりしも扉口とぐちかゝりてなにやらあらそ二個ふたり武士ふし一名ひとり年紀としころ五十才いそぢにちかくたけろくしやくばかりにて面髭つらひげあをはへさがかほ形容かたち醜相みにくき右手めて白刄しらはひつさげつゝ四下あたり白眼にらんたゝつみし片辺かたへ一名ひとり美少年ひしやうねんとし十九か十八かまだ前髪まへかみそりすてはな姿すがたくれなゐそめなせし肩先かたさきうけ深痍ふかでのあるゆゑとるに八代やつしろまたおどろきて所以ゆゑこそあらめと辻堂つぢどうなる狐格子きつねがうしあいだより形勢やうすいかにとうかゞふたる當下そのとき少年わかしゆ口惜氣くやしげかたなつかにぎりつめくるしき呼吸いきしたよりも忿いかれるこゑをふりたてておのれ典物てんもついかなれものをも」16 はずうしろよりだまうち臆病おくびやう至極しごくこの泡之助あわのすけしゆあつてか仔細しさいもふせとつめするを這方こなたたち武士さむらひ尻目しりめつゝ冷笑あざわらひ。ヲヽくるしかろかなしかろ假令たとへなにほどもがけとて最早もはやかなはぬ泡之あはのすけかくなるうゑわが素生すじやうなにからからうちあけ冥府めいど土産つときかせんみゝすまして聴聞てうもんせよ元來もとそれがし下野しもつけくに庚申山かうしんざんおく山猫やまねこ若無太にやんたよばれたる盗賊とうぞく一子ひとりこにて同苗どうめう三毛作みけさくものなりしがいまより廾余にじうよねん鎌倉かまくらがたうつため賊巣ぞくそう〔○スミカ〕せめやぶられちゝをはじめ草賊てしたやつみなのこりなくうたれしかどわれのみひと討隊うつて[石欠]きりぬけそれより諸國しよこくめぐりて四五稔よとせいつとせくらすうちなんぢちゝなる岩鞍いわくら衛守えもり武州ぶしう秩父ちゝぶやまふもとなる岩鞍いわくらさと郷士がうしにて荘園しやうえんあまた所持しよぢするのみか劔術けんじゆついちどうめうしよし人傳ひとづてきゝしか或年あるとし岩鞍いわくらさとにいたりなんぢいゑせて衛守えもり門生でしとなりしこともとより隨身ずいしんたるにあらずもしをりよくなんぢちゝころして家名かめいうばわれ岩鞍いわくら郷士がうしとなり生涯しやうがい栄花えいぐわとならんとときいたるをまつほどにいまより六稔むとせさきあきおもふがまゝはかなんぢちゝなる」17 衛守えもり毒藥どくやくをもてひそかにがい病死びやうし披露ひろうたりしにもとよりもり渾家つまもなくそのときなんぢ十三さいゆへ密謀みつぼうるものならね門生もんてい譚合かたらふなんぢ家督かとくすものから十五にらぬ稚児わらべゆゑそれがしみづか後見うしろみして典物てんもつあらためしより岩鞍いわくら一家いつけ荘園しやうえんはやわがものたれどもなんぢ始終しじういけおいなにかにつけて邪广じやまなるゆへとくにもころすべかりしを今日けふまでいのちたすけしかねなんぢ総角結いひなづけせし甲斐かひ國府こくふ浪人らうにんなる夢山ゆめやま水門みなと獨處女ひとりむすめ於由およしへる弱女たをやめじんきこへあるによりなんぢ弄賣ゑばに」せて側女そばめとせんこゝろゆゑ婚姻こんいんさするといつわりてこのほど甲斐かひよりむかりまださかづきもさせぬうち鎌倉かまくらよりのめしなんぢ這所こゝまで連出つれいだせしひそかころかねて伎倆たくみなんきもつぶれたか偖々さて/\笑止しやうししにざまよとひつゝ呵々かかとうちわらひし言話ことばあらはすだい悪心あくしんいと不敵ふてきにぞへにける必竟ひつきやう典物てんもつ悪事あくじきい泡之助あはのすけ回答 こたへいかにぞやこのだんいまだつきざれども丁数てうすうこゝにかぎりあれなほつぎまき解分ときわくるをらん
貞操婦女八賢誌第五輯巻之五18

 〔広告一丁存(巻上の巻末と同一)丁付なし

貞操ていそう婦女八賢誌おんなはつけんしだいしふ巻之まきの

東都 爲永春水編次 

   第五十一回 〈 夢 而 ゆめにして不 夢 ゆめならず一 級いつきうくび疑似不疑 うたがふににてうたがはず賢女けんぢよこゝろ

登時そのとき岩鞍いわくら泡之助あわのすけおもひがけなき典物てんもつその素生すじやういへさらなりちゝがいせしことよりしてたくみに伎倆たくみ奸計かんけいくにふたゝむねつぶ須臾しばし苦痛くつうもわするゝまでいかれる面色めんしよくばしりたるまなこざしさへすさまじく憤怒むねんこゑをふるはしてあゝ残念ざんねん口惜くちおしわれ幼年ようねんころなれなんぢ素生すじやうる」よしもなくまいてちゝうせ給ひしを御病死ごびやうしとのみ一筋ひとすじにおもひたがへて一毫つゆほどなんぢ所為わざさとらざるこの不覚ふかくそれのみならでわれ家督かとくつぎながらわがあつてなきごとくなんぢいへせばめられこゝろこゝろよからねどもなきちゝうゑの遺言ゆいげんふに是非ぜひなく阿容おめ々々/\現在げんざいおやかたきなるなんぢ下風かふうしたがふていく年月としつきすごせしをくさかげから父上ちゝうゑいひ甲斐がひなしとおぼせしならんうらたゞこの一事ひとことならずわれあくまであざむきてこの山中やまなかひとれずころすばかりかわがつまかねさだまる於由およしまで側妾そばめにせんと爭何いかにぞや假令たとへ深痍ふかでとても」1 うらかさなるなんぢ細首ほそくびうたこのまゝぬべきかさいひと太刀たちうけよとしらつえたちあがりよろめくあしふみしめつゝ[石欠]つてかゝるをことともせず左辺右辺あちこちしばしつからしてひるところ典物てんもつあしとばして泡之助あはのすけやいばてうおとしつゝたえぬばかりにうちわらにもおうぜぬその腕立うでだておよばぬこととあきらめてくさかげから典物てんもつ於由およしねやとぎさするを浦山うらやましくながめてよはやきほどにくるしみつらんさら引導いんどうわたしてさせんかくせよとひつゝもふたゝ右手めて取直とりなほやいばしたつゆいのちあは泡之助あはのすけはなの」かほばせ忽地たちまちかうべとも打落うちおとされ弥生やよひしもきえうせいとあはれむべきことなりけりそのときまでも八代やつしろかの辻堂つぢどううちにありて始終しじう形勢やうす徨聞たちぎゝしつあるひいかあるひかなしみ余所よそうれひにそでれてよはきをあはれむゆう本心ほんしん幾回いくたびとなくかけいでかの典物てんもつとりひしぎ泡之助あはのすけをばすくはんとはやる心をおししづめつく%\おもひめぐらせ泡之助あはのすけとて典物てんもつとてもとよりわが知己しるひとならず。よしそれとても泡之助あはのすけいのちたすかることなりせちからつくしてすくひもせんがかれはやふかふから今更いまさら詮術せんすべなしそれのみならで」2 このもまた管領くわんれいがた討隊うつてやぶ漸々やう/\這所ここまでのが人目ひとめはゞかおりなるに二個ふたり武士ぶし其中そのなか女達者おんなだてら手出てだしせおもひがけなきわざはひをこのにうけて三賢女さんけんぢよあふいよ/\とふかるべしとこゝろで心をおししづめこぶしにぎ堪忍かんにんもかの典物てんもつ泡之助あはのすけかうべうちときにいたりてしのびかねつゝおもはずも逆賊ぎやくぞく典物てんもつマアちやと一こゑたかよばはりし自己おのれこゑおどろきつゝ愕然がくぜんとしてをひらけかの辻堂つぢどう轉寐うたゝねせしこれなんなんゆめにぞありける八代やつしろやゝゆめさめてもにくうごとゞろきてさらゆめともうつゝともおもひかねつゝ」姑且しばらく茫然ぼうぜんとしてたりしがみづかむねなでおろしそうあせぬぐひつゝほつとついたる溜息ためいきとも四下あたりまはせ轉寐うたゝねくれけんはるなれはやくもふけ廾日はつかあまりの月代つきしろさへはややまをはなれしか八代やつしろまたおどろきて肚裏はらのうちおもふやうあゝおぞましやるにてもきのふけふたゝかひにちとつかれのありとてもこの辻堂つぢどういこひしまゝるゝをもおぼへずしてそゞろ熟睡うまいしたりしわがながらも不覚ふかく本性ほんしやう賢女けんぢよものがたわらひのたねともなりぬべしそれつけてもいぶかしき一睡いつすいゆめなり」3 もとよりゆめ喜怒きど哀楽あいらくこゝろにふかくあるとき忽地たちまちねむりてゆめれどもきよありせいありたゞ一崖いちがいすつべからずまたしんずべきものにもあらずとおいたるひとへるをきゝおもふにゆめ其人そのひとつねこゝろにおもふことおほかたものなるべし亡目めくらゆめかたちつんぼゆめこゑなきもすなはこのなりしかるにいまわがゆめそれかはり今日けふまでもつい一回ひとたびれぬ岩鞍いわくらびとあく存亡そんぼうあるべきことおもはねどもよろづひとつゆめまことことであらんにかの泡之助あはのすけ非業ひがうふてかへらぬことながらあとのこりし」よし薄命はくめい此後このゝちいかになるやらんおも不便ふびんひかけてなみだぐみしがたちまちにおもひかへしてうちほうみあゝわれながら何事なにごとぞやはかなきゆめかくにあることなにかのやう引受ひきうけてさま%\とこゝろなやますのみならず不覚そゞろなみだをこぼせし女子おなごごゝろいとせまおもすごしからねどもあまりと成長おとななきこゝろありしよとひつゝひと可笑おかしさをこらへかねつゝうちわらときしもいままでかげきよやまのぼ月影つきかげ忽地たちまちくもおほはれけん四辺あたりぐらくなるほどに外面とのかたよりしてひとつのいぬなにやらくちくわへ」4 たるがかの堂内どうないみしを八代やつしろ目速めばやるよりもかね准備やうい短刀たんとうさや侶倶もろともひきぬき両三度ふたゝびみたびうちいぬこれおどろきけんくちくはへし一品ひとしな辻堂つぢどううちすてたるまゝ何所いづこともなくにげうせける案下そのとき八代やつしろおもふやうわれはからずもこのどうにてかくまで小夜さよふかせしうゑいまよりさとあるかたへとて案内あないらぬ山路やまみちおかしつゝゆかんより今宵こよひ這所ここ一夜ひとよあかひがしのしらむをまちうけてゆくべきかたさだめんと獨言ひとりごちつゝおこまたもやいぬらざるやう右手めてのばして辻堂つぢどうとびらうちひきせつゝ以前もとところ立戻たちもどり」

 挿絵 枕中ちんちういつ奇事きじあん泡之助あはのすける」5

またゆめむすばんとふたゝはしらせてもはるかぜふきれてふけくまゝにはださむられぬほどに種種さまざま行末ゆくすへこしかたおもひまはすにつけまたこゝろにかゝさん賢女けんぢよ 〈おむめ青柳あをやぎ|おみちをいふ〉 いづれのかたおちたりけんがゝりたゞこれのみならで昨日きのふさきたゝかひより生拘いけどられしかうたれしか生死しやうじのほどもれかねしおやす奈何いかになりつらんとともおもをおもひこゝろまことあらはしてもきくひともなき辻堂つぢどうこゑするたゞ松風まつかぜたに清水しみづおとのみなりけりかく時刻じこくのうつるにぞやゝあけちかくなりしころいかにやけん八代やつしろ6 にわか心地こゝちつねならず持病ぢびやうしやくおこりしにや胸先むなさきつよくいたみをおぼうごとてもならざる夜風よかせにあたりしゆゑならんとおもへど准備やういくすりもなくたゞむねにおしあて苦痛くつうしのぐばかりなるかゝおりしも辻堂つぢどうほとりへかゝる当所ところ荘夫ひやくしやう六七口ろくしちにんこゑなるがなかにもだみたるこゑ張上はりあトキニみなしゆなかかほ似合にあは胆玉きもだまふとおなもあるものよ昨日きのふ洲嵜すさき松原まつばらにて管領くわんれいさまの行列ぎやうれつ乱妨らんぼうとやら田畝たんぼうとやらどゑらひさはぎをやらかしてにげしによつことおこ我們われら夫役ぶやくかりされ女子おなご行衛ゆくゑたづぬる」ため昨夜よんべ今宵こよひおひ使つかはれ草鞋わらじしりさへわがはらさへへらしてさわまはりしにかの女子おなごそのなかでおみちとやらんおうめとやらん二個ふたり處女をとめ品革しながはなる網六あみろくといふ漁人りやうしいへひそかにかくれてるよしをるものあつて稲毛いなげなるぢんうつたへいでしにまた俺們われ/\品革しながは討隊うつてむかへと八重やゑすけごうさりあらひ荘夫ひやくしやうづか植付うゑつけまへ可惜あたらむら甲乙たれかれうちそろひかくまでひまをついやしてみづのみか女房にようぼあごしたまであがらんあらずやとひかくれまことなりしかなりと五七にんなる農夫ひやくしやうどもほねしむ泣事なきごとのゝしりもしつ」7 わらひもしついとかしましくれて彼方かなたみちへとゆきすぐるをくに八代やつしろまたびつくりさてくだん賢女けんぢよはやくも討隊うつて[石欠]きりぬけ品革しながはむらおちのび漁人りやうしいへ宿やどりしにたちまひとうたがはれて訴人そにんせられしものならん遮莫さもあらバあれこのことすこしはや賢女けんぢよ報知つげ夛勢たせい捕囲とりかこまれのがるゝみちよもあるまじ農夫ひやくしやうどもがおとおつかけなほ仔細しさいたづねしうゑ討隊うつてのかゝらぬそのさき品革しなかはむらはせゆき二婦ふたり難義なんぎすくはずかねちかひをむすびたるこゝろまことそむくべしあゝしかなりと点頭うなづきつゝわれなしにおこまたもやさし胸先むなさきの」癪痛つかへ足元あしもとふらつきて尻居しりゐ[手堂]どうたふれしまゝふたゝおきもあがられね口惜くちおしと八代やつしろこゝろしきりに焦燥いらだてどもいよ/\苦痛くつうはげしくてうごことたにかなはねやしてけんかくやせんといた胸先むなさきまたいた思按しあん他事たじなきものからちからづくにも才角さいかくにも病着いたつき詮術せんすべなく阿容おめ々々/\として有明ありあけ月影つきかげうすくあからひく東雲しのゝめもやゝうちすぎみねをはなれてたちのぼまつあさひかげりてかの辻堂つぢどうさしむまでなほうちふしてぞたりける 〈おうめ品革しなかはにて破傷風はしやうふうはつせ|しもこのあけがたの事と知るべし〉 さるほど八代やつしろそのこくすぐるころわづかいたみのおこたりしか假令たとへ8 時刻じこくおくるゝとも品革しながわ村にはせゆきて二婦ふたり安否あんひたづねしうゑもしかなはず[石欠]死きりじにせんと覚悟かくごつゝそこ/\に身繕みづくろひして辻堂つぢどういでんとしたる足元あしもといとうるはしき少年わかしゆなまくびこれおどろ八代やつしろまなこさだめてなほよくるに甲夜よひかりゆめに見しかの泡之あはのすけ面影おもかげ一毫つゆばかりもかはりなけれこゝろうちおもふやうわれ轉寐うたゝねせしそのゝちまどろみもせであかせしにいつほどにかこのくびどううち入りつらんおもふに昨夜よんべ真夜中まよなかごろ何方いづくともなくひとつのいぬこの辻堂つぢどうはひみしをおひいだせしときなにやらんくちくわへ一品ひとしなおとせしおときこへしをこゝろも」つかたりしがさてこのくびなりつらんこれにておもひめぐらせゆめ正夢まさゆめにてちから典物てんもつ総角結いひなづけつまよしとやらにうたせてくれさとらするこの泡之あわのすけ幽魂ゆうこんなす所爲わざならんもはかられずすれ最前さいぜんこのくびくわへしとおもひしいぬまた幽魂ゆうこんのせしことにてゆめ照裾あかしこのくびわれに見せんとなせしものかたゞこの推量すいりやうながらかれそれほどのれいあらえんなきわがたのまんより於由とやらが由縁ゆかりの人のゆめに見せな忽地たちまちにかの典物てんもつうたるべきにそのことなき所以ゆゑあらんまれかくもあれ品革しながはむらゆかんとするわれ急究ききうの」9 おりなるにこれことかゝはりてなほ時刻じこくおくれなふたいよ/\あやふかるべしといへす/\ゆめにまでこのくびそのまゝすてゆかさすがにてたけきやうでも女子おなご本性ほんしやう心弱こゝろよわくもりかねてふたゝかうべあげつく%\おもざしの何処どこやらうめたるにぞ忽地たちまちうかひと思按しあんなにこゝろ点頭うなづきつゝ四辺あたりまはし最前さいぜんのかのにぎいゝつゝみたる花田はなだしぼりの風呂敷ふろしきばやくひをおしつゝ品革しながはむらへとたづねつゝみち便宜びんぎらねどもさきおほくの農夫ひやくしやうゆきたしかに此道このみちとおもひしかた」へとこゝろざしあしにまかせてはしりゆきける

   第五十二回 〈からすおふげん亡骸なきがらうづむ|あたにがしてかへつその捕被とらはる

有恁かゝりしほど八代やつしろくだんくびたづさへつゝ不知ふち案内あんないみちながら品革しながはむらへとこゝろざししきりにみちいそぐにぞやゝ五町いつまちほとおりしも片辺かたへしげりし小草おぐさなか幾羽いくはともなき山烏やまがらす何事なにごとやらんおりたちいとかしましくなきさはぐを八代やつしろ何氣なにげなくすゝりつゝこれるに旡慙むざんひと亡骸なきがらそまりつゝたふれしをかの山烏やまがらすかぎつけそれにくくらはんと」10 かくあつまりしとゆるにぞ浅間あさましくもまたあはれにておもあはすることさへあれなほ近寄ちかよりて熟々つら/\るに衣服ゐふく模様もやうなにもかもかのゆめ泡之あはのすけすこしちがはぬのみならずくびなき死骸しがいでありしかさてこそ昨夜よんべゆめ推量すいりやうたがひなくこの泡之あはのすけ霊魂れいこんわれたのみしものならんそれりつゝ亡骸なきがらこのまゝ野辺のべすておきからすはらこやさんこゝろまことなきにたり往方ゆくていそおりなりともせめて這辺こゝらほりうめ死骸しがいかくさせんとひつゝ四辺あたりまはしてかたへおか死骸なきがら手速てばやうづむる賢女けんぢよ才覚さいかくその」ことはて八代やつしろふたゝびみちいそぎつゝなほいく十町とまちはしほど人家じんかおほたてつらなりし宿場しゆくばめきたるところいでけり八代やつしろこのさとにてうへたるはらをつくろひつ品革しながはむらおもむくべきみち便宜びんぎとひたゞ須臾しばし猶豫ゆよせずこのさとをもまたたちいでゝはしるにぞやゝさるこくすぐるころ箭口やぐちわたりの川岸かはきしまであしまかせてかけつけしにまたもやおこ胸先むなさき癪痛つかへあしひかれね河辺かはべ茶店ちやみせたちりて仮床しやうぎこしをうちかけつゝこゝろならずもやゝしばししやくをおさへてるほどに西山にしやまはて四辺あたり小暗こぐらくなりしころやうや癪痛つかへのおさまりしか11 茶店ちやみせいでんとたるときさき花田はなだ風呂ふろしきつゝみしまゝたづさくだんくびりあげよく/\るに風呂ふろしきおな花田はなだしぼりでも何所どこやらちがふてゆるにぞいぶかしながらむす手速てばやとい推開おしひらくびあらでおとこ衣類ゐるいさていままでわがそばやすみてたる壮佼わかもの取違とりちがへしかしからずくびらで好品よきしなおもたがへて摺替すりかへしかいづやつ所為わざならんとふゆかとめ取返とりかへさずわがまこと徒事いたづらこととなりぬらんうじや/\とうち点頭うなづき取替とりかへられし小包こづゝみもとごとくにむすばんとてまたよく風呂ふろしきの」はしちいさ品革しながはむら猟師りやうし網六あみろくかきつけあるにぞ八代やつしろ須臾しばしうちあん今朝けさ明方あけがた農夫ひやくしやう話談はなすきけうめ品革しながは猟人りやうし網六あみろくいへかくれてたりしを稲毛いなげ陣所ぢんしようつたへられ討隊うつてむかふときゝつるがそれ網六あみろくこれ網六あみろくもしいま這所こゝ出會いであひしがかの賢女けんぢよ宿やどせし網六あみろくにてあらざりしかなにもあれおひつい仔細しさいつぶさならんとやが茶店ちやみせたちいでつゝ船場ふなばかたへといたりしにはやいくふねおくれけんかの壮佼わかものへざれども品革しながはむらまでゆくうちにたづあはざることあらじといまふねにうちつてむかひの」12 きしにおしわたなほあとさきをつけて品革しながはさしてみち折々おり  むねのさしこみおもふほどにはしられぬをわれこゝろはげましてもみちはかどらぬのみならずはるなれふけやすくてこくちかくなりしころ品革しながはむらまできたりしにかの壮佼わかものおひつかこのうゑ網六あみろくいへにいたりて賢女けんぢよあんたづふたッにくだんくび取返とりかへかほたるをさいわひ時宜しぎつたら身代みかはりにと思按しあんをしつゝ網六あみろくすみか左方右方あちこちとひたゞやうやくにしてたづあたすでその近付ちかづおりしも忽地たちまちくだんいへよりして猛火みやうくわさかんにもへあがりほのふてんこがすにぞ」

 口絵 むら/\と散つてまた寄る千鳥哉」13

きもつぶしつ八代やつしろ猛火みやうくわのうちにかけつておうめみちたづぬるに四辺あたり人氣ひとけへざれさて時刻じこくおくれしゆゑはや賢女けんぢようつためとらへられしかうたれしかもしおりよくて[石欠]きりぬけしかにもかくにもこれよりすぐ稲毛いなげ陣所ぢんしよおもむきてとく実否じつぷをさぐりしうゑふたゝ思按しあんをめぐらさんとひつゝ其所そこたちいで濱辺はまべふて二三にさんてうもとかたへとゆくりしもむかふよりあまた挑灯てうちん何事なにごとやらんと八代やつしろかたしげりし薮蔭やぶかげかくれて形勢やうすうかゞふときやがちか挑灯てうちんひかりによりてよく/\るにさきすゝみし一個ひとり武士ぶし14 稲毛いなげ陣所ぢんしよ眼代がんだいなるらん羽織はおり野袴のばかまいかめしきがおほくのくみしたがへたる後方あとよりおひ一名ひとり壮佼わかものくだんの武士ぶし呼畄よびとゞなにのゝしそのこゑはまする浪音なみおとまぎれてよくきゝれねどおうめかうべうちりしほうかねれよとふをかのさむらひきゝれず假令たとへうめうつにもせよおみちにがせしうゑからいまさら褒美ほうびつかはされずそれともほしみちをもとらへていでそのおりのぞみにまかせてほうさせんかく言分いひぶんあるまじとすてかのさむらひそでうちはらくみいそがしたてゆきすぐるを壮佼わかものなほとめんとするときまたもや後方あとべより六十むそぢばかりの一名ひとり老女ろうぢよいましめなわながらかの壮佼わかもの推止おしとゞ何事なにごとやらんあらそふをかの壮佼わかものよくもかずには老女ろうぢよ小脇こわきいだ磯辺いそべつなぎし漁船りやうせんうちなげともづなるよりはや突出つきいだなみのまに/\おしなが始終しゞう形勢やうすうかゞ八代やつしろおどろきもしついかりもしつかゝらんとおもひしをひとこゝろおししづめしおりからいづ月影つきかげにかの壮佼わかものをよく/\見れさき箭口やぐちわたくびつゝみとりかへ壮佼わかものなるにぞまたおどろきてしきりにはや八代やつしろこらへず小蔭こかげおどいでかの壮佼わかものあらそりしも」15 忽地たちまちくもつきにまたもやくらくなるほどにもとよりくだん壮佼わかものこのたゝかひならざるにやこれ便びんたるがごとすきすまし引外ひきはづやみまぎれてにげくをこ口惜くちおし八代やつしろこゝろばかり焦燥いらだてども案内あんないらぬみちなれおはんとするに詮術せんすべなく須臾しばし躊躇たゆたびたりけるこの一段いちだん四十二くわい四十三 くわい|の 物語ものがたり引合ひきあはせてよみたまへ〉 かくてまた八代やつしろかの壮佼わかもの捕迯とりにがせし遣恨ゐこんたゞこれのみならずさき那奴かやつのゝしりしを小蔭こかげかくれて徨聞たちぎゝしにおむめうたれおみちまた必死ひつし場所ばしよ[石欠]きりけてはやくもかげかくせしとかもしそのこといつはりならず生涯しやうがい苦楽くらくともにせんとちなみを」むすびしいつ賢女けんぢよ人手ひとでにかけて阿容おめ々々/\いつまでこの保命ながらへみち案内あないらずともいのちにかけて壮佼わかものたづいだして問糺とひたゞじつにおうめくびうちしとかれくちより白状はくじやううらみをかへせしそのうゑにてわがとも自害じがいしてちかひし言話ことば反古ほごにせじ思按しあんおよことひと意中こゝろ点頭うなづきつゝはしゆかんとするおりしもいつのほどにかしのりけんうしろにうかゞふあまたの夥兵くみこつたとこゑかけくみつく心得こゝろえたりと八代やつしろひねりつゝ右左みぎひだ矢庭やには二個ふたり投退なげのくまたもやとりつく夥兵くみこ大勢おほぜいあるひを」16 あし折重おりかさなりつゝそのまゝに忽地たちまちなわをぞかけたりける烏呼あゝあはれむべし八代やつしろかの賢女けんぢよ其中そのなかにて武術ぶじゆつことすぐれしに多勢たせいかこまれたるのみか不意ふいうたれしことなれついとりことなりし事不幸ふかうといふもあまりありれどもがう八代やつしろゆゑさら阿容おめたる氣色けしきもなくいかれるこゑをふりたて汝等なんぢらたれ吩咐いひつけなれたゞ一言いちごんしゆをもべず吾儕わらは由断ゆだんすまして[手南]捕からめとりしぞ仔細しさいへいかに/\と急迫せきたつおりからおほくの捕隊とりて其中そのなかよりあらはれいでたる以前いぜん武士さむらひかたさげ[石欠]首きりくびを」かの八代やつしろ目先めさきへさしつけおのれぞくかくなりてもなほ種々さま%\ひなしてのがれんとあらそふやこれなんぢ同悪どうあく處女おとめうめすで討取うちとつてくびすなはこれにありなんぢ幻術げんじゆつありとてもはや〓縛いましめうけ貧乏びんぼうゆるぎもなりせじおみちつてこれまでのつみ次第しだい白状はくじやうせよとふよりさき八代やつしろばやくだんくびるに最前さいぜんぐち渡場わたしばにて摺替すりかへられてうせたりしかの泡之助あはのすけくびなるにぞさてうめつゝがなくこのはや落延おちのびしかるにてもこの武士さむらひがいかなる情由わけにてこのくびをおうめが」17 くびおもひあやまりわがをおみちちがへけんかの壮佼わかもの所為わざかくもさしあたこのなはのがれず二個ふたり賢女けんぢよ安否あんぴをもさだかにるよしかなふまじとおもさらおくするいろなく故意わざ言話ことばやはらげておんいづれのおかたらねど吾儕わらはたび處女おとめにておうめとやらんおみちとやらん左様さやうものござりませぬとなかばはせず武士さむらひいかれるまなこひらきてわれたれとかおもひつる稲毛いなげ陣所ぢんしよ眼代がんだいなる舟月ふなつき與伊太よいた度寧のりやすなるなんぢをおみち照据しやうこいままでなんぢたづさこの小包こづゝみ風呂ふろしき品革しながはむら猟師りやうし網六あみろくとしたゝめあるにて紛明ふんめうなりかくてものがるゝ言話ことばやあるとおもひがけなき風呂ふろしきを照据しやうこられて八代やつしろそれとばかりくちごもり須臾しばし言話ことばもあらざりける

これよりのち八代やつしろ稲毛いなげ陣所ぢんしよひかれゆきすでいのちあやふきを不思義ふしぎ〓処そこのがいで武州ぶしう岩鞍いわくらさとおもむ貞婦ていふ於由およし名告なのり這回こゝにていつ賢女けんぢよ出現しゆつげんなすなど物譚ものがたりいまだつきねどもまただいろくしふはじめくべし

貞操婦女八賢誌第五輯巻之六18

【後ろ表紙】

 後ろ表紙 


#『貞操婦女八賢誌』(六) −解題と翻刻−
#「大妻女子大学文学部紀要」54号(2022年3月31日)
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